第5話 魔法部を作りたい (2)

「やめてください! 皆さんなんですか寄ってたかって、教師が生徒を叱ることはあっても馬鹿にするなんてどんな理由でも許されないですよ!」


 まさか年下に怒られるとは思ってもいなかったのか周りは静かになる。先ほどまでは興味がなく自分の作業をしていた教師も今はこちらに注目しているようだった。


「でもねぇ来栖先生、魔法部なんて正直馬鹿にされて当然でしょ」


 怒られたからか機嫌の悪そうに中年の男性教師はそう言う。


「生徒が間違っていたとしても、笑わずに生徒と対話して正しい道に進ませるのが教師の役目だと私は思います!」


 すかさず千羽先生はそう言い返す。


「現実はそんなに甘くないよ、まあ君は若いからまだ分からないかも知れないがね」


 二人は睨み合い膠着状態になる。俺はこんな大事になると思っておらず焦るが何か言うこともできず押し黙る。緊張状態の中、普段の何倍にも感じられる数秒が過ぎていく。


「なんの騒ぎかね? 大声が聞こえたが」


 そんな時職員室に入ってきたのは入学式で一度見た、この学校の校長だった。


 校長の登場で膠着状態が終わり、千羽先生と言い合っていた男性教師がことの顛末を報告しようとした時。


「私が少し感情的になってしまいました、お騒がせしてすみません」


 男性教師が口を開く前に、千羽先生は校長に自らに非があると訴えた。


「ふむ、千羽くんがかね。何があったのかな?」


「それは…」


 千羽先生は校長の返答に言い淀み、俺らの方を見る。おそらく校長にも俺たちが笑われるかもしれないため、それを避けようとしたのだろう。


 俺はこの人は本当に生徒を守ろうとしているのだというのを実感した。この人は信用できるとは思ったが、俺には人を信頼できないという性格があり俺はそれを少し後悔した。


「言いづらいなら校長室で話を聞こう、君たちも来るように」


 職員室を出る時何人かの教師がにやついてこっちを見ていた。その目は校長から俺たちがまとめて叱られることを確信している目であり、俺自身もそんな予感はしていた。


 校長室は落ち着いた部屋の雰囲気となっており、奥に校長が普段座っているであろう机と椅子がある。その手前には来客用のためか幾つかのソファーと机が置いてあった。


「どうぞ、ゆっくりしていってくれ」


 校長はそう言いながら自分の椅子に座り、俺たちがソファーに座ることを促した。


「それで何があったのかね?」


 校長は再び尋ねる。


「先ほども言ったように私が冷静さを失って他の教師と口喧嘩してしまいました。だからここにいる彼らは関係ありません」


 千羽先生はあくまで俺たちを庇い自分だけが叱られる気持ちであるようだった。


「私は校長だ、何があったのか知っておく必要があると思うのだがね」


 校長は誤魔化しは通じないと言ったふうに心の中を覗いてきそうな目を俺たちに向ける。


「それでも……」

 

 千羽先生は何を言えばいいか分からず、とりあえず場を繋ぐための時間稼ぎをするためにそう呟いたように見えた。しかしその後に言葉は見つからずあたりは沈黙が支配する。そんな時


「魔法部を作りたいって私がお願いしたんです、そしたら他の先生方に笑われて……それを千羽先生に庇ってもらったんです」


「来栖さん……」


先ほどの事で傷ついていただろう来栖は覚悟を決めてそう言った。


「なるほど、だいたい事情は理解したが…」


「なぜ魔法部を作りたいと思ったのか聞かせてもらえるかな?」


 校長の目つきが真剣なものに変わりそう質問する。その目は真っ直ぐに来栖を見ていた。


 俺はこの質問に違和感を感じていた、何故なら今の来栖のセリフから来る質問は普通なら魔法部ってなに? という反応だからだ。人によってはそもそも質問などせずに魔法部という響きの悪さからダメだと言ってそこで話を切り上げるだろう。


「私は……魔法が好きだから魔法を自由に使える魔法部を作りたいと思いました」


校長はその言葉を聞きしばらく目を瞑る。そして再び開いた目は今度は俺の方を向いていた。


「そうか、それで君は」


「えっ?」


 来栖への質問が一瞬で終わる。しかもその答えは到底一瞬で納得できるものではないのにだ。そして次の質問は俺に向けられたものだった。俺は困惑をした、何故なら俺に話が振られるとは思っていなかったからだ。


「君にも理由があるんだろう、君なりの」


 校長はそう言い静かに俺の言葉を待っていた、ここで俺が何か言わないと話が進展しない様子だ。


 校長にそう質問され、改めて自分で考えてみても俺はなぜ魔法部に入ると言ったのか分からなかった。当時を思い出しても気づいたら入ると言っていたし、魔法が嫌いでめんどくさがりな俺が魔法部に入る理由なんてなかった。


 ただ必死に何か言おうと考えると俺は初めに来栖の誘いを断った後、俺から離れていく来栖の背中が思い出された。


「俺は……魔法は嫌いです、けど上手く言葉にできないけど彼女の話を聞いた時、俺は彼女のことを否定したくなかった……みたいな気がしました」


 俺はそんなよくわからない答えを捻り出すしかなかったし、自分でも何を言っているのかよく分からなかった。


 それを聞いた校長は長く沈黙し、あたりに緊張が走る。この後校長に怒られるのだろうか、ただそれはなんだか嫌だと思えた。


「そうか……いいじゃないか魔法部」


「「「えっ?!」」」


 穏やかな顔になった校長の言葉は俺も来栖もそして千羽先生も全くの予想外だったのだろう。俺たち三人は校長の前でそんな気の抜けた返答を三人同時にしてしまった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る