05. 探偵ごっこ(1)


 食後に向かったプルウィアの部屋は、すごく可愛かった。

 壁はピンクの花柄で、白いカーテンは細かいレース編み。ベッドのフレームやチェストはピンク寄りの赤色で、可愛いぬいぐるみもたくさん置かれている。


 ニゲルとわたしの部屋を筆頭に、屋敷の内装はすごくシンプルだったから、この場所だけ別の家みたいだ。


「ねえねえプルウィアの部屋、すごくか――」

「可愛いって言ったら怒るわよ」

「どうして?」


 こんなに女の子らしい部屋なのに。

 外は強い雨。雷はおさまったけれど、まだ機嫌は悪いらしい。


「早速だけど本題に入るわ。兄様あにさまが隠していることに心当たりはない?」

「わたしが倒れていたときのこと?」

「それもあるけど、それだけじゃなくて!」

「うーん……倒れてたときのことはわたしも何も聞いてないし、他にって何だろう」


 腕を組んで悩んでみても思い当たるものはない。しばらくウンウンうなっていたら、


「あんたに聞いたあたしが馬鹿だった……」


 大きなため息で諦められてしまった。


「二人で話したいって言うから、プルウィアの相談かと思ったんだけど」

「あたしの話はいいわよ。あんたの記憶喪失のほうがよっぽど大事おおごとじゃない」

「そう?」

「全然ピンときてないあんたが理解できない……」


 半目になって眉を寄せたプルウィアが、ベッドに腰を下ろす。腕を組んで床に目を落とすと、


兄様あにさまは自分勝手な理由で嘘をついたり隠し事をしたりする人じゃない。絶対何かあるんだわ。でも何かしら」


 小声でひとりごとを言い始めた。

 全部忘れてしまったからここ一日の印象でしかないけれど、ニゲルは誠実な人に見える。あえて教えてくれないってことは何か意味があるんだろう。プルウィアに問われたときも、答える前に何かを考えているようだったし。


「神殿は兄様あにさまの結界で覆われているから部外者は入れないはずだし、兄様あにさまもマレもオルドもノヴァも義姉様あねさまに危害を加えるようなことはしないだろうし、だったら事故か何かで」

「えっ」

「え?」


 プルウィアがきょとんと顔を上げる。聞き間違い? ではない、よね?


義姉様あねさまって、わたし?」

「っ!?」


 ピシッと固まったプルウィアの色白の顔が、みるみるうちに首まで赤く染まっていく。あっよかった、聞き間違いじゃなさそうだ。


「言ってない! 耳おかしいんじゃないの!?」

「でも、さっき」

「そんなこと言うわけないじゃない! あんたなんか〝ちんちくりん〟で十分よ!!」

「えーっ、義姉様あねさまって呼んでほしいよ」

「呼ばない!」

「ええーっ」


 もっとあねさまって呼んでほしい。聞き返さなかったらもうちょっと言ってもらえたのかな。失敗した。


 でも、そうだよね。ニゲルの妹ってことはわたしの義妹。つまりわたしはお姉ちゃん。〝お姉ちゃん〟かあ……いい響きだなあ。


「ちょっと、ニヤニヤしないで。気持ち悪い」

「へへ、可愛い妹がいるって嬉しいな」

「あんたはどうしてそう、恥ずかしいことを平気で言えるのよ」

「恥ずかしくないよ?」

「言われたあたしが恥ずかしいの!」


 そうかな。わたしなら、可愛い妹って言われたら嬉しいけどな。

 そっぽを向いたプルウィアの首と耳の赤みは引いたけれど、まだ頬が赤い。ふふ可愛い。


「っていうか、あたしは何が起きたのか考えたいの。邪魔しないで!」

「はーい」


 何が起きたのか、わたしだって気にはなる。

 でも神殿のことなんて思い出せないし、嵐じゃ外には出られないから、わたしにはどうしようもない気がする。


「……あれ?」


 窓に目を向けてみると、吹き荒れていた風は静かになっていた。天気はもう、しとしと雨。

 プルウィアは考え込んでいて、外の変化には気付いていなさそうだ。


兄様あにさまに聞いてもこれ以上の情報は得られないだろうし、マレとオルドに聞くしかないわね。時間もないし――よし、今から聞き込みにいくわよ!」

「あ、うん」


 勢いをつけて立ち上がったプルウィアの口元は、少しだけ上を向いていた。

 なんだかちょっと、探偵ごっこを楽しんでない?

 うーん、まあ、怒ってるよりいっか。

 でも『時間がない』ってなんだろう?


「プルウィアはこのあと予定でもあるの?」

「別に。ただ、今回は嵐を連れてきちゃったから、早めに発たなきゃと思っただけ」

「どういうこと?」

「雨はあたしを追ってくる。乾いた土地には恵みの雨でも、過ぎれば土を流し、植物の根を腐らせるわ。一箇所に留まるのは長くて五日って決めてるの。今回はこんなだし、明日には出ないと」

「そっか」


 せっかく帰ってきてくれたのに、すぐ出ていってしまうなんて残念。長くて五日しか留まらないということは、ずっと旅を続けているようなものだ。楽しそうではあるけれど、ゆっくり休めているのかな。


「寝る場所や食事はどうしてるの?」

「洞窟とか、大きな木の根の下とか、放置されてる空き家とか、いろいろね。食事は木の実や果物、山菜が多いかな」

「それでちゃんと眠れてる? お腹すいたりしない?」


 首をかしげると、プルウィアは面倒くさそうな表情になった。


あたしたちの感覚からすれば、人間みたいな家を作って住んでる兄様あにさまのほうが変なの。人間の物差しで心配しないで。あんたはあたしの母親か何か?」

「ううん、お姉ちゃん」

「いや、……って、前にもこんな会話をした気がするわね」


 はあとため息をつき、プルウィアはわたしの鼻をぐいと押し上げた。


「休む家ならここにあるし、何か困ったら帰ってくるわ。あたしが平気で出歩いてるうちは、心配しないで待ってなさい」

「うん、わかったよ。……あれ? つまり、今は何か困って帰ってきたんだよね?」

「こんな時だけ鋭く揚げ足を取るんじゃない! ほらっ、聞き込みに行くんだからさっさとついてきなさい!」


 わたしとしては、自分のことよりプルウィアの相談に乗りたいんだけど……お姉ちゃんとして。

 でもプルウィアが早足で部屋を出て行ってしまったので、駆け足で追いかけた。



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