第86話 サドノシマ砲撃事件
大将軍も帝都に戻り暫く経った今日この頃。相変わらずカリンダノールの城では二人の女の熾烈な戦いが繰り広げられていた。
あれから完全にナツキの
まあ、元から全く仕事をしていないので、肩書が変わろうとマリーはマリーだが。
そしてもう一人の女が家令のグロリアだ。こちらは有能で清楚でツルッとペタペタな女。歳のわりに可愛らしいツーサイドアップの髪型をし、人の何倍も仕事をこなしている。
倫理観が高く男性を嫌悪していた彼女が、今や寝ても覚めてもナツキのことが頭から離れず、毎日悶々とした夜を過ごしているのだった。
そして今日も二人の間にはバチバチと火花が散りまくる。
「ねぇ♡ ナツキ君、先生ねっ、お尻ペンペンされたいなぁ♡」
今日も今日とて飽きもせずナツキに絡むマリー。人前で屈辱のお仕置き堕ちをされてからというもの、前にも増して悪い女になってしまったのだ。
「先生、いい加減にしないと怒りますよ」
纏わりつくマリーに、少々ご立腹のナツキ君だ。優しいナツキでもさすがに我慢の限界はある。
「えっ、怒っちゃう? はぁん♡ 怒っちゃうのぉ?」
「ぐっ、何だこの無力感。やっぱりチェンジしたい」
「もっと怒って、キッツイお仕置きされたいわぁ♡」
バンッ!
目の前で繰り広げられる破廉恥な言動に、ついにグロリアがテーブルを叩いて立ち上がる。
「ちょっと、マリーさん! あなた、さっきからナツキ様の邪魔ばかりじゃないですか! 仮にもナツキ様の秘書なら、ちゃんと秘書らしい仕事をするべきです!」
これにマリーも反論する。
「お言葉ですがグロリアさん。ここ、ルーテシア帝国は貞操逆転世界ですよね。女が淫らなら淫らなほど称賛される国。そうっ! 朝も夜も寝ても覚めてもイケナイコトするのは当然許される行為なんですのよぉ!」
「ううっ、
まるで生粋の帝国乙女のようなマリーに圧され気味のグロリアだが、すぐに体勢を整える。
「確かに女性から
「もぉっ、そんな固いこといっちゃってぇ。ホントはグロリアさんもナツキ君とエッチしたいんですよね」
「え、えええ、エッチなんてしません! わ、わた、私は、たとえ帝国乙女でも結婚するまで貞操を守るべきだと思っていますから!」
真っ赤な顔でグロリアが反論する。
「ホントかしら? 実は一人夜な夜なイケナイコトを……」
「し、しませんから!」
「つい、ベッドの中で火照った体を……」
「ややや、やってません!」
必死に否定するグロリアだが、ムキになるところが怪しい。ちょっぴり図星っぽくなってしまう。
「グロリアさん、素直になって。女は皆エッチなんですよ。エッチで良いんですよ。この国では、時にお仕置きもご褒美なんですわ」
ピコォォォォーン!
マリーの発した言葉でナツキが気付いた。
「そうか、そうだったんですね。ボクは勘違いしていました。お仕置きは御褒美なんだ」
「道理でおかしいと思ってたんです。大将軍のお姉さんたちもマリー先生も、お仕置きすればするほど悪い子になっちゃうし。最近ではメイドの皆さんまで、わざと失敗してお仕置きをされたがるんですよ」
ナツキの言うように、最近では給仕したメイドのお姉さんが『ああぁ、お湯を沸かすのを忘れてしまいました。この卑しきメイドに罰をお与えください』などと言い出す始末である。
「えっ、あの、ナツキ君?」
嫌な予感がしているのか、マリーがナツキを止めようとしている。
「ボクは決めました! 次から失敗したり悪いことしたお姉さんにはお仕置きしません! 仕事をした人にキッツイお仕置きします!」
ガァアアアアアアアアアアアアアアーン!
余りのショックにマリーが失神寸前だ。
「ああぁぁ……わ、私の生きがいが……。も、もう、明日から何を希望に生きて行けばいいよよぉぉ~っ! うわぁ~ん」
「マリー先生、仕事してください」
大の大人なのに少年から正論を言われてしまう女。これにはグロリアも呆れ気味だ。
「こまった大人ですね……ナツキ様」
「で、ですよね……」
幼年学校時代から困った先生であるマリーだが、秘書になっても困った人だった。
翌日――――
「おはようございます、マイロード。本日のスケジュールは午前に商店街の視察と出店希望者との意見交換会。昼は会食。午後は南大陸から届いた香辛料の選定があります。あと、デノアに提出する書類の確認をお願いしますわ」
昨日までとは全く別人のマリーがいた。
派手なメイクは健在だが、以前のように乱れた印象はなく、髪は夜会巻きのようにキッチリアップにしている。如何にもデキる女といった印象だ。
「ええ……えっと。誰ですか?」
分ってはいるのだが、信じられなくてナツキが質問する。
「秘書のマリーです。マイロード」
「は、はあ……」
「では、私は仕事がありますので。何かありましたらお呼びください」
チラッ、チラッ!
去り際にチラチラとナツキに視線を送るマリー。仕事してますアピールだろう。
こうして、遊んでばかりいたマリーが見違えるようなキャリアウーマンになってしまった。
◆ ◇ ◆
ナツキたちがイチャイチャ平和に過ごしている頃、極東では大きな事件が起きてしまう。
ミーアオストクの港を出港し定期訓練をしていたはずのルーテシア帝国海軍の一隻が、何故か進路を外れヤマトミコ海域に侵入していたのだ。
「司令官、見えてきました」
船の指揮所に立つ女のところに部下が報告する。前方に島影が見えてきたのだ。
司令官と呼ばれた女は組んでいた腕を伸ばした。
「うむ、魔導兵器全砲門開け! 目標、ヤマトミコ領土サドノシマ! っ撃てええーっ!」
ドドンッ! ドドンッ! ドドンッ!
船に設置されている砲門から魔法弾が飛ぶ。魔法スキルを持つ者たちが一斉に魔力を込め、収束させた火炎魔法を砲身から発射する仕組みだ。一般的な魔法使いが放つよりも長距離に飛ばせるので、主に軍艦で使用されている。
フレイアやクレアのような超破壊大魔法には遠く及ばないが、それなりの破壊力がある兵器だ。
「弾着します!」
ズドドドドドーン! ドドドドドーン!
彼女らから見て水平線の向こうに浮かぶ島に火の手が上がった。
「よし、目的は達成した。我らは帰還する」
司令官の命令で船は引き返して行く。
そう、この司令官こそ、再び帝国に内乱を起こさんとする賛同者の一人なのだ。ヤマトミコとの戦争を早め現政権の転覆を図る目的である。
彼女の起こしたこの事件は、後にとんでもない驚異的事案となってナツキの身に降りかかるのだった。
◆ ◇ ◆
任地であるミーアオストクの城に戻っていたマミカの許にも、その情報は伝えられた。ナツキから遠く離れた場所に飛ばされ色々と不満がある彼女としては、更に悩み事の増える結果となる。
「なんですって! 帝国の軍艦がヤマトミコを砲撃したですって! 何してるし!」
部下から報告を受けたマミカが言い放つ。お互いに内戦が終結した微妙な時期だけに、誰もが同じような気持ちだろう。
「これはマズいわね……」
そう言ってマミカは席を立つ。その足て極東艦隊司令部に向かった。
バンッ!
「ちょっと、アタシの知らないうちに何てことしてんのよ!」
勢いよくドアを開けて部屋に入ってきたピンクのふわふわボブヘアーの女に、その場にいる全ての者が恐怖で震えあがる。
「こ、これはこれは、誰かと思えば大将軍マミカ殿ではありませんか」
揉み手をして愛想笑いを浮かべながら対応したのは、極東ルーテシア海軍司令長官ヤーナ・アリョーシナだ。険しい顔をした60代女性である。
極東を任された海軍のトップであるのだが、特に活躍の場もなく不満も溜まっており、ましてやずっと年下のマミカのことを良く思っていない。
しかし、強力な精神系魔法を恐れて、彼女に対して強く出られないのが更に不満を増幅させているようで。
「こ、今回の事件は全く私の与り知らぬこと。一部のはみ出し者が勝手にやったことでして……」
他人事のようなヤーナの言い方にマミカもカチンときた。
「艦隊を指揮監督するのが司令長官でしょ! この時期にトラブルを起こしたら、それこそ会戦の大義名分を与えるようなものだし!」
「お言葉ながらマミカ殿、田舎者の島国など我ら帝国の敵ではないでしょう。たとえヤマトミコが大挙して向かってきたとしてもスシ、テンプラ、ハラキリですな。我らの魔導兵器の餌食になるだけです」
時代錯誤なヤーナの言い分に呆れるマミカだ。この司令長官は何も知らない。ヤマトミコは西洋から輸入した魔導兵器を独自改良し、タネガシマと名付けて大量生産しているのを。
不可侵条約を結び長い間交戦がなく、コネや賄賂で腐敗した軍部や、無駄に船を浮かべていただけの帝国では仕方がないのかもしれないが。
「ぐっ、ヤマトミコ海軍が、ここミーアオストクに攻め込んできてからも、その大口を叩けるのかしらね。
現状を全く理解していない海軍の面々に呆れたマミカは、そう言って部屋を出る。そして、城への道を歩きながら
「せっかくナツキが戦争を終わらせたのに。やっとアタシも幸せになれると思ったのに。でも諦めない、アタシは生き残ってナツキと結婚するんだ!」
決意を新たにするマミカ。ナツキとのイチャイチャエチエチな毎日を夢見て。結婚したらイケナイコト解禁なのだから。
だが、この時点では誰も気付いていなかった。むしろ危険なのはヤマトミコではなく別の大国なのだと。
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