第136話 ずっと一緒に
その頃、デノア王国では――――
ナツキの名声はデノアにも届いていた。世界を救った奇跡の勇者として、その名は全国に轟き女たちの羨望の的になっているのだ。
ここ、ナツキの同級生が通っていた幼年学校でも、話題には事欠かない。女子たちの悔やんでも悔やみきれない後悔の念が飛び交っているのだ。
「ナツキ君が世界を救ったヒーローにになるなんて」
「帝国大公らしいわよ。広大な領地を持つ大富豪なの」
「それよ! まさかナツキが超大金持ちに」
「あああぁ! しくじった! ナツキ君が金持ちになるなら手を付けておけば良かったぁ」
散々ゴミ男子だのとバカにしていたのに、ナツキが成り上がって大富豪になった途端手のひらクルクルである。浅ましい小娘共だ。
「実は私、前からナツキ君のこと良いなって思ってたのよ」
「はあ? あんたナツキは底辺って言ってたわよね!」
「あんたこそゴミスキルは将来負け組って言ってたじゃない!」
「何ですって!」
「何よ!」
そして仲間割れである。男を金でしか見ていない人間は幸せにはなれないだろう。
そしてこちらも――
ナツキをイジメていた男子たちの末路と言えば……。
「けっ! 面白くねえ」
「ナツキばっかりモテやがってよぉ」
「本当は俺らの方が格上のはずなんだ」
「そうだそうだ、弱いヤツはイジメられて当然だぜ」
一時は反省して静かだったのだが、腐った性根は更生も反省もできないようで――
「ちょっと、オモラシ男は黙ってなさいよ!」
「そうよ、オモラシ男子の分際で」
「ナツキ君に手も足も出なかったザコ男子のくせに」
「弱いのはオモラシのあんたらでしょ。きゃはっ、ウケる」
女子から蔑みの罵声が飛ぶ。
イジメ主犯格の男たちは、今や周囲からバカにされる存在に。クラスでイキっていた昔が嘘のようだ。カーストトップから底辺へと崩れ落ちたのである。
まさに因果応報で自業自得だろう。
そんな中、幼馴染のミアだけは複雑な心境になっていた。
「何だかナツキが遠い存在になちゃった気がする。あたしがずっと一緒にいると思っていたのに……。やっぱりこのままじゃイヤ! あたしはナツキと……たとえビッグサイズでも頑張るっ!」
何がビッグサイズなのかは知らないが、ミアが闘志を燃やしている。彼女のこの決意が、後に大変なことになるのだが。
◆ ◇ ◆
カリンダノール城執務室――――
ナツキの企画したカレー会社は着々と実現に近づいていた。それには優秀な
「ナツキ様、製造工場の建設も完成間近です。調味料は南大陸から調達の目途も立ちました。来月には第一便が届く予定です」
書類に目を通しながらグロリアが話す。
ナツキの家令でありながらナツキ食品の副社長も兼任している。本当に優秀な部下だ。
ナツキがゲルハースラントや極東で戦っている頃から、グロリアは自分にできることをやっていた。勇者であるナツキが戻るのを信じ、工場建設やリゾート開発を進めながら主の帰りを待ち続けていたのだ。
「この方針でよろしいでしょうかナツキ様……」
グロリアは主であるナツキに声をかける。
そんなナツキを信じるグロリアだが、どうしても許せぬことがあった。今、まさに目の前で繰り広げられている行為なのだが。
「ほぉら、なっくぅ~ん♡ 喉が渇いたでしょう。わたくしが飲ませて差し上げますわよぉ♡」
執務室のソファーに深く座ったクレアが、ナツキを抱き寄せながらイチャイチャしている。
そのナツキだが、クレアの柔らかな体に抱きしめられ、その頭は彼女の巨乳に乗せられていた。つまり、乳枕である。
膝枕の数ランク上にあるクレアの甘やかし術だ。
「クレアちゃん、自分で飲めますよ」
「ダメですわ。なっくんのことは、わたくしが何でもしてあげますのよ」
「でも……」
「なっくんは何もしなくても良いのですわ。全てわたくしに任せてくださいまし♡」
愛おしそうな目を輝かせてそう言ったクレアが、グラスに入っているジュースを口に含む。
「んぐっんぐっ……んっ♡」
口にジュースを含んだままのクレアが、トロンっと蕩けた顔でナツキにキスをする。いわゆる口移しだ。
「クレアちゃん……んっ」
「んぁ♡ こきゅこきゅ……」
「んっ、ごくっ、ごくっ……ぷはっ」
恥ずかしそうな顔でクレアのキスを受けたナツキが口移しでジュースを飲み干す。クレアの唾液とミックスされた極上ドリンクだ。
「どうですか? なっくんっ♡」
「おいしいです。クレアちゃん」
「良いですのよ♡ もっと甘えても」
「クレアちゃん」
「なっくぅん♡」
「クレアちゃん」
「なっくん♡ なっくん♡ なっくぅぅ~ん♡」
バァアアアアアアーン!
「いつまでやっているのですかぁぁ!」
目の前で続く甘過ぎておかしくなりそうな行為の数々に、ついに堪忍袋の緒が切れたグロリアが怒った。
勢いよくテーブルに手をついて抗議の声を上げたのだ。
「ななな、ナツキ様! な、何ですかその破廉恥行為は。前より数段エッチになってます。こ、この変態変態変態ぃぃーっ!」
真っ赤な顔で怒ったグロリアに、ナツキと抱き合ったままのクレアが釈明をする。
「グロリアさん、これは愛の
「チチクりぃ……って、だだだ、ダメです! ひ、人前で破廉恥な……」
真っ赤な顔で腕をブンブン振るグロリア。
「では、人のいない所では良いのかしら?」
「それでもダメです! 私が嫌なんです!」
「嫌って、もしかしてグロリアさん、あなた……」
「ち、違います。も、申し訳ございませんクレア様……」
途中で熱くなり本心が漏れたグロリアだが、クレアの言葉でハッとなり頭を下げる。
そんな彼女に、心配そうな顔をしたナツキが声をかけた。
「グロリアさん、すみません。仕事中ですよね」
「い、いえ、私は……」
グロリアの気持ちを察したクレアが立ち上がり彼女に話しかけた。
「少しお二人で話をした方が良いかもしれませんわね」
「クレア様、私はべつに……」
「主と家令が上手くいっていないと、メイドや使用人たちも困ってしまうますわよ」
「ですが……」
「わたくしは席を外しますわ。二人で話し合うのがよろしくってよ」
そう言ってクレアが部屋を出て行く。ヘンタイさんなのに優しくて気の利く女だ。さすがクレアである。
バタンッ!
「素直になれない方ですわね。ライバルが増えるのは困りますが……。なっくんの大事な仲間ですから」
部屋を出てからクレアが呟く。
「しかし、ヤマトミコ秘伝の仙薬……使うのはまた今度ですわね。うふふっ♡」
ちゃっかりクレアは殿方を欲情させる仙薬入りお香を桐から受け取っていたのだ。そこはしっかりしている。
甘やかしでナツキをその気にさせ、部屋に招き入れてから初めての〇〇……。
優しく穏やかな姉だが、意外とエッチはガチだったりする。神に選ばれたかのような容姿をしているが、夜の生活も神懸ったドスケベさなのだ。
クレア本人も気づいていないが、こんなドスケベヒロインに対抗できるのはナツキくらいかもしれない。
「うふふぅ♡ なっくんと愛の
世界中の男を魅了する天使のような美女クレア・ライトニング。彼女との凄まじい怒涛の新婚さん生活は、すぐそこまで迫っていた。
◆ ◇ ◆
一方、素直になれない女グロリアだが、ナツキの前で怒ってしまうのに自己嫌悪していた。
「すみませんナツキ様……私……いつも怒ってばかりで」
先程までとは打って変わり、伏し目がちになったグロリアが頭を下げた。
「謝らないでください。グロリアさんは間違ってません」
「ナツキ様……」
「仕事中なのに遊んでいたボクが悪いんです」
「それは……」
グロリアが怒っていたのは仕事をさぼっていたのではないのだが、本当の理由は黙っていた。
「グロリアさん、いつも仕事を頑張ってくれてありがとうございます。カレー工場もリゾート開発も、グロリアさんが手伝ってくれたからできたんです。感謝しています」
突然ナツキから感謝され、グロリアの目に熱いものが込み上げてきた。
「ナツキ様、う、嬉しいです。そんな風に思ってくださっていたなんて。私は、微力ながらナツキ様のお役に立てるのならと」
「グロリアさんは凄く力になってますよ。なくてはならない大切な人です。これからもボクに力を貸してくださいね」
「うわぁああぁ、ナツキ様ぁああ!」
泣き出したグロリアの小さな肩をナツキが抱いた。傍から見たら同い年くらいに見える二人だが、グロリアの方がずっと年上である。
「私、ナツキ様に何かあったらと心配で心配で」
「ごめんなさい、心配かけて」
「無事に戻ってこられて良かったぁあああぁ」
「これからはずっと一緒に仕事をしましょう」
「はい、はい、ずっと一緒です。ぐすっ」
ぎゅっ!
彼女の肩を抱いていたナツキが離れようとするが、ギュッと抱きしめられてしまう。
「ずっと一緒って言いましたねナツキ様。もう離れませんからね」
「はい、定年まで仕事をお願いしますね」
「そういう意味じゃありません! ばかぁ」
ギュゥゥゥゥー!
グロリアの腕に力が入る。
「グロリアさん、い、痛いです……」
「こ、この朴念仁の鈍感勇者ぁ! 女の敵ぃ」
「えええ……」
グロリアに怒られてナツキがヘコんだ。
「もうっ! もうもうもうっ! 何で私の気持ちに気づかないんですか! す、少しは察してくださいよ。い、一緒にいたいというのは、そういう意味じゃないんです」
「え、えっと……もしかして……」
これだけたくさんの女性に求婚されているのに、やっぱり恋愛関係には疎い鈍感男のナツキだ。しかし、ここまでされれば、さすがのナツキもグロリアの好意に気づくというもの。
「つ、つまり、す、好き――」
「言わなくて良いですナツキ様」
「は、はい」
「そもそもナツキ様はデリカシーが無いです」
「で、ですよね」
「女と見たらポンポンしたりペンペンしたり」
「は、反省してます」
説教された。
「いいですか! ナツキ様は女性の扱いが変なので心配です。私が女性に対するマナーを手取り足取り教えますからね。だ、だから、ずっと一緒にいて指導します」
「つまり腰取りですね」
いつぞやの手取り足取り腰取りの女教官を思い出すナツキ。それは止めておけ。
「ま、またエッチなことをぉおお! そういうのですよ!」
「す、すみません……」
「わ、私がナツキ様の彼女候補として指導しますからね。か、仮にですよ。勘違いしないでください」
蕩けそうになる顔を必死に引き締めてグロリアが話す。そっぽを向きながらも顔は赤く目はナツキをチラ見している。
勘違いするなと言う方が無理があるだろう。
こうしてグロリアが彼女候補八号になった。自称『仕方なく仮に』であるが。
そして、影を潜めている真のヒロインだと自称する彼氏いない歴イコール年齢のしっとり女秘書が、着々と魔の手を伸ばそうとしているのをナツキは知らない。
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