第155話 マミカ

 ナツキと結婚してからというもの、常にベッタリと密着していたがる女と言えばこのマミカだろう。


 夜はナツキを抱き枕にして、手足をギュッと絡めて離そうとしない。昼もベッタリとくっついて離れないのだ。


 他の嫁もいるので毎日という訳にもいかないのだが、自分の番が回ってきた時は24時間密着する勢いだ。

 会えなかった時間が更に依存度を上げてしまう。



「ナツキ、ちょっと何処に行くしぃ。ダメでしょ、一人で出掛けちゃ」


 今日も今日とてナツキを逃がすまいと後をつけるマミカだ。一分一秒でも離れていたくないらしい。


「マミカお姉様、ちょっと買い物ですよ。すぐ戻ります」


 そう答えるナツキだが、当然マミカが許すはずもなく――――


「だぁ~めっ! アタシを置いて買い物とか許されないし。アタシとナツキはずっと一緒なのっ♡ あの時言ったよね?」


「い、言いました」


「じゃあ決まりねっ♡ 一緒に行くわよ」


 マミカがナツキの腕にギュッと抱きつく。腕を組むというより別の何かのようだ。

 一般人カップルの腕組みがレベル1だとしたら、マミカの腕組みはレベル100くらいだろう。


「お姉様……近いです」

「捕まえておかないと逃げちゃいそうだしぃ♡」

「逃げませんよ。今日はマミカお姉様と一緒にいます」

「ホントかしら? たまにクレアやフレイアの胸をチラ見してる時があるし」

「ご、ごめんなさい……」


 わざとぷるんぷるんと揺らしているようなクレアとフレイアの胸に目が行ってしまうのは仕方がないだろう。


 実際にフレイアはナツキを誘惑する為にわざと揺らしているのだから。ただ、クレアに限っては隙が多くて勝手にオカズを提供しているだけである。


「今日はアタシの胸しか見ちゃだめだから。他の女を見たらお仕置きね」


「はい、こ、こんな可愛いお嫁さんに抱きつかれていたら、よそ見なんかできませんよ。ううっ、当たってる。凄く当たってます」


「あっれぇ? ナツキ興奮しちゃった? あれあれぇ♡ そうなんだぁ♡」


 マミカの魅惑的な目がイタズラな感じに輝く。


 元からドS大将軍と呼ばれているように、マミカの見た目や表情はSっぽい雰囲気をしている。ただ、意外と攻められるのに弱いのか、ベッドの上では毎回ナツキに敗北しているのだが。

 もう何でも言うこと聞く女である。


「えへへぇ♡ でもカワイイって言ってくれるのは嬉しいし♡ ナツキ大好きぃ♡」


「ボクも大好きです」


「も、もぉ♡ しょうがないわね♡ ナツキったらアタシのコト好き過ぎでしょ♡ うふふっ♡」


 昔はツンツンしていたり頑なに好きだと認めなかったりしていたのに、今では完堕ちして隠そうともしない。デレッデレ状態なのだ。


 こうして二人は仲良く街に出掛けた。


 ◆ ◇ ◆




 ここ、カリンダノールだけでなく、ミーアオストクやガザリンツクなど、ナツキの領民の表情は見違えるほど変わった。

 元々は腐敗した政治と激しい身分差別により景気も人の心も冷え切っていたのだが、ナツキが統治してからは人々の笑顔が多くなったのだ。


 街は活気に満ち人々もうるおっている。そして、ナツキはお金にも公正だった。

 前領主のように賄賂や不正蓄財などは絶対にしない。むしろ、儲かった分は領民に還元したり減税するくらいである。


 そのような理由もあってか、ナツキが街を歩けば大人気なのだ。皆がナツキの姿を見ては、気さくに声をかけてくる。



「おっ、領主様じゃねーか」

「おーい、ナツキ様!」

「ナツキ様、うちの店で食べてってくれよ」

「良い魚が入ってるぜ。持ってくかい?」


 商店街の彼方此方あちこちから声がかかる。

 その声の一つ一つにナツキが振り向いた。


「あっ、皆さん、ありがとうございます。景気はどうですか?」


「そりゃ、おかげで儲けさせて頂いてますぜ」

「これもナツキ様のおかげです」

「先日は他所の上級貴族がバカンスに来たんで、一番高いコースを売りつけてやりましたよ」

「へへっ、まあ、カリンダノールの料理は美味いって評判ですぜ」


 帝国では数少ないリゾート地ということもあり、各地から貴族がバカンスに訪れるのだ。

 これはヌーディストビーチや料理が美味しいとの噂が広がったからである。


 上級貴族の女性には、エステと美食とイケナイコト海で〇〇のスペシャルなサービスで大人気となっているのだ。



「それは良かったです。貴族の人たちには、お金をたくさん落として満足して帰ってもらいましょう。ウィンウィンでペチンペチンです」


 ペチンペチンが何かは分からないが、ナツキが言うと説得力がある。


 そこで上級貴族の話が気になったマミカが口を挟んだ。


「ねえ、この街に来る貴族ってナツキ狙いが多そうよね。もしナツキに手を出そうとする女がいたら許さないし。すぐに報告するのよ」


「うひぃいいっ! ま、マミカ様……」

「こ、これはこれはマミカ様、ご機嫌麗しゅうございます」

「さすがドS大将軍様――」

「おい、それ禁句だ。潰されるぞ」


「は? 誰が潰すって?」


「「「ひぃいいいいいいっ!」」」


 特にマミカが怒っているわけでもないのだが、勝手に男たちが震えあがってしまった。いまだに恐怖のドS大将軍の噂は消えないようだ。


 ペチンペチンペチン――

「お姉様、怖がらせちゃダメですよ」

「あぁあぁん♡ ちょっと聞いただけだしぃ♡」


 さっそくナツキのペチンペチンをマミカが受けてしまう。本人も嬉しそうなので本当にウィンウィンでペチンペチンだった。


「ハァん♡ ダメぇ、ナツキぃ♡ もっと好きになっちゃうぅぅ~っ♡」

「あっ、またやっちゃいました。外では控えようと思ってたのに」


 途中からイチャイチャしてしまうのはオヤクソクだ。

 この光景に、街の人々も呆気に取られてしまう。


「さすがナツキ様、恐怖のドS大将軍を躾けちまうとは」

「おっかねぇ女を嫁にしたと思ったが……すげぇな」

「ナツキ様にかかれば、どんな怖い女でもイチコロよ」

「凄いぜ、ナツキ様! 一般男性にはデキねえことを平然とやってのける」


 今日もナツキの伝説が大きくなる。善良で公平な領主としての名声と同時に、強くて怖い女を堕とす勇者としての伝説が。


 ◆ ◇ ◆




 買い物を終えたナツキとマミカが路地に差し掛かると、細い通りの方から何やら騒ぎ声が聞こえてきた。


「何であんたはグズなの! この子は!」

 バシッ!


「うわぁああああ~ん! ごめんなさぁい! お母さぁん」

「ちゃんとしなさいって言ってるでしょ! できないなら家を追い出すわよ! この役立たず!」

「えぇええええ~ん!」


 怒鳴る女性と殴られて泣き叫ぶ小さな子供の姿を見たナツキは、すぐに駆け出した。


「勉強もできないグズでノロマ! いったい誰に似たんだか! あんたなんて産むんじゃなかっ――」

「やめてください!」


 ガシッ!


 ナツキが止めに入った。手を上げて振り下ろそうとした母親の手を掴んで引き離した。


「何をしているんですか! あなたのお子さんですよね?」

「誰っ? 私が私の子に何をしようと関係無いでしょ!」


 その女は興奮して相手が誰なのか分かっていないようだ。


「関係無くない! 小さな子供にとって親は絶対的な存在なんだ! その親に否定されたら子供は逃げ場も居場所も無くなってしまう!」


「う、うるさいわね! 私の子に何をしようが――りょ、領主様……」


 興奮していた母親だが、ナツキの顔を見て動きが止まる。相手が領主だと気付いたのだ。



 それからナツキは役人を呼び、母親への注意と子供の保護と経過観察を命じた。今後、虐待がないよう指導するようにと。


 ただ、一緒にいたマミカの顔色が悪いのを、ナツキはずっと気がかりだった。


 ◆ ◇ ◆




 城の自室に戻った二人だが、あれからマミカの元気が無い。


「マミカお姉様?」

「んっ? どうしたのナツキ」

「どうかしたのはお姉様です。元気が無いようですが」

「ちょとね……」


 ぎゅっ!


 ナツキがマミカの体を抱きしめた。少し冷たくなっていた彼女の体に熱が戻ってゆく。


「ナツキ……」

「悩み事があるのなら言ってください。ボクじゃ頼りないかもしれないけど」

「そんなことない。ナツキは頼りになるし」


 少しだけ沈黙していたマミカだが、ポツリポツリと話し始めた。


「あ、アタシは五歳で親に棄てられたの。この恐ろしいスキルを持って生まれたから……」


 ナツキはマミカの話を黙って頷きながら聞いている。


「それからアタシは施設に入れられて……。ねえっ、アタシも子供の頃に『ゴミ』って言われてたのよ。親に棄てられたからゴミ女なんだって」


「マミカさん…………」


「ナツキと出会った頃は、この少年も利用してやろうって思ってたの。でも、ナツキの過去がアタシと重なるところがあって、それで親近感を覚えて……」


「…………」


「ナツキと一緒に行動するようになってからは、毎晩のように見ていた悪夢も見なくなったの。やっとアタシは安らぎを見つけたんだって……。でも、さっきの虐待する母親を見た時、昔の自分を見ているような気持ちになって……。それで……アタシは……」


 ギュッ!


 ナツキは震えるマミカの体を抱きしめた。彼女を安心させるように。


「マミカさん、ボクがいます。ずっとそばにいます」

「ナツキぃ……でもアタシはナツキを利用しようと」

「ボクもデノア兵士だったから一緒です」

「でも……」

「マミカさんは世界にたった一人の大切な人です。お姉様が教えてくれたんですよ」

「ナツキぃ……」


 ギュッギュッ!

 ナツキのハグが少し強くなる。


「マミカお姉様ごめんなさい。お姉様はボクが守るって言ったのに。もう二度とマミカお姉様を悲しませたりしないって言ったはずなのに」


「ううん、ナツキはアタシを守ってくれたよ。何度も何度も、宮殿の時も、ミーアオストクの時も……」



 それからどれだけ時間が経ったのだろう。年上なのに子供のように甘えたマミカが、ナツキの胸に抱きついたままだ。


 前からナツキへの依存度が高かったマミカだが、更に何倍にも高まってしまったのかもしれない。もう手遅れだ。


「ねえっ、ナツキ♡」

「何ですかお姉様」

「宮殿の時の続きをしようよ」

「続き……?」

「ほら、キスのことだし♡」

「あっ」


 マミカの言っているのは、宮殿玉座の間に捕らえられていたのをナツキに救助された後のことだろう。自然とキスしそうになったはずが、思わぬ邪魔が入りし損ねたのだ。


 あれからマミカはずっと、あのロマンティックな展開をやり直したいと思っていた。



「ナツキぃ♡ 助けに来てくれた。もう離さないしぃ♡」

「お、お姉様……苦しいぃ」

「き、キスしてくれないと離れないし♡」

「キスぅ」

「ほらぁ、ちゅぅー♡」

「マミカお姉様、大好きです」

「アタシも大好きぃ♡ ずっとずっと一緒だしぃ♡」


 ロマンティックなキスと言っていたはずが、猛烈にイケナイ感じのキスになってしまう。


「んっ♡ ちゅっ♡ んちゅ♡ はぁ、すきぃ♡ ちゅっ♡ ちゅっ♡ はむっ♡ ちゅぱっ♡ しゅきしゅきぃ♡ アタシだけのナツキぃ♡ ちゅっ♡ ちゅっ♡」


「ちょっ、んはっ……苦しっ、お姉様……激し過ぎです……」


「ちゅっ♡ あむっ♡ んちゅっ♡ ほらぁ、逃がさないしぃ♡ ちゅっ♡ ちゅちゅっ♡」


「むはあぁ、ボクのお嫁さん、愛が激し過ぎるぅ!」


「はぁ!? ナツキったらフレイアとか他の女ともキスしまくってるわよね! アタシ知ってるんだから、あの女ったら、わざと見せつけるようにキスしまくってるし。フレイアの二倍はキスしないと納得できないし♡ 今日は明日の朝までキス千回ノルマね」


 どうやらマミカの嫉妬深さは筋金入りのようだ。キス魔のフレイアに対抗意識を燃やしているらしい。

 やっぱり手遅れだった。


「んあぁああああぁん♡ しゅきしゅきしゅきぃ♡ ナツキぃ♡ ちゅっ♡ ちゅっ♡ んちゅっ♡ ちゅぱっ♡ ちゅっ♡ ちゅっ♡ ちゅっ♡ ちゅっ♡ ちゅっ♡ ちゅっ♡ ちゅっ♡ ちゅっ♡ ちゅっ♡ ちゅっ♡」


 この後、滅茶苦茶――――ご想像にお任せします。


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