第101話 噂の剣聖と噂の美女と噂のできる女

 ガザリンツクの街を歩くクレアとレジーナの目の前に、何やら揉め事を起こしている領主とヤマトミコの兵たちの姿が見えた。


 様変わりした商店街に驚きながら歩いていると、その問題の張本人たちにバッタリ会ってしまうのだから凄い偶然だ。



 帝都では誰もが知る剣聖レジーナと、宮廷の華クレアの姿を見た領主は恥も忘れて二人に助けを求める。滅ぼそうとしていた相手だったはずなのに。


「そ、そこに居られるのは誉れ高き帝都の守り神、剣聖レジーナ様ではありませぬか。そして帝国で最も美しいと名高いクレア様。た、助けてください!」


 評判が悪く処分対象になっているガザリンツク領主に美辞麗句を並べられ、二人は逆に警戒する。

 だが、トラブルがあるのならば放置もできず、クレアが話しかけた。


「何をなさっているのです? あなたは領主でしたわよね」


「たた、助けてください! この者どもはヤマトミコ軍ですぞ! 今すぐ叩き出しましょう!」


 兵士に掴まれた腕を振りほどこうと暴れながら領主が叫ぶ。


「ヤマトミコ軍……もうここまで占領されたのですの?」

「マミカ殿はどうなったのでありますか?」


 半信半疑なクレアとレジーナだ。見たところ街は破壊されたのではなく改装中といった感じである。市民も普通に歩いており、捕まっているのは領主だけなのだから。



「剣聖…………」


 剣聖という言葉に桐が反応する。一目レジーナを見て確信したのだ。

 人たらしスキル。その人を見る目も優れた能力により、桐は一瞬で判断した。目の前の二人は桁違いに強く、自分では絶対に勝てないと。


 マミカの言っていた通りだった。こんな異次元の能力者が存在していたのだ。


 ヤマトミコで最強とされている毘沙門天びしゃもんてんの化身の武将、軍神とまで呼ばれる上杉ささめ。或いは天下一の太刀筋、生ける伝説の剣豪である上泉かみいずみ新陰片喰しんかげかたばみと同格。もしかしたら、それを上回る潜在力を秘めているかもしれない。



 そして羽柴桐は敵対をやめ協調路線へと舵を切った。


「とんでもない。ヤマトミコは正規に商売を始めておるだけ。ほれ、このように」


 例の証文を見せながら二人に近付く。

 そして、レジーナに狙いを定めた桐が動いた。


「こ、これはこれは噂の剣聖レジーナ殿ですか。一度お会いしたかったのでござるよ」


 ゆるキャラっぽい顔のヤマトミコ服を着た女に話しかけられレジーナが困惑する。


 しかも、絶対的強者である剣聖レジーナの間合いに、何の抵抗も無く一瞬で入ってしまったのだから。これが少しでも殺気があったのなら、今頃は桐の体は真っ二つになっていたはずだ。


「レジーナさん、気をつけてくださいまし」

 何かの不安を感じたクレアが声を上げる。



「いやぁああっ、これはこれは天下に名高い剣聖レジーナ殿、さすが凛々しくも美しい風格。噂通りの素晴らしい女性でござるな。あ、申し遅れた。それがしはヤマトミコ軍幹部の羽柴桐です。お見知り置きを」


 レジーナの手を握った桐が、両手をブンブンと振りながら話す。大げさなくらいお世辞っぽい。


「はあ、そうでありますか」


 あのデタラメなレジーナの調子が狂っている。桐の人たらしスキルを受けているのだ。弱そうに見える桐に間合いに入られたのも原因だろう。

 そして桐は、一瞬だけレジーナの視線が自分の腰に差している刀に移ったのを見逃さなかった。


「これが気になりますかな? さすが剣聖、お目が高い。この刀は業物わざものでしてな」


 そう言って、桐が腰の刀を抜いてレジーナに手渡す。


 カチャ! キィィィィィィーン!


「これは凄い。まるで魂を抜かれそうでありますな。この艶、この色、この刀身。業物と呼ばれるのも理解できる」


 刀身に妖しく光る刃文はもんを見ながらレジーナが呟いた。


「しかし、ヤマトミコは帝国に宣戦布告した間柄、敵に武器を渡して丸腰になるのはどうなのでありますかな? 私がその気なら、今頃は貴殿の首が落ちているところでありますぞ」


 シュパッ!


 レジーナが刀を振った。まるで空気まで切り裂くようなスピードだ。

 超一流の剣士は武器を選ばないのかもしれない。初めて触った刀を、もうその適正や扱い方を自分に馴染ませているようだ。


 そんなレジーナに、桐は表情一つ変えていない。


「行き違いがあり敵となっても、戦わずに済めばそれに越したことはないにございましょう。刀がお気に入りであれば、それがしのコレクションから一本差し上げても良いのですがな」


「ぜひ!」


「レジーナさん、取り込まれてますわよ!」

 黙って見ていたクレアがツッコむ。


「えっ、そのですな……。不肖、このレジーナ、決して刀が欲しくて敵と慣れ合う訳ではないのでありまして……」


「そうとしか見えませんわ」


 クレアのジト目に挙動不審になるレジーナだ。たぶん図星だろう。



 そんな時、桐がクレアの方に近付いて行く。レジーナの時と同じく、あっさり間合いに入られた。


「そこの美しいお嬢さんは帝国一の美女クレア殿でしたか。それがしは羽柴桐と申します――」

「わたくしは取り込まれたりしませんわよ」


 先程から何かの違和感を感じ取っていたクレアは身構える。レジーナのように単純にはいかないと。


「とんでもない。それがしは無益な戦は収めたいところ」

「本当ですの?」

「本当ですとも。あっ、そうそう、クレア殿にも渡したい物が」

「わたくしは物で釣られませんことよ!」


 キッパリと断るクレア。子供のような顔で刀を眺めているレジーナとは違う。


「殿方を欲情させる仙薬の入ったお香などどうですかな?」

「頂きましょう」


 あっさり釣られた。


「そ、それは若い男子にも効きますのかしら?」

 詳しく聞こうとクレアがグイグイ行く。もちろんナツキを誘惑する為だ。


「それはもう、希少な麝香じゃこうと仙薬を混ぜ合わせ、男子ならギンギン間違いなし!」


「ぎ、ぎぎ、ギンギン♡ な、なっくんと初めてですわぁ♡」


 むしろレジーナより夢見心地になってしまうダメなお姉さんだった。


「って、待ってくださいまし! この方、何らかの精神系魔法を使っていますわよ!」


「クレア殿、そんなことは最初から承知でありますよ」

 しれっとした顔でレジーナが言った。


「私は名刀が欲しいのであります!」

「ま、紛らわしいですわ!」


 レジーナは自分の心に素直なだけだった。強力な桐の人たらしスキルだが、世界最強のレベル10能力者である二人には効果も薄かったようだ。



「さすがに世界最強の術者であるお二人には効きませんでしたか。ははっ、これは参りましたな」


 あっさりと桐が負けを認めた。


「ミーアオストクで主がお待ちです。ご同行願いますかな。マミカ殿も居りますぞ」


 マミカの名前を聞き、クレアとレジーナも真剣な表情になる。


「マミカさんは無事なのですわよね?」

「仲間に何かあったら、私の剣が黙っていないでありますよ」


「今は訳あって停戦しているところ。ささ、城に向かいましょうぞ」



 二人が桐について行こうとしたところ、すっかり存在を忘れられていた領主が怒声を上げた。


「おい、私を忘れるな! こやつらは敵なのだぞ! 何を慣れ合っておるか! 大将軍であるお二人は敵味方も忘れたのか! 早く上級貴族である私を助けるのだ!」


 面倒くさそうな顔をした桐が、ボソッと呟く。


「あっ、そうそう、そこの領主ですがな、何やらクーデターを起こして政権を転覆させようとしていたようでござる。我が軍の忍に調べさせたので間違いないはず」


「な、ななな、何故それを! き、貴様ぁ、最初から騙して……」


「騙していたのはどちらでしたかな。大方、わざとヤマトミコを奥地まで侵攻させ帝国の現政権と潰し合う目論見であったのでしょうな」


 桐の呟きにレジーナが反応した。

「おおっ、二虎給食の計でありますな!」

「二虎競食の計ですわよ」


 すかさずクレアがツッコミを入れる。やはり二人は絶妙なコンビだ。



 こうして不思議な組み合わせになった三人はミーアオストクに向かう。クーデター派領主は捕らえられ、遅れて進軍する帝国軍は、ここガザリンツクでヤマトミコ軍と睨み合ったまま待機する命を出して。


 大層な計画を立てたクーデター派であったが、名前も出ないまま歴史的舞台から退場することとなる。モブに厳しい世界だった。


 ◆ ◇ ◆




「これは何なんだナ……」


 帝都ルーングラードを守るネルネルは困惑していた。


「う~ん、こ、これはエッチなんだな♡」


 魔法伝書鳩で届いたナツキからの手紙を読みながら『うんうん』悶えている。内容が意味不明な上にエッチな気がして困っているのだ。


 ――――――――――――

 ネルねぇへ

 ボクは待ってます。

 ネルねぇの大きくて長くて太くて逞しいアレで、穴をホジって会いに来てくれるのを。

 きっとネルねぇの逞しいアレなら、穴をホジホジするのも可能ですよね。


 ボドリエスカより愛を込めて。

 ――――――――――――



 何度も手紙を読み返してもエッチな気がして困惑する。


「そうカ! きっとナツキきゅんは、わ、わたしの触手でホジって欲しいんだナ♡ ぐひゃひゃひゃっ♡ 究極の触手プレイなんだゾ♡」


「だ、だめだよ! そんなのさせないから!」

 ガタンッ!


 横にいたロゼッタがネルネルに掴みかかる。つい、ネルネルに襲われているナツキを想像してしまって本気モードだ。


「痛っ! いたたたっ! 放すんだナ、ロゼッタ! 腕が折れるんだゾ!」

「あっ、ご、ごめんネルネル」


 ナツキのことになると我を忘れるお姉さんたち。世界最強の女が色恋沙汰でマジになったら世界が滅びかねない。


「ちょっと貸して」


 シラユキが手紙を取り、その明晰な頭脳を働かせる。若干ポンコツっぽい女だが、実は優秀なところを見せる時が来たのだ。


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