第3話 高校生活の始まり (3)

「すみません!」


 そう後ろから声をかけられた。


「え?どうした?」


「少し話を聞いてもらえませんか?」


 振り返るとなんと来栖だった、もう話すことはないと思っていたがそうではなかったらしい。しかし俺は早く帰りたいので今会話するのは嫌だった。


「なんで」


そう嫌そうに言えば引き下がるだろう。


「ダメですか……」


 そんな顔で見られても……彼女にあまり引き下がるつもりはないらしい、断る理由も思いつかない、しょうがないか、ここで帰る方が後々気まずくなって面倒くさい。


「わかったよ」


「ありがとうございます」


 俺の返事に来栖は安心したようだ、だがすぐ厳しい顔に戻り、感謝を述べた後彼女は移動を始めた。よくわからないがついてこいという意味だと思われるのでついていく、徐々に辺りの人の数が少なくなる。あまり人に聞かれなくない話なのかもしれない、これが告白ってやつか? 昨日の感じだいぶ変なやつっぽいから、あんまり関わりたくないんだが、いやでもさすがに告白だとしたらいきなりすぎるだろ……何なんだ?


 やがて誰もいない廊下まで着く、来栖の足は止まったが彼女は僅かに俯いたまま何も喋らない。


「それで話って?」


 仕方ないので俺から話を振るとやがて彼女は意を決したような表情を上げた。


「私と一緒に魔法部を作ってくれませんか?」


「は?」


 勝手に口が開いた、それほど言っている意味がわからなかった、作る作らない以前の問題にそんな部活見たことも聞いたこともないし何の部活なのかも検討もつかない


「魔法部? それは何をする部活なんだ?」


「いろんな魔法をみんなで覚えてそれを自由に楽しく使うような部活です」


 何を言ってんだ? 魔法を楽しく? 自由に使う? ただの魔法科の人間が? そんなの生徒会は許さないだろ、それに普通の価値観で考えても魔法を楽しくなんて嫌悪の対象だ。


「それはダメだろ、魔法は他人の前で使っちゃいけない、その前提のもと特別な立場の人間や仕事上魔法の使用が許可されている人間だけが魔法を使えるんだ、当然魔法部なんてものに許可は降りない」


 そう誰でも知ってるし納得してる当たり前のことを来栖に言う。


「それは……わかっています……今までもそうでしたから、ただ私は今の魔法の使われ方は好きじゃないから……」


「好きじゃないからってそういうもんなんだから、魔法を使いたいなら家でバレないように使えばいいんじゃないか」


 もし来栖が本当に魔法を使うこと自体が好きだというなら自分の部屋で勝手に遊べば誰にも不快な思いをさせることはなくなる。


「そう……かも知れません、でも……! いや……そうですね、ごめんなさい変なこと言っちゃって」


 何かを言い返そうとした来栖だったが結局は何も言わなかった。


「いや別に謝るほどのことじゃないけど、というか何でそんな魔法にこだわるんだ、そもそも魔法が好きな人なんて初めて会ったよ」


 俺は未だに魔法が好きというのが信じられずそう質問をしてみた。それを聞いた来栖はしばらく黙ってしまった、やがて覚悟を決めたような顔で話す。


「私は魔法に救われたから……子供の頃から周りに上手く馴染めなくて苦しい思いをしていたんですけど、初めて魔法を使った時この世界の広さとかうまく言えないんですけどそう言うのを感じて、スッキリした気分になったんです。それから魔法を使ってる時だけは自由になれるような気がして……」


 俺は魔法は嫌いだが、正直言いたいことは何となくわかるような気がした、しかしほぼ初対面の人間にこういうのを言うなんてやっぱり変なやつなんだな。俺なら他人に自分の気持ちなんて話さない。


「そう、それで魔法部作りたくてちょうど部活に入らない隣の席の俺に入って欲しかったってことか」


「すみません、迷惑でしたよね。ただ音宮さんを誘ったのは隣の席だからっていうわけじゃないんです」


 じゃあなんだと言うんだ? 俺はその先の言葉が気になり耳を傾けた。


「音宮さんも私と同じように生きづらそうな顔をしていたから」


「えっ?」


 それは予想外の言葉だった、俺は瞬時にそんなことないと否定しようとしたが口から出た言葉は困惑を示す言葉であった。その後も何かを言おうとしてもうまく言葉が出て来ない、ただ俺の胸には赤の他人から言われたその言葉がずっしりと残り続けた。


「だから、一緒に魔法部を作れたらって思って、魔法に対する私の気持ちも正直に答えました」


 来栖はそう言い切るとやがて表情を暗いものに変えた。


「変……ですよね、今までの話は忘れてください」


彼女は後ろを振り返り今までの話をなかったことにしようと言いこの場から離れ始めた。その背中は酷く寂しげだったのは俺の見間違いではないだろう。

 

 きっと彼女は誰にも理解されずに、この後も魔法の世界に閉じこもるのだろう、魔法好きなんて俺なんかとは比べ物にならないほど多くの人に否定されるはずだ、その時自分のことを馬鹿にしてくる方が馬鹿みたいな開き直りができそうもない彼女はどうなるのだろうか。


「待ってくれ!」


 俺との距離が離れ始めた彼女の背中に声をかける。自然に声が出たことに自分でも驚く、まるで自分の体が勝手に動いたようだった。しかし呼び止めてしまったのだから何か声をかけなければいけない、魔法部なんてふざけた部活に入るつもりなんてなかったので何でもないと返そう、そう頭で考えた。


「俺……入るよ、魔法部」


 きょとんとする来栖、俺も自分の口から出た言葉が信じられなかった、魔法部に入ると言ったのか? なぜ? もう俺の体は俺の頭の言うことを聞いていなかった。まるで俺の魂が口を動かしているように思えた。俺の言葉を聞いた来栖はハッとした顔になる。


「ほんとですか?! ありがとうございます!」


 彼女は開いていた俺との距離を詰め嬉しそうな顔でそう言った。


「お、おう、よろしく」


 何であんなことを言ってしまったのか分からなかったが、俺はもう引き返せないと感じたので俺の頭に体の支配権が戻ってきた今、諦めて入部する意思を再び示した。


「私魔法部みたいなの作れたらいいのになってずっと思ってたんですよ!でもきっと誰も入ってくれないだろうなって心のどこかで諦めてたんです、だけど音宮さんが入ってくれるって言ってくれて本当に嬉しいです!」


「そ、そうか」


 普段の彼女からは想像できないほど楽しそうに早口気味で喋る来栖、何となく彼女は特定の話になると早口になるタイプの人間だと思った。


「あ、音宮さんは魔法は好きですか?」


 彼女はふと思い出したかのようにそう質問をしてきた。


「俺は魔法は嫌いだよ」


 聞かれたので正直に答えた、答えた後に思った、やはりさっきまでの行動は矛盾している。流れで入部するなんて言ったが前提からして俺は魔法は嫌いなんだ。やはり俺は魔法部なんてやれない。


「えーー! 魔法部に入ってくれるのに」


 壁に振り向きそこに手を置きがっくりとした来栖。それはそうだ、彼女も魔法が嫌いな奴と一緒に魔法部なんてやりたくないだろう。やはりこの話は無かったことにした方がどちらのためにもなるはずなんだ。


「すまん、やっぱり俺は……」


「でも!」


 俺が辞退の表明をし始めた瞬間、俺の声なんて耳に入っていなかったのか、勢いよくこちらに振り向いた彼女に台詞を切られてしまった。


「魔法が嫌いなあなたも楽しいと思える部活を一緒に作りましょう!」


 そう言った彼女の笑顔はまるで青い空が広がっている風景画のように綺麗で、時間が止まったかのような感覚に陥った。その時俺は今までの人生経験からそんなものは存在しないと思っていた何かが変わる予感というのを生まれて初めて確かに感じた。

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