第109話 モグラのように進みハチのように刺す

 地上でロゼッタたちが戦っている頃、ナツキとネルネルは地中を掘り進んでいた。まるでモグラのように。


 ギュワァァァァァァーン! ガラガラガラガラガラガァアアアアアア――――ン!


 ネルネルのスキルで出現させた闇の触手は、超硬度金属のように鋭く硬い刃物になり、驚くべきスピードで地層や岩盤を掘削して行く。



「凄いです、ネルねぇ。こんなに速く掘り進めるなんて」


 ナツキに褒められてネルネルがご満悦だ。良い気分で更にスピードが上がる。これもナツキの『さすおね』効果だろう。


「当然なんだナ。わ、わたしのスキルは万能なんだゾ」


 ネルネルの言う通り、槍のような硬い武器から柔らかな触手プレイにまで自由自在だ。

 元々闇魔法スキルを持つ者は少ないのだが、彼女のように巨大怪獣や大型ドリルにまで変化させてしまうのは他にはいない。



「この辺りで一度地上に出てみましょう」

「ヨーソローなんだナ」


 ギュルギュルギュル――


 地上に穴を開け、そこからナツキが潜望鏡を出した。


「かなりゲルハースラント軍に近付きました。凄い、ロゼッタさんたちが敵を引き付けてくれています」


 スコープから見える映像には、雨のように降り注ぐ矢や弾を叩き落しているロゼッタたちが見える。

 ときおり発射される超魔導砲も、上手く分散させかわしているようだ。


「急がないと。あんな強力な魔導砲を何度も対処するのは難しいはずだ」


 そう呟いたナツキが潜望鏡で距離を計算する。


「ネルねぇ、敵魔導兵器発見! 左30度、距離120」

「両舷前進原速330度ヨーソロー」


 やはりネルネルがヨーソローだ。実は海軍に憧れているのかもしれない。


 ギュワァァァァァァーン! ガラガラガラ!


「距離120、ここが目標地点なんだゾ」

「はい、上昇して破壊しましょう!」

「おうなんだナ!」


 二人の乗った闇の触手掘削獣ヘンタイドリルラドンが急上昇する。

 地表を突き破ると、その真上に位置するパンツァーティーゲルの底面に辿り着いた。


「ピッタリなんだナ。攻撃開始!」

「先に無限軌道を破壊しましょう」


 パンツァーティーゲルの底面を狙おうとしたネルネルだが、ナツキの駆動系を破壊する案で目を輝かせる。


「なるほど、駆動系を破壊すれば動けないんだナ。ナツキきゅんは本当に頼りになる男なんだゾ♡」


 更にナツキを見直したネルネルがうっとりした顔をする。これまでも暴漢から助けてくれたりと、初心うぶな顔して意外と男らしいナツキなのだ。

 もうネルネルの心は、完全にナツキの虜になっていた。



 ガガン! ズガンッ!


 高質化させた触手で履帯りたいを突くと、その金属板を連結させた無限軌道は簡単に破壊されてしまう。

 上面はぶ厚い装甲と超強力な対魔法防御結界に覆われているパンツァーティーゲルだが、やはり底面部はもろかったようだ。



 ギュワァアアアアアアーン!


 底面にドリルで穴を開け、その穴から二人はパンツァーティーゲルに侵入した。



 突然の乱入者に、中にいた指揮官や兵士はパニックだ。


「な、ななっ、何者だ! 貴様ら!」


 オロオロする指揮官や砲手だが、操縦している兵士は魔導兵器の異常を発信し続けていた。


「駆動系破損、走行不能です! ああっ、機体に異常発生! 出力低下、魔導縮退機関が緊急停止します!」


「うわああっ! い、今はそれどころではない! 敵だ! 敵が侵入したぞ! 応戦しろ!」


 大声で騒ぐ指揮官が剣を抜こうとするが、ナツキの動きの方が数段速かった。


剣聖投影レジーナワークス!」

 ズバッ!


 瞬時に短剣を抜いたナツキが、指揮官の首筋すれすれに剣を突き付ける。狭い機内でも淀みなく流れるような剣技だ。


 これぞ、剣聖レジーナを散々お仕置きして……もとい、姉喰いと修行により会得した新たなナツキのスキルである。


 本家レジーナの虚空突破ペネトレイトゼプトには遠く及ばないが、相手が一般兵士ならば圧倒する技の切れだ。そもそもレジーナの強さは意味不明なので誰も真似はできないが。



「うっ、ぐああっ……まさか、何処から進入したのだ」


 難攻不落の移動要塞を乗っ取られ、敵指揮官の顔も信じられないと言った感じだ。


「ぐひゃぁ♡ ぐひひぃ♡ ナツキきゅん、素敵なんだナ♡ いつの間にあんな強く♡ もう胸がドッキドキなんだゾっ♡」


 ナツキに目が釘付けになっているネルネルだが、敵を無力化するのも忘れない。

 触手で兵士を掴んでは、上部ハッチを開け外に投げ飛ばしている。


「この車両はもう壊れて使えないみたいですね。機能を停止させて次に向かいましょう」

「おうなんだナ!」


 指揮官を触手で投げ飛ばしてから、操作系を破壊して再び二人は地中に潜った。


 ◆ ◇ ◆




 ゲルハースラント軍の将校たちに動揺が走っていた。


 怒涛の勢いで進撃してきたルーテシア帝国精鋭部隊だが、距離をとったまま防御に徹していて近付いて来ない。

 そればかりか、ゲルハースラントの主戦力であるパンツァーティーゲルが、相次いで謎の機能停止に見舞われ完全に沈黙しているのだ。



「おかしい……何が起きているのだ。八両あったはずのパンツァーティーゲルが、もう私の乗る一台しか動いておらぬような気がするぞ」


 車体上部から潜望鏡で外を覗いている指揮官が呟く。周囲のパンツァーティーゲルは、どれも完全に沈黙し超魔導砲を撃つ車両は存在しない。


 彼は恐る恐るハッチから首を出し、目視で周囲を確認した。


 ガチャッ!

「やはりおかしい! 他の車両が破壊されているぞ! これは一体どうなっているのだ!」


「こうなっているんだナ」


 ほんの一瞬ハッチを開けたその瞬間に、ネルネルの触手が指揮官を掴み持ち上げてしまう。


「ぐわああああ! な、何だ貴様は!」

「この男は要らないんだナ」

 ポイッ!


 文句を言う敵指揮官は放り投げられ、代わりにネルネルとナツキの二人が要塞内に侵入した。


「この車両は無傷で良いですね。これを手に入れましょう」

「敵移動要塞鹵獲作戦開始なんだナ!」



 あっさりパンツァーティーゲルを鹵獲ろかくした二人は、持ってきていたルーテシア帝国旗を車両上部に立てる。


「これ、どうやって操作するんだろ。一人だけ兵士を捕虜にした方が良かったかな」


 様々なハンドルやレバーが付いた操縦席を見ながらナツキが言う。敵兵士は全て外に放り出してしまったので操作方法が分からないのだ。


「まあ良いや。適当に動かしてみよう」

 最近は、ロゼッタのアバウトさが移ったようなナツキだった。


 ガチャ! ギュワァアアアアーン!


 ナツキが操縦席に座り、目についたレバーを動かすと機体が前進し始める。慌てて手前のハンドルを回すと向きが変わった。


「何となく分かったような? 今は走らせるだけで良いや」


 ギュワァアアアアアアアアーン! ガラガラガラガラガラガラガラガラ――




 これに驚いたのはゲルハースラント兵士だろう。何しろ、最強の矛と最強の盾を持つ難攻不落の移動要塞パンツァーティーゲルが、何故か敵の国旗を立てて自分たちの方に向かってくるのだから。


「お、おい、あれ……?」

「あ、ああああっ! 無敵のパンツァーティーゲルが!」

「敵の手に落ちただと!」

「お終いだ……もう嫌だ……」


 極寒の地獄に苦しめられたり灼熱の地獄に恐怖させられ、更には心の支えであったパンツァーティーゲルまで奪われ、その砲身を突き付けられたとあっては心が折れるのも仕方がないだろう。


 ギュンターのスキルで洗脳されていた兵士たちだが、相次ぐ恐怖体験で洗脳が解けてしまったようだ。


「「「に、逃げろ! うわぁあああああああああ!」」」


 恐怖は兵士たちに広がり、ゲルハースラント軍は雪崩を打ったように敗走し始めた。


 しかし、ゲルハースラント兵士の苦難はこれで終わらない。


 パンツァーティーゲルの鹵獲ろかくと敵の敗走を確認したルーテシア帝国軍が追撃に出たのだ。しかも、フレイアとシラユキがダメ押しとばかりに、大魔法を敵兵上空に向け撃ち放つのだからたまらない。



 ドドドドドドドドドォォォォォォーン! ズバババババババババァァァァーン! ドゴォオオオオオオオオーン!


「ぎゃああああっ! 助けてくれぇええっ!」

「もう嫌だぁああああっ!」

「これが真紅の悪魔フレイアと白銀の魔女シラユキか!」

「地獄だ、この国は地獄だ!」

「ママァアアアアアアゥエァアアアア!」


 トラウマ級の恐怖を植え付けられてもまだ終わらない。次々と帝都から出陣した飢えた帝国女兵士たちが襲いかかるのだから。

 籠城戦ろうじょうせん鬱憤うっぷんが溜まっていた貞操逆転帝国乙女としては、暴れたくてウズウズしていたのだろう。


「このブタぁああっ! 泣けぇええっ!」

「ブッヒィィィィ!」


「帝国に攻め入った愚かさをその身に刻めぇ!」

「アヒィイイイイッ! 許して女王様ぁ!」


「おらぁああああっ! どうよっ!」

「アッー!」


 暴れ回る帝国乙女たちにナツキの声も大きくなる。


「皆さん、やめてください! そんなことしている場合じゃない!」


 ナツキが姉喰いオーラを解放した。フレイアとの修行以降は常に外に洩れぬよう、その身に閉じ込めていたオーラである。


 ギュワァアアアアーン! ビビビビビビビッ!


 ナツキの体から放出される姉喰いオーラで、周囲のお姉さん系女兵士たちが次々と堕とされてゆく。


「いいですか! 降伏した敵兵は捕虜として扱ってください。ボクたちは敗走した敵を追って西に向かいます。このまま国境線まで押し戻します!」


 ナツキの一声で、ねっとりとした視線を向けている女兵士たちが一斉に頷いた。



「ナツキきゅん……それ、使っちゃダメなやつじゃないのカ?」


 無限に女を堕としそうなナツキのスキルに、ネルネルが嫉妬がこもった声で呟いた。


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