13. 雨雲の上にかかる虹(1)
雨が強まったり弱まったりしながら窓や屋根を叩いている。一晩経ったけれど、まだ迷いを感じる雨音だ。
うん、やっぱり誘おう。
「ねえプルウィア、朝ごはんを食べたら空を見に行かない?」
ニゲルとプルウィアが食卓に座るやいなや、わたしは昨夜からあたためていた思いつきを発表した。プルウィアがテーブルの上のパンに伸ばしかけた手を止めて、丸くなった目を向けてくる。
「厚い雨雲なんか見て楽しい?」
「雨雲じゃなくてね、青空を見に行こうよ。プルウィアなら雲の上まで飛べるでしょ?」
「えっ、たぶん飛べるけど……」
プルウィアが困ったような顔をニゲルに向ける。キッチンで調理中のマレに代わってスープを配膳してくれていたオルドも、なぜだかニゲルをチラっと見た。
どうして二人とも彼を見るんだろう? わたしを含めた三人から目を向けられたニゲルは、プルウィアやオルドと視線を交わらせてから私に顔を向ける。
「ステラ。高く昇るほど寒くなるし、雨に濡れると風邪をひくかもしれない。空が見たいなら、雨が止んでから俺と飛ばないか?」
「違うよ。わたしはね、プルウィアと行きたいの。ほら、こんな雨の下で悩んでたらなかなか元気になれないでしょ? 雲を抜けて青空を見たら、きっと気持ちが明るくなると思うんだ」
昨夜、ニゲルが『プルウィアの相談相手になってやってほしい』と言っていたから、うとうとしながら考えた。どうしたらプルウィアに元気になってもらえるかなって。
プルウィアと話すにしたって、じめじめした薄暗い空よりカラッと晴れた青空の下のほうが、きっといい考えが浮かぶはずだ。
「それはそうかもしれないが……午後でもいいんじゃないか? 午前中は儀式のために出かけるから、留守番を頼みたい」
「留守番って、ニゲルを待ってる間に何かすることはあるの?」
「……特にないな」
「じゃあ、待たなくてもいいじゃない? ニゲルだって、早くプルウィアに元気になってほしいでしょ?」
「それは……うん」
困ったように眉尻を下げたニゲルが、少し考えてから、今度はプルウィアに顔を向けた。
「どう思う?」
「
「う……」
プルウィアが眉を釣り上げ、平手でテーブルを強く叩く。器の中でスープがたぷんと揺れ、少しだけこぼれた。
オルドの鋭い目が机に落ちたスープ向けられると、珍しくプルウィアがたじろぐ。
「……スープをこぼしてごめんなさい」
おそるおそるといった声音で紡がれた謝罪に、オルドは黙ってうなずいた。それからニゲルのほうに体ごと向き直る。
「ニゲレオス様、意見を申し上げてもよろしいですかな」
「もちろん。何だ?」
「儀式の間、お二人には出かけていただくのは良い案ではないですか。禁書は願いを持つ者を誘うと聞きますが、遠くから呼び寄せた例は伝えられていません」
「そうなの?」
わたしが首をかしげると、オルドはこちらに顔を向けてうなずいた。
そう言われてみれば、〝強い願いを持つ人〟なんて世界中にたくさんいそうだし、皆が押し寄せたら禁書だって大変だよね。単に「おーい」って呼んだ声がそんなに遠くまで届くわけないよねっていう話かもしれないけど。
「はい。先代巫女が禁書に触れた可能性を捨てきれないので、念のため神殿より離れていただくのがよろしいかと」
「待って、先代巫女って何の話?」
今度はプルウィアが身を乗り出した。先代さんの話はわたしも知らない。先代さんは逃げちゃったから、ニゲルが一人で儀式をしたんだっけ。
ニゲルを見ると、彼は困り顔をして首を横に振った。
「俺たちにも何があったかはわからないんだ。儀式を三度終えた頃かな。月のない夜に屋敷と神殿の結界を抜けるものがあったから、様子を見に行ったんだが――先代の巫女はどこにもいなかった。禁書は保管場所に置かれていたが、巫女が触れなかったのか、触れてから戻したのかはわからない」
「自分とマレも一緒に森を探し回りましたが、巫女を見つけられませんでした。まあ、誰にも先代巫女が禁書に呼ばれたとは断言できません。ただの可能性の話です」
「ふうん……」
眉を寄せて腕を組んだプルウィアが視線をテーブルの上に落とす。
先代さんの話は……まあ、いいや。考えてもわからなさそうだし。
「じゃあ、決まりだね。ご飯を食べたらさっそく行こうよ!」
「若干引っかかるけど……まあ、いいわ」
難しい顔をしつつもプルウィアがうなずいてくれたので、わたしは両手を高く上げた。
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