第92話 パンツァーティーゲル

 揚羽の視線を気にしながらマミカは話す。帝国が誇る地上最強の剣聖の話を。実際に援軍としてレジーナが来るのかは知らないのだが、一番食いつきが良いと判断したのだ。



「ルーテシア帝覧武闘大会で連戦連勝、まさに常勝不敗の最強剣士。帝国が誇る剣の大将軍レジーナには誰も勝てないわね。そこに並んでるあなたの部下でさえ」


 わざと挑発するようにマミカが言う。


「ほう、我の部下でも勝てぬと申すか……」

 揚羽の目が鋭くなる。


「揚羽様、こやつの言うことは聞き捨てなりませんな!」


 ザンッ!

 挑発に乗って前に出た柴田小鳥に、マミカが一瞬の隙を突きレイピアを抜く。


「剣士じゃないアタシに負けるようじゃ、帝国最強の剣聖には遠く及ばないっつーの!」


 小鳥が前に出た瞬間に、マミカは精神掌握セイズマインドを使っていた。そして、動けなくなった小鳥の首筋にはレイピアの切先を突き付けている。


「なっ、ぐぐっ! こやつ、怪しげな幻術を……」


 そう小鳥が驚くのも無理はない。マミカ程の精神系魔法を使える者など世界中探しても他にいないのだから。


 これには揚羽の後ろに控えているフロレンティーナが解説する。


「だから言ったのデース。目の前にいるマミカさんは、ルーテシア帝国に七人しかいない最強の大将軍デスヨ。不用意に近付くとこうなりマスデス」



「そういうこと。レジーナの強さはそこが知れないわよ。女武者なら最強の称号に興味あるわよね」


 スキルを解除したマミカが、優雅な手さばきでクルッとレイピアを回転させて鞘に納めた。



「ふむ、その剣聖レジーナとやらはおぬしよりも強いのだな」


 マミカのスキルを見た揚羽が完全に乗ってきたようだ。あと一押しだろう。


「そうね、剣技に於いて他の追随ついずいを許さないわね。何日かすれば来ると思うから、もし勇気があるのなら手合わせしてみたらどう?」


「うむ、興味あるな」


「そ、そうそう、ヤマトミコの伝統で戦の折には一騎打ちがあるそうじゃない。あれ、何だっけ……まあ良いや。とにかく女武者なら最強の剣士と一騎打ちしてみたいでしょ」


 援軍はレジーナが来るのを祈るマミカだ。剣士が来ないと作戦が台無しである。


 ああぁ、これほどレジーナに会いたいなんて思ったのは初めてだしぃ。

 でも、間違ってフレイアとか来ちゃったらどうすんのよっ! レジーナが来ますように。絶対レジーナが来ますように。あっ、ロゼッタでも良いから。



「是非もなし! よし、その剣聖が来るまで待ってやろう。戦は延期だ!」


 揚羽が勝手に決めてしまうが、やはり桔梗が止めに入る。


「揚羽様!」

「桔梗、もう決めたことだ!」

「しかし」


 何とか無事思惑通りに進みホッとするマミカだが、次の揚羽の話を聞いて再び顔を引きつらせた。


「少しくらい待っても問題無い! 第二軍として徳川とくがわあおいの軍勢も来る予定であるしな。まあ他にも武田や上杉や毛利や島津と、手柄を上げたい者どもは多いからの。がははっ!」



「へ、へぇ……他にもいっぱいいるんだ……。長く内乱してた割に人材豊富なんだぁ……」


 強そうな女武者を次々増援されるのを想像すると、あっさり負けた海軍のヤーナに思い切り文句を言ってやりたい気分のマミカだ。


 そのヤーナたちは脱出用いかだに乗って漂流中なのだが、その話はどうでもいい。彼女たちには勝手に漂流記でもやっていてもらおう。



 紆余曲折ありながらもマミカは時間稼ぎに成功したようだ。この場で戦闘にならずにホッとしていた。




「時に、マミカとか言ったか。おぬし、その美貌と強さ……我の家臣にならぬか?」


 ゾクゾクゾクッ!

 マミカの悪い予感が当たった。どうもジロジロ見られていると思ったが、やはり揚羽に狙われていたようだ。


「えっと……アタシは、そういうのナイって言うか。そ、そうそう、彼氏がいるんだしぃ」


 それとなく断るマミカだが、揚羽は笑いながら否定した。


「がははっ! そっちも良いが、我が言う家臣とは武力の方である! 異国の強き戦士は欲しいところだ。どれ、ヤスコと名付けて側役にしたいところだな」


「か、勝手に名前つけるなし! アタシは絶対に部下にならないから」


「女小姓として夜伽よとぎにするのも良いが、それはフロレンティーナが先約であるのでな」

「し、しませんデス!」


 揚羽がフロレンティーナの名前を出すが、彼女に即否定された。


「安心せい! 我の好みは少年っぽさのある女子おなごであるからな。まあ、女子より実際に少年が好みであるが」


「は?」


 それまで自分への視線を気にしていたマミカだが、揚羽から出た『少年が好み』という言葉で、一気に警戒感がアップした。

 絶対にナツキには会わせないと誓うのだった。


 ◆ ◇ ◆




 マミカが揚羽たちを一人で相手している頃、ゲルハースラント帝国と国境を接するルーテシア帝国西部では、遂に両軍の衝突が起きてしまう。


 国境沿いに展開していたゲルハースラント軍が侵攻を開始したのだ。


 本体は帝都ルーングラードに向け、別動隊がアレクシアグラードに向けていた。これはアレクシアグラードが帝都にとって生命線だからである。

 資源や食料などの補給を絶ち帝都を孤立させることで、経済を麻痺させ戦闘継続能力を奪う戦法であった。


 ギュンターは、この作戦を『アルマゲドン作戦』と名付け、宿敵であったルーテシア帝国を一気に叩き潰すつもりのようだ。



 ズガガガァァァァーン!

 ガラガラガラガラガラガラ――


 ゲルハースラントの侵攻に国境を守っていたルーテシア軍が応戦するも、目の前に見たことも無い威容を放つ鋼鉄の要塞が現れ動揺する。


 ゲルハースラントの新型魔導兵器パンツァーティーゲル。まだ生産が追い付いておらず12両しか存在しない。

 ゲルハースラントは、帝都ルーングラードへ8両を、ここアレクシアグラードには4両を差し向けていた。


 本来はそこまでの高エネルギーを取り出せぬ魔法石を最先端技術で高圧縮、それをV字に12個のシリンダーを並べた魔導縮退機関により想像を絶するパワーを引き出していた。


 そして更に車両に装備された巨大な砲塔は、これまでの常識を覆す大出力の超魔導砲が装備されているのだ。



 見たこともない巨大な鉄の塊から高エネルギーの光が収束され、ルーテシア帝国軍の前線に動揺が走る。


「お、おい、あれは何だ!」

「ヤバいぞ! 何か来る」

「に、逃げろぉおおおおっ!」



 ギュワァアアアアアアアアーン! ババババッ!

 ズドドドドドドーン! ドドドドーン! ドドドドーン! ドドドドーン!


 兵士が逃げ出したのと同時に眩い閃光と共に大爆発が起こった。轟音と爆風でパニックになった兵は一斉に後退を始める。


 ◆ ◇ ◆




 アレクシアグラードに入ったばかりのナツキの許にもゲルハースラントの侵攻の話が届いた。街は戦争の話題で持ち切りなのだ。



「何があったんですか!?」


 ナツキは荷物を抱えて逃げようとしている男性に声をかけた。


「せ、攻めてくるんだよ! ゲルハースラントが」

 慌てている男性が言い放つ。


「戦況はどうなっているんですか?」

「どうもこうもねえ! 敵は新型魔導兵器を導入したんだ!」

「新型魔導兵器?」

「俺もよく知らねえが、誰も太刀打ちできねえらしいぞ!」


 軍事力だけは圧倒的に強い帝国が圧されているのだろうかと、ナツキは疑問に思う。


「おい、ぼうずも逃げた方が良いぜ! 時期にこの街にも攻め込んで来るはずだ! 荷物をまとめて逃げるんだよ! じゃあな!」


 そう言い残した男は、一目散に走って逃げて行く。



「新型魔導兵器が街に! い、急いで止めないと」




 ナツキが走り軍の施設の前に行ったところで、ちょうど前線に向かう女兵士の集団を見つけた。馬車に乗り込もうとしているところである。



「あの、ボクも乗せてください!」


 突然出てきた少年に、戦地に向かおうと興奮気味の女兵士たちから一斉に声が上がった。


「おい、何だこの少年は!」

「くっそ美味そうだわ!」

「自分から食われに来たのかい?」

「ちょっとぉ、こんな飢えた女たちの馬車に乗ったら危ないわよ」


 緊急事態なのに帝国乙女は相変わらずだった。


「ええっ! そ、そうじゃなくてボクも街を守ります。大将軍のお姉さんはどうなってるんですか?」


 いきなりだが、ナツキは街を守る為に戦おうとする。遠く離れたマミカも心配だが、目の前の人々を見捨てることもできないのだ。先ずは街を守ろうと動き出す。



「大将軍のお姉さんって知り合いなの? フレイア様が前線に向かったって聞いたけど」


 女兵士の一人が答えてくれた。


「フレイアさんが……。ボクも行きます! 馬車に乗せてください。あっ、ボクはナツキといって――」


 そこまで話したところで、女兵士たちからどよめきが起こる。ナツキの名を聞いて誰もが興奮したのだ。


「ええええっ! キミ、勇者ナツキなの?」

「あの、女を堕としまくる鬼畜勇者!」

「それそれ、女だったら誰でも一夜を共にしたい男」

「あれでしょ、エッチ奴隷にする……」

「あの気高くて気品あるクレア様を調教する男!」


 奇跡の勇者のはずなのに、帝国乙女の評判はエロ方向ばかりのようだ。


「えええ……ボクって、そんななんですか……」

 ナツキがションボリした。


 ナツキの想いとは裏腹に、この貞操逆転帝国では変な方向でナツキ人気が急上昇のようだ。



 何はともあれ、ナツキの名を聞いた女兵士たちは大喜びになった。手を引いてナツキを馬車に引っ張り上げてくれた。


「どうぞ、乗せてあげる」

「あ、ありがとうございます」

 ガタッ!


「はぁ♡ 新型魔導兵器相手で絶望的だったけどさ……」

「うふふっ♡ 前線に行くまでお楽しみぃ♡」

「それな! 馬車の中でイケナイコトとか♡」

「あぁん♡ 止まらないかもぉ♡」


 モワァっと女の匂いが充満する馬車に乗せられたナツキが完全に取り囲まれる。戦いを前にしてなのかナツキに欲情してなのか、おかしな雰囲気になる車内だ。


 街が危機に瀕しているはずなのに、ナツキは別の意味で危機が訪れているのだった。


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