第154話 トゥルーデ

 ゲルハースラントの首都バベリンから少し郊外に行ったところに、静かな川沿いの街があった。早春には待雪草スノードロップが咲き乱れる美しい場所である。


 この静かな佇まいの街に、トゥルーデの招待を受けたナツキが訪れていた。



「トゥルーデさん、綺麗な街ですね」


 ナツキがそう言うと、トゥルーデが嬉しそうな笑顔になった。


「はい、ここは私の生まれ育った街なんです。ナツキさんに故郷を見て欲しかったんですよ」


「そうだったんですか。ここがトゥルーデさんの」


「私は昔この地に存在した帝国を支配していた皇帝の末裔なんです。もう廃嫡はいちゃくとなってからかなり経つのですが……」


 トゥルーデが身の上話を始めた。


「御先祖が一般人になってからというもの、資産や領地は全て奪われ何も残らなかったそうです。そうですよね、国が栄えている時は崇拝の対象でも、貧しくなり民が貧困に苦しめば、贅沢をしている支配者層は憎しみの対象になってしまいます」


「トゥルーデさん……」


「あっ、でもギロチンで処刑されなかっただけ良かったのかもしれませんね。歴史上では一家全員処刑された王や皇帝もいますから」


 トゥルーデは遠い目をする。


「お父さんはいつも『お前は皇帝の血筋なのだから、常に勉学に励み気品を身に着けないといけない』と言っていました。まあ、私は気品より癒しが欲しいのですが。彼氏とイチャイチャ過ごしたいだけです」


 ナツキは真剣な顔で黙って聞いている。


「そんな父も母も過労が原因で私が12歳の時に亡くなったのですが……。元皇統という自負から、無理してお金を稼いで見た目だけでも上流階級のように振舞いたかったのかもしれません。その後は、あの独裁者に見つかって利用されてしまったのですがね……」


「トゥルーデさん、そんな過去が……。一人ぼっちになって……独裁者に利用され……。だから結婚に憧れていたんですね。家族をつくろうとして……」


 ナツキが悲しそうな顔になる。


「分かりました。ボクで良ければ力になります。結婚しましょう。ボクは家族なら多いですよ。その、お嫁さんがいっぱいいるから……」


 真剣な顔でそう話すナツキに、トゥルーデがクスっと笑った。


「ふふっ、ナツキさんってチョロいですよね」

「えっ?」

「あんな身の上話にコロッと騙されちゃうとか」

「騙され?」

「私が嘘を言って結婚しようとしているって考えなかったんですか?」

「それはありません!」


 きっぱりとナツキは言い切った。


「ボクは何となくその人が良い人か悪い人か分かるんです。トゥルーデさんは人を騙して利益を得ようとする人じゃありません」


「ナツキさん……」


「任せてください。トゥルーデさんはまだ若いですが、もう帝都で結婚式を挙げた仲じゃないですか。最初は友達からって言いましたが、ボクが責任を持って幸せにしますからね」


 突然くさいセリフを言われてトゥルーデが照れた。この恥ずかしいセリフでも平然と言ってのけるのがナツキの凄さだ。

 まあ、本人は無意識だったりマイペースなだけなのだが。



「うはぁ♡ やっぱりナツキさん良いかもぉ♡」

「あっ、でもまだお友達ですよ」

「ちょっと、そこは彼女に昇格じゃないんですか」

「それは……ちゃんとお付き合いして愛し合うまでは……」


 チョロいようでいて変なところで真面目なのがナツキだ。イケナイコトまでは先が長いかもしれない。



 そんな二人が橋の上から川を眺めていると、反対側から三人の少女が歩いてきた。

 ふと視線が合うと、その少女たちは手を上げて近づいてくる。



「トゥルーデ!」

「あっ、トゥルーデ久しぶり」

「トゥルーデって今は皇帝だったわよね」

「じゃあ陛下だ」

「陛下」

「陛下陛下」


 途中から陛下呼びになって三人が平伏の真似をした。


「ちょっとヤメテよ。あんなの形だけだから。同級生に陛下呼びされると恥ずかしいって」


「冗談冗談」

「あははっ」

「変わらないわね」


 冗談で平伏するポーズをとられトゥルーデが赤面する。

 その一部始終を見ていたナツキがトゥルーデに声をかけた。


「トゥルーデさん、この方たちは?」

「同級生です。皇帝になってからは学校は退学して、今はバベリンで家庭教師に教わってるけど」

「そうだったんですか」



 二人の会話を見ていた少女たちは、ナツキをジロジロ見てコソコソ話を始める。


「ねっ、あの男子ってトゥルーデのボーイフレンドかな?」

「意外とやるわね。胸で釣ったのかしら?」


「ちょっと聞こえてるわよ。胸で釣ってないし。たぶん」


 トゥルーデがそう弁明するが、胸で釣ろうとしていたのは事実である。



「へぇ、ふむふむ……普通ね」

「まあ、優しそうだけど頼りない感じ?」

「男は高身長でお金持ちじゃないとね」


 女子が集まって恋バナになると、友達のカレシを値踏みするのはよくある話なのかもしれない。

 ナツキをチラ見しがながら小声で話している。



「何かボク、ディスられてる気がする」

「ナツキさんは素敵な男性ですよ。他の誰よりも」

「トゥルーデさんにそう言われると元気出ます」


 ナツキとトゥルーデの話を聞いた女子が疑問を呈した。


「あれっ、ナツキって何処かで聞いたような?」

「ナツキナツキ……あっ、あの独裁者を倒して祖国を開放した勇者」

「それそれ、何か凄い男らしいけど」


 三人の視線がナツキに集中する。


「待って待って、そう言えばトゥルーデって結婚したって聞いたような?」

「えっ、それって形式上だけじゃないの? まだ子供だし」

「もしかして、その相手が勇者ナツキなんでしょ?」


 再び三人がナツキを凝視する。


「勇者ナツキって、あのナツキ食品の社長もやってるんだよね!」

「ああぁーっ! それだ、いつも食べてるカレーよ」

「帝国大公で会社社長……もしかして大金持ちとか?」


 三人の期待に応えるように、トゥルーデがダメ押しの一撃を加えた。


「そうですね。ナツキさんは勇者で大公で社長でエッチで素敵な男性です♡」


「「「きゃああああああっ! 超玉の輿アシェンプテル!」」」


 さっきまでの普通とか言っていた評価は何処へ行ったのやら、今では三人が目を輝かせてナツキを見つめている。


「えっえっ、ナツキさん、私とデートしましょうよ」

「わ、私と! お近づきに」

「私も嫁に行きます!」


「ごめんなさい。ボク、お嫁さんがいっぱいだから無理です。それによく知らないし」


「「「ガァアアアアーン! ですよね」」」


 毎度オヤクソクのようだが、ナツキにアタックして全員玉砕した。嫁は多いナツキだが、他の女とは浮気をしないのだ。



「ううっ、羨ましい」

「何だかナツキさんが前より輝いて見えます」

「良い男捕まえたな、こんちくしょー」


「えっへぇ~ん! そうです、ナツキさんは凄いのです。颯爽さっそうと現れ、私を独裁者の手から華麗に救い出し、そしてキツイお仕置きを……」


 途中からトゥルーデの話が変な方向に行った。


「お、お仕置きってエッチなやつだよね?」

「勇者ナツキって、アッチも凄いんでしょ?」

「聞いた聞いた。年上の大将軍をエッチ奴隷にしてるとか」


「もう、毎晩求められちゃって♡ ふふっ♡ 大人の階段上っちゃった的な」


 全く大人の階段を上っていないのだが、トゥルーデが話を盛り始めた。



「ええっ、まだ何もしていないのに……。どうして女子って、こういうので見栄を張りたがるんだろ?」


 グイッ!

 唐突にナツキがトゥルーデの腰を抱え上げ、彼女の尻にお仕置きペンペンを始めてしまう。


「きゃっ! な、ナツキさん、何をするんですか?」


 ペチンッ! ペチンッ! ペチンッ! ペチンッ!


「まだ何もしてないので嘘言っちゃダメですよ。ボクはお嫁さんへの躾には厳しいんです。トゥルーデさんにはペンペンです」


「ああぁ~ん♡ ごめんなさぁい♡ ちょっと見栄を張っちゃいましたぁ♡ でも、さっき私は嘘を言わないって言ってくれたのぃ♡」


「あっ、そう言えば……。えっと、今のは無しで。しまった、またグロリアさんに叱られちゃうぞ。女性にペンペンしちゃダメだって」


 ナツキが気付いた時はもう遅い。この無意識に女のケツをペンペンする癖は抜けないようだ。


「あの、ごめんなさい、トゥルーデさん」

「ああぁん♡ ナツキさん厳しぃ。あと、撫でないでぇ♡」

「あっ、またやっちゃいました」


 二人のやり取りを見ていた女子たちが目を丸くする。


「ええええっ! トゥルーデが躾けられてる」

「すごっ! ナツキさんすごっ!」

「噂には聞いてたけど、本当にエロ勇者なのね……」


 三人組が口々に言う。この噂好き女子たちがナツキの噂を広めそうな気がする。

 ゲルハースラントでもナツキの伝説は不滅のものとなるだろう。


 ◆ ◇ ◆




 因みに、その後の二人がどうなったかといえば――――



「ほら、ナツキさん。私をママだと思っていっぱい甘えてくださいね」


 トゥルーデが無意識を装ってナツキの顔に巨乳を当てる。


 この一見ロリ巨乳の少女だが、実は姉属性でママ属性でバブみを感じさせる恐るべき女なのだ。

 魅了催淫サキュバススキルと合わせることで絶大な破壊力を出してしまう。


「ちょっと、トゥルーデさん! あ、当たってます」

「何が当たってるんですか? ほらぁ♡」

「くぅううっ、年下なのに凄い……」

「ママって呼んでくれて良いんですよ♡」

「恥ずかしくて言えません」

「ほぉらぁ♡ いい子、いい子~♡」


 ナツキの姉喰いにはトゥルーデの魅了催淫サキュバスが効き難いはずなのに、彼女のママみと豊満な二つの膨らみが抗えない気持ちにさせる。


「ほらほらぁ、ママですよぉ♡」

「うあぁ……自主規制自主規制」

「もうっ! ママって言わないと、もっとギュッギュしますよ!」

「マ゛マ゛ぁぁぁぁーーーー!!!!」

「よしよし♡♡」


 ナツキに新たな弱点ができてしまった。


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