第83話 蠢く世界

 ヤマトミコ首都高天原からほど近い難波津なにわつの湊に、威容を見せる巨大な鉄の塊が並んでいる。攻撃魔法を跳ね返す黒鉄の城のような船である。


 その巨大船から一人の女が降りてきた。


 日焼けした肌と髪に切れ長の釣り目。大名というよりも海賊のような衣装。大胆に開いた足の間にはTバックのように尻に食い込むふんどし

 見た目通り豪快な印象の女武者である。



「揚羽様、ご命令通り鉄甲船ご用意いたしましたぞ!」


 高らかに響く声を出した女武者の名は九鬼くきともえ。ヤマトミコ海軍を率いる提督であり揚羽の部下でもある。

 元々は南方で水軍を率いる大名であったが、先の内乱で織田方につき家臣となった。



 巴は主の前に行き控える。織田おだ揚羽あげは、ヤマトミコの内乱を制し征夷大将軍となった覇王である。


「おおっ、これが鉄甲船か。まるで富岳ふがくのような優美さと勇ましさであるな」


 鉄甲船を見た揚羽が言う。指示した通りの出来栄えで満足気だ。


「揚羽様、この鉄甲船三十隻、旗艦は超大型鉄甲船日輪丸。他に軍船五百隻。そして我ら九鬼水軍二千人。この布陣であればミーアオストクのルーテシア艦隊など一網打尽間違いなし」


「であるな! はっはっは! 後は姫巫女様の詔勅みことのりを待つのみ。どれ、また催促に行くとするか」


 巴の報告に揚羽は満足気だ。まるで少年のように目を輝かせて海に浮かんが軍艦を眺めている。獰猛どうもうな虎のような黄金の瞳だが。


 ◆ ◇ ◆




 一方、極東ルーテシアでも不穏な動きがあった。


 ミーアオストクから西へ行ったところにある商業都市ガザリンツクの城に、五人の女が集まっていた。


「これで全員か。意外と少ないな」


 リーダー格の女が口を開く。明らかに残念な口ぶりで。


「なに、我らが事を起こせば賛同者は増えるはず」

「その通り! 現政権に不満を持つ者は多い」

「本来は我らが得ておるはずの富が奪われたのだ」

「奪われたものは奪い返すのがこの国の流儀!」


 賛同者と呼んだその者たちが口々に言う。誰もが不満を抱き口角泡を飛ばすように。

 その不満を助長するかのように、リーダー格の女が話を続ける。


「アレクサンドラ様が投獄され、この国は様変わりしてしまった。ある者は左遷され、またある者は役職を解かれ、そして全ての権益を奪われたのだ! こんな暴挙が許されて良いのか!? いや、良い訳がない!」


「「「そうだ! 許すな!」」」

 リーダー格の女の弁舌に、賛同者たちが同調する。


「本来あれらの富と権力は我らの物なのだ。生まれながらにして高貴なる我ら上級貴族こそが相応しい。下賤な平民どもに渡してはならぬ!」


「「「そうだ! 渡すな!」」」


「取り戻すのだ! 富も、権力も、若い男も! 政権を叩き潰し我らが復権するのだ! そして、イケナイコトさせろぉおおおおっ!」


「「「イケナイコトさせろぉおおおおっ!!」」」

「そうだ、叩き潰せぇええええっ!」

「そうだそうだ! 若い男よこせ!」

「この世の男は全て我らのものだ!」

「酒池肉林だぁああああっ!」


 バカバカしい掛け声を出しているが当人たちは大真面目だ。


 元はアレクサンドラ政権で甘い汁を吸っていた領主や貴族たちである。領民への虐待や不正が発覚し、現政権に処分された逆恨みをしているのだろう。

 自業自得であるにもかかわらず、再び帝国に混乱を呼び寄せようと画策中であった。


「それで何か良い手はあるのですか?」

 賛同者の一人が問う。


「ある! それも確実で我らが手を汚さずに行える方法がな」


「おおっ!」

「それはどんな?」


 リーダー格の女の話に、賛同者たちは前のめりになる。


「海の向こうのヤマトミコを使うのだ! あの者どもを帝国に攻め込ませて、現政権と共倒れさせる。我らは漁夫の利を得るというわけよ」


「おおおっ!」

「それは素晴らしい」

「しかし、上手くいきますかな?」

「ヤマトミコに我らの土地を占領でもされたら……」


「問題無い! あの島国のきゃつらは大陸を知らぬ。ルーテシア奥まで侵攻させ補給を絶ったところを殲滅せんめつすれば良いだけ。戦況を長引かせれば冬将軍も我らに味方しよう!」


「「「おおおおーっ!」」」


 賛同者たちが一斉に声を上げる。まだ何も成し遂げていないのに勝利の美酒に酔うように。


「くくっ、都合が良いことに先方も内乱が収まり、新しくセー〇タイショウグンになった者は大陸への野望を燃やしておるようなのだ。こちらから少し刺激してやるだけで勢い勇んで攻め込むこと間違いない!」


「おおっ、丁度良いではないか」

「セー〇とな、何とも魅惑的な響き」

「ショーグンとやらは若い男かえ?」

「捕縛して皆で調教など良いかもな。はははっ」


「いや、ヤマトミコは女人国。ショーグンは女であるな」


 女と聞いてあからさまにテンションが落ちる賛同者たち。敵の大将の男を捕らえて『くっころ』するのは女のロマンなのだ。


「まあ良いではないか。戦争でヤマトミコの女武者や神風突撃乙女隊を倒してしまえば、後はこちらから侵攻し男を漁り放題よ! 奴隷にして毎日朝昼晩とエッチし放題!」


「おおおっ! エッチし放題!」

「素晴らしい!」



 生まれながらにして富と権力をほしいままにしてきた彼女らのような者の中には、己の欲望に為には他者を踏みにじっても良いと考える者が少なからずいるのだろう。


 ナツキの活躍で平和になったはずの大陸だが、再び彼方此方で争いの火種が燻り始めていた。


 ◆ ◇ ◆




 そんな世界の趨勢すうせいなど知り様も無いナツキたちだが、今日も今日とて彼女候補の嫉妬でイチャイチャの連続だった。



「ねえ、何か怪しくない?」


 唐突にマミカが呟く。ナツキとイチャつこうとリビングに入ったものの、何故か主と家令の距離感が前日までとは違っているのである。


「マミカお姉様。どうかしましたか?」


 真っ直ぐな瞳でナツキが答える。本人は、まるで気付いていないのだろう。


「怪しいのはナツキじゃなくて、そっちの家令よ」

 マミカの指差す先にはグロリアの姿が見える。


「私ですか? 私は何も怪しくありませんが。マミカ様の気のせいでは?」


 そう言い切るグロリアだが、前はナツキと距離をとって座っていたはずなのに、今日はすぐ隣に座っているのだ。まるで仲良しさんみたいに。


「いやいやいや、おかしいって。グロリアって、前はナツキのこと避けてたじゃない。急に距離が縮まってるし」


「お、おかしくないです。ナツキ様とはカリンダノールの未来の為に、様々な政策を話し合おうとしているだけ。皆様のように、え、エッチなことなど全く考えていません」


 いつもと同じように、少し厳しめの表情で話すグロリア。しかし、次のナツキの行動で表情が崩れる。


「そうですよ、お姉様。グロリアさんとは共に領地経営を頑張ろうと仲間になっただけです。ねっ、そうですよねグロリアさん」


 ぽんっ!

「うひぃいいっ♡」


 不意にナツキがボディータッチして、ビクッと体を跳ねさせたグロリアが変な声を上げる。


「ななな、ナツキ様、だだ、ダメですっ。こ、こんな人前で! あんっ♡ そ、そういうお戯れは、ひ、人のいないところで……」


「ええええ……」


 マミカの目が疑惑から確信に変わった。勘の鋭い彼女を誤魔化すのは不可能だろう。

 ただ、ナツキは何も知らず無意識なのだが。


「ほら、何でもないですよ。マミカお姉様たちは彼女候補ですが、他の人は違います。一緒に働く仲間です。エッチなことは禁止ですよ」


 ポンポンポンポンポン――


「んっ♡ あっ♡ ああぁん♡ も、もうっ! ナツキ様のエッチ! 変態! ドスケベ勇者のクソガキぃ! もう知らないっ!」


 突然グロリアが激怒して部屋を出て行ってしまう。怒りでツーサイドアップの髪をピョコピョコ跳ねさせながら。


「あれっ、グロリアさん……。また怒らせちゃった。ボクはまだダメだな。もっと帝国文化を学んだり女性をエスコートできる男にならないと……」


 そんなことを言っているナツキだが、当のグロリアの方は真っ赤になりながらも少し怒った顔で廊下を走る。この気持ちが何なのかも分からないまま。



 ただ、マミカだけはグロリアの乙女心を察していた。


「彼女候補じゃないね……。まあ、怒るわよね」

「マミカお姉様?」

「ナ~ツ~キぃ~っ!」

ひふぁい痛いひふぁいれすぅ痛いです


 ソファーの上で馬乗りになったマミカが、ナツキの頬をプニプニと引っ張った。悪い子にはお仕置きだ。


「ナツキってば悪い子! また新しい女を堕として。もうっ! ちょっと目を離すと他の女に手を出すんだから! ねえっ、それわざと! わざとなの!?」


「お、堕としてませんから。何もしてないです」


 完全にナツキを抑え込んだマミカは、火照った顔を上から覆いかぶせる。もう初キッスを奪ってしまおうかと思うくらいに。


「もう食べちゃおうかしら。既成事実が必要だし。待ってられないわよ!」


 ポンポンポンポンポン――

「ごめんなさい、お姉様。不安にさせてしまって。帝国流のサービスしますから、今日はこれで赦してください」


「っくあぁ♡ そ、そんなんじゃ誤魔化されないから! アタシはチョロい女じゃないし!」


 ぎゅぅぅ~っ!

「ナデナデもしますから。これで良いですよね。エッチは禁止だけどポンポンとナデナデなら伝統文化なので」


 馬乗りになっているマミカを抱き寄せたナツキは、ギュッと強めに抱きしめると、背中をポンポンしたり頭をナデナデする。


「おっ♡ おほっ♡ これイイっ♡ ダメぇ♡ クセになるぅ♡ ああぁん♡ ナツキが大好き過ぎて離れられなくなっちゃうぅ~っ♡」


 十分にチョロかった。

 完全にチョロインである。


 ◆ ◇ ◆




 再びヤマトミコ――――


 ゲルハースラントから派遣されている異文化交流大使兼スパイのフロレンティーナ・フリーデルが、読んでいた手紙を火にくべる。


「これはマズいことになりマシタネ。できればこの国で美味しい料理を食べ尽くそうと思っていたのデスガ」


 青く美しい切子細工の灰皿の中で、本国から届いた報告書が燃えてゆくのを眺めながら一人呟く。



 誰もが平和を望む世の中でも、決して絶えることのない争い。貪欲な世界は、これまでに流れた血の、更に何倍もの流血を欲しているとでもいうのだろうか。


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