第153話 マリー先生

 「るんたったぁ~っ♪ 今日も元気でカレーが美味いっ♪ ラララァ~」


 変な鼻歌を口ずさみながらマリーが踊るようにカリンダノール城の廊下を歩いている。時折通りかかるメイドに挨拶しながら。


「らったったぁ♪ あら、おはよう」

「あっ、おはようございますマリーさん」

「今日も良い天気ね。ララァ♪」

「マリーさん楽しそうですね。何かイイコトありましたか?」


 スキップするマリーにメイドが質問すると、ハイテンションな答えが返ってきた。


「そうよっ! 天気が良くて、カレーが美味しくて、マイロードナツキ君がいるのよ♡ こんな幸せなことは他に無いわよぉん♡ るんたったぁ」


「は、はあ、それは素晴らしいですね……」


 若干、マリーのテンションにメイドが圧され気味だ。

 ナツキもマイペースなところがあるが、それに輪をかけてマリーはマイペースで能天気だった。



 ちょうどそこにナツキが通りかかる。


「マリー先生、今日もマリー先生ですね」


 意味が分からないが、大体仲間内にはそれで意味は通じる。


「ナツぅキぃくぅ~ん♡ はうぅ♡ 今日も良い感じねっ♡ 先生ねっ、もう準備万端なのよぉん♡」


「えええ……凄い圧を感じる……」


 ナツキがそう言うのも無理はない。


 この女秘書マリー、隙あらばナツキとイケナイコトしようとグイグイ迫るのだ。髪をアップにした『デキる女マリー』と髪を下ろした『淫らマリー』の両方を使って。

 因みに今は淫らマリーバージョンである。



「うーん、この性格、見習いたいかもしれない。マリー先生ってホントに元気ですよね」


「ナツキ君、真面目で一生懸命頑張るのも大切だけど、時には力を抜いてサボるのも必要なのよ。あれこれ悩んでいても仕方がないの。ほら、美味しいカレーを食べて、仕事サボってお昼寝して、そしてイケナイコトよぉん」


 この一見デタラメな話に、ナツキは何かを感じ取ってしまった。


「ま、まてよ……マリー先生の話にも一理あるかも。張り詰めた糸ほど切れやすいって言うし。マリー先生は、たまには力を抜いてリラックスが大切だって言ってるのかもしれないぞ」


「そうよぉん♡ ナツキ君、人生にはゆとりと遊びが必要なのよん。仕事も大切だけど、そればかりじゃダメなの。必死で戦い続け、歳をとって振り返った時に趣味も無く何も残らない人生なんて最悪よ。若い時にしかできないコト、歳をとってからやれるコト、その時その時にしかできないコトもあるのよぉん」


 ガァアアアアアアアアーン!


 マリーのそれっぽい話に、ナツキが衝撃を受けた。


「えっ、ええっ! な、何かマリー先生がマトモなことを言ってる。いや、気のせいかな? いやいや気のせいじゃないぞ。もしかして……マリー先生は本当の先生だったのか」


 ナツキがマリーを見直した。今まで先生だと思っていなかったのかと聞かれたら、そんな気もするのだが。


 そして、まだマリーが続きを喋っているのをナツキは聞いていない。


「はうぅ~ん♡ そうよナツキ君。つまり今しなきゃいけないのは、まさにイケナイコトよんっ♡ ナツキ君は私とイケナイコト三昧するのよぉおおぉん♡ 24時間エチエチできますかぁああぁ~ん♡」


 一人でクネクネしながら話すマリーの話は誰も聞いていない。



「そうか、今しなきゃいけないのは仕事や勉強ばかりじゃなく、遊んだり趣味を通して経験を積んだり人として大切なことを学べって言いたいんですね。ありがとうございますマリー先生! よし、行くぞぉーっ!」


 シュタッ!


 何かをやる気になったナツキがダッシュで走って行ってしまった。その場にはマリーだけが残される。


「ええっ! ナツキ君……。ああぁああーん! また逃げられちゃったわぁああぁん」


 イケナイ女秘書マリー未体験歴イコール年齢(既婚)、またしても初体験のチャンスを逃してしまう。


 ◆ ◇ ◆




 先ずナツキが向かったのは、夏休みで自室にいるはずのミアのところだ。


 コンコンコン!

「ミアいる?」


 すぐに中から声がする。

 ドアが開きミアが顔を出した。


「何よ、騒がしいわね。まったくナツキったら」


 内心大喜びしているのだが、表面上は面倒くさそうな態度でミアが返事をする。


「ねえ、今から遊ぼうよ」

「は? あ、あそっ……ぶ?」


 突然の『遊ぼう宣言』に、ミアが躊躇ちゅうちょした。


「そう、人生には遊びが必要なんだって。マリー先生が」

「はあ? マリー先生の遊びって、絶対如何わしいことでしょ」

「ボクにはミアしかいないんだ(友達的な意味で)!」

「ふえぇぇ……」


 ナツキの意味真な言葉に、ミアが赤面する。


「遊びじゃイヤよ。本気なら良いけど(エッチ的な意味で)」

「ボクは遊びたいんだ(友達的な意味で)!」

「な、何であたしだけ遊びなのよ(エッチ的な意味で)!」

「遊べる人はミアしかいないんだ(友達的な意味で)!」

「ふあああぁん、あたし遊ばれちゃうぅ(セ〇レ的な意味で)!」


 いまいち話が噛み合っていない。


「ほらっ、ミアも一緒に遊ぼうよ」

「遊ぶわけないでしょ! ばかぁ」

「先ずは虫捕りで」

「は?」


 ナツキの勢いで流されそうになっていたミアだが、虫捕りというワードで正気に戻った。


「ほら、カブトムシを捕りに行こうよ」

「い、イヤよ、虫嫌いだし」

「ほら、きっと大っきいよ。角がドカーンと」

「うえっ、もっと嫌」


 チ――――ン!

 ナツキ撃沈。


「じゃ、じゃあ、ボトルシップを作るとか? 戦艦アレクシアのキットがあるんだ」


 作戦変更したナツキがマニアックな趣味を語り始めた。巷のマニアたちの間では、1/700戦艦アレクシア木製模型ボトルシップ仕様が人気である。


「そういうのは一人で作りなさいよ! まったく、ナツキったらレディをデートに誘うのに、男子が好きそうな趣味ばかりってのはどうなのよ? あ、あたしだって、ショッピングとかスイーツを食べに行くのなら、あんたと一緒に行っても良いんだからねっ」


 ミアがツンデレっぽく言っているが、要約するとナツキと一緒にデートしたいということである。


「うーん、じゃあ釣りとか……。待てよ、キャンプと言う名の野営地獄スペシャルとかどうだろう……」

「聞けよっ!」


 ぽかっ!


 チ――――ン!

 再びナツキが撃沈した。


 ◆ ◇ ◆




「うーん、女子は難しいな。でっかいカブトムシ良いのに。もしかして、野営地獄スペシャルがマズかったのかな? 非日常を感じる為に地獄のサバイバルゲームなんだけど」


 ちょっとだけズレているナツキが女心の難しさを語る。女子に地獄のサバイバルをお誘いしてはいけない。



 そんなナツキのところに、再びマリーがやってきた。


「マイロード! 地獄でも天国でもキャンプでもお供しますわよ! さあっ! 共に行きましょう、冥界の門をくぐり果てなき無間地獄へと」


 先程のマリーとは違って、髪をアップにしたデキる女マリーだ。相変わらず化粧は濃いめだが夜会巻きの髪がキマっている。

 いつセットしているのかは不明だが。


「あっ、マリー先生、聞いてたんですか?」

「私はナツキ君の全てを知っているわよ。そう、『壁に耳あり障子に目ありマリー』ね!」

「怖っ!」


 最近ストーカー化しているマリーにナツキが怯んだ。


「マイロード、地獄のキャンプで見分を広げるのは素晴らしいことよ。私が一緒に行くわ。さあ、行くわよ! さあ!」


「せ、先生……ボクのキャンプに付き合ってくれるのですか」


 こうして二人は野営地獄スペシャルイケナイキャンプへと出掛けた。


 ◆ ◇ ◆




 ガサガサガサ――――


 道なき道を行く。険しい山を登り深い谷を越え。

 最初はハイテンションだったマリーだが、途中から体力が尽きたのかフラフラになってしまう。

 地獄のキャンプは本当に地獄だった。



「はひっ、はひっ、ひゅぅ――」


 マリーの顔が青ざめ呼吸が荒い。


「先生、大丈夫ですか? ちょっと休みましょう」

「ふひぃーふひぃー、せ、先生ね、ぎぼじわるくなってきたの……げろげろげぇええええーっ!」

「うわぁーっ! 先生がゲロインに!」


 限界に達したマリーが虹色のゲロ自主規制を吐く。これぞゲロインという、お手本のような豪快さだ。


「先生、水をどうぞ」

「あ、ありがとう。うぐっ、うぐっ、ぶぇええっ」

「大丈夫ですか?」

「も、問題無いわよんっ♡ 出したらスッキリしたわ」

「こ、この前向きさ。見習いたい……」



 そこから少し歩いたところで、目的の野営地へ到着した。カリンダノールでは知る人ぞ知る秘湯付きの穴場である。


「着いたぁーっ! 着きましたよマリー先生」

「な、ナツキ君……先生ね、疲れちゃったわぁん」


 出掛けた時はアップにしていたマリーの髪も、今では汗で湿って崩れている。淫らマリーに戻ってしまった。

 ナツキは、そんな彼女を気遣う。


「カブトムシを探すのは後にして、先に温泉に入りましょうか?」

「ナツキ君が連れていってぇえ♡」


 しっとりした体を押し付けられナツキは考える。


 せ、先生と混浴とかダメなのに――

 でも、疲れているみたいだからボクがお世話しないとだよね。

 きっと大丈夫。

 まさか温泉でイケナイコトなんてしないはずだよ。


 ナツキはマリーのお世話をすると決めてしまった。そのまさかをするのが彼女だとも知らずに。




 さらさらと音を立てて流れる川の近くに、岩場に囲まれ湯気が立ち上る場所がある。

 秘湯と呼ばれるだけあって、その温泉はナツキたち以外は誰もいなかった。


「ナツキくぅん、服ぬがせてぇ♡」

「はい、こうですか?」


 汗でピッチリ肌に張り付いた彼女の服を脱がせる。


「ナツキくぅん、髪を洗ってぇ♡」

「はい、先生っ」

「ナツキくぅん、体も洗ってぇ♡」

「は、はい……」


 マリーが両手を広げる。

 ナツキは目を逸らして彼女の艶めかしい肢体を見ないように努力する。


「うふっ♡ ナツキくぅん、前も洗ってぇ♡」

「くっ、これはキツい」

「ナツキくぅん、イケナイとこも洗ってぇ♡」

「はい……って、それはダメです」


 実はこのマリー、ゲロインになったところまでは本当だが、その後の弱った仕草は全て嘘である。

 弱ったフリしてナツキに色々させようとする悪い先生だった。


 何とか我慢したナツキは、マリーを支えながらテントまで戻る。


「先生ね、もう休むわぁ♡」

「はい、寝袋もありますから」


 あられもない姿のマリーを寝袋に押し込んだ。


「ナツキ君も一緒に寝るのよっ!」

「で、でも……」

「これもキャンプの醍醐味なの」

「な、なるほど」


 あれよあれよという間に、何故かナツキがマリーの寝袋に引き込まれてしまった。


「先生、暑いです。汗がビッチョリです」

「これもキャンプの醍醐味なのよ」

「寝袋って通常は別々の気がするけど……」

「ほら、閉めるわよぉん♡」


 マリーがナツキを寝袋の奥に押し込み入り口を閉めてしまう。強制密着状態だ。


「くぅ……キツいです……」

「これも醍醐味よ。このまま野営地獄スペシャルよっ♡」

「サー、イエッサー!」



 その日、ナツキはマリーのイケナイコト地獄を見た。次の日の朝までしっとりジットリ本家マリーアタックを叩きこまれたのである。


 マリーから伝授されたわけではなく、ナツキが勝手に彼女の名を使って考案したはずなのに、まさかの本家本元から修行を受ける。


 こうしてナツキは趣味や遊びから多くのことを学んだ。ひと夏の体験かもしれない。



 ただ、ナツキが途中で気絶してしまったので、マリーが初体験を果たしたのかは謎のままである。


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