第145話 ミア

 幼い頃からずっと一緒だったナツキとミア、初心うぶで真面目な男子と、ヤンチャで生意気な女子という不思議な関係だ。


 この一見絶対に合わない気がする二人なのだが、意外とお似合いなのか長く関係が続いている。


 そして今日は、ミアが勝手に決めてしまった結婚の報告に、ナツキと二人で帰省しているところだった。

 そう、このメスガキ。親に内緒で結婚してしまったのだ。



「て、わけで、あたし結婚したから」


 呆然とした顔の両親の前で、そう宣言するミア・フォスター……いや、今はミア・ホシミヤだ。


 女性上位社会であるルーテシア帝国に於いては男性が女性の姓に変えるのが通常だが、デノア王国では男性の姓にすることが多い。

 ただ、ナツキは帝国でも特例の重婚状態なので、ホシミヤの姓を残している。



 この、娘の突拍子もない発言にミアの両親は茫然自失だ。帝国に留学すると言って家を飛び出したかと思えば、まだ学生なのに結婚して帰ってきたのだから。


「あ、あわわっ、み、ミア! け、結婚って、お前はまだ子供だろ」

「そ、そそ、そうよ。まだ学校も卒業してないのに……」


 学生結婚に動揺する両親を前に、恐れを知らぬミアは堂々と言い切る。


「帝国ではあたしたち婚姻可能年齢なのよ! もうあたしも大人の女ってわけ。一人前のレディとして扱って欲しいわ。それに、ナツキ一人じゃ心配でしょ。あたしが面倒見てやるってわけよ。ねっ、ナツキ!」


 パシッ!


 横にいるナツキの肩をパシッと叩くミア。相変わらず姉さん女房気取りだ。見た目はツルペタでメスガキなのに。


「あああ! なな、ナツキ様になんてことを。畏れ多いぞミア」

「そうよ、ナツキ様は帝国大公でナツキ食品社長なのよ!」


 娘のナツキに対する態度に、両親がオロオロと慌てふためく。


「なに言ってんのよ。ナツキはこれで良いのよ。だってナツキだし。ほら、こうしてやるんだから。ほらほら」


 ペシッ! ペシッ! ペシッ! ペシッ!


「い、痛いよ、ミア。何で叩くのさ」


 ミアにペシペシされているナツキが口を開く。親に紹介と聞かされて緊張していたが、当のミアは普段と全く変わっていなくて少しだけ安心した。


「うっわあああ! ナツキ様を叩くなあ!」

「きゃああ! 国王陛下より位が上のナツキ様をぉおおっ!」


「パパ、ママ、なに慌ててるのよ。ナツキよ。ほら、幼馴染の」


 成り上がったナツキに、周囲の者誰もが態度を一変させたというのに、ミアときたら昔から全く変わらない。

 相変わらず生意気でナツキを尻に敷こうとしているのだ。


 この娘の態度に、ミアの父親が真面目な顔で諭し始める。


「いいかミア。今のナツキ様は広大な領地を持つ大公であると同時に、ルーテシア皇帝の皇婿こうせいという偉い方なんだぞ」


「は? そんなの知らないわよ。ナツキはナツキでしょ。パパ」


「そ、それだけじゃないぞ。今のデノアにはバーリントンのカレー工場だけでなく、国内各地にナツキ食品の関連企業が数多く存在するんだ。もはやナツキ様は、デノア財界人の中でもトップクラスに影響力のある人物なんだよ。ナツキ様の一存で、従業員や関連企業の生殺与奪が決まると言ってもいいくらいなんだ」


「ええぇ~っ、そんなの知らないわよ。カレーが美味しいから他はどうでも良いでしょ」


 親の心配を他所に、ミアときたら全く何も気にしていない。ナツキの莫大な資産や権力より、幼馴染の男子を尻に敷きたい恋心の方が大きいのだ。



 この親子の会話に、若干置いてけぼりのナツキが口を開いた。


「あ、あの、生殺与奪なんかしないから安心してください。てか、ナツキ食品ってボクの知らない内にそんなに大きく成長してたんですか……。ボクじゃなくグロリアさんが頑張ってるからなのかな?」


 何も考えていないミアに対して、夫のナツキも呑気なものである。


 ナツキの『さすおね』や、お仕置きやご褒美により、グロリアなど部下がドンドンやる気を出しているのだ。本人の知らない内に、会社が勝手に急成長していた。



 心配するミアの両親を前に、ナツキは安心させようと話をする。


「あの、お義父さん、お義母さん、娘のミアさんは責任を持ってボクが大切にします。安心してください」


 ナツキに言われては、両親も納得せざるを得ない。


「ナツキ様がそう仰られるのでしたら……。でも、本当にうちの娘で良いんですか? 我が娘ながらヤンチャで短絡的でして」

「そうなんです。娘は料理の一つもできやしない。本当にナツキ様の花嫁に相応しいのかしら?」


「おおッい! 自分の娘を何だと思ってるのよ!」


 途中でミアが割り込んできた。


「この高嶺の花のあたしが結婚してあげるって言ってんの。ナツキは感謝すべきなのよ」

「ええっ、無理やり結婚させられたような気が……」

「はあ? なんですって! 嬉しいでしょナツキ」


 ミアが無理やりナツキと腕を組む。ナツキは気付いていないが、ミア本人はドキドキの乙女心なのだ。たぶん。


 ただ、両親は心配そうな顔をしている。


「はああ……大丈夫だろうか」

「ナツキ様、不束ふつつかな娘ですが……」


「はい、ボクが幸せにします。安心してください」



 ナツキの言葉で少しだけ安堵した両親だが、そんな周囲の心配など気にもせず、ミアは更に話しを進めてしまう。


「そんな訳で結婚したから心配しないで、パパ、ママ。直に孫の顔も見せてあげられると思うから。きゃっ、あ、あたしなに言ってるんだろ♡」


「ミア、ボクたちにはまだ早いよ」


 そこにナツキが余計なツッコミを入れてしまう。


「はあ!? あたしは大人の女って言ったでしょ! あんたバカにしてんの! 他の女とはエッチなことしてるくせに! どうせ年増大将軍とベッドでよろしくやってんでしょ、このビッグサイズ!」


「うわあ! ご両親の前ではやめてぇええ!」


 ミアの予想外の反撃に、ナツキは恥ずかしさでダメージを受けた。やっぱりメスガキは苦手だ。


 ◆ ◇ ◆




 久しぶりの帰省に、王都バーリントンの人々も大騒ぎだ。街を歩いているナツキとミアのところに、噂を聞き付けた友人知人が集まってきた。

 特に幼年学校で同級生だった者たちからは質問攻めを受けてしまう。



「ちょ、ちょっとミア。あんたナツキと結婚したってホントなの?」

「ええええっ! ちょー玉の輿じゃん」

「羨ましい。私らだって狙ってたのに」


 女子たちから羨望の眼差しが集まる。一躍ミアがハイスペ男をゲットした有名人だ。


「当然よね。ナツキは前からあたしが目を付けてたんだから。むしろ、あたしが育てたと言っても良いわね」


 いつものように、ミアがパシッと胸に手を当てて言い放つ。


「あ~あ、ナツキが金持ちになるんなら、私も先に付き合っとけば良かった」

「それよ! まさかナツキがデノア一の金持ちになるなんてね」

「しくじったぁ。天の祝福ギフトがゴミスキルだと思って油断してたわ」


 一部の女子たちが嫉妬やら羨望やら複雑な感情で盛り上がる。前にナツキをバカにしていた女子だ。

 その女子集団を前に、再びミアが胸にパシッと手を当てて言い放った。


「あんたたちは結局ナツキの金や爵位しか見てないんでしょ! あたしはねぇ、ナツキが昔から頑張ってたのを知ってるのよ! 周りからゴミスキルって言われても、一人でずっと練習してたのも知ってるの。誰に対しても親切で優しい心を持ってるのも知ってたんだから。あたしは、そんな真面目で頑張り屋で優しいナツキをずっと見てたのよ。ナツキが金持ちになったからって、急に態度を変えるような人とは違うんだから」


 図星を突かれた女子が静かになった。


「うううっ……反論できない……」

「それは、そうなんだけど……」

「ごめんなさい。ナツキ君……」

「はあぁ……失敗したぁ……」


「分かれば良いのよ。ナツキは凄いんだから。そ、それに、頼りなげに見えるけど、意外と男らしいというか頼りになるし。守ってくれるし。た、たまにキュンってさせられちゃうのよね♡」


「ミア……そんな風にボクのことを思っていてくれたんだ……」


 ミアの本心に触れ、ナツキの心が温かくなった。


「で、でも……ナツキのビッグサイズは怖いけど……」

「ん? ミア、前から気になってたんだけど、ビッグサイズって何?」

「う、うっさい! もうっ、ナツキのエッチ!」

「えええ……」



 頬を染めて恥ずかしがるミアを見た同級生が、コソコソと噂話で盛り上がる。この年頃の女子は皆、そっち方面のゴジップネタは大好物である。


「ねえねえ、ナツキ君ってやっぱりビッグサイズなんだ」

「やだぁ! あんな大人しそうな顔して凄いのね」

「恐怖の女大将軍をベッドで躾けちゃったって聞いたわよ」

「きゃああっ! べべべ、ベッドで! やだぁ」

「英雄はアッチも凄いってか。ミアも大変ね」


 どんどん恥ずかしいネタに話が進み、途中でナツキが止めに入った。


「ちょっと待って。ボクとミアはまだ――んんっ……」

「はい、ナツキは黙ってようね」


 ミアとの初体験はまだしていないと暴露しそうになるナツキを、ミアが必至に口を塞いで止めている。


「そうなのよ。ナツキったら凄くってさ。もう毎晩求められて大変なのぉ。まったくナツキったらエッチなんだから」


「「「きゃああああああ! えっちぃ♡」」」


 まだ処女なのに話を盛りまくるミアに、何も知らない同級生女子が大はしゃぎだ。



「ええええ……まだミアとはキスもしてないのに。そんなところで見栄を張らなくても(ぼそっ)」

「うっさいわね。いいでしょ。女として負けられないのよ。あたしに恥をかかすんじゃないの(ぼそっ)」


 耳元に顔を寄せた二人がコソコソ話をする。女には負けられない戦いがあるのだと。


 このお年頃のメスガキには、どっちが先に彼氏ができただのキスをしたのだのと、いかにもメスガキっぽい対抗意識があるのだ。

 もし、結婚しているのにキスもまだなどと事実が知られてしまえば、メスガキオブメスガキのミアの面目丸つぶれである。



「へっへぇん、あたしくらいになると、もう男の管理もバッチリなのよね。もうベッドでナツキを躾まくってんだから」


「「「きゃああああっ!」」」


 謎のマウントをとるミアだが、ある女子の一言で窮地に陥ることとなる。


「じゃあ、キスも毎日しまくってるの?」

「そ、そうね。おはようのチューとか行ってらっしゃいのチューとかね」

「じゃあ見せて」

「へっ?」


 皆の目の前でキスをして欲しいのとのリクエストで、自信満々だったミアの挙動がおかしくなった。


「えっと……今はちょっと」

「毎日キスしてるんでしょ?」

「そ、そうね。しまくりよ」

「じゃあ見せられるわよね?」

「うっ、い、良いわよ。よく見てなさい」


 成り行きでキスすることになってしまった。


「へっへぇ~ん、あたしは姉さん女房なのよね。キスもあたしからしまくってるんだから。見せてあげるわ」


 ミアの口から危険な言葉が飛び出した。『姉』というワードはヤバいからやめておけ。


「い、行くわよナツキ」

「ミア……本気で」

「ほら、もっと近づきなさいよ」

「う、うん……」


 同級生の視線が集まる中、抱き合ったナツキとミアのくちびるが接近する。幼馴染同士の初キッスが実現しようとしていた。


『ナツキ……好き♡ ずっと好きだったの』

『ミア……嬉しいよ。ボクのこと、すっと見てくれていたんだね』

『ナツキ、あたしの方がお姉さんなんだからね。勘違いするんじゃないわよ』

『ミア、初めてのキスだから、ボクも本気ださないとだよね』


 二人が目と目で通じ合う。この奇跡のようなマリアージュに、自称大人のレディと姉さん女房発言とで、ある条件が揃ってしまった。

 もう予想通りである。


「ミア、ちゅっ」

「んぁ♡ ナツキぃ♡ ちゅっ」


 ズキュゥゥゥゥーン!


「んっひぃいいっ♡」

「ミア、ちゅっ」

「んんんんんんんん~っ♡」


 ガクガクブルブル――


『あれっ? ミア、大丈夫?」

『んふぃ、らいじょうぶじゃないわよ!』

『どど、どうしよう?』

『離さないでぇ♡ 今、手を離されたら立ってられないのぉ♡』

『わ、分かった』


 再び目と目で通じ合った二人が心の会話を交わす。ナツキがギュッと強くミアを抱きしめた。


「ちゅっ♡ ちゅっ♡ ちゅっ♡ ちゅっ♡ ちゅっ♡ ちゅっ♡ ちゅっ♡ ちゅっ♡ ちゅっ♡ ちゅっ♡ ちゅっ♡ ちゅっ♡ ちゅっ♡ ちゅっ♡」


「長くね?」

「長いわね……」

「いつまでキスしてるの?」

「ちょー長い……」

「見せつけやがって」


 軽い気持ちでキスしてみせろと言った同級生たちも、目の前で繰り広げられる熱愛キッスで目のやり場に困る。


 そして、初めてのキス&姉喰いをくらったミアが脚ガックガクだ。実は陥落して立っていられないだけなのだが、バレないように密着しているのである。


『んっひぃ♡ もう許してナツキ♡』

『もっと頑張ります』

『ばかばかばかぁぁぁぁああぁ♡』


 勘違いしたナツキにミアが姉喰いキッスの連打をくらってしまう。


 この二人、やっと良い雰囲気になったかと思ったのだが、ナツキの無意識にエッチなキスでミアがご立腹である。これは後が怖そうだ。


 やっぱりまだイケナイコトまでは遠いのかもしれない。


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