第98話 シラユキお姉ちゃんは無双したい

 シラユキ・スノーホワイト。氷の女王と噂される彼女は、その類い稀なる美貌と言葉少なく冷徹なイメージから、周囲の者たちから畏れ敬られてきた。


 その恐怖と威厳は学生時代から健在であり、廊下を歩けば誰もが道を開け、彼女が近付けば自然と誰もが平伏してしまう。


 もし、腹に一物ありそうな者が、シラユキの美しくも鋭い翠玉エメラルドのような瞳で見つめられれば、即屈服し這いつくばい、時には失禁までしてしまう。

 限度を超えたシラユキの美貌は、それほどの恐怖を与えるのだ。



「はひぃ……どど、どうしよどうしよ……」

 ぶつぶつと、噂のシラユキが独り言を呟く。


 そう、この恐怖感を与えるほど美しいシラユキだが、本当の彼女は見た目と正反対である。怖い顔をしているのはコミュ障故の緊張から顔が強張っているだけなのだ。


 ナツキの前では笑顔も増えよく喋るようになったシラユキだが、ナツキと離れてしまうと途端に心細くなってしまうのだった。



 今のシラユキの心の中はこうである――


 んっひぃいいっ! ナツキに会いたい! ナツキに会いたい! ナツキに会いたいよぉ!


 もうヤダぁ……戦いたくないのに。私はナツキとまったりスローライフしたいだけなのに、何で敵が攻めてくるのぉ。

 血生臭い戦争なんて大嫌いなのに。これで私が敵を大勢殺しちゃったら、ナツキに嫌われちゃうかもしれないよぉ。



「ふひっ、よ、よし、私の大魔法で……」


 魔法術式の体勢に入ろうとするシラユキ。だが、彼女の顔が青いことに気付いたロゼッタが声をかけた。


「シラユキ、大丈夫かい? 何だか調子悪そうだけど」


「んっ、も、問題無い。この世は弱肉強食。畏れ多くも帝国の領土を侵犯した愚か者には極寒の地獄をくらわせるのみ」


 相変わらず心と発言が全く違うようだ。



「地獄の最下層、ギガントマキアの氷剣よ、我が力となりて敵を貫け! 嘆きの氷剣コキュートス!」


 城門の外に出たシラユキが空に手をかざし魔法術式を展開する。青白いシラユキのオーラが立ち上がり、ただでさえ美しいシラユキが、更に幻想的な姿となる。


 シュバァァァァァァ――


「行けっ! 超低温の剣よ! とぁあっ!」

 ズバアアアアアアアアァァァァー!


 地獄の最下層に封印されている氷剣の力を具現化した大魔法が唸りを上げ発射された。


 巨大な氷の剣は大気を振動させながら凄まじいスピードで突き進む。そのまま一直線に一両の新型魔導兵器へと狙いを定め突っ込んで行く。


 ゴバァアアアアアアアア!


「命中っ!」

 キィイイイイーン!

「あれ?」


 見事命中したかに見えた嘆きの氷剣コキュートスは、跳ね返り明後日の方角に飛んで行ってしまった。

 これには盛り上がっていた帝国兵たちも上げた腕を降ろして落胆する。


 そして、シラユキがいじけた。

「ふんだ、どうせ私は……」


 何とかロゼッタが元気づけようとする。


「た、たまたま調子が悪かっただけだよ、シラユキ」

「ううっ、何で私の時だけ……」

「つ、次は上手く行くよ。絶対」


「クレアを極東に送ったのは失敗かもしれないんだナ」

 そして最悪のタイミングでネルネルが失言した。


「うううぅ~っ、どうせ私の魔法よりクレアの陽キャビームの方が強いですよぉ……」


 更にシラユキがいじけてしまう。

 しまったと言った感じの顔をしたネルネルがフォローするが、もう遅いようだ。


「そ、そういう意味じゃないんだナ。魔法使いが足りないという意味なんだゾ。シラユキのせいじゃないゾ」


「そ、そうだよね。シラユキは悪くないよ」

 二人の間でロゼッタがオロオロしている。


 ――――――――




 何も良いところが無かったかのようなシラユキだったが、対するゲルハースラント軍の方では動揺が広がっていた。


「パンツァーティーゲルに異常発生! 出力低下! 先程の大魔法によるものと思われます!」


 操縦している兵士が声を上げる。


「バカなっ! 故障か!?」

「分かりません。衝撃によるものかもしれません」

「くそっ、悟られぬように攻撃を続けよ!」

「はっ!」



 超魔法防御と傾斜装甲によりパンツァーティーゲルの避弾経始ひだんけいしは完璧だったはずだが、どうやらシラユキの魔法が上回っていたようだ。


 実際にシラユキの魔法は世界を壊しそうなほど超強力なのだが、本人が繊細で大人しいので助かっている部分もある。

 もし、彼女がギュンターのように傲慢で好戦的で他者を傷つけるのをいとわないような人間だったのなら、今頃世界は滅んでいたかもしれないのだ。



 戦果としてはパンツァーティーゲルを八台中一台故障させただけだが、実は一般の兵士の間では恐怖を植え付けるのには成功しているのかもしれない。

 それが証拠に、兵士たちから口々に悲鳴が上がっている。


「お、おい、今の大魔法……」

「あれだろ、世界に数人しかいないレベル10の」

「あんなの連射されたら俺たちは……」

「まあ、一撃で肉片も残さず消えるわな」

「俺、この戦争が終わったら、結婚する予定なのに」

「「「フラグはやめろっ!!」」」


 一発放ったシラユキの魔法でゲルハースラント軍にフラグを立ててしまった。



「このまま撃ち続けよ! ルーングラードの魔法障壁を破壊すれば我らの勝ちだ!」


 一般兵士の嘆きは無視して指揮官が一斉射撃を命令する。パンツァーティーゲルの超魔導砲が次々と帝都に向け発射された。


 ギュワァアアアアアアアアーン! ババババッ! ズドドドドドドーン! ズドドドドドドーン! ズドドドドドドーン! ズドドドドドドーン!


 ――――――――




 再び帝都ルーングラードを守る大将軍三人だが、次々と浴びせられる超魔導砲の衝撃で右往左往している。


「お、おい、このままでは帝都を守る魔法結界ツングースカドヴァーがもたないんだゾ!」


「ふへぇ、どうしよどうしよ」

 ネルネルの言葉にシラユキはオロオロするばかりだ。やはりポンコツ感は否めない。


 そして再びロゼッタが出ようとする。


「早く何とかしないと。やっぱり私が突撃するよ」

「ロゼッタ、それはダメだと言ったんだゾ」

「でも……」

「城壁を突破された時にロゼッタがいなかったらどうするんダ!」

「それは……」


 二人の話を聞いていたシラユキが立ち上がる。いじけている場合ではないのだ。こんなザマで帝都が陥落でもしたらナツキに合せる顔が無い。


「やる、わ、私ならできる。そう、兵法だ」

 ブツブツと独り言を呟きながらシラユキが考える。


「武力だけではないはず。戦わずして勝つのが最善。百戦百勝は善の善なるものに非ず……。そして、戦わずして人の兵を屈するは善の善なるものなり」


 何かを喋りながら城門を出ようとするシラユキに、二人の同僚も声をかけた。


「シラユキなら大丈夫だよ」

「そうなんだナ。成功したらナツキに褒めてもらえるんだゾ」

「そうそう、きっとナツキがご褒美くれるよ」


「ご、ご褒美。むっふぅううううううううううーっ!」

 シラユキの自信が復活した。繊細なようでいて意外と単純だ。


 今のシラユキの頭の中は、ナツキに『お姉ちゃん凄いです!』と褒められる期待で夢ぐんぐん膨らんでいるのだ。まさに『さすおね』効果である。



「そうだ、敵を殺戮さつりくするだけが戦いではない。気象さえ変えるほどの広範囲にわたる極大魔法を使えば……。戦闘継続困難にする、或いは時間を稼ぐことで敵の撤退を促す。それを私ならできるはず」


 シラユキの言うことは理にかなっている。戦略とは、戦う前に自国が有利な状況を作り出すことこそ肝要であり、戦略によって不利な状況になったものを戦術で覆すのは不可能に近い。


 しかし、このシラユキの大魔法ならば、戦略的状況自体を覆してしまうことが可能なのだ。



「万物絶対停止の極限よ、その究極の冷気で華となれ! 原子絶対凍華ゲルゼルティア!」


 シュバアアアアアアァァァァァァ――


 シラユキのオーラが更に強く立ち上った。絶対零度アブソリュートゼロの究極魔法によって、前方広範囲にわたって極寒の空間を作り出そうとしているのだ。

 ゲルハースラント軍陣地を取り囲むように。


「愛しき君に会えず凍える私の心。それは絶望、それとも希望? 二人の愛を世間が阻むと言うのなら、そんな世界は要らないよね。そう、これは私の恋愛を邪魔する者たちへの天罰……」


 それっぽいポエムを呟きながら広範囲殲滅魔法を放つシラユキ。完全に自分に酔っている。



 シュババババババァァァァァァァァ――キィイイイイイイイイィィィィィィィィーン!


 シラユキの魔法術式が構築されゲルハースラント軍の上空に絶対零度の空間が出現した。瞬時に大気と大地が凍てつき極寒の地獄が完成する。


 それは敵対している者たちにとっては絶望的な戦いの始まりを意味していた。


 ――――――――




「ギャアアアアアア! 寒い!」

「冬将軍か!」

「まだ季節は早いぞ!」

「敵の大魔法使いのせいだ!」

「直撃させてないぞ! わざと外している」

「俺たちを痛めつけてからイビリ殺す為だ!」

「助けてぇええええっ!」

「ママァ!」


 シラユキがわざと外しているのも知らずに言いたい放題だ。

 しかし、大軍に向けて原子絶対凍華ゲルゼルティアを使っていれば、痛みも感じる暇もなく即死していたはずだろう。そう言う意味では、極寒の中で辛く苦しい思いをしなければならないのだから最悪かもしれない。



「ああ、俺はもうダメだ! 結婚式挙げたかった……ぜ」

「ハンス! 傷は浅いぞ!」

「衛生兵ぇぇぇぇぇぇーっ!」

「いや、怪我はしてないはずだが」


 次々と降り積もる雪に埋もれ、ゲルハースラント軍の士気が急激に下がっていった。


「ひゃあああっ! ぱ、パンツァーティーゲル魔導縮退機関の出力低下! 寒さで機能不全のようです」

 操縦している兵士も寒さに震えている。


「バカもん! この程度の雪で怯むな!」


「しかし、魔法防御も低下しています。今、先程攻撃を受けた氷の剣のような大魔法が当たれば、パンツァーティーゲルが大破してしまいます」


「ぐぬぬっ! 仕方ない、一旦下げろ! 体勢を立て直す」


 ――――――――




 ゲルハースラント軍の前線が下がるのを確認したシラユキたちは三人で喜び合う。


「やったんだゾ!」

「シラユキ凄かったよ」


「ふひっ、くふふふふっ……。私、凄い……。これでナツキにご褒美もらえる……」


 若干キモいシラユキの笑い。美人なのに変な笑いなのが何とも言えない。

 まだ何も終わっていないのだが、とりあえず時間稼ぎにはなったようだ。


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