第105話 剣を極めし者

 レジーナの体から凄まじいオーラがほとばしる。剣技レベル10という、人知を超えた究極のスキルを与えられた女なのだ。


 ギシッ!

 彼女の長く逞しい脚と腰の筋肉がしなる。そこから強烈な踏み込みを可能にする為に。


虚空突破ペネトレイトゼプト!」

 シュバッ!


 レジーナが神速の踏み込みをする。これぞ伝説の縮地を使った技である。常人には瞬間移動したようにしか見えない。


「縮地紫電一閃!」

 シュパァァァァァァァァーン!


 神速の踏み込みからの雷撃のような一閃。


「なっ!」


 白梅は一刀両断にされる幻想を見た。余りにも剣速が凄まじく避けるのは不可能だと直感したのだ。

 実際に剣が肉体に当たるよりも前に、精神が先を読んだ形になる。もはや未来予知に近い。


 一瞬の判断で、白梅は避けるより進むを選択した。


「てやああっ! 白梅式次元殺法、桜花百式おうかひゃくしき!」


 ビュバッ! シュババババババババババ!


 白梅の槍が分裂した。いや、視覚ではそう見えただけだろう。極限を超えた突きは空間を屈曲させ次元を超越するのだ。

 まるで槍が同時に百本存在しているように。


 スバババババババババババババ! キンキンキンッ! ガンッ! キンッ! ズバッ! キンキンッ!


「うおおおおおおおおおおっ!」

「てやぁああああああああっ!」


 レジーナの一閃を百連撃の突きで受ける白梅。一撃必滅の一閃には数で勝負といったところか。お互いの剣と槍が閃光となって打ち合わされている。


 ただ、その百連撃の突きを、レジーナは全て剣で弾きながら距離を詰めているのだ。


 ガンッ!

「そこであります!」

 ギンッ!

「どりゃああっ!」


 6メートルを超える長槍は近距離には対応できない。レジーナは完全に白梅の間合いに入る。


「決まった! とうっ!」

「まだです! 白梅式次元殺法、落花入滅らっかにゅうめつ・改!」

「なっ!」


 完全に間合いに入ったかと確信したレジーナだが、白梅は槍の穂先が異次元がら突き出る技を繰り出した。すぐ近距離に次元の扉が開き槍の穂先が出現する。


 カンッ! キンッ! ガンッ!

「ははっ! 楽しいでありますよ!」


 連続で三方向から突き出た穂先を全て剣でガードするレジーナだ。異次元の突きを出す白梅も凄いが、それを全てガードするレジーナも神懸かっている。


「まだまだぁああ! 龍牙破撃ドラゴンファング!」

 ズバアアアアーン!


 剣と槍が打ち合わさっている最中、レジーナの足が跳ね上がった。つま先を剣にして肉をえぐる蹴り技である。

 跳ね上がった足は、まるで龍の牙のような鋭さ。まさにあぎとである。


「ぐぁああああっ!」

 ガキィーン!


 槍のしなりを使って体を反らした白梅だが、レジーナの足が体の脇を通過し武具が破壊された。


 スタッ!

 スタッ!


 お互いに距離を取り、同時に着地する。



 白梅はえぐられた鎧の脇部分に手をやる。


「くっ、もし甲冑を着けていなければ致命傷になっていたはず。帝国の剣聖がこれほどとは……」


 対するレジーナは実に楽しそうだ。


「はっはっは! ヤマトミコのサムライガールは最高でありますな。こんな強敵、帝覧武闘大会でもお目に掛かれないでありますよ」


「ははっ、この命のやりとりを楽しんでいますか。あなたは凄い剣士だ。もはや尊敬します」


 白梅がレジーナに敬意を示す。帝国一の剣聖の名は伊達ではなかった。



 二人の攻防を見ていた揚羽は心が高揚していた。


「剣聖レジーナ……想像を遥に超えているぞ。素晴らしい。ぜひ我の部下に欲しい」




 そして、その後ろにいるクレアとマミカは、衝撃的光景に手を取り合って固まっていた。


「クレア、あのレジーナがカッコいいんだけど……。マジ意味不明だし」


「マミカさん、レジーナさんは普段おバカ……こほん、愉快な方ですけど、やる時はやる女ですわよ。接近戦ではロゼッタさんと互角の世界最強レベルですわ」


「それは知ってるんだけど……。まあ、あんなぶっ飛んでる女なのに、帝都でファンが多いのも頷けるわね」


 いつもふざけているのに、いざという時に頼りになるレジーナに、マミカも少しだけ彼女を見直したようだ。




 二人の試合はというと、間合いをとったまま見えない攻防が続いていた。

 技を繰り出そうとする白梅だが、レジーナに全く隙が無い。達人であるからこそ先が読め打ち込めないのだ。



「剣の勝負に於いて、こんな強敵は初めてであります。まさに『強敵』と書いて『とも』と読む」


 レジーナの言葉に白梅も答える。


「最強の剣聖に強敵と呼ばれるのは光栄ですね。しかし私も主の期待を背負っている。負けるわけにはいきません」



 キィイイイイイイイイィィィィィィィィ――


 レジーナの剣が光る。究極の剣技スキルをフルバーストして最強最大の奥義を見せようとしているのだ。


「行くであります! 虚空神撃ディバインゼプト、縮地爆雷極閃――」


「そこまでにござる!」


 神懸かった一撃を見せようとしていたレジーナがズッコケる。技を出そうとした瞬間に、突然横から声をかけられたのだから。


「な、何事でありますか!」


 文句を言いながらレジーナが顔を上げると、そこにはケモミミっぽい髪型をしたゆるキャラ系乙女の姿があった。羽柴桐だ。


「えっ、その……そ、そうでござる。それがし腹が減ったでござる故、湯漬けでも食いたくなってしまい……」


 苦しい言い訳をする桐だが、その内心は事情がありそうだ。


「おい、サル……」

「あ、揚羽様……」


 桐の後ろに威圧感を増した揚羽が迫った。試合を邪魔されて怒っているのか。

 少し青い顔をした桐は、揚羽の耳に顔を寄せる。


「揚羽様、こ、このまま続けたら前田殿を失うことになりますぞ」

「剣聖レジーナは白梅より強いと申すか」

「はっ、恐れながら……」

「うむ……」


 桐の分析で揚羽は複雑な顔をする。


「あの剣聖レジーナ殿は底が知れません。前田殿は必要欠くべからざる織田家の家臣。もし何かあったら……」


 桐の話を聞いた揚羽が腕を組み考える。


「致し方ない。試合はここまでとする。昼食の時間だ」


 揚羽がそう言うと、白梅が駆け寄ってきた。


「揚羽様、またやれます!」

「白梅、決めたことだ」

「しかし……わ、分かりました」


 引き下がった白梅に桐が近寄る。


「前田殿、これで終わったわけではござらぬ。また試合する機会もありましょう。何度でも挑めば良いでござるよ」

「羽柴殿……」


 桐に肩を抱かれ一緒に歩く。この二人、性格は全く違うのに不思議な友情で結ばれていた。



 試合は帝国側の一勝という形になり、これに勢いづいたのはレジーナではなくマミカだった。


「どうよ! アタシたちの勝ちぃーっ! 残念でした揚羽ぁああっ。べぇええええーっ!」


「くっ、ふざけた女子おなごよ。この女、ベッドでヒイヒイ言わせたい……」


 調子に乗ったマミカに、揚羽の眉がピクピクする。ヤマトミコでは誰もが恐れる女、織田揚羽に、こんなふざけた態度をとれる者はマミカだけだろう。


「ちょ、絶対にお断りだし! アタシの体に触って良いのはナツキだけなの。あんたはそこのフロレンティーナとチチクリ合ってなさいって!」


「そ、それはご勘弁デース!」

 突然矛先が向いたフロレンティーナが否定する。


「まあ、今夜はフロレンティーナ・フリーデルを良い声で鳴かすとするか。鳴かぬならブッコロしちゃえホトトギス――」


「鳴きませんデスヨ! もう、本当に節操がないデスネー!」


 ガヤガヤガヤ――――




 そんな感じで昼食へと向かったヤマトミコ軍を他所に、その場に残った帝国大将軍の三人は示し合わせたように話し出す。


「もっと戦いたかったでありますよ」


 剣を鞘に納めて歩み寄るレジーナに、クレアとマミカが詰め寄った。


「さすがレジーナさんですわ。惚れ惚れする立ち回り」

「やったわね! このまま全員倒しちゃうわよ!」


 盛り上がる二人だが、レジーナとしては別の意味で気分が高揚していた。


「ヤマトミコには強い剣士が多いようでありますな。確か、他にも軍神とか生ける伝説の剣豪という言葉が聞こえたようでありますが……」


「そ、そっちは後にするし」

「そうですわ。先ず、援軍が到着するまで時間を稼ぎ、一気にヤマトミコ軍を押し返すのですわよ」


 マミカもクレアもガザリンツクやミーアオストクの解放を考えているが、夢見がちなレジーナの瞳は更にキラキラする。


「行ってみたいであります。ヤマトミコに渡って、噂の軍神や剣豪と刃を合わせてみたいのですよ。そうだ、ナツキ御主人様との新婚旅行ハネムーン先は、ヤマトミコ一周三か月の旅で決まりということで」


「ダメに決まってるでしょ!」

「ダメに決まっていますわ!」


 二人が同時にツッコんだ。

 勝手に渡航されるのも困るが、ナツキと新婚旅行の方によりカチンときたようである。


 ◆ ◇ ◆




 城に入った揚羽は考えていた。どうしても剣聖レジーナを部下に欲しいと。いや、レジーナだけではないのだ。マミカも金髪縦ロールのクレアも、優れた人材は全て手に入れたい。


 もはや揚羽の趣味のようなものだ。


「そうだな……二戦目は相撲も良いかもしれぬ」

 そう呟く揚羽の瞳がギラつく。



 相撲といえば帝都で誰もが知る恥ずかしくも嬉しい噂。宮殿玉座の間で全裸相撲をして大事なところを全て見せてしまったクレアちゃん。


 今、再び彼女の裸体が輝く時が来たのだ。


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