第107話 笑顔を守るために

 ゲルハースラント帝国のバベリン宮殿では、一向に進まぬアルマゲドン作戦に痺れを切らした男がいた。帝国宰相ギュンター・ウォルゲンである。


「ちくしょぉぉぉぉーっ! こ、こんなはずでは……。私の計画では、もう二つの都市は落とせているはずだ!」



 先のアレクシアグラードの戦いでは、真紅の悪魔と恐れられるフレイア・ガーラントの広範囲殲滅魔法によりゲルハースラント軍は退却。パンツァーティーゲル四両を失ったばかりか、参加していた兵士たちがトラウマ級の恐怖を植え付けられてしまったのだ。


 そして、帝都ルーングラードの戦いではシラユキの極寒魔法により、兵士の士気も下がり膠着状態に陥っていた。


 ギュンターは、部下から戦況報告を受け、辺り構わず怒りをぶちまけている状態だ。



「すぐに援軍を送れ! まだ我が国には300万の兵がいる。何としてもルーングラードを落とすのだ! 全兵力を投入しろ!」


 ギュンターの無茶な命令に、さすがに部下が動揺する。


「し、しかし、我が軍は敵大将軍の魔法で飢えと寒さに耐え続けています。士気も下がり――」


 説明し始めた部下に対し、ギュンターはスキルの精神系魔法を乗せた命令をする。


「300万全て投入だ。出し惜しみは無しにしろ。敵の大将軍がどれだけ強くとも、無限に戦えるはずもないのだ。数で押し切り必ず陥落させろ」


「はっ、ジークゲルハースラント!」


 洗脳された部下が部屋を出て行く。帝都に温存されていた300万人の兵士は、地獄の戦場に向かうことになるのだろう。



 バタンッ!

 部下が部屋を出たと同時に、奥に座っていたゲルトルーデ・フォン・ローゼンベルクが溜め息をついた。


「はあっ……」


 何か言いたげなゲルトルーデに、ギュンターが反応した。


「おい、何か不満でもあるのか?」

「不満……? もう不満ばかりです」

「なんだと!」

「あなたは、こんな戦争が続けられると思っているのですか?」

「な、何が言いたい……」


 最初から気に入らない小娘だと思っていたギュンターだが、こう何もかも自分のやることにケチを付けられ、今では完全に彼女との関係が冷え切っていた。


「ふんっ、300万人を投入しても、更に予備兵力を動員すれば済むのだ。いくらでも徴兵すれば良い。人的資源はまだまだ豊富なのだからな」


 その発言に、ゲルトルーデは露骨に嫌な顔をした。


「はぁぁ……最初から暴挙だと思っていましたが、まさかここまでとは。あなたが最強の矛と最強の盾と言った新型魔導兵器を投入しても落とせないということは、既に詰んでいるのです。今更援軍を送っても無駄に犠牲を増やすだけです」


「な、何だと……」


「こんな補給や兵站へいたんを無視した作戦が成功するはずがないのです。兵士だけ増やしても、それに伴う食糧はどうするのですか。まさに、『素人は戦略を語り、プロは兵站を語る』ですね」


「ぐぬぬぬ……ぐぬぬ……」


 毎度のことながら小娘に論破されギュンターが怒りで顔を真っ赤にする。


「厳しい戦場で戦っている60万人も、これから送られる300万人にも親兄弟や子供がいることでしょうに。今すぐ軍を撤退させるべきです。このままでは、あなたは後世の人々に愚か者として未来永劫名を残すことになるでしょう」


「うるさぁああああい! この! このこのこのこのっ! この小娘の分際で! 私の戦略に間違いは無いのだ。私は選ばれし人間なのだからな!」


 怒りで唾と泡を飛ばしながらギュンターがブチギレた。


「理論上パンツァーティーゲルの能力はレベル10能力者と同格なのだ。ヤマトミコの情報を入手し、開戦とタイミングを合わせての電撃的参戦。これにより敵戦力の分散にも成功している。全て計画通りだ!」


 カツッカツッカツッ!

 怒りで我を忘れたギュンターがゲルトルーデに迫る。


「この小娘が! 貴様なんぞに私の何が分る! ぐああああっ!」


 ギュンターが拳を振り上げたのを見たゲルトルーデは死を覚悟した。目をつむり体を強張らせる。


「んんんっ!」


 ああ……私もここまでですか。

 思えばツキのない人生でした。先祖は神聖帝国の皇帝らしいけど、その後は廃嫡となり貧しい生活。

 でも、私は彼氏をつくって貧しいながらも温かい家庭を手に入れられたらそれで満足だったのです。

 それが、よく分からない政治家に皇帝として担ぎ出され、滅びゆく新帝国と運命を共にすることに……。


 あぁーあ、こんなところで私の人生はお終いですか。彼氏が欲しかったなぁ――


 死を覚悟したゲルトルーデの脳裏に様々な思いが浮かぶ。



「くっ――――」


 いつまで経っても何も起こらないので、ゲルトルーデは薄目開けてみる。

 そこには振り上げた拳を震わせながら止まっている男がいた。


「ぐっ、ぐううっ、くそっ! ここで怒りに任せて小娘を殺してしまったら計画が台無しだ。この小娘には利用価値がある。傀儡かいらいの皇帝として、私の野望の道具になってもらわねばならぬのだからな」


 怒鳴り散らしたギュンターは部屋を出て行った。

 バタンッ!



 残されたゲルトルーデは、まだ自分は延命されたのだと空を仰ぎ脱力する。


「ふうっ、どのみち負ければ戦争責任者として処分されることになりそうですが。まだ生きていられるようですね」


 独り言を呟きながら部屋に掲げてある世界地図に目をやる。


「ルーテシア帝国……確かに強大で恐ろしい国。でも、何かが変わったような。そういえば、奇跡の勇者が現れ、帝国の内乱を収めたと聞きました。今のルーテシアをその彼が率いているとしたら…………」


 ゲルトルーデが仮説を立てた。


 もしかしたら、ギュンターの計画が狂ったのも、ルーテシアが予想外の団結を見せているもの、全て奇跡の勇者のせいなのではと。

 ルーテシアだけでなく、世界を一つにしてしまう大英雄の誕生を目にしているのかもしれないのだと。


「奇跡の勇者……会ってみたいな。そうだ! 戦争終結の折には会えるはずです。ここは私のスキルと魅力で彼を堕として……」


 そう言ったゲルトルーデが蠱惑的な表情をする。まだ幼いので大人の魅力というよりも小悪魔的といった感じだが。

 いや、少しだけメスガキっぽさと言うべきかもしれない。背伸びしたロリ巨乳メスガキだが。



 後に、彼女は気付くことになる。自分のスキルと魅力でどうこうするどころか、勇者によりとんでもない目に遭わされてしまうのだと。


 ◆ ◇ ◆




 帝都正門近くにに設けられた作戦司令部にナツキが入った。

 それを頼もしい面々が出迎える。誰もが一騎当千の強者だ。そして、ナツキの彼女候補でもあるのだが。



「お待たせしました。アンナ様とアリーナさんの許可を得たので作戦を開始します」


 ナツキの言葉にフレイアたちが頷く。


「やるわよナツキ」

 来る途中ずっとナツキと密着して元気いっぱいのフレイアが答える。


「ぐふっ♡ いつでも行けるんだナ」

 同じく密着してご満悦のネルネルだ。


「良いな良いな。私も後でご褒美欲しいよ。ナツキ君」

 こちらは欲求不満気味のロゼッタ。相変わらずだ。


「色々納得いかない……」

 ムスっとした顔のシラユキが愚痴をこぼす。



 そんな女たちの熱視線を受けながら、ナツキは新しく作戦に参加するメンバーを紹介する。


「今回の作戦にはユリアさんたちも参加することになりました」


 ナツキに促され司令部に入ったのは、元アレクサンドラ親衛隊メンバーであったユリアたち。隊長のユリアが参加するとあって、ダリア、リーゼロッテ、ヒナタ、オリガ、ニーナ、マリア、ウルスラ、ルクレース、ベル、フレンダの十人もはせ参じていた。


 挨拶を終えた後、代表してユリアがロゼッタの前に出る。


「ロゼッタ様、貴女と共に戦場に立てるのを嬉しく思います。貴女の、弱き者、心優しき者の剣であるという騎士の姿に、私は心を打たれ真の騎士の姿を見ました。これからは貴女を目指し、私も真の騎士となれるよう精進する覚悟です」


「えっ、そ、そんな私は凄い人じゃないよ。私を目標にだなんて照れるね。へへっ」


 ユリアに尊敬されているのを知ったロゼッタが照れている。本人は有り余る性欲を持て余す貞操逆転帝国乙女なところが強くて、それほど自慢できる存在ではないと謙遜しているようだ。



 そんなユリアにナツキが声をかけた。


「ユリアさん、また堅くなってますよ。もう少し力を抜いたほうが」

「あっ、そうですね。ナツキ様の言葉を肝に銘じて粉骨砕身します」

「だから堅いです」

「そ、そうでした」


 ナツキに向けて笑顔を見せるユリアに、彼女候補たちは心穏やかではない。


「ねえ、何か怪しくない?」

 少し目が鋭くなるフレイアに、シラユキが耳打ちする。


「怪しい。やっぱり極刑にしないと」

「あんた、そればっかりね」


 フレイアはナツキの隣に移動し、ユリアからナツキを引き離した。


「ナツキってば行く先々で女を堕としてない?」

「そ、そんな、誤解です。堕としてないですから」

「もうっ、捕まえておかないと安心できないわね」



 そんな相変わらずの彼女たち。

 作戦を前にナツキが話をする。


「本来ならお姉さんたちの大魔法で攻撃すれば、敵を全滅できるのかもしれません。甘いと言われるかもしれない。理想論だと笑われるかもしれない。でも、ボクは信じたい」


 そう語るナツキには考えがあった。


 作戦司令部に来る少し前、ナツキは投獄されているアレクサンドラに面会したのだ。彼女と一度話をしたいと気になっていたからである。



 帝都監獄の一番奥の部屋――――


『アレクサンドラさん……』


 ナツキの声に反応したアレクサンドラが、鉄格子の向こうで顔を上げた。


『なんじゃ、いつぞやの小僧ではないか。私を笑いにきたのか?』


『違います。ゲルハースラントとヤマトミコが攻めてきました。それを伝えにきたんです』


『ふっ、フハハハハっ! アッハッハッハッハ! 私の言った通りじゃ。人間の本質は悪! 人は戦争を求めておるのじゃ。だから私はルーテシアを軍事強国にした。攻められる前に攻めるのじゃ。敵は全て滅ぼしてしまえば良い。それが世の真理なのじゃ』


『それは違う。確かに人は悪い心を持っているのかもしれない。でも、敵と決めつけ滅ぼしていたら、憎しみの連鎖は止まらず、どちらかが死に絶えるまで戦いは終わらない』


『それが人間じゃ! 敵は滅ぼすのじゃ!』


『兵を百年養うのは、ただ平和を守る為にあるのです。こちらから攻め込んで敵を増やしたら、それこそ周囲が敵だらけになってしまう』


 ナツキはゆっくりと語りかける。


『ボクはボクのやり方で戦争を止めたい』

『見ものじゃな。後で吠え面かいても知らぬぞ』

『全ての人を救うなんて無理なのかもしれない。でも、ボクは好きな人を守りたい』


 ――――――――



 回想から戻ったナツキが決心する。


「ゲルハースラント軍を降伏させ停戦させます。そして極東に向かいヤマトミコとも停戦させる。そして、ボクの好きなお姉さんたちに大量殺戮者の汚名は着せない。だって、大好きな人には笑顔でいて欲しいから」



 ここに、世界大戦寸前にまで行った崩壊する世界を救う、姉喰い勇者の伝説が始まる。ただそれは、姉系ヒロインを堕としまくる男なのだが。


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