第140話 求婚されまくり大ピンチのナツキ君
ナツキ食品の経営が軌道に乗り、カリンダノールとバーリントンの工場で生産されるカレーや魚の加工品は飛ぶように売れていた。
ヤマトミコと共同で行っている極東開発も順調だ。あの貧しく寂れたミーアオストクやガザリンツクが、今では店が立ち並び見違えるほど活気に満ちている。
ゲルハースラントの技術を使った鉄道事業も進んでいた。先ず帝都ルーングラードからアレクシアグラードの路線が工事に入った。
試験が成功すれば、更にバベリンや極東まで広げる予定である。
それまで
ナツキという一人の勇者の登場により、差別と弾圧と戦乱の時代から平等と再生と発展の時代にシフトしたのである。
今や世界中で勇者ナツキを称える声は鳴りやまない。
そんな奇跡の勇者ナツキなのだが、世界の名声とは逆に大ピンチに陥っていた。
「お、落ち着きましょう。お姉ちゃんたち」
もはや完堕ち状態の彼女たちからジリジリと距離を詰められている。壁際まで追い込まれたナツキが、何とか姉をなだめようと話しかけているところだ。
「これが落ち着いていられるわけないでしょ! 何でアンナ様と結婚が決まってるのよ! ナツキ、私を捨てたりしたら絶対に許さないわよ」
フレイアの体から嫉妬のオーラが立ち上がる。巨大な獄炎のオーラが丸々嫉妬になったような迫力だ。
「ボクは何も知らないんですよ。大好きなフレイアお姉さんを捨てるわけないでしょ」
「だ、大好きとかぁ♡ も、もうっ、ナツキったら正直なんだからぁ♡」
チョロい彼女フレイアがデレっとしてしまった。いくらなんでもチョロ過ぎだ。
さすがにこれには横にいるマミカが呟く。
「フレイア……あんたチョロ過ぎ」
そして、すぐにナツキの方を向く。
「ナツキ、アンナ様と結婚式ってどういうことだし! ちゃんと説明しろし」
「結婚式は聞いていません。たぶんアンナ様とアリーナさんが勝手に決めたのかも?」
「ホント? アタシを置いて結婚したりしない? アタシ、ナツキがいなくなったら生きていけないし……。ナツキを抱き枕にしないと眠れないの……」
「安心してくださいマミカお姉様。ずっと一緒です。だ、大好きです」
ずきゅぅぅぅぅーん♡ きゅんきゅん♡
「んぁ♡ しょ、しょうがないわね。そんなにナツキがアタシを好きなら一緒にいてあげるしぃ♡ んふっ♡ あ、アタシも、だだ、大好きだしぃ♡」
マミカも十分チョロかった。しょうがないとか言いながら、誰が見ても分かるほどデレまくっている。
「でも、アンナ様の勅命だと誰も覆せないですわよ」
手紙を読んだクレアが口を開いた。
「ボクがアンナ様に返事を出しておきます。あっ、そうだ! 丁度良いからボクと皆さんの結婚式をやりましょう」
ドォオオオオオオーン!
ナツキの一言で彼女たちに衝撃が走った。
「ナツキ、それ私のこと?」
シラユキがグイっと前に出る。
「わ、私だよねナツキ君! ふんすっ!」
ロゼッタもグイグイ行く。
「当然わたしだゾっ♡」
ネルネルもだ。
「私はエッチ嫁奴隷で構わないのであります。毎日緊縛健康法でありますよ」
一部不謹慎な姉もいた。
「重婚の許可も出ていますし、全員一緒に結婚式できますね。結婚したらエッチも解禁です。ボク、ヤマトミコの
ナツキの一言で結婚が決まった。ただ、ナツキは勉強する本を間違えている。ヤマトミコの薄い本を見習ったら凄いことになりそうだ。
「えっ、ヘンタ……それやるんだ」
「ヘンタイプレイも至福♡」
「はぁあぁん♡ ヘンタイ新婚さん生活も耐えてみせますわ♡」
この姉たちとナツキ……貞操逆転帝国乙女と徹底的に姉を躾ける勇者。まさにお似合いカップルだ。
変態もほどほどに――――
◆ ◇ ◆
ナツキからの返信が届いた帝都のアンナは驚いていた。結婚の話は何も知らなかったのだから。
つい『はぁ……ナツキと結婚したいのじゃぁ』と独り言をしたら、何故かアリーナが勝手に話を進めてしまったという
「アリーナ……どういうことじゃ? 余の年齢では、まだ結婚できぬはずなのじゃ」
アンナの問い掛けにアリーナはワンレンボブの髪を耳に掛けながら話す。
「陛下の婚姻可能年齢まで待っていたら、私が四十路近くになってしまいます。ここは特例で早く結婚を決めてしまった方がよろしいかと。私も早く結婚したいので」
「余も早くナツキと結婚したいのじゃが……何でアリーナまで結婚するのじゃ?」
素朴な疑問を口にするアンナ。しかしアリーナは冷静な表情のままだ。
「私は陛下と運命を共にする覚悟です。アンナ様がナツキ様と結婚なさるのなら、私も共に嫁ぐ覚悟! アンナ様は全ての寵愛を、私はナツキ様のお仕置き相手に。これで万事解決ですわ」
「アリーナの話は難しくてよく分からないけど、何だかエッチな気がするのじゃ。エッチなのはダメなのじゃ」
常に冷静沈着でクールなアリーナが、無邪気なアンナにエッチだと見破られる。
「コ、コホンっ、わ、私も帝国乙女ですので……ひ、人並みに性欲はあります」
途端にアリーナがモジモジと挙動不審になる。ナツキと知り合ってからというもの、冷静沈着な顔は長くはもたないようだ。
「でも、アリーナのことは好きだから一緒に結婚しても良いのじゃ。許すのじゃ」
「へ、陛下、ありがとうございます!」
二人が抱き合い感動のエピソードのようになるが、冷静に考えて皇帝と元老院議長が同じ男と結婚など前代未聞だろう。
◆ ◇ ◆
そんな感じでとんとん拍子にナツキの結婚話が進む中、居ても立っても居られない女が三人いた。
そう、彼女候補の三人である。
彼女候補八号、グロリアが執務室の机に突っ伏し頭を抱える。
「はぁああああぁ! 私のバカバカぁ! ナツキ様が遠い存在になってしまおうとしているのに、私は何もできないまま。どうして……どうしてどうしてどうして。男の人は苦手だったはずなのに、どうしてナツキ様のことが頭から離れないのよ……」
グロリアの脳裏にナツキの言葉が思い浮かぶ。
『グロリアさん、いつも仕事を頑張ってくれてありがとうございます。カレー工場もリゾート開発も、グロリアさんが手伝ってくれたからできたんです。感謝しています』
『領民の皆さんに領主がボクで良かったと思ってもらえる人になりたいんです』
『これからはずっと一緒に仕事をしましょう』
真面目でお人好しで頑張り屋だけど鈍感でマイペースな男。その全てが愛おしい。
「はぁああっ、ナツキ様……好きぃ」
ガチャ!
「あっ、グロリアさん、丁度良いところに」
夢見心地になっていたグロリアが爆弾発言したところにナツキが入ってきた。
「あ、あああ、ああ……なな、ナツキ様、い、今の聞いてましたか?」
イスから立ち上がったグロリアが言い訳を探す。かつてないくらい取り乱しながら。
「グロリアさん、どうかしましたか?」
「なな、ナツキ様、き、聞いてないのなら良いのです」
「ん?」
「と、とにかく、ナツキ様はポンポンとかペンペンとかエッチ禁止です!」
「えっと、すみません……」
話を逸らそうとしたグロリアだが、また怒ってしまい自己嫌悪に陥った。いつものように、ぶつぶつと心の声が漏れ始める。
「あああぁ、また私は心とは反対のことを言ってしまいました。どうして私はこうなのでしょう。本当はナツキ様にキツく当たりたい訳じゃないのに。素直に気持ちを伝えられたら、きっと私も変われるはず。ああぁ、私はどうしたら。ごにょごにょ――」
心の声がダダ漏れのグロリアを見たナツキが心配そうな顔になった。
「あの、グロリアさん。言いたいことがあるなら聞きますよ」
「ひゃああああぁ! わ、私、何か言ってましたか?」
「全部聞こえてます……」
グロリアがツーサイドアップの髪をピョコピョコさせる。動揺が髪に出るようだ。
「ああ、これが最後のチャンスなのでは……。このままではナツキ様が結婚して手の届かない存在に……。もう離れ離れになってしまうのかも。そ、そうです不倫は許されません。せめて本当の彼女になれたら。あああああぁあん! 私もナツキ様の女になりたいのに勇気が出ないのです。ごにょごにょ――」
「あ、あの、グロリアさんはボクの彼女になりたいんですか?」
「きゃああああぁ! なな、何でそれを。ナツキ様はエスパーですか?」
「全部聞こえてます」
心の声は漏れまくるが、恋に奥手で純情なグロリアには自分から行く勇気が出ないのだ。
「グロリアさん、ボクは――」
「ま、待ってください! ちゃんと言います」
「はい」
「ナツキ様……す、す、すす……好……」
「はい」
「す、す、すきやき……そ、そう、ヤマトミコのすき焼きが食べたい……」
「グロリアさん……」
やっぱりグロリアはよわよわだ。
「グロリアさん、ボクはグロリアさんとずっと一緒にいたい。いつも仕事を頑張ってくれていてボクを助けてくれます。真面目で優しくて本当に領民思いの良い人です。ボクはグロリアさんが好きです。だから、離れ離れなんて言わないでください」
ナツキから告白してしまった。ナツキも彼女の想いを感じており、ずっと大切にしたいと思っていたのだ。
まあ、いくら鈍感なナツキでも、これだけ彼女の心の声が漏れていたら気づくというものだが。
「ナツキ様ぁ! 私も好きです。ずっと一緒にいてください」
「はい、一緒にいましょう」
「うえぇぇ~ん、こんな年下のドスケベでクソガキ勇者なのにぃ」
「グロリアさん、また全部聞こえてます……」
「でも、好きなのぉ♡ 陛下や大将軍に何と申し開きしたらぁ」
「ボクが説得しますね」
色々あった二人だが、やっと恋人同士になったようだ。熱い瞳のグロリアが、静かに目を閉じる。
「グロリアさん?」
「んっ♡」
キス待ち顔になるグロリア。あんなに奥手だったのに、この甘々ムードに流されているようだ。
しかし彼女は知らない。ナツキのキスが超危険なのだと。
「グロリアさん……」
「ナツキ様ぁ……」
二人のくちびるが触れあいそうになったその時、またしてもドアが開いてメスガキが入ってきた。今回は少しだけ気まずそうな顔で。
ガチャ!
「は、話は聞かせてもらったわよ」
結婚式を控えた勇者ナツキだが、もう一波乱ありそうな予感である。
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