12. 大人のたちの相談会(2)※ニゲレオス視点
「……と、いう話をした。だが納得している様子はなかったから、俺が留守の間はステラとプルウィアの様子を気にしておいてほしい」
俺の依頼に、マレとオルドがそれぞれ微妙な面持ちでうなずいた。
プルウィアも心配ではあるのだが、行動が読みにくいという意味ではステラの動きのほうが不安だ。
「わかりましたが、できるだけ早く帰ってきてくださいね」
「我々ではどうにもならないこともありますので」
二人が心細そうな目を俺に向けてくる。できれば丸一日ずっと屋敷にいてほしい、と訴えられている気がする。
俺だって何も今日儀式に行きたいわけではない、という言葉は飲み込んだ。
できれば森にいる人間を追い払い、諸々の懸念事項を片付けてからにしたいと思っている。
だが、翌年以降の作物の不出来にかかわる儀式を放置もできない。
大事な儀式の日に横やりを入れてきた人間たちまで食わせてやらねばと考えるほど博愛主義者ではないが、少なくともこの屋敷の者たちを飢えさせるわけにはいかないからだ。
俺も口伝でしか知らないが、先代の王からは『始めた儀式は絶対にやり切れ』と言われている。遠い昔、事情があって儀式を中断した結果、儀式をしなかった年以上の不作に見舞われたらしい。
もともと儀式をするはずだったのは四日前。規則的なリズムを壊してしまうことで何が起こるかもわからないし、まずは今回の儀式を片付けてしまわなければならないだろう。
ふうと息をこぼしたのと同時に、廊下の足音と扉を開く音が聞こえてきた。
『ママー?』
『ニゲル、いるー?』
壁の向こうでノヴァとステラの声がした。マレが「まあ大変、ステラ様もノヴァも起きてきましたね」と慌てた様子で隣の部屋を見た。
『本当のかくれんぼじゃないんだから、机の下にいるわけないでしょ!』
プルウィアも一緒か。
おそらく朝食のために集まった三人が俺たちを探しに来たのだろう。ステラたちが起きだす前に話し終えるつもりだったが、予定より時間をかけてしまったらしい。
オルドがため息まじりに壁に目を向ける。
「子供たちは朝から元気ですな」
「まあ、元気なのはいいことですよ」
ニコニコ顔でマレは頬に手を当てたが、
『ちょっ、カーテンを破くなーーーーーッ!!』
プルウィアの叫び声が響き渡ったとたん、マレの目がすうっと遠くなった。
「ゲンキナノハ、イイコトデスネ……」
心なしか声もおかしい。
オルドがぎょっとした顔をして、マレに顔を向ける。
「よし、書庫の鍵を買いに行くついでにカーテンを新調しよう。なっ」
「そ、そうだ。先日人里に降りた時、いい布を見かけたと言っていただろう。それを買ってきてカーテンにしつらえてはどうだ?」
「イエ、大丈夫ですよ。縫えばまだ使えるでしょう……」
まだ遠い目をしたままのマレがどうにか微笑を取り戻す。ほっとして隣の部屋に向かおうとしたが、
『待って待って待って、カーテンレールが壊れるでしょ!!』
再びプルウィアの大声が聞こえてきて、俺の足は駆け足になった。
急いで廊下に出、開けっ放しの扉から隣の部屋をのぞき込む。
「一体何をしているんだ!?」
「あっ。ニゲル、おはよう!」
窓際にいたステラがぱっと笑顔で振り返る。その無邪気な笑みに目を奪われそうになるが、真っ二つに裂けたカーテンが俺の意識を現実に引き戻した。
二つに裂けたカーテンの一端はステラが、もう一端はノヴァが持っていた。プルウィアは窓の端側に立って、魔法でカーテンを外そうとしている。
「だいたいの想像はつくが……何があった?」
ため息をこらえて静かに尋ねると、ステラがさっと目をそらした。
「えっとね、ニゲルもマレもオルドもいないから、ノヴァとプルウィアと一緒に探してたの」
「あたしを一緒にしないで。
間を置かずにプルウィアが俺に詰め寄ってくる。
ノヴァはノヴァで、マレが廊下から部屋を覗くやいなやカーテンをぽいっと捨て、「ママー!」と俺の脇をすり抜けて行った。
「うん、黙って寝室を抜け出して悪かった。順番に話したい。まず、ステラ。そのカーテンはどうして裂けた?」
「あっこれはその、ごめんね。ニゲルたちを探そうとカーテンをめくったときに、うっかり転んじゃったの」
「……そうか。怪我はないか?」
「うん、大丈夫だよ」
なぜ俺たちがカーテンの後ろにいると思ったのだろう。
尋ねたところで意味のある回答は返ってこない気がして、その疑問は飲み込んだ。
「
「……まあ、でも、ほら。事故ということだから。で、次にプルウィアの質問に答えるが、朝早く目が覚めたから今日の予定を二人と確認していただけだ。ステラとノヴァを起こさないように場所を変えたんだが、余計なトラブルを招いたようで悪かった」
プルウィアが不満げな表情でため息をつく。
その場の空気をとりなすように、マレが廊下から声を上げた。
「さあさ、大急ぎで朝食の準備をしますので、食卓に移動してくださいな!」
「はーい」
ステラが真っ先に部屋を出ていき、ノヴァが彼女を追っていく。マレとオルドもキッチンに向かって駆けていった。
やや遅れて部屋を出ようとしたプルウィアの前に俺は片腕をすっと出した。
「……何?」
足を止め、プルウィアが俺を見上げてくる。
「朝食後に儀式に出るから、留守を頼みたい」
「昨日聞いたわ。わざわざ念押ししてくるのはどうして? 何かあるの?」
「森にね、人間がいるんだよ」
「いつものことでしょ?」
それがどうしたと言いたげな表情で、プルウィアが首を傾げる。
プルウィアの感覚は理解できる。巫女が屋敷にいる間に人間が神殿周辺をうろつくのはいつものことだし、この三百年、人間が結界に触れるほど近くまでやってくることはなかったからだ。
「まあ、いつものことではあるし、人が屋敷に来ることはないと思うが、一応気にしておいてほしい」
「ちゃんと懸念事項を話してくれなきゃわからないわ。
「人間だけの力で何かあるとは思っていないよ。ただ、昨日禁書が俺の結界を消してしまっただろう? あれが俺の留守中に起きると困る」
「……そうね」
禁書の名前を出したとたん、プルウィアの顔が一瞬強張った。
彼女自身も一度禁書に呼ばれているし、できればあまり負担をかけたくはない。
だがもし結界が解かれるようなことがあったとしたら、結界を張り直せるのはプルウィアくらいだろう。彼女も俺と同じく先王の子で、力のある龍だ。
「じゃあ、何かあったらこの屋敷の皆と禁書を守ってろってことね。ま、人間ならやっつけちゃえばいいでしょ」
「いや、戦うことを選ばず逃げてくれていい。〝純粋に力が強い〟ことと〝他人に遠慮なく力を振るえる〟ことは違うから」
むしろなまじ力が強いほうが、加減することばかり覚える。触れる相手を傷つけてしまわないように、何かを壊してしまわないように。
王の住むこの屋敷を縄張りに加えようとする龍などいなかったから、俺も生まれてこのかた、殴り合いの喧嘩すらしたことがない。
仮に他の龍に挑まれたとして、戦い方を知らない俺がはたして勝てるのだろうか、と王をやっていてたまに不安に思うくらいだ。
「でも――」
プルウィアが不満げな顔で何かを言いかけたが、
「ニゲル、プルウィア、朝ごはんはー?」
ステラが戻ってきたのを見て口をつぐんだ。
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