05. 探偵ごっこ(2)
最初に見つけたのは、キッチンでノヴァと一緒に何かを作っていたマレ。
「ステラ様が倒れられたときのことですか? さあ……私は屋敷におりましたので、お伝えできることはありませんよ」
困り顔で頬に手を当てたマレの横から、手足を粉まみれにしたノヴァが飛んでくる。手の平と足の裏だけでなく、肘や膝にまで白いぽつぽつが散っていた。
「ステラさま、みてー!」
「わあ真っ白。何を作ってたの?」
「んとね、まぜまぜしたよ」
「そっかあ」
少し会話がすれ違ってしまったけれど、可愛いからいっか。ノヴァはわたしの肩の上に乗り、頬に頭を寄せてくる。
服に粉がついたけれど……ま、可愛いからいっか。服なんて洗えばいいや。
プルウィアはわたしたちには全く目を向けず、マレと向かい合っている。
「何でもいいわ。その日のことで、知ってることを教えて」
「でしたら、そうですね……あの日は、儀式をするはずだったのです。ステラ様が『神殿の掃除をしてくるね』と先に出られて、ニゲレオス様があとから神殿に向かわれました」
「ちんちくりんはいつも先に神殿に行くの?」
「いえ、だいたいはニゲレオス様と一緒に出られます。あの日はノヴァがニゲレオス様のお召し物を汚してしまったので、着替えている間に掃除を終わらせるからと、ステラ様だけ先に」
眉を寄せたプルウィアが少し息を吐く。
「別に着替えなんかしなくても、着衣状態の人間に化けてしまえばいいのに。何でもかんでも人間に合わせすぎなのよ。
「はい。ニゲレオス様も、とても悔いておられました」
マレも表情を曇らせ、視線を作業台の上に落とした。
「つまり、ちんちくりんは一人で出ていったの?」
「はい」
「ノヴァは?」
「この子は儀式の邪魔にならないようにお留守番させていましたよ」
ふうん、とプルウィアが訝しげな視線を向けてくる。「おるすばん、やだ」と小声で呟いたノアは、隠れるようにわたしの後ろに移動した。
「じゃあ次は、
「ええと、ニゲレオス様がステラ様を抱いて帰って来られました。ステラ様は眠っているご様子でしたが、声をおかけしても揺すっても反応がなく……ニゲレオス様と一緒にベッドにお運びして、汚れたお召し物を変えさせていただきました」
「服が汚れてた? どんなふうに?」
「えっ、ええと……どうだったでしょう。私も気が動転していたのでよく思い出せません」
「そう」
ニゲルに抱かれて帰ってきた。それを想像したら心臓がぴょこんと跳ねた。
同時にどうして覚えていないのだろうと残念な気持ちになり、次に重くはなかったかと不安になった。
不思議だな。少し想像しただけなのに、なんだか気持ちがせわしない。
プルウィアは指を唇に当ててしばらく考えていたけれど、
「ありがと。また来るわ」
くるりとマレに背を向けて、わたしの肩を叩く。
「次はオルドを探すわよ」
「あ、うん」
後ろの様子をうかがおうとすると、ノヴァは粉まみれの手足でわたしの肩に乗った。
「のあもいくよ」
「うーん、じゃあ一緒に行こっか」
そう答えてから、プルウィアに反対されるかと不安になった。でも彼女はちょっと考えて、「来るなら手足を洗いなさい」と流し台を指で示す。
「やだ」
「洗わないなら連れて行かないわよ」
「やーだ! いくの!」
プルウィアの細長い眉がぴくりと動いたのを見て、慌てて口を開く。でもわたしが声を上げる前に、肩から重みがふっと消えた。
光の帯に包まれたノヴァがふわふわ浮いている。マレがノヴァに向けて手を伸ばしていた。
「おりる!」
「お二人を困らせないの。さ、キレイキレイしましょうね」
「やーーだーー! おるすばんしないー!」
じたばた暴れるノヴァの目から光る粒がぽろぽろこぼれ出す。待ってるから大丈夫だよと声をかけても、聞こえていないのか泣きわめいている。
マレの魔法に包まれたまま手足の粉を洗い流されたノヴァは、光の帯が消えるやいなや飛んできた。
「だっこして……」
わたしの服をつかんだノヴァを抱いてなでると、ノヴァは不満げな顔で鼻をすすった。
さっきプルウィアの部屋に行くときに黙って置いて行ってしまったから、怒っているのかな。
オルドは書庫にいた。書庫の扉を開けたら床に本がたくさん積んであって、代わりに棚のいくつかが空になっている。
オルドは手にしていた雑巾を棚に置き、ホコリが舞っているからと廊下に出てきて書庫の戸を閉めた。
「ウオッホン、何用でございましょう」
「この子が倒れたときのことを聞きたいんだけど」
わたしの一歩前に出たプルウィアが、オルドをじっと見下ろす。オルドはふさふさの白い眉毛を片方持ち上げた。
「特にお伝えできることはございませんな。ニゲレオス様にご質問ください」
「ちょっと待って!」
早々に書庫に戻ろうとしたオルドの手をプルウィアがつかむ。
「別に、倒れた瞬間の話でなくてもいいの。何でもいいから、その日のことで、知ってることを教えて」
「と、言われましても……自分は今日と同じように屋敷内の掃除をしておりました。マレからステラ様が倒れられたと聞いて初めて、何かが起きたと知りました。自分にはそれ以上の情報はございません」
「もうちょっと教えてよ。ステラは一人で出かけたの?」
「存じ上げません」
「じゃあ、帰ってきた時は? どんな様子だった?」
「存じ上げません」
「何があったのか
「質問はしましたが、お答えはいただけませんでしたな」
プルウィアの声にが少しずつ苛立ちが混じっていったけれど、オルドは変わらず淡々とした事務的な声。
「知らないものは知りません。では掃除が残っていますので。失礼」
オルドはそう言って、書庫にさっさと戻ってしまった。わたしたちを拒絶するように閉められた扉に向かって、「掃除なんかどうでもいいじゃない!」とプルウィアが叫ぶ。
「まあまあ、何も知らないって言ってるし、仕事の邪魔はやめようよ」
おずおずと言ってみたら、眉を釣り上げたプルウィアに鼻頭を軽く押された。
「あのね。どうせちんちくりんのことだから、二人の話をそのまま信じてるんでしょうけど、マレもオルドも、
「うーん」
隠し事や嘘があるって決めてかからなくてもいいのになあ。
「こうなったら、ノヴァ。あんた、この子が倒れた日に一緒に神殿に行かなかった?」
プルウィアがノヴァを見下ろして、腰に手を当てる。ノヴァはわたしの腕から抜け出して、プルウィアの顔の高さまで飛び上がった。
「しんでんいかない」
「そうだよね」
神殿には私一人で行ったとマレも言っていたし、ノヴァは留守番だったんだろう。
でもプルウィアは少し黙ってから、
「質問を変えるわ。この子と一緒に神殿に行ったことはある?」
と聞き直した。
行かないって言っているのに、どうして確かめるようなことをするんだろう?
首を傾げていたら、
「いったことあるよ」
ノヴァが平然と答えを変えたので、わたしは目をぱちぱちさせた。プルウィアがため息をついてわたしに顔を向けてくる。
「子供の話なんてこんなもんでしょ。過去の話と今の話がすぐ混ざるし、向けた質問と回答が対応するとは限らない。ノヴァ、今から神殿に行くのは駄目だけど、行ったことはあるのよね?」
「のあ、ステラさまとおそうじした」
「そうなんだ」
じゃあ、わたしが記憶を失った日もノヴァは一緒だったのかな? それとも、別の日に一緒に掃除をしたことがあるだけなのかな。
「あたしはね、あんたが一人で神殿に行ったってことが信じられないの。いつもあんたに引っ付いてるノヴァが大人しく留守番したとは思えないのよね。さっきも手洗いだけでごねたでしょ」
「でも、ノヴァは神殿が怖いって言ってたよ。一度行ったっきりなんじゃないかなあ」
「怖い? あんな屋根と柱しかない場所の何が怖いのよ?」
プルウィアが目を丸くして、顔をノヴァに戻した。
「ノヴァ、神殿に何があったの? 何を見たの?」
急に不安げな顔になったノヴァが、わたしの胸の前まで戻ってくる。抱っこしてあげると、わたしの服をぎゅうとつかんだ。
「怖いことを聞いてごめんね。ノヴァが何を怖いと思ってるのか、教えてくれたら嬉しいな」
できるだけ優しい声をかけてみる。しばらくわたしを見上げていたノヴァが、ぽつりと呟いた。
「……くろいおばけ、いるよ」
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