第139話 ナツキ君、成り上がる
ナツキが領主となったカリンダノール地方の名産品、ナツキ食品カリンダカレーは瞬く間に大人気となった。
それまで帝国にはカレーが広まっていなかったのだ。デノアやアルビオン、一部ヤマトミコでは食べられていたのだが。ルーテシア帝国では珍しい南大陸の香辛料を使った煮込み料理を、帝国中の人々が買い求めるようになるのには、それほど時間はかからなかった。
今や帝国中の子供たちが食べたがるナンバーワン好物料理だ。
カリンダカレーはナツキの故郷であるデノアでも売り出し、好調な売り上げを叩き出している。
今までは香辛料を混ぜ合わせたりと複雑で繊細な料理テクが必要であったが、
「どうしよう、大人気になったのは嬉しいけど、生産が追い付かないよ。原料の輸入が間に合わない。それに、従業員の皆を働かせ過ぎるのはダメだよね」
元庶民で労働者の大変さを知っているナツキは従業員の味方だ。決して領民を酷使したりはしない。
労働時間も規定を守り休日も増やしている。
姉ヒロインの躾にはエチエチブラックだが、ナツキ食品の従業員にはホワイト労働だった。
「ナツキ様、南大陸のスパイス業者との交渉で、原材料の輸入を大幅アップさせました。これまでの30倍になります」
そこにグロリアが報告に来た。
ナツキの家令とナツキ食品の副社長として手腕を振るう彼女は、かつてない程の充実感とやりがいを感じている。
「グロリアさん、凄いです。難しい交渉を成功させちゃうんですから」
「ナツキ様、私は与えられた仕事をこなしているだけですよ」
「そんなことないです。グロリアさんは凄い人です。なくてはならない大切な人です」
また無意識にナツキが姉系女性を堕としている。
「きゅっ♡ あ、ありがとうございます、ナツキ様。嬉しいです。た、大切な人……うふっ♡ うふふふっ♡」
ナツキの言葉でグロリアの顔がにやけて満面の笑みだ。
出会った頃のグロリアは、眉間にシワを寄せ気難しそうな顔をしたり、口癖は『不幸だわ』だった。
しかし、今のグロリアは表情も和らぎ実に楽しそうだ。
「原材料は調達できたけど、生産が追い付かないんですよ」
「残業と休日出勤を増やすのはいけませんか?」
「あまり仕事を詰めすぎるとダメですよ。休息も重要です」
「ナツキ様はお優しいですよね」
グロリアが眩しそうな顔でナツキを見つめる。
「ボクは当たり前のことをしているだけですよ。人間には休息や自由な時間が必要ですから。――そうだ!」
ナツキが何かを閃いた。
「デノア王国にも工場を建てましょう。王都バーリントンの近くに工場を作って、デノア国民にも手伝ってもらえば……」
デノアの経済も良好とは言えなかった。相次ぐ経済失策により失業率も高い。
そもそも戦争前に正規軍が崩壊するぐだぐだぶりである。軍事だけでなく経済政策もいい加減な国だったりするのだ。
デノアにナツキ食品が進出すれば、経済にも貢献でき一石二鳥だだろう。
◆ ◇ ◆
そんな訳で、デノア王国にナツキ食品第二工場が建てられることになった。
王都バーリントン近郊に大きな工場を作り、輸入する香辛料の一部は直接デノア王国の港から搬入する計画だ。
ナツキと秘書のマリーは久しぶりに帰郷し、国王や政財界関係者との挨拶を予定していた。
「工場建設も軌道に乗り従業員の募集も進んでいます。これで第二工場も万全ですね」
建設現場を視察してからデノアの王城に向かっている合間に、ナツキが隣にいる秘書のマリーと話している。聞いているはずのマリーは心ここにあらずなのだが。
「はぁん♡ ナツキくぅん、早くお泊りしたいわぁん♡」
「マリー先生、仕事してください」
「だってぇ、ナツキ君のご褒美が忘れられなくて仕事どころじゃないのよぉん♡」
「こまった大人だ……やっぱりチェンジしたい」
自称彼女九号なのに、やっぱりナツキはチェンジ希望だ。元先生に迫られている背徳感がナツキの心にブレーキを掛けているのかもしれない。
まあ、それだけではないのだが。
謁見の間にナツキが入ると、デノア国王の方から駆け寄って握手を求めてきた。
「おお、これはこれはカリンダノール・ガザリンツク・ミーアオストク及び極東ルーテシア大公ナツキ閣下、よく来てくれました」
以前は謁見することさえ叶わなかったのに、今では国王の方が頭を下げている。
ルーテシア帝国大公は、周辺の小国であるデノアの国王より格は上とされているのだ。
「あ、あの、陛下、頭を上げてください」
ナツキはいつも通り謙虚である。
「何を仰いますか。帝国の大公閣下ともあろうお方が。世界に冠たる大英雄でありながら帝国大公、そして飛ぶ鳥を落とす勢いの起業家であるナツキ閣下ではありませんか。頭を下げさせてください。よっ、さすが大英雄ともなると謙虚でいらっしゃる」
「ええええ……」
国王にヨイショされナツキが戸惑ってしまう。
「この度はナツキ食品の第二工場を我が国に建設して頂き、誠にありがとうございます。今を時めく御社のおかげで経済や失業率も改善しますのじゃ。あっ、ナツキ閣下。ワシに構わずどうぞ上座へ」
「ええええ……」
「わっはっは、戦争にも経済にも慎重に検討に検討を重ねて検討してきた我が国ですが、経済も検討続きで何も進展しませんでな。ワシは聞く耳を持つ王じゃが、皆の意見を聞くと検討しかできなくて困ったものですじゃ」
検討しかしないのなら経済が良くならないのは当然だろう。
「しかし、ナツキ閣下が我が国と帝国を結び付けてくださり、大きな工場まで建てて頂けるとは光栄ですのじゃ。それからマリーよ」
国王がマリーの方を向く。
「よくぞやってくれたマリーよ。このままナツキ閣下を帝国に行かせてしまったら、我が国にとって大きな損失であった。そこを関りを持ち続け権益をもたらしたのは大きい。そなたも良くやってくれた」
「はっ、国王陛下のお言葉、身に余る光栄にございます」
キリッ!
それまでナツキの顔ばかり見てデレっとしていたマリーが、急に襟を正しデキる女風になった。
アップにして夜会巻きの髪とピチッとしたスーツ姿が似合い、見た感じは
「ええええ……マリー先生、何かしたっけ?」
納得いかないナツキが愚痴をこぼす。
実は有能で仕事はできる女なのだが、普段の行動がアレ過ぎて台無しなのがマリーだ。そんな困った先生だが、今では大事なナツキ
「陛下、ナツキ閣下はこの私、マリー・ホシミヤにお任せください。彼は私が昼も夜もベッドでも、寝食を共にし、必ずデノアに利益をもたらしてみせます。ついでに子供は三人産む予定ですのよん♡」
またまたマリーが悪乗りしている。自分のファミリーネームをナツキのものにして、子供の数まで決めていた。
「がはははは、それは頼もしい限り。もうナツキ閣下のお手付きであったか。ゆくゆくは大公妃であるかの。がっはっはっは」
「デノアと私の未来は明るいですね。明るい家族計画ですわ。おほほほほ」
「何なの、この人たち……大人って怖い」
マリーの欲望と大人の事情が絡み合う会話に、ナツキが溜め息をついた。
その後に行われた政財界著名人とのパーティーを終えたナツキは、久しぶりに自宅へと向かう。当然マリーもついて来るのだが。
その道すがら、ナツキに取り入ろうとする
「ナツキ様、どうもどうも。この度は大公叙任と社長への就任おめでとうございます」
知らない中年男性がペコペコと頭を下げながらやってきた。
よく見ると、その隣には幼年学校時代の同級生女子の姿が――。
「えっと、何か用ですか?」
「これはこれは、一言ご挨拶をと思いまして」
「はあ……」
「実は私、小麦粉の取り扱いの仕事をしておりまして」
「はい……」
「何卒、私どもの小麦粉をナツキ様の会社で使っていただきたいのです。ほら、アマンダ」
父親に促され娘が前に出る。
「な、ナツキ君、久しぶりね。これから家に遊びに行っても良いかしら?」
恋愛関係には鈍感なナツキだが、この二人の行動には何となく察しがつく。娘をダシにナツキに取り入ろうとしているのだろう。
「えっと、業者選定は公平公正に決めますから安心してください。それから、ボクとアマンダさんはそれほど仲が良いわけではないですので」
ナツキに断られ、親子の目が泳ぐ。
「それに、大人の仕事関係に大事な娘さんを差し出すようなやり方は好きじゃありません。アマンダさんも自分を大切にしてください」
ガァアアアアアアアアーン!
ナツキの言葉で親子が大ショックだ。
「あああ、ナツキ様は好色だと聞いていたから娘を使ったのに……」
「あああーん! 玉の輿計画失敗したぁ! 私のバカぁ、何であの時ゴミ男子とか言っちゃったのよ」
娘を使った色仕掛けが失敗し父親は頭を抱える。
娘の方はといえば、過去に吐いたナツキへの暴言を悔いた。今更後悔しても遅い。
その後も次々と似たような者たちが訪れ、対応を終えた頃には深夜になってしまった程である。
「疲れた……。社長になった途端、皆の反応が変わっちゃうなんて。なんだか嫌だな……」
溜め息まじりに自宅のソファーに寝転がるナツキのところに、もう一人残っている悪い大人の魔の手が迫る。
そう、いけない女秘書マリー自称ナツキの彼女九号である。
「ナツキくぅ~ん♡ もう先生限界よぉん♡ 今夜は離さないわよぉ♡ むふぅん♡」
今日一日腋汗でムレムレになったマリーが、そのムッチリした大人の体からモワッとフェロモンを出しズリズリと迫る。
「えいっ!」
ズキュゥゥゥゥーン!
「うっぴぃいいいいいいいい~ん♡♡」
超強力な姉喰いスキルの直撃を受けたマリーが、プスプスと湯気のようなものを出しながら気絶した。セクシーな黒い下着姿で伸びてしまうなんて、教育的に問題のある教師だ。
「先生、裸で寝ると風邪ひきますよ」
ナツキがマリーに布団を掛けてあげる。何だかんだ言っても優しかった。
◆ ◇ ◆
因みに、何かとナツキに取り入ろうとする者が多い帰郷だったが、お世話になった人への恩返しも忘れない。
不遇な少年時代に優しくしてくれたパン屋のおじさんと定食屋の老夫婦には、優先的にカレールーを卸しレシピを伝えるのだった。
後にカレーパンと定食屋のカレーライスは大人気メニューとなる。
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