02. 巫女の役割(3)



「あっ、では代わりに龍の結婚についてお話するのはどうですか?」

「龍の結婚?」


 首を傾げると、マレがほっと胸をなでおろす。プロポーズの話を聞くのを諦めたわけではないんだけどな……。


「聞くところによると、人間は群れで暮らし、子を成すために結婚をするのでしょう?」

「うーん、たぶん、だいたいはそうじゃないかな」


 自分がどう生きてきたのか思い出せないから「たぶん」としか言えないけれど、だいたいの人間は村や町で暮らしているはず。


「私たち龍は群れを作りません。性別もありませんので、一人で卵を産み孵化させることができます」

「えっ、性別がないの?」

「はい。巫女様をお迎えするため、人間の常識に合わせてこのお屋敷の者は人間に化けるときの性別を決めています。ですが普通の龍はそんなことはしません」

「へー」


 龍は男でもあり女でもあるってこと? それとも、男でも女でもないってこと?

 よくわからないけど、龍って不思議。


「何を申し上げたいかというと、〝龍は無理につがいを作る必要はない〟ということです」

「じゃあ、どうして結婚するの?」

「私たちがつがいを作るのは、ただ純粋に〝相手と生涯を共にしたい〟と望んだ時だけです。命尽きるときまで共に在ろうという約束なのですよ」

「へえ、素敵だね!」


 一人でも生きていけるのに、あえて誰かと一緒にいたいと願うのは、きっとすごく特別なことなんだろう。

 それはすごく純粋な、キラキラした〝好き〟で繋がるってことなんじゃないのかな。


「じゃあ、マレは一生一緒にいたいくらいオルドが大好きだから結婚したんだね!」

「えっ!?」


 全身青いマレの顔に、さっと赤みがさした。ピンクに染まった頬が可愛い。


「いや、それはまあ、その、そうなのですが……」


 マレはもじもじごにょごにょと小声になって、視線を下に向ける。うんうんそうだよね、時々ケンカをしたって大好きなんだよね。

 いいなあ、龍の夫婦って素敵だなあ。


「私はですね、ステラ様とニゲレオス様の話をしようとしていたのですよ!」

「そうなの?」

「そうですとも! あっ、ですよね、ニゲレオス様!」


 マレが屋敷のほうを向いたので、つられてそちらを見るとニゲルが歩いてくるところだった。


「ニゲル、どうしたの?」

「結界に何かが触れたので見に来たんだが、やっぱりいつものやつだったな」


 まだ結界に体当りして遊んでいるノヴァに目を向け、ニゲルがやわらかな笑みをこぼす。

 同じようにノヴァを見上げたマレが、苦笑を広げて頬に手を当てた。


「うちの子がいつもすみませんねえ」

「構わんさ。マレも同じように遊んでいただろう」

「いやですよ、そんな百年も前のこと」


 ……ん? 百年って言った?

 聞き間違いかとも思ったけれど、確かにマレは百年と言った。

 

 まあ、マレと同い年のオルドはおじいちゃんに見えたし、百歳でも不思議は――うーん、百歳か……龍の歳ってわかんないなあ。


「ところで、マレ。さっきの〝ですよね〟とは何の話だ?」

「ああ、プロポーズについて気にされていたので、龍の結婚についてお話していたんですよ。龍は愛によってのみ結婚するのだということをお伝えしました」

「ああ、そういうことか……」


 ニゲルがこちらに顔を向けたので、わたしも彼を見上げる。


「ニゲルは、わたしと死ぬときまで一緒にいたいと思ってくれたから、結婚したの?」

「……そうだよ」


 近づいてきたニゲルがわたしの手を握る。大きくて熱い手だ。

 でも手の平以上に熱っぽい視線を向けられたことに、脈が強く打った。


「ステラ。俺は、君が命尽きるときまで君の隣に在りたいと願った。もし君が記憶を思い出すか、いつかまた同じような気持ちになったら、そのときはもう一度俺と結婚してほしい」


 真剣な表情がまっすぐわたしに向けられている。ニゲルの熱がわたしの手に移り、全身を上って頬に集まってくるようだった。


 わたし今、プロポーズされてる?

 プロポーズはどんな風だったのって聞いたから、もう一度言ってくれたのかな。


 ……あれ? でも、なんか変だな?


「ねえニゲル」

「うん」

「わたしたち、離婚してないよ。もう一回結婚なんてできるの?」

「…………」


 首を傾げると、ニゲルは微妙な顔つきになってマレを振り返る。でもマレはさっとわたしたちから離れ、ノヴァに「そろそろ中に入りましょうねー」と声をかけた。

 まだ洗濯物が残ってるけど、いいのかな?

 

 ニゲルはわたしから手を離し、困り顔になる。


「ステラ。今の君からすれば、俺は昨夜会ったばかりの知らない男だろう? そんな男と結婚していることに抵抗はないのか?」

「うん、ないよ」

「ないのか……」


 なんともいえない顔をされてしまったけれど、ないものはない。


「昨夜目覚めたときにね、ニゲルがしょんぼりしてると悲しいし、離れたらさみしいって思ったよ。ニゲルみたいに美しい人が旦那様なんて素敵だなとも。今の自分がニゲルを好きなのかはよくわからないけど、きっと前のわたしはね、ニゲルを好きになったんだよ」


 しばらくぽかんとしていたニゲルは、ふっと笑顔になる。やわらかなその表情に、突然胸の奥が震えた気がした。

 もっと見たい。ずっと近くで。

 そう思うこの気持ちは、恋なんだろうか。愛なんだろうか。それとも全然別の何かなんだろうか。


 わからないけれど、素敵なものには違いない。 


「そうだ、ニゲルの本当の姿を見せてくれるって言ってたよね?」

「ああ……なら、今見せようか。少し離れていてくれ」


 どう離れようか迷って、マレとノヴァに近づいてみる。その場に立ったままこちらを見ていたニゲルは、視線を青い空に移した。



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