第82話 真に気高き女
グロリア・アリオスティは才女だった。
幼い頃から学力が高く成績は常にトップ。ルーテシア帝国大学を飛び級で卒業したくらいである。
アレクサンドラ政権では学力より武力が重んじられ隅に追いやられてきたが、アリーナ政権になってからは内政にも力を入れ重用されるはずだ。
品行方正で清廉潔白、帝国では珍しい清純派な女性である。
昔から男性が苦手で避けてきたグロリア。そんな彼女が初めて意識した男がナツキだった。
赴任が決まってからというもの、最低のドスケベエロ勇者だと思っていたはずなのに、今では彼を目で追ってしまう自分がいる。まだグロリア本人も、それが何なのか気付いていないのだが。
「さあ、ナツキ様。そのエロオーラを存分に浴びせてくださいませ。真に気高き乙女の姿をご覧に入れてみせます」
よせばいいのに余計なことをグロリアが言い出した。
「でも、良いんですか? ボクの姉喰いは結構キツいってお姉さんたちが言ってますけど。グロリアさんにお仕置きするみたいで気が引けてしまいます」
ナツキがそう言うのも無理はない。今までは敵と戦う時や姉にお仕置きする時に使ってきたのだ。
何もしておらず真面目なグロリアに使うのは
「何をおっしゃいますか。ナツキ様のそれは、ちょっとエッチな手つきで触ったりペンペンしているだけですよね。真に気高く貞操観念が高い女性には効きません!」
キッパリとグロリアが言い切った。凄い自信だ。
「それに、男性が苦手でエッチなことを嫌悪してきた私です。ちょっとやそっとでは影響されませんよ。まあ、たまにはナツキ様の戯れに付き合うのも良いかもしれませんがね」
こんなことを言って両手を広げるグロリアだが、胸の鼓動が早鐘を打つように高まっている。男に触られるのが本当に苦手なのだ。
ただ、ナツキに何度か触られた時には、不思議とそこまで嫌な気持ちはなかった。それを確かめる目的もある。
「そ、そうか、そうなんですねグロリアさん!」
ナツキが盛大に誤解した。もはや説明するまでもない。いつものことだ。
グロリアさん、凄いです。
頭が良くて仕事も速いし何でもこなしてしまう尊敬できる人なんですよね。でも、ちょっと厳しくて怖いイメージでした。
だから仕事を円滑に進める為に、飲みニケーションならぬエチニケーションをしようとするなんて。やっぱり帝国文化なんですね。自らお仕置きされてボクと親睦を図りたいなんて凄いです。
誰もそんなことは言っていないのだが、勝手な思い込みでナツキは突き進む。この思い込みこそが彼の原動力である。
「グロリアさん。分かってますよ」
エチニケーションですよね。
「ナツキ様、分かってくれましたか」
私がエッチなどに惑わされたりしないと。
全く分かり合っていなかった。
「グロリアさんという大きな壁を越えて、ボクはカリンダノールを救う領主になる!」
ナツキが姉喰いスキルの体勢に入る。帝都での生死をかけた戦いで、より練り込まれ強化されたそれだ。前の制御できていなかった頃とはわけが違う。
「えいっ!」
ナツキの手がグロリアのお腹に触れ、直接その体に姉喰いが注入された。
ずきゅぅぅぅぅーん!
「うっきゃぁああああああ~ん!」
一撃でグロリアの腰が抜け、その場に崩れ落ちる。生まれて初めての強烈な感覚に、目は虚ろになり手足に力が入らない。
「えっ、あの……大丈夫ですか?」
ナツキが心配して覗き込むが、グロリアは必死の形相で立ち上がった。
「うひっ、だ、ダイジョブにっ、きき、決まってるでしょ。あっ、あひっ……こ、こんなの何ともないわ。んほっ」
ビクッ、ビクッ、ビクッ、ビクッ、ビクッ――
本人は大丈夫と言っているが、体はビクビクと震え膝はカックカクだ。明らかに姉喰いが効いているように見える。
「あっ、支えますね」
「うっひぃっ」
倒れそうになったグロリアをナツキが支えた。
「ああぁん、わ、私に……触るんじゃ、ありません」
「でも、フラフラして危ないですから」
「し、真に気高き乙女は……くぅ、屈しませぇん」
「グロリアさん、きっと疲れてるんですよ」
強烈な姉喰いでフラフラのはずなのに、グロリアは抵抗しているように見える。さすが気高き乙女だ。
「きょ、今日の仕事はここまでにしましょう。すす、少し根を詰めて疲れたわ。あんっ、んっ、部屋に戻って休むわね。んんっ」
そう言って部屋に戻ろうとするグロリアだが、フラフラして足元がおぼつかない。
「あっ、ボクが手伝います」
ナツキが肩を貸した。
ぴとっ!
「んああぁ~ん♡」
ナツキが横から抱きかかえ、敏感な腰に手を回されたところでグロリアは変な声を出してしまう。知的で聡明な彼女に似つかわしくない色っぽさだ。
「大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です、ああっ♡ ナツキ様……」
「きっと疲れてたんですね。部屋に行きましょう」
「うん……」
急に素直になったグロリアを連れ、ナツキは彼女の部屋に向かった。
複雑な顔をしたロゼッタが茫然と見送る中を。
バタンッ!
ナツキたちが出て行ってから、ロゼッタが一人呟く。
「あれっ、もしかして余計なことをしちゃったような気がする。何だかライバルを増やしているような?」
もしかしなくてもそうである。
一方、グロリアを部屋まで連れて行ったナツキだが、彼女をベッドに寝かせたり水を飲ませたりと
「ごめんなさいグロリアさん。きっと疲れているところにボクの姉喰いを受けて体調を崩してしまったのかも」
心配そうな顔で話すナツキ。自分のせいだと思い込んでいるようだ。
「ち、違います。ナツキ様のせいじゃありません。言いましたよね。真に気高き乙女は、この程度で屈したりしないと」
グロリアは否定する。
実際には疲れている訳ではなく、かつてない感覚に体が反応しているだけだ。
ずっと男嫌いなグロリアだったが、どうやら年下の子には男嫌いが発動しなかったのかもしれない。しかも、厳しいながらもナツキに親切丁寧に仕事を教える彼女は、実は年下男子にあれこれ教えたがりの姉系女性なのかもしれない。
これでは姉喰いが効いてしまうのも無理はないだろう。
更に、ここ数日ナツキと行動を共にし、彼女にとっては不本意ながら好ましく思ってしまっていたようだ。
「じゃあ、ボクは行きますね。何かあったら――」
ぐいっ!
部屋を出ようとしたナツキの手をグロリアが掴んだ。
「えっ、グロリアさん?」
「ち、違っ……」
「えっと」
「も、もう少しいてください」
真っ赤な顔を布団で隠しながらグロリアが言う。
「はい……」
「んくぅ~っ」
グロリアがナツキの手を掴んだまま変な声を上げる。布団で顔は隠れているが、見えている額部分は真っ赤だ。
「あ、あの、ナツキ様……」
「何でしょうか?」
「うっ、その……ごめんなさい。あと、ありがとうございます」
「えっ?」
ずっと言いたかったことを、やっと言えたようだ。
「あの、ナツキ様は命の恩人なのに、お礼を言えずじまいで、しかも叩いてしまいました」
「あっ、そのことでしたか。グロリアさんが無事で良かったです。ボクのスキルで人助けができたのなら嬉しいですよ」
「そ、その、私は昔から男性が苦手でして……」
少しだけ心を開いたのか、グロリアが自分のことを話し始めたようだ。
「子供の頃から男性に近寄られると、体がビクッとなって委縮してしまい……。それでずっと苦労してきたのです。バーリントンでもナンパ男に捕まり……」
「はい」
「でも、ナツキ様は怖くないと言いますか……普通に話したり触れたりしても大丈夫のようです。で、でも、ちょっとエッチなのは困りますが」
グロリアは不思議な気持ちになっていた。前はドスケベエロ勇者の下で働かねばならないと悲観に暮れていたはずなのに、今では主人がナツキで良かったとさえ思っている。
「で、ですから、これからもよろしくお願いいたします。ナツキ様と共にカリンダノールを発展させていきましょう」
「グロリアさん、嬉しいです。ボクを仲間だと認めてくれたんですね。ボクも一生懸命頑張ります。この街に生まれて良かったと思ってもらえるような、そんな街づくりを一緒にしましょう」
おかしなフラグを立てたようでいて綺麗に収まったかに見える二人。ただ、この無意識に姉を堕とす男がこのまま終わるはずもなく。
「んあっ♡ な、何だか体がおかしいのです。熱くて……。こんなの初めてです」
グロリアの言葉にナツキが心配そうな顔をする。掴まれていた手を握り返すと、ベッドの上に乗り彼女に寄り添い始めた。
「えっ、ええっ、ナツキ様?」
「ボクに任せてください」
「ええっ、だだ、ダメよ、ダメぇ♡ 初めてなんです♡」
「きっと疲れてるんですよ。こうすればぐっすり眠れますから」
よせば良いのに余計なことをするナツキだ。こんなことろも二人は似ているのかもしれない。
ポンポンポンポンポン――
戦闘スキルよりも強力なナツキのお腹ポンポンが炸裂した。数々の姉を堕としてきた必堕技だ。姉喰いで敏感になっているグロリアにはたまらない。
「うひっ♡ んんん~~~~っ!」
真に気高い乙女とか、自分を律しているなど、散々言ってきたグロリアとしては、イヤラシイ声を上げる訳にはいかない。必死に布団を嚙みしめて声を我慢する。
ポンポンポンポンポン――
「どうですか? 眠れそうですか?」
「んっくぅ~~~~っ♡」
「ゆっくり休んでくださいね」
「んっふぅんん~~~~っ♡」
ポンポンポンポンポン――
薄れゆく意識の中でグロリアは再認識する。
一時はナツキが主人で良かったと思ったグロリアだが、やっぱりこの男は悪魔のようなドスケベエロ勇者のクソガキだと。
――――――――――――
真に気高き乙女グロリアさん、お腹ポンポンで屈服。いや、まだ負けてない。ポンポンもペンペンも耐えてこそ清純派帝国乙女だ。
グロリアの苦労は続く……
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