第97話 帝都最大の危機、ついでにシラユキも大ピンチ

「畜生めぇええええええっ!」


 ゲルハースラント帝都バベリンの宮殿に怒声が轟く。冴えない顔をした中年男が書類を投げつけ激怒していた。


 ギュンター・ウォルゲン、初代帝国宰相になったこの男は、イライラを隠そうともせず喚き散らす。


「何故だ! 理論上パンツァーティーゲルは無敵だったはず。レベル10相当の攻撃力があり、レベル10相当の魔法を弾き返す。まさに最強の矛と最強の盾! それが4機も破壊されるとは!」


 騒がしいギュンターの後ろで、騒々しい男の独演を聞かされている少女はうんざりしていた。


 ゲルトルーデ・フォン・ローゼンベルク、緩くカールした薄黄色の髪に、くりっとした黄緑色の大きな瞳。無理やり皇帝にさせられてしまった少女である。


 いい加減に我慢の限界なのか、ついついツッコミを入れてしまう。


「最強の矛と最強の盾って、それ矛盾ですよね」


 キッ!

 ゲルトルーデのツッコみに、独演を邪魔されたギュンターが睨みつける。


「おい、何か言ったか!?」

「何も……」

「何か言いたいのなら言ってみろ」


 ゲルトルーデは少し躊躇ちゅうちょしてから語り出す。


「最強と言いますが、何をもって最強とするかには議論の余地があるところです。じゃんけんのように能力スキルの特性で三すくみ状態が考えられるからなのです。だから、今回は相性の悪い相手に当たっただけなのでは?」


「なっ、ぐぬっ!」

 ギュンターがゲルトルーデを睨みつける。


「最強の矛と最強の盾という考えがダメダメです。弁証法の哲学的理論でもしたいのしたいのでしょうか」


「ぐぎっ、くぐぐぐっ……」


「そもそも私は今回の戦争に反対です。あの広大な領土と好戦的で粘り強い女兵士をもつ国に攻め込むなど暴挙としか思えない。最初は新型魔導兵器の勢いで攻勢かもしれませんが、後に手痛いしっぺ返しを受けることになるのかも。それも何倍もの恐ろしい報復によって」


「ぐっ、ぐぎぎぎっ!」


「どこぞの愚かな男は、あの国の恐ろしさを知らずに手を出し、無様に這いつくばり惨めな最期を迎える予想しかできませんのです」


 ギュンターの顔が茹でダコのように怒りで赤くなる。自分の三周り以上も年下の小娘にボロクソ言われてプライドが傷付いたのだろう。


「う、うるさああああぁぁーい! わ、私のアルマゲドン作戦は完璧なのだ! 二度とその口を開くな! 小娘だからといって容赦はしないぞ。私は巨乳が大嫌いなのだ。バーカ!」


 これ以上は無駄だと感じ、ゲルトルーデは溜め息をつきイスの背もたれに寄りかかった。

 そして目をつむり考える。


 ああぁっ、彼氏欲しい――――



 なまじ強力な精神系魔法というレアスキルを手に知れたからなのか、不遜で傲慢で思い上がった自己満足感で世界を混乱させる中年男。そして、戦争など早く終えて彼氏が欲しいませた少女。


 この噛み合わない二人の間に、更に隙間風が吹き始めていた。


 ◆ ◇ ◆




 帝都ルーングラードは危機に瀕していた。押し寄せるゲルハースラントの大軍勢に街を取り囲まれ、新型魔導兵器パンツァーティーゲルの攻撃を受けているのだ。


 ズガガガガガガガガァァァァァァーン!


 ゲルハースラント軍から超魔導砲の一斉射撃を受けた。街を取り囲む巨大な城壁と、その上空に張り巡らされた魔法術式結界陣に命中し、地響きのような音と振動が伝わる。


 ここ、帝都宮殿大広間にも音が聞こえてくるほどだ。



「魔法結界ツングースカドヴァー出力低下、帝都上空の防御結界60%にダウンです」


 部下の報告を聞いたアンナとアリーナが青ざめる。


「だ、大丈夫なのか? 帝都の守りを破られたら民の命が……」


 心配そうな顔をしたアンナに、アリーナは彼女の目を真っ直ぐに見て言う。


「大丈夫です、陛下。きっと大将軍が守ってくれるはずですから」

「じゃが……」

「今は彼女たちに任せましょう」

「う、うむ……」




 ズガガガガガァァァァーン! ズドドォォーン!


 ゲルハースラント軍の猛攻撃を受けている帝都正面では、大将軍の三人が攻めあぐねていた。


 すでにゼノグランデなど西方の拠点は落とされ帝都ルーングラードは包囲されかけている。これまでならば強力なルーテシア帝国魔法部隊により、ここまで内部への侵攻など許していなかったのだ。

 しかし、今回の新型魔導兵器の威力が桁違いであり、一般の兵士には対処不可能なのである。



 攻撃と調査の為、前線に出ていたネルネルが帝都に帰還した。


「ぐひゃぁ、凄い数なんだナ。あの新型の魔導兵器は厄介なんだゾ」


 ハラハラと肩に流れる神秘的な紫の髪を振り、戦闘での汚れを掃いながらネルネルが言う。


「ざっと見ただけで新型魔導兵器は8両あるんだゾ。あ、あんなのが大量生産されたらマズいんだナ」


 闇の触手巨獣ヘンタイテンタクルスで新型魔導兵器の破壊を試みるも、別の車両からの超魔導砲の攻撃で大怪獣は大穴を開けられてしまったのだ。



「今度は私が行くよ。直接攻撃で破壊してみる」


 ロゼッタが出ようとする。しかし、ネルネルが腕を掴んで止めた。


「待つんだナ」

「何でさ」

「危険なんだゾ」

「だ、大丈夫さ。私の防御力なら」


 そう言って体に力を入れたロゼッタのムッチリボディに筋肉が盛り上がる。


「確かにロゼッタの肉体強化と超防御力なら大抵の魔法は通さないんだナ。でも、同じレベル10クラスの魔法でも面攻撃と点攻撃では違うんだな」


 ネルネルの言いたいのは、こういうことだろう。同じエネルギーの大魔法でも、広範囲に向けた面攻撃よりも一点集中させた点攻撃の方が殺傷力が高いのだと。


 パンツァーティーゲルの超魔導砲は高圧縮魔法石を魔導縮退機関で限界まで収束一点集中させ射出させている。その破壊力は理論上魔法使いレベル10相当の力なのだ。


「数が少なければロゼッタのパンチで破壊可能かもしれないんだナ。だ、だが、他の車両から発射された攻撃を体に受けたら、わたしの闇の触手巨獣ヘンタイテンタクルスと同じように体に穴が開くかもしれないんだゾ!」


 ネルネルはロゼッタの体を心配しているようだ。


「でも、私は覚悟できているよ。力を持たぬ民の盾となるのは、私のように強いギフトを持って生まれた者の責務なんだ。たとえ傷付こうとも、必ず魔導兵器を破壊してみせる」


「それでも同意できないんだナ。ロゼッタは帝国軍の精神的主柱なんだゾ! そこに立っているだけで見方を鼓舞する存在なんだナ! そんなロゼッタが戦場で倒れる……戦死なんてことになれば、帝国の損失は計り知れないんだゾ!」


 いつになく真面目な顔で話すネルネルに、ロゼッタもたじろいてしまう。



 帝都で大人気といえば圧倒的強さとデタラメな言動で根強い人気を誇る剣聖レジーナと、動く度にエッチなアクシデントで数々のオカズを提供してくれる皆のアイドルクレアだろう。


 しかし、こと戦いに於いては、存在感抜群の逞しい長身と戦女神のような強く勇ましい姿は、国民の絶大な人気を誇っているのだ。

 更に先日の内乱での、弱き者の剣となり悪政に立ち向かう姿により、ロゼッタは軍神のような存在となっていた。



「で、でも、どうしたら……」

「遠距離から魔法で仕留めるしかないんだナ」

「そ、そうか、遠距離から」


 ネルネルとロゼッタが振り向き、もう一人の大将軍を見つめる。さっきから黙ったままの美少女がいるのだ。


 新雪のようにキラキラと煌く銀髪に、翠玉エメラルドのような美しい瞳をした、少し目つきが鋭い女である。

 氷の大将軍シラユキ。いつもは無表情で鋭い目つきをして周囲を怖がらせているのだが、今はオドオドと落ち着かない様子だ。



「は、はひぃ、わた、私……」


 このシラユキ、ちまたでは狡猾で残忍な女と評されているが、本当の彼女はコミュ障で寂しがり屋で甘えん坊でムッツリなお姉さんだったりする。

 しかも、肝心な時にポンコツだったりと困った女だ。


「や、やっぱり私が……やるの」


 青い顔をして口を開いたシラユキに、ネルネルとロゼッタの期待を込めた目が集まる。


「頼むんだナ。超低温の氷魔法で魔導兵器を止めるんだゾ」

「シラユキ、頑張ってね」


 期待が集まれば集まるほど緊張するというもの。一見クールで冷徹に見える彼女だが、本当は繊細でプレッシャーに弱い性格なのだ。


「が、頑張る……。んひぃ、新型兵器など恐るるに足らず」


 緊張で声が裏返りながら返事をするシラユキだが、やる前から失敗しそうな気持でいっぱいだった。


「てぇ、天網恢恢てんもうかいかい疎にして漏らさず! この私の氷魔法は悪を逃がさない」



 さっ!

 シラユキを見つめる同僚の目が期待で溢れている。


 ささっ!

 部下や一般兵の方を向くと、これまた多くの兵の目が期待と信頼で溢れていた。


「ひぃ、ふひっ、す、凄い期待が集まってるぅ……」


 今、シラユキの心の中は逃げたい気分でいっぱいだった。


 んっひぃいっ! ご、ごめんなさぃいいっ!

 ホントは全然自信無いんですぅうう! 天網恢恢とか偉そうな言ってってごめんなさいぃぃぃ~っ!


 弟くんがいないと何もできないのぉおお! 静かに本を読んだりナツキと一緒に添い寝したりポンポンされたいだけなのにぃいいいいっ!

 弱メンタルでごめんなさいぃぃぃ~っ!



 相変わらず顔だけは涼しいのに無茶苦茶無理しているシラユキだった。


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