13. 雨雲の上にかかる虹(2)
空は寒いからと言って、ニゲルはわたしがモコモコになるまで厚着させてくれた。
でもプルウィアの背にまたがって雨の降る中を飛んでいるうちに、服は水を吸ってどんどん重くなっていく。しかも冷たい。
「へ――くしゅっ」
「……雲を抜けたら脱ぎなさい。逆に冷えるわ」
ため息混じりにプルウィアが言う。
黒く厚そうな雲に飛び込むと、周囲は真っ白になって何も見えなくなった。
深い深い霧の中にいるみたい。何も見えない薄灰色の世界で、風だけがごうごうと鳴っていた。湿った空気が頬をなでるたび、服が冷たさと重みを増していく。
「ひゃっ」
突然、ふわっと体が浮いた気がした。強い上昇気流にあおられて、プルウィアの体が揺らぐ。
「……ほんっと、どこまでもついてくる」
ぼそっと呟かれた苛立ち混じりの声が、風にかき消されずに耳に届いた。きらめく光の帯が伸びてきて、わたしの腰に巻き付く。
プルウィアが黙って速度を上げたので、慌ててプルウィアの長い体に腕を回してしがみついた。魔法で腰を支えてもらっているから落ちはしないんだろうけど、ちょっと怖かったから。
雨雲がわたしたちを追ってくる。
でも同時に、風でわたしたちの背中を押してくれているような気もした。
『プルウィアは生まれたときから雨に愛されている』
ニゲルの言葉をふと思い出した。雨の愛っていうのはどういう気持ちなんだろう?
片手をゆっくり離し、周囲の雲に向けて伸ばしてみる。雲と話ができるわけがないし、つかむことすらできないのだけど、聞いてみたくなったのだ。
――ねえ、どっち?
追ってきているのか、助けてくれているのか、どっちなんだろう。
雨の気持ちなんてわかるわけがない。答えてもらえるわけがないけど、後者であったらいいなと思った。
ひときわ強い風が下から吹いて、プルウィアの体が大きく揺れる。わたしの体も浮かび上がってドキッとしたけれど、すぐに魔法の帯がわたしとプルウィアを結びつけてくれた。
そして次の瞬間、強い光で目がくらんだ。
思わず目を閉じて、風がおさまってからゆっくりと開く。
眼前に広がっていた景色があんまり綺麗だったから、しばらく何も言えなかった。ぐっしょり濡れた服が冷たくてくしゃみをしただけだ。
眼下にはどこまでも白い雲が広がっている。陽の光を受け、キラキラ輝いて見えた。
突き抜けるような晴天には大きな虹。
空高くにある薄い雲が小さな雨粒をたくさん散らしていて、淡い霧みたいにゆっくり降りていく。強くきらめく水の粒たちが美しい虹を描いていた。
雲の上に雨が降るなんて、自然に起きることなんだろうか?
よくわからなかったけど、プルウィアのために降った優しい雨なんじゃないかなという気がして。
物知りでいろんなことを考えるプルウィアなら、この雨の意味はわかるんじゃないかって気がして。
「きれいだね」
それしか言えなかった。でもそれでいいんだと思った。雲海の上にかかる虹の美しさを表せる言葉なんてきっとどこにもない。
プルウィアは何も答えなかったけれど、眼前に広がっていた厚い雨雲は風に千切られるように穴が空いていった。下に残ったのは薄い雲だけだ。
「ねえ、いい考えは浮かんだ?」
返事はないかもしれないし、この雲の様子を見れば答えなんてわかりきっている。
でもなんとなく、プルウィアに声をかけたくなったのだ。
「言わないわよ」
返ってきたのはいつもどおりのぶすっとした声。
「……でも、連れてきてくれてありがと」
怒ったような、ふてくされたような、そんな声だったけれど、なんだかすごく可愛く思えて、ふふって笑ってしまったのだった。
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