第147話 レジーナ

 世界の果てに存在する島国。極東の更に海の向こうにそれは存在した。


 大陸とは別の文化を持ち代々女が支配する女人国。うら若き乙女をナデシコと花の名で呼び、淑やかな女性の国と銘打めいうっている。

 その国の名はヤマトミコ。男なら誰もが憧れ夢見る黄金の国ユートピアだ。


 だが実際は、ルーテシア帝国と同じように激しくイケナイお姉さんが多い国なのだが。



「おおっ、見えてきたであります。あれがヤマトミコでありますね」


 船の甲板でレジーナが子供のように大喜びしている。先程から隣に寄り添うナツキに声をかけていた。


「初めてのヤマトミコだからといって、いきなり暴れたりしないでくださいね。レジーナ」


 少しだけ心配そうな顔でナツキが言う。


「私は子供じゃないでありますよ。旦那様」

「大丈夫かな……? てか、旦那さまって恥ずかしい」

「では御主人様で」

「旦那様でお願いします」



 ミーアオストクの港から船に乗った二人は、新婚旅行を兼ねてヤマトミコに向かっているところである。

 丁度ヤマトミコ側からナツキを国賓として招きたいとの話があり、二人で渡航することが決定した。


 ただ、この招待には様々な者の思惑が交差しているのだが――――


 ◆ ◇ ◆




 ナツキとレジーナはヤマトミコの首都高天原たかまがはらに入った。大陸との航路となっている難波津なにわつみなとからは程近い。


 大陸人が夢見る黄金の国ヤマトミコそのままの景色に、レジーナだけでなくナツキまではしゃいでしまう。



「わああっ! レジーナ、あれ五重塔ですよね。あっ、あっちは狐の神社だ。うわっ、あれはキンタ……マ、アソコが大きなたぬきの置物だ。で、デカすぎる」


「わっはっは、旦那様が少年のようでありますな。その生き生きした瞳が最高であります」


「むうっ、レジーナに子供っぽいって言われた。ちょっとショック」


 少年っぽいと言われてナツキが拗ねた。実際に見た目は少年っぽいのだから、彼女の言う通りなのだが。


「ふふっ、それで良いのでありますよ。戦場や仕事での旦那様は大人になろうと頑張っていますからね。私の前では子供でも良いのでありますよ」


 背が高く凛々しい女騎士のレジーナが言うと説得力がある。見た目だけは誰よりも気高く誇り高い女なのだから。



「うっ、ずるいレジーナ……。いつもふざけているのに、今日はカッコいい」


 グイッ!

 レジーナがナツキを抱き寄せる。


 この凛々しく気高い印象の女騎士に抱かれると、まるで男装の令嬢に包まれたお姫様のような気分になってしまう。

 姫カットの黒髪ロングも、ムッチリとはち切れそうな魅惑の肉体を無理やり押し込んだようなパンツスタイルも抜群に様になっているのだ。


「ああっ、レジーナ……やっぱりカッコいい。ボクの憧れる女騎士そのものだよ」


「ここでは私と二人だけ、存分に甘えても良いのでありますよ。女騎士のお姉ちゃんだと思って存分に」


「ううっ、そんなにされると、もっと好きになっちゃう。大好きです、ボクのお嫁さんのレジーナ」


「私も大好きでありますよ♡ 旦那様が望むのなら、なな、何でもしてあげるのであります。で、でも……たまには縛ったり鞭で叩いても……」


「せっかくカッコよかったのに台無しです……」


 やっぱり最後はMっぽくなるレジーナに、ナツキがジト目になってしまう。


「だ、だって、クレア殿には容赦ない調教をするのに、私にはおあずけばかりでありますよ! ずるいずるい! ずるいであります!」


「はいはい。後で考えます」


 駄々をこねるレジーナを残して、ナツキがどんどん先に行ってしまう。その後をレジーナが追いかける形だ。


「ま、待ってくだされぇ~っ! 旦那様ぁぁ~っ♡」

「ほら、迷子にならないように手を繋ぎますよ」

「むぎゅぅ♡ 離しませんぞ旦那様ぁ♡」

「ち、近いです」


 ◆ ◇ ◆




 高天原たかまがはらヤマトミコ食やスイーツを食べた二人は、途中で着物を購入し二人で大通りを歩いている。


 姫巫女との謁見や歓迎式典はまだ先なのだ。予定より早く渡航し、二人で新婚旅行を楽しむ算段である。



「レジーナの袴姿、凄く似合ってますね。ヤマトミコのサムライガールと言われても信じちゃいそうです」


 そうナツキが言うように、レジーナのサムライ姿が様になっている。紫を基調とした矢羽模様の着物に、藍色の袴が美しい。

 腰にはきりから貰った業物わざものの刀を差している。


「ぬふふっ、これこれ、これでありますよ。一度は着てみたかったのであります」


「いいな、レジーナは何を着てもカッコよくて」


 凛々しいレジーナの姿に見惚れたナツキが溜め息をつく。


「旦那様も可愛いでありますよ」

「だ、男子に可愛いとかダメです」

「ふふっ、私には最高に好みの男子なのですがね♡」

「ホントですか? 可愛いとか言ってるのに」

「私にとっては、旦那様が誰よりもカッコいい男なのでありますよ」

「も、もう……。ちょっと嬉しいから後でご褒美あげます」

「むっはぁああっ! 楽しみであります♡」


 そんな他愛もない話をしながら歩く二人だが、より心と心は深く繋がっている。共に戦い続け背中を預けられる信頼があるからだろう。


 ◆ ◇ ◆




 二人がヤマトミコに来たのには、もう一つ目的があった。


 生ける伝説とまで呼ばれた史上最強の剣豪、上泉かみいずみ新陰片喰しんかげかたばみに会う為である。


 渡航が決まってからは、彼女と試合ができるよう揚羽に仲介を頼んでいるのだ。今は上泉道場へと向かっているところである。



「楽しみでありますな。生ける伝説でありますよ」

「レジーナはしゃぎ過ぎです。失礼がないようにしてくださいよ」

「いきなり斬りかかってみるでありますか?」

「やめてください」


 イチャイチャしながら通りを歩いていると、その道場が見えてきた。予想していたより質素な造りになっている。


「ここですね」

「よし、道場破りでござーる!」

「おおぉい、レジーナ!」


 ナツキの制止を振り切りレジーナが道場に入って行く。本当に道場破りするつもりに見えてしまう。



「たのもぉー! 帝国から新陰片喰しんかげかたばみ殿を倒す為にやってきたレジーナでありますぞ!」


 堂々と入って行くレジーナに対し、道場の中から出てきた女性は静かなイメージだ。


「揚羽様から紹介された剣士はそなたか? なるほど、これは強いな」


 その女は、まるで時間が止まっているかのように静かな雰囲気を纏っている。


 伝説の剣豪というには小さな体。肌も白く髪も白い。年齢は若いようにも見え意外と歳のようにも見える。つまり年齢不詳だ。

 今にもかすみになって消えてしまいそうな感じで捉えどころがない。


 レジーナが爆発するくらいののイメージであるならば、新陰片喰しんかげかたばみは時が止まったようなのイメージなのだ。



「揚羽殿から聞いているのなら話が早い。新陰片喰しんかげかたばみ殿と試合がしたいのであります」


 いきなりレジーナが刀を抜いた。


「ふうっ、軍神上杉ささめ殿と引き分けたと聞いて期待していたが、それほど強くもなさそうですね。良いでしょう、相手してあげます」


 ピキッ!

 新陰片喰しんかげかたばみの言葉でレジーナの眉間がピクピクする。


「行くでありますよ! 先手必勝、虚空突破ペネトレイトゼプト、縮地紫電一閃!」


 ズバババババババババババァァァァーン!


 いきなり異次元の必殺技、レジーナの縮地紫電一閃が炸裂した。剣技レベル10でなければ目で追うことも不可能な一閃だ。


「えっ、あれっ? 私の刀が」


 その時、信じられない事態が起きた。縮地を極めたレジーナの神速の一閃を、新陰片喰しんかげかたばみかわすことも止めることもせず、まるで息をするくらい自然に懐に入り込み刀を取ったのだ。


「ええええええっ! あのレジーナの刀を取った! えっえっ、どうなってるの!?」


 初めて見た光景にナツキが驚きの声を上げる。



「確かに凄まじい一閃だ。こんな斬撃を止められる者は世界に数人しかいないだろう。軍神上杉ささめ殿、雷神タケミカヅチの化身とも呼ばれる塚原つかはらみたま殿、帝国最強の戦士と名高いロゼッタ・デア・ゲルマイアー殿、そして……この私」


 静かに言葉を紡ぐ新陰片喰しんかげかたばみが、横にして両手に乗せた刀をレジーナに出し出す。


「うっ……もしやこれは……」

「そう、秘剣中の秘剣である奥義『無刀取り』です」


 無刀取りと、そう言った新陰片喰しんかげかたばみに、それまで絶句していたレジーナとナツキが我に返る。


「うぉおおおおおおおお! 初めて見たのであります! これが秘剣中の秘剣、無刀取りでありますかぁああ!」


「うわああああああ! カッコいい! レジーナもカッコいいけど新陰片喰しんかげかたばみさんの方がカッコいい」


 ナツキに新陰片喰しんかげかたばみの方がカッコいいと言われ、レジーナがヘコんだ。


「だだだ、旦那さまぁああ~っ! そりゃないですよぉ」

「だって無刀取りですよ。本でしか見たことがない」

「私なら緊縛取りができますぞ♡」

「もうレジーナは知りません」


 二人がイチャイチャし始めて、パカップルを見せつけられた新陰片喰しんかげかたばみが軽く咳払いをした。


「こほん、こほん。イチャイチャするのは他所でやってくれぬか」


「おっと、これは失礼した。さすが新陰片喰しんかげかたばみ殿の技、まさに天下一の切れ味でありますな」


 レジーナが生ける伝説の乙女を認めた。


「いやいや、先程は失礼した。それほど強くはないと言ったのは嘘でしてな。レジーナ殿の本気を見たくて挑発してみたまでです」


「なるほど、私を熱くさせ技を出させたという訳ですな。まんまと挑発に乗せられたということであります」


「レジーナ殿は、技の切れ、驚異的な踏み込み、音速を超える剣速、山をも断ちそうな破壊力、その全てが人知を超えておる。この私よりも力は上でしょう。しかし、直情的で美しい技の切れは読みやすい。どれ、私も一つ見せましょう」


 新陰片喰しんかげかたばみが刀のつかに手をかけた。


 キンッ――――


「えっ、はっ! 今のは……す、凄いであります!」


 その場にいたレジーナだけは新陰片喰しんかげかたばみの一閃を理解した。他の者には一歩も動いていないように見えたはずだ。


「今の一閃、一瞬だけ私の首が落ちた感覚がありましたぞ。神速の抜刀術。そして更に切先からを放ち、実際の間合いより遠当てが可能となる。新陰片喰しんかげかたばみ殿が本気ならば私の首は落ちていたのでありますよ」


「くくっ、食えない御仁だ」


 まるで阿吽あうんの呼吸のように笑い合うレジーナと新陰片喰しんかげかたばみ。最強の剣士同士が分かり合う何ががあるのだろう。



 キンッ! ズバッ! ズァザァアアアアッ! シュバッ! ズダダダダダダダダッ!


 まるで子供のようになって思う存分に剣を振るう最強の剣士。夢のような時間だ。


 二人の試合を見つめるナツキまで舞い上がってしまう。


「す、凄い! 二人とも凄過ぎる! レジーナだって一歩も引けを取らない。全く太刀筋が見えないけど互角なのは何となく分かる。さすがボクのお嫁さんだ。うおぉおおっ、レジーナ最高ぉおお!」


 自分の嫁がカッコよくてナツキの心も昂っているのだ。




 幾時か剣を打ち合わせてからおもむろ新陰片喰しんかげかたばみが呟く。


「よし、取ってみろ。レジーナ殿」

 シュバァッ!


「これですな」


 必殺の突きを繰り出す新陰片喰しんかげかたばみの刀をレジーナが取った。


「一度見た技を実践でやって見せるとは……。レジーナ殿は本物の天才か」

「なんのなんの、新陰片喰しんかげかたばみ殿のご指導あってのもの」

「面白い女だ。今日は遅いのでここに泊まってゆくが良い」


 こうしてナツキとレジーナは新陰片喰しんかげかたばみの家に泊まることになった。


 ◆ ◇ ◆




 その夜――――


「急に泊まることになっちゃいましたね。レジーナさん」


 ダンッ!

 突然ナツキがレジーナに壁ドンされた。


「あ、あの、レジーナさん?」

「旦那様、私は運動すると自分の性欲を抑えられなくなるのでありますよ」

「ええええ……」


 逃げようとしたナツキをレジーナが追い詰める。壁ドンから床ドンへと移行した。


「ほ、ほら、レジーナ。そこに寝て」

「嫌でありますな」

「ええっ、いつもMなレジーナが?」

「いつもの私は仮の姿……本当の私は性欲オバケなのであります♡」

「えっ、あのっ、嘘ですよね?」

「もう我慢できないのでありまぁ~す♡ 今夜は寝かさないのですぞぉ♡」


 ドドドドドドドドドドドドドォォォォーン! ズドォーン! ズドォーン! ズドォーン! ズドォーン! ズドォーン! ズドォーン!(自主規制の嵐)



 その日ナツキはイケナイコト地獄を見た。そう、朝まで無茶苦茶イケナイコトしたのだ。まさに夜も超絶強いお嫁さんだった。

 ただ、途中からナツキのアストラルなんちゃら姉喰いで反撃されたのだが。


 もしかしたら、とびきりキッツイ反撃が欲しくて強引に迫ったのかもしれないが。



 当然、翌朝に新陰片喰しんかげかたばみから説教されたのは言うまでもない。


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