第100話 世界ヤマトミコ化計画
ルーテシア帝国東端にあるミーアオストクは、海を挟んで対立する島国のヤマトミコとの国境の街である。今、ルーテシア帝国海軍は壊滅し制海権を失った帝国は、次々とヤマトミコの兵が送り込まれる事態となっていた。
軍を増援するヤマトミコだが、何故か兵士と共に
元々寒く寂れた極東ルーテシアだが、近年の西部や南部への侵攻により、兵の大部分は西側に移動させており、極東を守る帝国軍は僅かな兵のみであった。
これにはヤマトミコを島国の小国と軽く見ていたアレクサンドラ前議長の思惑も原因なのだが。
「何かおかしいよのね……」
城のバルコニーから街を見下ろすマミカが言う。約束通り揚羽は停戦しているのだが、どうもヤマトミコの動きが気になるのだ。
「はははっ、約束通り
素知らぬ顔で揚羽が話し出す。絶対に何か知っていそうだ。
「まあ良いわ。剣聖レジーナが到着したら、どうせあんたたちは一網打尽だし」
「良いのか? もし我らが勝てば。見たところこのミーアオストクは兵が少ないようだ。ここを抜かれることがあれば、この先の広大な領土は次々と落ちる事態になるやもしれぬぞ」
「甘いわね。ルーテシア帝国は巨大なの。このまま西へ突き進んでも、補給を絶たれ包囲殲滅の危機に遭うだけ。これからの季節は冬将軍も到来するわ。あんたたちは何もない極寒の荒野に取り残されるってわけよ」
マミカと揚羽が並んで話している。お互いの腹の内を探り合うように。
ふと、揚羽が遠い目をする。
「かつてダイバンドラ帝国は巨大な野望を抱き、この大陸の大部分を支配したという。我も彼の大英雄、無敵の
約400年前、大陸全土を支配する野望を掲げた英雄の話をする揚羽。その瞳は少年のように輝いている。
「見果てぬ夢ね……」
マミカが呟く。
「マミカにはないのか? 夢は」
「アタシも昔は思っていた。誰よりも強く、誰も逆らえない頂点に」
「今は?」
「今は……どうでも良いわね」
そこでマミカは愛しいナツキを思い浮かべる。
「この弱肉強食の世の中で、誰も信用できず誰にも心を許さず一人で走ってきた。でも、今はそんなのどうでもいい。アタシは、ただ好きな人と一緒に、穏やかで優しい時間を過ごせればそれで良いの」
マミカの話を聞いていた揚羽が頷く。
「うむ、それも良かろう。愛しい男……彼氏であったか。その男と
飄々として捉えどころのないような態度の揚羽だ。マミカは、そんな揚羽を横目で見ながら考えていた。
そうだ!
アタシはこんなところで死ねない。
生きて帰ってナツキに逢わないと。
この揚羽って女……隙だらけだ。
今なら――――
スッ!
「やめておけ」
スキルを使おうとしたマミカに、揚羽は目を合わせもせずにそう言った。
「我を倒しても終わらぬ。むしろ征夷大将軍織田揚羽の首を取ったおぬしは狙われることになろう。我と同等、いや、それ以上の猛者が次々と挑んでくることになるぞ」
「なんですって……」
「ふっ、その男と
そう話しながら、揚羽はバルコニーから室内に戻って行った。
「織田揚羽……隙だらけのようでいて隙が無く、デタラメのようで計算されているような? 不思議な女……」
揚羽の後ろ姿を目で追いながらマミカが呟く。
◆ ◇ ◆
ミーアオストクから内陸部に入った商業都市ガザリンツク。何故かこの街に、見た目のインパクトが強烈で小柄なヤマトミコ女がいた。
フワフワしたライトブラウンの髪にケモミミっぽいクセ毛、丸く大きな目をしたモフモフ系乙女だ。ぱっと見ゆるキャラっぽい気もする。
羽柴桐、織田揚羽の部下であり、こんな見た目に反して意外と頭の切れる女である。
「良し、ここの通りの買収も終わったでござるな。次は何処じゃ」
桐が部下に指示して街の店舗を買収しているのだ。
「はっ、次は西通りです。天ぷらと抹茶スイーツの店が入る予定です」
部下の女が答える。
「うむ、よくやった。上出来上出来。大きな作戦も、全ておまえたちの頑張りあってこそ。期待しておるぞ。あっ、成果の高い者には特別ボーナスも出すからな」
「は、はい! 頑張ります!」
「もっと成果を上げてみせますよ!」
桐に褒められ俄然やる気になった部下たち。
そう、この羽柴桐という女。『人たらしスキル』レベル9という珍しいスキル持ちである。更に農民出身であるからなのか、下の者の気持ちを理解しており、部下のやる気を出させるのがやたら上手い。
「桐様、良いんですか? 商売を始める為に、地方領主や商工ギルトや教会に多額の金を払ってしまいましたが」
部下の一人、
「よいか九曜よ。金というのはな、ここぞという時に使うものなんだよ。損して得取れの精神だな。今は損しているように見えても、後から儲けとなって戻って来る」
「なるほど」
「そうじゃ、抹茶スイーツを街の衆に無料で配ってやるのだ。話題になって皆が店に集まるぞ」
「おおっ、それは良いお考えで。すぐに手配します」
喜び勇んで九曜が走って行った。
何故こんな状況になっているかと言えば、揚羽の命を受けた桐が先行してガザリンツクで文化的侵略を行っているからなのだ。先に領民と領地を取り込む作戦なのである。
ミーアオストクで停戦している間に、着々と帝国領土を切り取ろうとする抜け目なさ。のらりくらりしているようで、意外と恐ろしい作戦であった。
そこに一人の帝国貴族が慌てた様子で走って来た。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 話が違うぞ!」
その貴族はガザリンツク領主の女である。素行が悪く処分対象のリストに入っているのだが、なにぶん対象者が多くて処分が追い付かず、いまだ領主の地位にいる女なのだ。
そして、例のクーデター派リーダー格の女でもある。
「おお、これは領主殿、違うとは何でござるかな?」
すっとぼけた表情で桐が答える。
「どうもこうもない! 私は、店を買ってヤマトミコ料理の店にしたい、兵士に故郷の料理を食べさせたいと言うから許可を出したまで。こ、これでは街が丸ごとヤマトミコになったみたいではないか!」
「それがしは、この国のしきたりに則り商売しておるまででござるよ。ギルドと貴族に金も払ったでござるし。ほれ、この通り」
桐が証文を見せる。
「ぐっ、グギギギギ――」
領主の女が悔しさを隠そうともせず唸る。
そう、実はこの女が元凶なのだ。
ヤマトミコを呼び込み帝国奥深くまで侵攻させ現政権と共倒れを狙う。敵国さえ利用した作戦のはずだった。サドノシマ砲撃事件も、この女の差し金である。
特権階級の自分たち貴族だけが良ければ、自国の市民でさえどうなっても良いと考えていた。
しかし、ここにきて誤算が生じる。
どんどん西部に侵攻すると思っていたヤマトミコが動かず、周辺の街を買収し始めたのだから。
ミーアオストクの駐留軍を取り囲むようにして動けなくした隙に、周辺の街は文化侵略を受け落とされている状況なのだ。
「いやぁ~っ、ルーテシア帝国の方々も、ヤマトミコ料理が気に入ったようで何より。これは儲かりそうですなぁ。街に活気が出れば仕事も増え景気も良くなるというもの。ウィンウィンでござろう」
しれっと金儲けの話をする桐に、領主の女がキレた。
「き、きき、貴様! この島国の田舎者の分際で! しかもサルみたいな顔しおってからに! 私は上級貴族なのだ! 貴様らのような者とは格が違う!」
「サル……と申しましたか……。それがし、揚羽様にニックネームを付けられるのなら構わないのですがな、他の者にバカにされるのは容赦しないでござるよ……」
ゆるキャラっぽい顔の桐が、迫力だけ増して凄む。
「おい、この者をひっ捕らえよ。そうじゃな、理由は
「はっ!」
桐の部下が動き、女領主は捕まってしまった。
「おい、待て! 私は領主だぞ! これでは立場が逆ではないか!」
まるで領主が桐のようになってしまった。最初は下手に出て金を渡していたはずが、街を取り込み兵を次々と送り込んで駐留させてから立場が逆転した形だ。
羽柴桐、お笑い枠のような見た目なのに、実は恐るべき戦略家であった。
「誰か! 誰か助けてくれ! 私はこの街の領主だぞ! そこらの平民風情とは格が違うんだ!」
女領主が叫ぶが誰も助けようとしない。街の住民も、この領主の横暴で苦しめられており、居なくなれば清々するとでも思っているのだろう。
そんな最中、道の向こう側から絶世の美女カップルが歩いて来るのが見えた。
一人は煌く金髪縦ロールの髪をなびかせ全身神に愛されたような容姿の女。もう一人は、スラっと長身で黒髪ロングストレートが美しい女騎士。
どちらも女性なのに、まるで
凛々しく長身の女騎士が口を開く。
「何やら揉め事でありますな」
それに金髪縦ロール美女が答える。
「あの貴族の方、何処かで? そう、ここの領主ですわ」
遂に最強の帝国大将軍と揚羽の部下が
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