第87話 ゲルハースラント
ヤマトミコ首都高天原――――
ルーテシア帝国海軍のサドノシマ砲撃事件を受け、ここ
「もはや不可侵条約は破られたに同じ! 今こそ我らヤマトミコの力を示す時! さあ、姫巫女様の
意気揚々と揚羽が言い放つ。この時を待ってましたとばかりに。
「ま、待て、揚羽よ。今回の件、上手く事が運び過ぎておらぬか? これは我らを誘い出す罠かもしれぬぞ」
あくまで慎重論の姫巫女だ。罠ではないかと疑っている。
ただ、揚羽の方は百も承知のようだ。
「罠も結構! 先方が戦いたいのであれば受けて立つのみ。この機に大陸の脅威を取り除くべきではありませんか」
そう話す揚羽の黄金の目がギラつく。まるで、獰猛な虎が獲物を前にしたかのように。
勇猛果敢な揚羽とは対照的に、姫巫女は消極姿勢だ。今も
「ルーテシア帝国は強大な領土と軍事力を持つ大国である。そのような国と戦を交えれば、我が国も無傷では済むまい。神話の時代より連綿と紡がれしヤマトミコを、
静かだが良く通る声で姫巫女が言う。
「なれど、敵の攻撃を受け黙っておると申されるのか!」
「揚羽よ。朕がルーテシア皇帝に親書を出してみよう。話し合いで解決できるのならそれで良かろう。今回の事件の詫びも入れさせるのじゃ。それまで待ってはくれぬか?」
開戦に傾く議論を、姫巫女は直接皇帝と親書を交わし戦を回避する話に持ってゆく。これには渋々といった感じに揚羽も引き下がる。
しかし、その親書はアンナのもとに届くことはなかった。ミーアオストクで内乱を起こさんとする賛同者により処分され、待てど暮らせど返信は来ない。
事ここに至り、ヤマトミコはルーテシア帝国との不可侵条約を破棄し宣戦の
◆ ◇ ◆
サドノシマ砲撃事件や両国の緊張は、程なくしてナツキのもとにも届くこととなる。
「ええええっ! ヤマトミコと戦争に!」
報告を聞いたナツキが大声をあげる。
「そ、そんな……ミーアオストクにはマミカお姉様が行っているのに。どうして……」
気落ちする主人に家令のグロリアが寄り添う。
「きっと大丈夫です、ナツキ様。マミカ様は優れたスキルをお持ちですし」
大丈夫と言ったグロリアだが、内心は不安でいっぱいだった。実際は極東ルーテシアの戦力は少なく、コネや賄賂で腐敗した組織が
アレクサンドラ政権で汚職に塗れた者を処分してはいるが、長年の特権階級の支配による歪みは簡単に正せるものではなかった。
「アンナ皇帝は援軍を送るのでしょうか。でも、争いが大きくなれば被害者が増えて……。ボクは、お姉様を助けに行きたい」
マミカを助けに極東に向かいたいナツキだが、時を同じくして、更に大事件のニュースが飛び込んで来ることになる。
それは帝国全土を震撼させる大きなうねりとなってナツキたちに襲いかかることになるのだった。
◆ ◇ ◆
ゲルハースラント、フランシーヌ国境線――――
フランシーヌが対ゲルハースラント用に建造した長大な要塞城壁が続く外側。魔法無効化絶対防衛線、通称ガリアラインの前に、地を這うように進む鋼鉄の車両が終結していた。
それは極秘裏に建造されたゲルハースラントの新型魔導兵器である。
ガラガラガラガラガラガラガラガラ――
巨大な車両が動き隊列の前に出る。他国にある馬車や
「砲撃準備! 目標ガリアライン!」
「はっ!」
司令官の命令で隊員が魔導兵器の操作をする。
「超魔導兵器パンツァーティーゲル、圧縮魔法石充填。縮退機関圧力臨界」
ギュワァアアアアアアアアーン!
魔力を帯びた魔法石を特殊な技術で限界まで圧縮。それをエネルギーとしてV型12気筒液冷魔導縮退エンジンを起動させ、巨大な鉄の塊である車両を動かしているのだ。
ぶ厚い装甲の車体には、これまた巨大な魔導砲が鎮座している。人が入れるくらいの大穴が開いた砲身が照準を城壁へと向ける。
「超魔導砲発射準備完了」
ギュワァアアアアアアアアーン! ババババッ!
「よし、発射!」
ズドドドドドドーン! ドドドドーン! ドドドドーン! ドドドドーン! ドドドドーン!
横一線に並んだ車両から一斉に魔導砲が発射された。眩いばかりの光と轟音をを放ちながら、巨大砲身から魔法のミサイルが飛んで行く。それは次々と長大な城壁に命中し、音を立てて爆炎が上がる。
魔法無効化絶対防衛線といわれるように、強固な
「よし、全軍突撃!」
「「「ウォオオオオオオオオッ!!」」」
雪崩を打ったかのようにゲルハースラントの大軍が国境線を越えた。為す術もなくフランシーヌは侵攻を許してしまい、簡単に防衛線を突破されてしまう。
先のルーテシア帝国との戦争で
ここに、フランシーヌ共和国は消滅し、完全にゲルハースラントの支配下となる。広大な農地や大量の資源を手に入れたゲルハースラントは、格段に国力を上げ周辺国を脅かす存在となったのだ。
◆ ◇ ◆
ゲルハースラント首都バベリンにフランシーヌ戦線での戦果を聞き喜ぶ男がいた。
ギュンター・ウォルゲン、冴えない顔をした中年男性だ。中肉中背で茶色い髪に無精ひげ。一見そこらにいるオッサンのようだが、後の世で世界一の詐欺師と呼ばれる男である。
「そうか! フランシーヌを我が国の領土にしたか。良くやった。はっはっはっは!」
部下から報告を受け高笑いをする。
「このままパンツァーティーゲルの増産を進めよ。数が揃い次第、次の目標だ。どりゃあっ!」
ギュンターが持っていたペンを机の上の地図に突き刺す。その場所はルーテシア帝国を指している。
部下を下がらせてから、彼の独演が始まる。昔からその男は夢想家であり詐欺師であり人を操る天才であった。
「魔法石を極限まで圧縮し莫大なエネルギーに変換する革新技術。そして、そのエネルギーを活かした魔導縮退機関と超魔導砲。そうだ、我がゲルハースラントの技術力は世界一である!」
両手を広げ空を仰ぎ見るようにして語る。
「これまでは強いスキルを持つ者が多いルーテシアに幾度となく苦汁を飲まされてきた。だが、これからは違う! 超魔導兵器パンツァーティーゲルの一両で魔法スキルレベル10相当の力があるはずである! この新兵器があれば、ルーテシア帝国軍を突き崩すのは赤子の手をひねるようなものだ!」
「本当にそう上手く行くのですか?」
それまで完全に存在感を消していた少女が声を出した。ギュンターの話に水を差すように。
部屋の奥にある堅牢な造りのイスに座っている少女だ。歳は十代前半くらいであろうか。緩くカールした薄い黄色の髪をした、くりっとした黄緑色の瞳が印象的な顔をしている。
全体的に小柄であるにも関わらず、二つの胸の膨らみだけはパツッと大きく張っている。俗にいうロリ巨乳という言葉が当てはまる容姿をしていた。
「う、うるさぁぁーい! 貴様は黙っていろ! こ、この小娘の分際で、おっぱいぷるんぷるんさせやがって!」
おっぱいは関係無いと思いそうだが、この男にとって胸の大きさは重要なのだ。女はツルッとペタペタに限ると豪語するギュンターは、胸の大きな女には興味が無かった。
アンナやグロリアが聞いたら、きっと鳥肌ものかもしれない。
「とにかくだ、貴様は黙って私の命令に従っていれば良いのだ!
「はいはい、分かりましたです……」
やれやれと言った感じの顔で少女が両手を広げた。
「まったく小生意気なガキだ。これで貧乳なら私の愛人にでもしてやったところだがな。しかし、こやつ……私のマインドコントロールが効いておらぬような?」
ギュンターのスキルは精神系魔法だった。しかもレベル7という強力で希少な能力である。
天性の話術と人の心につけ込む才能と、この精神系魔法スキルにより、国民を騙し政敵を葬り、この国のトップに上り詰めているのだ。
元々希少である精神系魔法スキルだが、その中でも高レベルの者は極稀にしか存在しない超希少スキル所持者である。
ドS女王などと呼ばれながらもスキルを悪用しないマミカがどれだけ善良かは、この男と比べれば一目瞭然かもしれない。
「あーあー、私、マインドコントロールされちゃったー」
「よし、効いておるようだな」
「あーあーおっぱいぷるんぷるん」
「まったく品の無い小娘だ。やはり女は貧乳だな」
ロボットのようなカタコトで喋り胸を震わす少女に、ギュンターは頷いた。マインドコントロールは効いているようだ。
ただ、彼が背中を向けた途端に、少女はベェーっと舌を出したのだが。
「これで準備は全て整った! 新生ゲルハースラント帝国の誕生だ! そして私は初代帝国宰相といったところか。はっはっはっはっは!」
幼い少女を利用し自己の権力や娯楽の為に世界を混乱に陥れるギュンター。この詐欺師により、大陸は戦火に包まれることになるのだ。
ヤマトミコと開戦したルーテシア帝国は、後に最悪の二正面作戦を余儀なくされることとなる。
そして、この大戦を切っ掛けに、奇跡の勇者と呼ばれるナツキの、無意識に乙女を堕とす伝説も世界に轟くこととなるのだ。
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