第104話 レジーナは誰も止められない

 ナツキたちがボドリエスカで作戦を立てている頃、やっとクレアとレジーナがミーアオストクの城に到着した。

 レジーナの到着を首を長くして待っていたマミカとしては、彼女に抱きついて喜ぶ熱烈歓迎ぶりである。


「うわぁ~ん、レジーナ! 会いたかったしぃ」

「マミカ殿、そんなに私のことを」

「は? ぜっんぜん違うし」


 美少女に抱きつかれて王子様系女子になろうとしたレジーナだが、ナツキ以外の王子様など興味がないマミカに止められる。


「そんなことより、あんたを待ってたのよ。ホント、レジーナが来てくれて良かった。とにかくあんたの剣技が必要なんだから」


 マミカに背中を押され、レジーナが揚羽たちの前に出される。展開について行けていないようだが。

 この、色々とツッコみどころが多い状況に、クレアも戸惑いながら質問をする。


「マミカさん、これはどのような状況なのかしら?」


「クレアぁ、アタシ頑張ったんだから。海軍はあっさり全滅しちゃうし、沿岸砲台も破壊されちゃうし。敵は次々軍を送り込むのに、こっちの戦力は3万っていっても戦闘経験の無い新兵やあのババアアレクサンドラに飛ばされた文官ばっかだし!」


「そ、それは大変でしたわね……」

 少し哀れみを帯びた顔でクレアが言う。


 今はマシになったとはいえ極東ルーテシアといえば、アレクサンドラ政権時代は『極東送り』という名の懲罰的流刑地のような存在だったのだから。


「そうよぉ、極東は左遷先じゃないっつーの! だから戻りたくなかったんだしぃ」


「こ、これからは極東ルーテシアも開発されて明るい街になるはずですわ」


 クレアには、もう一つ聞きたいことがあった。


「そう言えば開発で思い出しましたわ。ガザリンツクの街は既にヤマトミコのようになっていましてよ。ヤマトミコ料理の店が立ち並んでいますわ」


「はあ? どういうことだし!」

 マミカが揚羽を睨む。


 前々から何かおかしいと感じていた違和感の正体が分かったのだ。続々とヤマトミコの援軍が送り込まれているのだが、その中にはどう見ても軍人とは思えない者が多かったのだから。


「はっはっは! だから言ったであろう。約束通り戦は・・しておらぬと。まあ、サルに命じて街の者を取り込むようにしておったがな」


 悪びれる様子もなく揚羽が言い放つ。


「なんですって!」


「そう怒るな。美しい顔が台無しだぞ。まあ、この地が我のものになればルーテシアの民も我らの民となるのだからな」


 揚羽がイスから立ち上がりマミカの許へ行く。


「ヤマトミコには将棋というゲームがあってだな。将棋では取った相手の駒を自分の持ち駒として使えるのだ。西洋からは『卑怯』だの『おかしい』だの言うそうだがな、敵であろうと殺すのではなく、その能力に見合った役を与え有効活用する。これこそ真の王の姿ではないのか?」


 虎のような揚羽の黄金の瞳がギラつく。マミカは、これまで会った誰とも違う恐怖を感じていた。



「くっ、何てことよ……」

 揚羽から離れたマミカがクレアに呟く。


「マズいわね。元々この辺りの民は中央への不満が多いし」

「えっ、マミカさん、まさか……」

「そのまさかよ。極東ルーテシアの国民が一気に敵に寝返るかもってこと」


 元から虐げられていたり差別的扱いを受けている者も多いのだ。暮らしが良くなるのならばと、敵を解放軍と捉え寝返ったとしても不思議ではない。

 その意味でもヤマトミコの作戦は恐怖であった。



「大丈夫でありますよ」


 その時、全く会話に参加せず揚羽の部下たちの刀をジロジロ眺めていたレジーナが口を開いた。


「過去はどうあれ、今はアリーナ議長の許でより良い方向に動いているはず。それに、私たちにはナツキ御主人様がいるのであります! 彼ならば、きっと皆が笑って暮らせる世界を創ってくれると信じているでありますよ」


「レジーナ……」

「レジーナさん……」


 いつもデタラメなレジーナが良い話をして、マミカもクレアも呆けたような顔をする。槍でも降るのではと思うくらいに。


「な、何でありますか? その鳩が豆鉄砲をパクったような顔は」


 たまに良い話をしたのに同僚の反応が納得いかず、レジーナが不満を漏らす。

 パクったのではなく食らったなのだが、クレアもツッコむのを止めておいた。


「まあ、何にせよ私は強い者と戦えれば満足なのですよ。つまり、ここにいるサムライガールを全て倒せば済むことでありますな!」


 ズバァアアアアアアアアッ!


 レジーナの体から煌びやかに輝くオーラが立ち上る。これぞ帝国、いや世界一の強さを誇る剣技レベル10の力なのだ。


「ほう、全て倒すと申すか。面白い」

 柴田小鳥が前に出るが、羽柴桐が止めに入った。


「柴田殿では勝てませぬぞ。やめておいた方が」

「な、なんだと!」

「事実でござる」

「くぅ、くそぉ!」


 自分より弱そうな桐に止められ怒りで顔を赤くする小鳥だが、そんな彼女をスルーした桐は揚羽の方を向く。


「揚羽様、この剣聖レジーナ殿ですが、軍神上杉ささめ殿や生ける伝説である上泉かみいずみ新陰片喰しんかげかたばみ殿と同格かそれ以上の剣士でござる。お気を付けを」


 桐の話で、揚羽はより瞳を輝かせた。


「おもしろい! サル……桐、そう見えるか。その剣技ぜひ見て見たいものだ。白梅しらうめ、相手をしてやれ」


「はっ!」


 揚羽に名を呼ばれた前田白梅が返事をした。スラっと細身で優しそうな笑顔をたたえたヤマトミコナデシコだ。


 ◆ ◇ ◆




 城の中庭にある広場に二人の剣士が向かい合っている。



 一人は言わずと知れた帝国最強の大将軍、剣の聖騎士レジーナ・ブライアース。


 長身で抜群のプロポーションをパツパツの騎士服に包んでいる。大きく突き出た胸当ても凄いが、更に特筆すべきはパンツスタイルのはち切れそうな迫力の尻と足だろう。鋭い踏み込みを可能にする絶妙な筋肉と女性らしい曲線のコラボレーションだ。


 艶やかな黒髪をロングの姫カットにしている。王子様系女子のようなのに、乙女チックな姫カットとのアンバランスなところも魅力的だ。



 もう一方はヤマトミコで『天下無双、槍の白梅』と呼ばれる前田白梅。


 スラっと細身の体は一見強そうには見えない。むしろ、長い垂髪すべらかしの黒髪を一本結びにした髪型と相まって、優しそうなお姉さんにしか見えないだろう。



「ほう、長槍でありますか。それにしても長いですな」

 運ばれてきた白梅の槍を見たレジーナが呟く。


 その槍は6メートルを優に超える長槍であった。朱色に塗られた長い柄の先には、青白い燐光りんこうを放つが煌いている。



 スタッ!

 白梅が槍を受け取った瞬間、彼女の優しそうな細目が見開いた。


「きぃええええええっ! 槍の白梅、お相手仕る!」


 白梅の雰囲気が一変する。普段は大人しい白梅だが、槍を持つと性格が変わるのだ。

 そんな白梅に、レジーナも大喜びする。


「おおっ、良いでありますな! その気迫、その闘気。細目キャラが目を開くのは強キャラの証でありますよ」



 揚羽が軍配ぐんばいを上げる。

「いざ尋常に、勝負!」


 ズババババババッ!

 先に動いたのは白梅だった。ヤマトミコ超長槍ロングスピアを軽々と振るっている。


「白梅式次元殺法、落花入滅らっかにゅうめつ!」


 白梅の掛け声で、6メートル以上ある長槍の突き技が炸裂した。余りの速さで穂先が消える現象を起こしている。


 ビュバァアアアアアアッ!


「なんの、これしき!」


 音速を超えているであろう白梅の必殺の突きを、レジーナは見切っていた。確実に心臓を突きにきている穂先を、最小限の動きで体を逸らしかわした。


「なっ!」


 その時、信じられない現象が起こった。確かに心臓を狙って正面から突いたはずの槍が、何故か斜め後方から出現する感覚があるのだ。


 常人であれば一瞬のうちに串刺しになっていたはずだ。レジーナのような世界最高峰の達人であるからこそ、その肌に感じる殺気のみで可能にする芸当である。


 ズババババババババ! キンッ!

「ぐああっ、とうっ!」


 白梅の放った槍の柄は前方にあるが、穂先は後方の空間に開いた次元の扉から突き出ていた。

 その穂先をレジーナは剣で受け止めているのだ。


「おおっ、さすがヤマトミコのサムライガール。空間を屈曲させ次元を超越して攻撃を加える突きでありますか! これは凄い!」


「凄いのはあなたですよ。剣聖レジーナ。私の必殺の突きをかわすとは。初見で見切るだなんて、デタラメな強さですね」


 再び二人が相対する。


「行くでありますよ。次は私の番であります!」


 レジーナが笑顔になる。強者との戦いを官能小説を読みながらイケナイコトするのと同じくらい好きな彼女なのだ。

 今のレジーナは生死をかけた生命の活力に満ち溢れていた。




 離れた場所でレジーナの戦いを見ているクレアとマミカは、信じられない高レベルの剣劇に茫然としている。


「マミカさん、わたくしたちの目指すものは、なっくんとのラブラブな物語のはずですわよね。まるでバトルアクションものになってますわよ」


「クレア……と、とりあえずレジーナに全員倒してもらってから何とかするんだし」


「ですわね」


 後でクレアが超恥ずかしい目に遭うのだが、今は何も知らずレジーナを応援する二人だった。


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