第131話 三国君主会議(ナツキ争奪戦)

 トゥルーデがナツキに熱烈アタックを仕掛けているところに、偶然アンナが出くわしてしまった。まさかの、ちびっこ皇帝一触即発だ。


「むんん~っ! 余のナツキに何をしておるのじゃぁ!」


 小さな体を目いっぱい使って怒りをあらわにするアンナ。腕をブンブン回している。プク顔で拗ねた表情は、怒っているようでどこか可愛らしい。


「あっ、これはこれはルーテシア皇帝アンナ様、ゲルトルーデ・フォン・ローゼンベルクです。ご機嫌麗しゅうございます」


 トゥルーデが慣れない仕草で貴族式挨拶カーテシーをする。見様見真似っぽいのに、優雅に広げた腕でスカートの裾を上げる動作は様になっていた。


「ご機嫌麗しくないのじゃぁ! ナツキは余の勇者さまなのっ! 誰にも渡さないのじゃぁ! だめぇ!」


 一方のアンナはマナーがなっていない。ナツキと結婚するという話を聞き冷静ではいられないのだろう。


「アンナ様、ちゃんと挨拶はしないとダメですよ」


 ナツキがアンナの肩に手を置いてたしなめる。相手が皇帝なのに恐れ知らすなのはいつものことだろう。


「もぉ、ナツキは余の婿になるのじゃぁ! やだやだぁ!


「ええっ……ボク、結婚は決まってないのに」


 二人の皇帝少女が結婚を主張し、ナツキは困った顔になる。そう、若干……いや、かなりシスコンの気があるナツキとしては、幼い子より大人っぽいお姉さんが好みなのだ。


 初心うぶで純粋でドーテーなのにセクシー年上ヒロインが好きとか、さすが無意識にエロいナツキである。



「あら、アンナ様も結婚は決まっていないのですね。だったら、まだ私にもチャンスはあるというもの。相手が貞操逆転帝国の皇帝であっても、ゲルハースラント魂で寝取り……コホン、奪い取ってみせます」


 根は真面目なトゥルーデだが、何処かやっぱりませた・・・メスガキっぽさが見え隠れする。寝取りとか絶対ダメ。


「チャンスはないの! ナツキは余の勇者さまなの! 絶対絶対ぜぇーったい渡さないからぁ! べぇーっ!」


 子供の喧嘩のようになるアンナだが、実際子供なので仕方がない。和平の場なのに再び戦争になりそうな勢いだ。

 恋という名の戦争に。




「「「おおおーっ!」」」


 その時、周囲からどよめきが沸き起こった。王侯貴族が詰めかけている宮殿大広間に、一際目を引く一団が現れたのだ。


 明らかに他の者とは違う衣装を纏った女性が歩いている。西洋式ドレスとは全く違う様式美。ヤマトミコの着物を着た高貴な雰囲気の少女だ。


「ここがルーテシア帝国の宮殿ですか。熾天宮してんのみやとは全く違う造りであるな。壁が宝石のようじゃ」


 そう話した少女が、物珍しそうに周囲を見る。


 ヤマトミコの中でも極一部の貴族が着る十二単じゅうにひとえと呼ばれる正装の少女、その名は第106代姫巫女だ。


 深い藍色あいいろのような黒髪を長く伸ばし、腰の下で揺れている。何故か顔には布が掛かっており、その表情はうかがい知れない。



「えっと、どちらに行けば良いのやら? これは、迷ったのか?」


 普段あまり外出をしない姫巫女だけあって、どうやら方向音痴なのがデフォらしい。勝手が違う異国で戸惑っているのだろう。


「姫巫女様、勝手に歩かれては危険です」

「そうです。織田殿が来るのを待ちましょう」


 彼女の侍女が後をついてくるが、その者たちも迷っているようだ。どうやら征夷大将軍の織田揚羽も一緒らしいが、はぐれてしまったのだろう。



 そんな姫巫女たちに声をかける恐れ知らずが一人。そう、勇者ナツキである。別の意味でも勇者だった。


「あっ、もしかしてヤマトミコの姫巫女さんですか? ボクが案内しますよ」


「おお、親切な殿方ですね。しかと頼むぞ少年」

「はい、任せてください」


 ナツキがエスコートして姫巫女を連れて行く。侍女が「危険です」と言っているが、二人とも全く聞いていない。

 当然、アンナとトゥルーデも一緒について行く。



「アリーナさんが言ってたんですよ。姫巫女さんは別室にお連れするようにと。あっ、ボクはナツキ・ホシミヤです」


ちんは第106代姫巫女じゃ」


 別室に入りイスを引き彼女を座らせたところで、やっぱり余計なことをしてしまうのがナツキだった。


「あっ、その帽子はボクが掛けておきますね」


 カポッ!

「きゃっ!」


 わざわざナツキが姫巫女の顔に掛かっている布を外してしまう。


「なぁ! ななな! 何をする無礼者ぉ! か、顔を見たな! 朕の顔を見たなぁ! とと、殿方に顔を見られてしまったのじゃぁ!」


 熾天宮してんのみやでは御簾みすの向こうに隠れ、男性の前では常に布で隠している彼女の顔が露わになる。


 その顔は、綺麗な声で想像した通りだった。繊細な印象の顔には、まつ毛が長く切れ長の美しい目と優美な造形の鼻と口。東洋系の美少女だ。

 歳は十代後半くらいに見える。



「あの、ごめんなさい。ボク、何かしちゃいましたか?」


「なな、何かしたではない! 我が国の伝統で、初めて姫巫女が顔を見せる親族以外の殿方は、婚姻する相手と決まっておるのじゃ。ああぁ、朕の顔を見られてしもうた。もう結婚するしかないではないか」


「ええええええっ! け、結婚!」


 やっぱり結婚になってしまう展開だ。もうオヤクソクかもしれない。この姉喰い勇者ナツキ、皇帝を嫁にするスキルまであるのだろうか?


「そなた、ナツキと申したか? ナツキ……確か戦争を収めた勇者とはそなたであるか。此度、大公となる偉人であると聞き及んでおる。――――仕方がない。異国の男性との婚姻は前例がないが、朕はそなたを婿として迎え入れるしかあるまい。不調法者であるが認めよう」


「えっええっえええっ! あ、あの」


 勝手に結婚が決まってしまった。


「うむ、仕方がないの。仕方がない。顔を見られたのだから伝統に従うまでじゃ。少々不調法者で歳も朕より若いようではあるが、その強引なところは男らしくて嫌いではないぞ。うん、か、顔もよく見れば悪くはないし……年下なのも可愛いくて好みかもしれぬ。うぅ、し、仕方なくじゃぞ!」


「ちょ、ちょっと待ってください。ボクは彼女がいるんです。結婚はできません」


「うむうむ、跡取りとなる姫を産まねばならぬな。そなたは朕と共にヤマトミコに帰り夜伽よとぎの準備じゃ。子はたくさんつくらねばな。朕は夜伽のやり方には詳しくないのじゃが、強引なそなたならば上手くやれるであろう」


 全くナツキの話を聞かない姫巫女が、一方的にナツキを結婚に追い込んでゆく。ヤマトミコナデシコと称されるかの国の女性だが、女人国と呼ばれるだけあり積極的なのかもしれない。



 突然現れた異国の姫に愛しいナツキを奪われる展開に、当然ながらアンナとトゥルーデの怒りが爆発する。


「ナツキぃぃーっ! けけ、結婚など許さぬぞぉ! ナツキは余の婿となるのじゃぁ! ぜぇーったいダメぇ! だめだめだめぇええっ! ダメったらダメぇええっ!」


「ナツキさん! 側女は許すと言いましたが、他国の姫と結婚は許しませんからね! ナツキさんは私と結婚するんです! 決定事項です!」


 姫巫女からナツキを取り戻そうと、彼の腕に縋り付く二人。まさかの三大国の皇帝娘によるナツキ争奪戦が勃発した。

 もう和平会議は決裂しそうな勢いである。



「これ、ナツキ。この小娘キッズは何者じゃ? 」


 自己紹介はまだとはいえ、姫巫女がルーテシア皇帝とゲルハースラント皇帝をキッズ呼ばわりしてしまう。

 これには二人も、頭の中の何かがブッちーんと切れてしまった。


「ななな、なんじゃとぉーっ! 余は子供ではないのじゃぁあぁ! い、今は小さいけど、すぐに大きくなってバィンバィンになるのじゃからなぁ」


「そうです! アンナ様は子供ですが、私はれっきとしたレディーです。おっぱいもぷるんぷるんですから! 一緒にしないでください!」


 共闘するのかと思いきや仲間割れした。トゥルーデもアンナをキッズ扱いだ。

 ただ、二人は一度も仲間にはなっておらず、最初から仲は悪かったのだが。


「こらぁ! そなたは味方ではないかのかぁ」

 即座にアンナが反論する。


「えへっ、アンナ様。ナツキさんは大きい胸が好きなのですよ。ここは私の胸と色気と魅了催淫サキュバススキルでイ・チ・コ・ロ・です♡」


「だめぇええええっ! ナツキは余の婿になるのぉ。ううっ、ぐすっ……うぅ……。わぁーん! うぇええぇーん!」


「ええぇ、あ、アンナ様……ガチ泣きですか……」


 ナツキを奪おうとするライバルの出現に、皇帝アンナがまさかの大泣きである。

 かつてアレクサンドラ元議長の横暴にも涙を我慢していた彼女だが、ナツキを奪われることには耐えられなかったのか。



「ええっと……ナツキよ、そなたモテるのじゃな。しかし、そなたを朕の婿にするのは諦めるわけにはゆかぬ。許すがよい。そなたには必ず夜伽をしてもらうぞ」


 姫巫女がナツキの腕を掴み長いまつ毛の目を向ける。



 アンナが泣いてしまったり、姫巫女が迫ってきたりで、ナツキの頭がパニックだ。


「どど、どうしたら! アンナ様、泣き止んでください」


 ここで追い詰められたナツキは幼馴染の言葉を思い浮かべる。毎度おなじみのアレだ。生意気そうなメスガキっぽい顔のミアである。

 いつものパターンなので省略するが、一番ナツキに悪影響を与えているのは彼女かもしれない。


「ひ、姫巫女さん! 落ち着いてください。お、お仕置きします!」


 選りによって結論がお仕置きである。普段から姉にお仕置きしているからといって、初対面の女性にお仕置きなど許されるわけではないのだが。


 ペチン、ペチン、ペチン、ペチン、ペチン、ペチン、ペチン、ペチン、ペチン、ペチン!


「ふぎゃあぁ~ん♡ ななな、何をするか無礼者ぉ! おっ♡ おおっ♡ やめぬか不調法者がぁ! ひ、人前でぇ! は、破廉恥であるぞ! おごぉぉおおーあふぃい♡」


 ナツキの姉喰いペンペンをくらって姫巫女が陥落した。このありえない状況に、側近の女性たちがショックで泡を吹いて気絶する。

 咄嗟にトゥルーデが、両手でアンナの目を耳を塞ぐ。教育的配慮だろう。



「やめろぉおおぉ! こ、こんな屈辱初めてじゃぁ! おほぉ♡ やはり帝国は恐ろしところじゃったぁああ~ん♡」



 バタンッ!

「な、何かございましたか!」


 姫巫女の悲鳴を聞いたアリーナが部屋に飛び込んできた。


「へっ……あ、あああ、ああああっ! きゃああああああああああああああああぁ! 国賓こくひんとして招待した姫巫女様がぁああああああああああああ!」


 目の前の光景に絶叫するアリーナ。


 まさかナツキが姫巫女の尻をペンペンしているとは思うまい。ヤマトミコならば不敬罪で斬首されてもおかしくない暴挙だ。


「うううぅ~ん」

 バッタァーン!


 そしてアリーナは気絶した。

 

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