第130話 全てを受け入れる恋人
ゲルハースラント帝国解体により、フランシーヌは独立を回復した。捕虜の返還も進みルーテシア帝国との和平も進んでいる。
因みにトゥルーデはまだ皇帝として残っていた。両国間の話し合いをスムーズに行う為だ。
主に元老院議長であるアリーナが主体となって進めているが、これにはナツキの意向も反映されていた。
そしてナツキは、極東に行っている間にネルネルに託しておいた、ゲルハースラントの状況を確認しているところだ。
「――そうですか。トゥルーデさんが元気そうでなによりです。後は押さえたパンツァーティーゲルの工場ですね」
「製造中の魔導兵器がたくさん有ったんだナ」
「あの技術は凄いですよね。平和利用すれば多くの人を移動させる車両に使えるかもしれません。例えば、無限軌道になっている足回りを外し、地面に
「レールの上を走らせる?」
「例えば帝都からアレクシアグラードまでを二本の鉄のレールで繋げば、その軌道上をパンツァーティーゲルの魔導機関を乗せた車両を走らせることができます。客室をけん引させれば多くの人を高速移動させることも可能かもしれない」
何気なく言ったナツキの話に、ネルネルが驚きの表情を浮かべた。
「な、なな、ナツキきゅん……やっぱり凄い男なんだナ。そんなのが完成したら、この世界に革新的な技術がもたらされるんだゾ」
「もう馬車で時間をかけて移動しなくて済みますね。あはっ」
とんでもない大発明なのに、当のナツキは呑気な顔をしている。笑い事ではない。
「ぐひゅ♡ 前から思っていたのだが、ナツキきゅんって、実はハイスペ男子なのでは?」
「またまたぁ、買いかぶり過ぎですよ。ボクは何もしていませんよ。努力してるけどまだまだです。幼馴染のミアにもダメダメって言われてたし」
相変わらずナツキは威張ったり驕ったりせず謙遜している。
幼馴染が言っている『ダメダメ』は、もしかしたら照れ隠しかもしれないが。
「もしかして……姉喰い? いや、まさかだゾ……」
うんうんとネルネルが考え込む。
「どうかしましたか?」
「ナツキきゅん、グロリアやアリーナ議長にも姉喰いスキルを使ったんだナ……もしかしてマリーも」
「はい、グロリアさんにはご褒美でじっくりたっぷりしました。アリーナさんは、何故か毎回会う度にぶって欲しいと言うので。ま、マリー先生はお仕置きですが」
益々うんうん考え込んだネルネルが口を開く。ガシッとナツキの両肩に手を置き力説する。
「ナツキきゅん、やっぱりナツキきゅんは凄い英雄なんだゾ。その姉喰いスキルは万能な超レアスキルだったんだナ」
「そうなんですか? そういえばヤマトミコの羽柴桐さんにも超レアスキルって言われましたが」
「姉喰いで繋がった相手のスキルを使えるようになったり、そのスキルを分解合成して新たなスキルと創り出したり。そ、それだけじゃないんだゾ。姉喰いする度にナツキきゅんが成長してるんだナ」
「成長?」
「姉喰いした相手とリンクすることで、桁違いの経験値を得るのだろうカ? それとも尻を叩くとレベルアップ? いずれにせよ、ナツキきゅんは凄い男なんだナ」
スキルが進化しているだけでなく、ナツキ自身も成長しているのだ。ネルネルの乙女心もドッキドキである。
「そんなんじゃないですよ。ボクのスキルが進化してるのは嬉しいけど、ボク自身は普通の男ですから」
「ううぅ♡ 謙遜するナツキきゅんも素敵なんだナ♡」
「あっ、でもボクも大人になったってことですかね。少しは一人前の男になれたのかな」
そう言って胸を張るナツキが少しドヤ顔だ。ドヤっているのに顔が
「お、男らしいのは、あれが……。な、何か見た目に反して、あっちは凄そうなんだゾ♡ ぐひゃっ♡」
ネルネルが何かイケナイコトを想像している。
その後もゲルハースラントの後処理や帝国西部の復興の話をした後で、ナツキは気になっている人物の話題を口にした。
「ところで宰相のギュンターさんはどうなりました?」
ギクッ!
ギュンターの話が出たところで、誰の目にも明らかなほどネルネルの顔が青ざめた。
「えっ、そ、そうなんだナ。えっと……彼は脱走を試みて戦闘になったんだゾ。そうそう! 手傷を負わせた後に川に落ちて行方不明なんだナ」
いつも変態なようでいて意外と冷静なネルネルが挙動不審だ。そんな彼女の言動に、さすがに鈍感なナツキも気づいた。
「ネルねぇ、何か隠してますか?」
「な、なな、何もないんだゾ」
「やっぱり隠してますよね?」
「な、何のことなんダ? 知らないんだゾ」
他の者にならば嘘もつけるし上手く誤魔化せるとネルネルは思っていた。しかし、ナツキの顔を見ると途端に嘘が下手になってしまう。
時に非情な決断も辞さないはずの彼女が、恋を知り変わってしまったのか。
「うっ、ううぅ……し、仕方がなかったんだナ。彼をそのままにしておけば、必ず看守を洗脳し脱走したんだゾ。再び人々を操り戦争は繰り返される……。あそこで止めないと新たな犠牲者が……」
「ネルねぇ……」
「ギュ、ギュンターは、わたしが始末したんなナ……」
絞り出すようにして喋ったネルネルが下を向く。今にも涙が零れてきそうだ。
ナツキきゅん――――
もう、わたしのことを嫌いになったかもしれないんだナ。純粋なナツキきゅんなら人殺しの彼女は嫌いなはずなんだゾ。
でも、わたしは嫌われたとしても、ナツキ君が泣くのは見たくなかったんだナ。あのままギュンターを逃がして、再び戦争で罪の無い子供たちが死ぬようなことになったとしたら……。
たとえわたしは嫌われたとしても、ナツキきゅんが幸せならそれで良いんだゾ――――
「ネルねぇ!」
ぎゅっ!
ナツキがネルネルを優しく抱きしめた。
「ネルねぇ、全部自分だけで抱え込まないでください。ボクにも相談してくださいよ」
「ナ……ツキ……きゅん」
「ボクにだって理解できます。いつまでも何も知らない子供じゃないんですから。本来ならボクが決断するべきだったのかもしれません。ボクは見ないフリをしていたのかも」
「ううっ、うううっ……」
「ごめんなさい! ネルねぇに嫌な仕事を押し付けてしまって。ネルねぇの罪はボクが背負います。ネルねぇは全てボクが受け入れます。だって、ネルねぇは大切な彼女なんだから!」
ナツキはネルネルの全てを受け入れた。
「ううっ、ぐすっ、うっ、うううわぁ、うわぁああああぁぁ~ん! ナツキきゅぅ~ん!」
恋人の全てを受け入れる発言で、ネルネルの心と体が二度目の
小柄で華奢な体は、より繊細な可愛らしさに。サラサラの紫の髪は、妖艶な色気を増し。オパールのような虹色の瞳は、より深みを増し銀河のように。
※暗黒魔力で
「ネルねぇ、泣き止んで。よしよし」
「うぇええぇん、もうナツキきゅんの為なら何でもするんだゾぉ♡」
「じゃあ何でもしてもらいますね」
「鬼畜なところも好きだゾぉ♡」
「鬼畜じゃないです」
「たまには触手プレイもするんだゾぉ♡」
「そ、それは……」
こうして、恐怖の大将軍、闇の魔法使いネルネルは、何でも言うこと聞く女にされてしまった。
もう戻れない愛とヘンタイの牢獄だ。
◆ ◇ ◆
少しの時が経ち戦後処理が落ち着いた頃、ナツキの大公への
ヤマトミコの姫巫女は
もちろん
そして三大国のトップが顔を合わせることとなった。
帝都宮殿大広間には各国首脳や貴族が詰めかけ歓談している。その中から緩くカールした薄い黄色の髪をした少女がナツキに駆け寄ってきた。
「ナツキさん、お久しぶりです。ずっとずぅーっと会いたかったんですよ。えへへっ♡」
会うなり
トゥルーデは、完全にナツキをロックオンしていた。
「あっ、トゥルーデさん。元気そうでなによりです」
対するナツキはいつも通りだ。この男、慣れない正装に身を包み、トゥルーデの熱を帯びた瞳にも気づいていない。
「ナツキさん、その服カッコいいですね」
「トゥルーデさんのドレスも可愛いですよ」
「か、可愛いだなんて♡ 照れますよぉ♡ うふっ♡」
「ドレスが可愛いと言ったんだけど……」
「もうもうっ、ナツキさんって正直ですね♡」
「ドレスが……」
若干、話が噛み合っていないようだ。
「そういえばナツキさんは大公になるのですよね。カリンダノール地方と広大な極東を統べる一国の王のような存在。これならゲルハースラント皇帝の私が嫁ぐのも問題無いはずです♡」
「えっ、嫁っ? あの、何のことですか?」
「もぉ、ナツキさんったら照れなくても良いんですよ。私が正妻になったら、とことんナツキさんに尽くしますね。恥ずかしいけど夜の生活も頑張っちゃいます。えへっ♡」
「あの、だから……」
夢見る少女になってトゥルーデが語っているところに、最悪のタイミングで皇帝アンナがやってきた。
トゥルーデの『結婚話』や『夜の生活話』を聞かれてしまう。
「むぅうううう~っ! んんぅ~ん!」
小さな体いっぱいに怒りを表すアンナが二人の間に入ってきた。
平和の為の三か国君主の顔合わせなのに、最初から最悪の展開になる二人。
世界の行く末を決める大事なナツキ争奪戦……ではなく、乙女同士の会談が始まろうとしていた。
――――――――――――――――
幼女皇帝アンナちゃんか、メスガキ皇帝トゥルーデか?
一歩間違えば正妻大戦争に。
いやいやいや!
ナツキはお姉ちゃん大好きですから!
次回、姫巫女も加わり更に大事に?
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