05. 探偵ごっこ(3)



「え、お化け?」


 想定していなかった回答に目を瞬く。暗いとか、虫が出るとか、恐ろしい雰囲気があるとか、そういうことだと勝手に想像していた。でも、なんていうか、お化けって言われると急に現実感が家出してしまった気がする。


「そのお化けはどんな姿をしてるの?」

「……」


 プルウィアの問いにノヴァは困った顔をした。うまく思い出せないのか、説明するための言葉が見つからないのかはわからないけれど、フリーズしてしまっている。

 もうちょっと答えやすい質問を考えてあげたほうがいいのかな。


「お化けさんは、大きかった? 小さかった?」

「おおきかった」

「大きいんだあ」

「でも、ノヴァからすればちんちくりんですら大きく見えるわよね」

「うーん、そうかも」


 ノヴァより大きなお化け。少なくとも虫や小動物の見間違いではないんだろう。でもまだイメージがわいてこない。

 難しい顔をしたプルウィアが「黒と言えば兄様あにさまだけど、さすがにノヴァでも見間違えないか」と首をかしげる。


「で、そのお化けは何してたの?」

「わかんない……」

「じゃあ、そのお化けはどこにいたの?」

「かいだん」

「階段って神殿の周りにある階段かしら。でも地下室もあるって言ってたわよね。ノヴァ、どっちの階段のこと?」


 ノヴァがまた困った顔で首を傾ける。地下室の意味がわからない? それとも思い出せない? 質問を変えてあげたいけれど、神殿を見たことがないからどう言い換えていいのか思い当たらなかった。


「ねえ、どっち?」


 プルウィアが一歩進み出る。でもノヴァは「うえにいたよ」と小声でこぼしただけで、無言の時間がやってきた。

 動けなくなってしまったわたしたちに、静かで低い声がかけられる。


「プルウィア、あまりノヴァに詰め寄ってやるな」


 ちょっと困ったような笑顔を浮かべたニゲルが廊下を歩いてくるところだった。着ている服が昼食の時とは違う。黒くて綺麗な髪が濡れて額や頬に少し貼り付いている。


「その髪、どうしたの?」

「どうして濡れているのかという質問か? 神殿の結界に何かが触れたようだから見てきたんだ。その時にな。木が倒れただけだったよ」


 プルウィアが腕を組み、じっとニゲルを見上げる。


「……神殿で何かしてきたわけじゃないのよね?」

「仮に俺が違うと答えたとして、信じてくれるのかい? 探偵さん」

「信じないわ」

「なら、答える意味はないな」


 穏やかで淡い笑みを浮かべたニゲルが、廊下に連なる窓に目を移す。雨の音は静かで、風も鳴っていない。


「嵐は過ぎたし、今なら神殿に行ってもいい。気になるなら、ステラを連れて一緒に行くか?」

「……いいの?」

「今なら雨は激しくないし、大丈夫だろう。どのみち、早いうちにステラを連れて神殿に行く必要はあるんだ。今のステラに儀式が可能かどうか確認しなくちゃならないから。それが今でも俺はいいよ。ステラはどうだ?」


 ニゲルとプルウィアに視線を向けられ、「わたしもいいよ」とうなずいた。ノヴァが見たお化けも気になるし、記憶を失った場所に行ってみたら何か思い出せるかもしれない。

 でも、ノヴァはぱっとわたしを見上げ、胸に足を乗せて登ってくる。


「ステラさま、しんでんいかないよ」

「え? うーん、でも、わたしは行きたいな。ノヴァも一緒に行く?」

「だめ! いかない!」


 ぶんぶん首を横に振ってから、ノヴァがわたしの手首を引く。小さな体に反して、どこか必死さを感じる強い力だった。


「ノヴァ、ステラを心配しているのはわかるが、今回は俺もプルウィアも一緒だから大丈夫だよ」


 ニゲルが優しく声をかけてくれても、ノヴァは首を横に振る。だめ、いや、いかない、それだけを何度も繰り返す。徐々に声が湿ってきた。


「あんたも一緒に来ればいじゃない。あたしたちにお化けについて教えてよ」

「だめ! いかないの!」


 神殿がどういう場所なのか気にはなるけど、ノヴァがこんなに止めるならやめようかな……。

 迷っていたら、書庫の扉が開いてオルドが顔を覗かせる。彼から放たれた光の帯がノアの体をぐるりと巻いた。


「ノヴァ、ニゲレオス様を困らせるんじゃない」

「やーだ! オルド、ちがう!」


 あれ? マレは〝ママ〟なのにオルドは名前で呼ぶんだ? 

 龍は一人で卵を産むという話だったから、お母さんはいてもお父さんはいないのかな。

 つまりニゲルはいつか子供に〝パパ〟じゃなくて〝ママ〟って呼ばれるの? なんだか不思議。


「うちの子が失礼しました。ノヴァは自分たちで見ていますので、気にせずどうぞ」

「悪いな」

「いえ、むしろ申し訳ございません」


 一礼して、オルドがノヴァを連れて行く。大きな泣き声が遠ざかっていくのを聞いていると、なんだか心が重く感じる。


「やっぱり、神殿に行くのは今日じゃなくてもいいかなあ」

「だめ。あたしはここに長居できないし、今から行きましょ。兄様あにさまの気が変わっても困るし」


 プルウィアがわたしの腕をつかみ、ニゲルを見上げる。ニゲルは「俺にもステラを連れて神殿に行かなきゃならない用はあるんだよ」と苦笑を返した。


「ステラが嫌なら無理強いはしないが、どうする?」

「うーん」

「あたしは無理強いするわよ。行きましょ」

「……じゃあ、行こうかな」


 ノヴァには悪いけど、そうしよう。そのぶん、帰ってきたらたくさん遊んであげなくちゃ。


「俺は雨よけになりそうな大きなタオルでも持ってくるよ。玄関で待っていてくれ」


 廊下の向こうに歩いていくニゲルを見送ってから、わたしも玄関に足を向けた。


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