第149話 グロリア

 ナツキの思い付きで始めたカレーや食品の販売を手掛けるナツキ食品、リゾート開発やホテル事業のナツキリゾート。そして、鉄道事業を開始したナツキ鉄道。


 その三社が見る見るうちに成長し世界中に工場やホテルを建て、世界第一位の巨大企業に成長することになる。


 ここまで会社を大きくしたのには、とある小柄でペタペタでツーサイドアップの女の功績が大きいのだ。


 そう、これはエロい女が普通の貞操逆転世界でありながら、清楚純情であり続けるグロリアという女の、ナツキと結婚したばかりの物語。




 カキカキカキカキ――


 執務室にペンを走らせる音が響く。今日もグロリアがテキパキと仕事をしているのだ。


「ナツキ様……」


 仕事をしている手を不意に止めたグロリアが、ソファーに座っているナツキに声をかけた。


「何ですかグロリアさん?」


 少し悩みを抱えたようなグロリアの表情に対して、ナツキはキョトンとした顔をする。


「ナツキ様、私たちって夫婦ですよね?」

「はい、結婚したから夫婦です」

「で、ですよね……」

「どうかしましたか?」


 意を決したような顔になったグロリアが立ち上がる。そのままナツキの隣に行きソファーに座った。


 ギシッ!


「な、なな、ナツキ様……あ、あの……」

「グロリアさん……」


 何かを言いたげなグロリアの表情を見たナツキが考える。


 こ、これは、もしかして――――

 夫婦のスキンシップを求められているのかな?

 他のお姉さんたちはグイグイ迫ったりエッチなことをしようとするけど、グロリアさんは真面目だから何もしてこないし。

 このままじゃダメだよね。

 よし!

 ヤマトミコの薄い本で学んだ恋愛イロハを使う時が来たぞ――


 ナツキが結論に達した。

 ちょっと間違っているかもしれないが、例え無茶なことでも突き進むのがナツキたる所以だ。



「グロリアさん、ボクはもう……」

 ぴとっ!


 ナツキの手がグロリアの体に触れる。


「きゃ、きゃあああっ! 何で私のお尻を触るんですか! この変態ドスケベのクソガキ勇者ぁ!」

「ええええ……」


 グロリアの毒舌が飛んできてナツキがヘコんだ。


 この二人、実は結婚して暫く経つというのに、イケナイコトどころかキスもまだなのだ。毎回、良い雰囲気になりそうなところで邪魔が入ったり、グロリアが避けてしまったり。

 完全にお子ちゃまな二人である。


「ご、ごめんなさい。いきなり嫌だったですよね。ボク、またやっちゃいました……」


 ナツキがそう言うが、グロリアの方がもっとショックを受けているようだ。

 いつものように心の声がダダ漏れになる。


「ああああっ、何で私はダメなのでしょう。せっかくナツキ様が積極的に来てくれていたのに……。はあっ、私だって他の皆さんのようにイチャイチャしたいのにぃ。でもでも、ナツキ様だって悪いんです。いきなりお尻を触ろうとするのですから。そうです、やっぱりナツキ様はエロエロなクソガキ勇者です」


「あの……グロリアさん。全部聞こえてます……」


 今日も今日とて全く進展が無い二人だ。



 寂しそうなグロリアの顔を見てナツキは考える。彼女を喜ばせようと。


 グロリアさん――

 彼女はボクの大切なお嫁さんなんだ。

 悲しい顔なんかじゃなく、笑顔になって欲しい。

 それに、仕事も頑張ってくれているし、何かお礼をしなきゃいけないよね。

 そうだ、何処かに遊びに連れて行ってあげようかな?


 ナツキはグロリアを労わろうとデートプランを考える。



「グロリアさん、ここのところ仕事ばかりでしたから、何処か一緒に出掛けませんか?」

「えっ、それってデートですか?」

「は、はい」


 デートと聞いてグロリアの顔が緩んだ。


「うふっ♡ も、もう、しょうがないですね。そんなにナツキ様がデートに行きたいのなら行ってあげます。しょ、しょうがないから特別です。うふっ♡ うふふっ♡」


 しょうがないとか言いながらもグロリアの顔がニマニマと緩みっぱなしだ。内心は嬉しいのを隠しているように見える。隠しきれていないが。


「で、何処に行くのですか?」

「そうですね、ヌーディストビーチは――」

「却下です!」

「で、ですよね……」


 速攻で却下された。


「い、今のは違うんです。海の家のリゾートで……」

「そんなこと言って、本当は私の裸が見たいんですよね」

「ううっ……」



 ナツキの提案が大失敗に見えるが、これにはお互いが色々と考え過ぎているのだ。


 ナツキが心の中で考える。


 し、しまった。海で食事をと思ったけど、ヌーディストビーチはマズかったかな。

 クレアちゃんは裸で喜んでくれたけど、グロリアさんは真面目な人だから。

 よし、別の店にしよう。



 グロリアは心の声がダダ漏れだ。


「はぁああぁ♡ 私のバカバカぁ。ナツキ様がヌーディストビーチに誘うってことは、私の裸を見たいってことですよね。でもでも、まだ心の準備が……。はっ、待って! クレア様やフレイア様のように胸が大きくセクシーな方と比べられてしまうのでは? ああああぁ! 貧相な私の裸を見てナツキ様が幻滅してしまうのでは? ダメですダメです、やっぱり裸はまだダメぇええ! もうっ、ナツキ様のドスケベ勇者のクソガキぃ」


「グロリアさん、全部聞こえてます……」



 こうして、若干のすれ違いはあったものの、二人は商店街の喫茶店に出掛けることになった。

 この二人には、まだ裸の付き合いは早いようだ。


 ◆ ◇ ◆




 再開発されたカリンダノールの商店街には新しい店が立ち並んでいる。以前は地元民が使う定食屋くらいだったのだが、今では大勢の観光客で賑わう人気スポットである。


 ナツキたちはお洒落な南国風喫茶店に入った。



「グロリアさん、ここのケーキが美味しいみたいですよ」

「ナツキ様にしてはセンスの良い店ですね。エッチな店に連れて行かれるかと思いました」

「ははっ、まさか」


 ツンが多めに見えるグロリアだが、内心は嬉しくて口元が緩んでいる。彼女がこんな表情になるのはナツキの前でだけだ。



「いらっしゃいませ」


 二人が席に座ると女性店員がやってきた。客が領主だと気付いてちょっぴり変な雰囲気になる。


「こちらがオススメのメニューです。あと、私もオススメの女です」


 ナツキのつよつよ伝説を知っている店員が自分をオススメする。上手く取り入ってナツキと関係を持ちたいのだ。

 貞操逆転帝国だから通常運行である。


「えっと、じゃあオススメの恋人スペシャルEXで」

「一緒に私はどうですか?」

「ボク結婚してるのでごめんなさい」

「そ、そうですか……。しょぼーん」


 断られてしょんぼりした女性店員が戻って行った。


「ナツキ様、何か嬉しそう」


 さっきまでニヤニヤしていたグロリアがご機嫌斜めになってしまった。


「えっ、違いますよ。ちゃんと断りました」

「あの店員さん胸が大きかったですよね。ナツキ様の好みかも」

「グロリアさんの方が可愛いです」

「えっ、あ、あのっ♡ そ、そうですか。ふふっ♡」


 ご機嫌斜めだったグロリアが一発でニッコニコになった。チョロい娘である。




「お待たせしました。ご注文の恋人スペシャルEXです」


 テーブルの上に並んだ料理は、ラブラブな恋人を想定して作られた品々だった。もちろんドリンクは大きなグラスにトロピカルな色のジュース、そこにハート型になったカップルストローがさしてある。



「えっ、このストローって二人で一緒に吸い合うのだよね? どうしてこうなった」


 正面に座るグロリアがジト目になっている。


「ナツキ様のエッチ」

「ち、違います。知らなかったので」

「ぷっ、ふふっ♡ 冗談です」

「えっ?」

「ナツキ様ったら、私とイチャイチャしたいからって、そんなジュースを注文するなんて。ふふっ♡」


 少し余裕が出てきたのか、グロリアがお姉さんぶってナツキをからかっている。

 どこまでその余裕が続くかは怪しいところだが。


「ホントに知らなかったのに……。でも丁度良かった。ボクたち夫婦だからカップルストローでも問題無いよね。よし、グロリアさん、飲みましょう」


「えっ、あ、あの……まだ心の準備が」


 お姉さんなところを見せようとしたのに、いざカップルストローを使おうとすると怖気づくのがグロリアだ。

 大人の余裕は一分ももたなかった。


「大丈夫ですかグロリアさん」

「ううっ、ずるいですナツキ様」

「えっ?」


 笑顔だったグロリアがションボリと沈んでしまう。今日の彼女は浮き沈みが激しい。


「だって、ナツキ様だけどんどん大人になってしまわれて。私は、いつまでも前に進めないでいる。それに、他の方と比べて私は胸も小さいですし、体だって貧相で……」


 すくっ!


 悲しそうなグロリアの顔を見たナツキは立ち上がった。そのまま彼女の隣に移動し寄り添う。


「グロリアさん、そんなに自分を卑下しないでください。グロリアさんは素晴らしい人ですよ」


「で、でも……」


「グロリアさんは、と、とても可愛いです。ボクの大切なお嫁さんです。小柄なのだって胸が小さいのだって個性で長所です。グロリアさんの代わりは何処にもいないんですよ。他の人がどう思おうと、ボクには世界に一人しかいない大好きなグロリアさんなんです」


「な、ナツキ様ぁ♡ 嬉しい。好きぃ♡ 大好きぃ♡」


 ポンポンポンポンポン――


「ポンポンするなぁ♡ クソガキぃ♡」

「す、すみません」

「ああぁん♡ でも好きなのぉ♡」



 泣いたり笑ったりポンポンされたりで目まぐるしく感情を揺さぶられたグロリアが大人しくなった。今はナツキに抱っこされて照れている。


「じゃあ飲みましょう」

「うん……」

「んっ」

「ちゅぅー」


 ハート形になっているカップルストローにトロピカルジュースが上ってゆく。


「美味しいですね」

「うん……」


 グロリアの目がとろんと蕩けている。体は完全にナツキに身を預け密着状態だ。


「ナツキ様ぁ♡」

「グロリアさん」


 グロリアの瞳が熱い。恋の病にかかったかのように。


「んっ♡ ちゅっ♡」


 グロリア初めてのキスだ。そっと、くちびるとくちびるが触れるだけの。

 たったそれだけでも彼女にとっては大冒険なのだ。



「ナツキ様ぁ♡ 私、キスしちゃいました。すっと男の人は苦手だったのに、ナツキ様なら怖くないです。好きです。大好きです♡ すぐ怒っちゃったり拗ねたりするこんな私ですが、ずっと一緒にいたいです」


「グロリアさん、ずっと一緒ですよ。これからもよろしくお願いします」



 パチパチパチパチパチ――


 二人が良い感じになったところで、周囲から拍手が沸き起こった。


 二人が喧嘩したり仲直りしたりイチャイチャしたりするのを、周囲の客や従業員が固唾をのんで見守っていたのだ。


「おめでとう!」

「おめでとうございます!」

「おめでとうナツキ様」

「家令さんもおめでとう」

「おめでとさん」

「グエッグエッ、見せつけやがって!」


 一斉に歓声が上がった。


「えっ、あのっ、ええっ!」

「見られてましたねグロリアさん」

「きゃああぁ! ナツキ様のバカぁ! 恥ずかしいです! このドスケベ勇者のクソガキぃ♡」

「グロリアさん、全部聞こえてます……」

「でも、大好きですナツキ様ぁ♡」



 奥手なグロリアがイケナイコトするのはまだ先になりそうだが、すでに完堕ちしているのは間違いないようだ。


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