第80話 グロリアの初めて

 ルーテシア帝国南部に位置するカリンダノール地方。厳しい寒さのルーテシアにしては比較的温暖な気候であり、海に面した西側では漁業が盛んであり、広大に広がる東側では農業が主な産業だ。


 南方にある国々との玄関口としての役割もあり、国境を接しているのがリリアナ王国。そのすぐ隣にはナツキの故郷デノア王国がある。


 かつては周辺でも数少ないリゾート地であったようだが、数十年前に帝国が侵攻して統治されてからというもの、リゾートは廃れ娯楽はイケナイコトばかりになってしまった。


 そう、可能性を秘めた土地であるにもかかわらず、今まで全く活用されてこなかったのだ。



「もったいないですね」


 打ち捨てられたようなビーチなどリゾート施設を見たナツキが呟く。グロリアと二人で街を視察しているところだ。


 カリンダノールに入ったナツキは、先ず新領主として就任の挨拶をした。しかし、城で優雅な暮らしをすることもなく、先ず各地を視察して何か街の活性化に活用できるものがないか探しているのだ。



「このビーチを綺麗にして帝国のリゾート地として活用できないでしょうか?」


 ナツキが隣にいるグロリアに呼びかけた。


「ナツキ様、砂浜を観光業として活用するおつもりですか?」


 グロリアは半信半疑な目を向ける。そもそもこの少年に領主としての能力など期待していないのだ。

 更に言えば、現状の帝国ではイケナイコトばかりが娯楽として広がっており、海水浴をする客が訪れるのかは疑問視していた。


「帝国民が海水浴するとは思えませぬが……」


「そうだっ! 帝国の伝統文化ですよ。ここを一大リゾート地として開発して、帝国伝統の裸でベッドならぬ、裸で海水浴すれば人気になるはずです。そう、ヌーディストビーチと名付けましょう」


 突拍子もないナツキの発言に、目を白黒させるグロリア。「破廉恥な!」と言いかけてから、イケナイコトを趣味とする帝国民が大挙して押し寄せる想像ができてしまった。


「は、ハレン……い、いや、確かにそれなら帝国全土から観光客が押し寄せるかもしれません。あながち破廉恥と切り捨てるべきではないのかも。でも……」


 グロリアの頭脳が高速回転する。なるべくエッチなことには関わりたくない潔癖さと、成功すればカリンダノールの財政が潤う算段で天秤が揺れる。


「そもそも富の格差があり過ぎるんですよね。帝国貴族の人たちも保養所として使っていただき、ジャンジャン金貨を落として貰いましょう。そうすればお金も回ります」


 続くナツキの言葉で、グロリアの天秤が金儲けの方に傾いた。


「は、はい、確かに……貴族の方々の潤沢な資金を街に還元してもらうのは良い考えですね」




 続いて港の方に二人は移動する。


「この街は魚が美味しいけど、船は旧式で小さいですよね」


 寂れた港を見たナツキの指摘にグロリアが答える。


「はいナツキ様、アレクサンドラ政権で若者が帝都や鉱山などで強制労働され人手不足でしたから。今は故郷へと戻す手筈も進んでおります」


「では、大きな船を購入して漁獲量を増やしましょう。取れた魚を干物や塩漬にしてカリンダノール名物として売るのはどうでしょう。御飯のお供に良いかもしれませんよ」


 グロリアは目を見開いた。今まで獲れた魚は地元で消費していただけである。輸出するという発想は無かった。


「あっ、もう一つあります。帝国の人たちはカレーを食べたことがないそうですね。この港から、直接南の大陸と貿易をして香辛料を仕入れるのですよ」


 次から次へと出てくるナツキのアイデアに、才女のグロリアが付いて行くのがやっとである。


「カレーと言いますと、ナツキ様のご自宅で御作りになられた、あの辛くて美味しい煮込み料理ですか?」


「はい、あれです。大将軍の皆さんにも大好評でしたから、きっと帝国の人たちも気に入るはずです。そうだっ! 誰でも簡単にカレーを作れるように、調味料を混ぜ合わせ固形状態カレールーにして売れば……。ここに工場を建ててカレールーを製造して売りましょう。きっと帝国中で大ヒットですよ」



 最初は何もナツキに期待していなかったグロリアだが、会話を重ねる度にどんどん前のめりになって行く。今では目を輝かせて彼の話に聞き入っているようだ。


「は、はい、ナツキ様。そのように計画を進めてまいります」



 後に、この場所で作られた商品がカリンダノールの名産品として、誰でも簡単に作れる『ナツキ食品カリンダカレー』として大ヒットすることになる。


 これなら女房関白帝国乙女に『今日は簡単にカレーで良いよ』と言われても、旦那さんもイラっとしないはずだ。夫婦円満である。



 その後も二人で街を周り、今後の政策を話し合う。


 デノアではゴミスキルと呼ばれ無能扱いのナツキであったが、庶民的で家庭的な趣味や性格が経営に活かされているのかもしれない。

 武力や戦闘ばかりでは分からなかった隠れた才能だ。



「食堂街は賑やかだけど他のお店は少ないですよね。リゾート地にしたらお客さんが来るのに……」


 寂れた商店街は活気とは程遠いようだ。お世辞にもお儲かっているようには見えない。


「ナツキ様、帝国では出店する為に商工ギルドに加盟し多額の税金を払わねばなりません。簡単に出店と言っても、貴族や教会に寄付もせねばならず、多くのしがらみもあり難しいのですよ」


 グロリアは古くからの慣習を説明する。だが、ナツキは何処か納得していないようだ。


「それなら制約を廃止しましょう。おかしいですよね、やる気のある人が商売をしたくても多額の寄付や税金を取られて店を出せないのは」


「しかしナツキ様、古くからの慣習ですので。税金も取らねば財政も成り立ちません」


「でも、その制約を撤廃して出店を自由化すれば、多くの人が店を出そうとするはずですよね。そうだ、範囲を決めましょう。特区としてアリーナ議長に認めてもらうのですよ」


「えっええっ」

 話が大きくなりグロリアが目を見開く。


「街が活性化して人が集まれば、自ずとお金の流れが増して経済が潤うはずですよ。儲かった人から税金を取れば、出店税なんて無くても十分に財政は成り立つはずです。ヌーディストビーチに来た観光客も、お金を使うはずだから更に街が潤うはずです」


 ここでナツキが禁句的なことを言い出した。


「そもそも、ボク不思議なんですよね。帝国は領主やギルドが多額の税金を取ってるみたいだけど、それが国民に還元されているように見えない。もしかして、誰かが途中で抜き取っているんじゃないですか?」


「そ、それは……」


 グロリアが言いよどむ。彼女も薄々気付いてはいるのだが、税金を中抜きする者がおり国民の負担ばかりが増えるのだ。結果、やる気を失い経済は落ちるが税金は上がるの悪循環となる。


「よし、カリンダノールを特区にしちゃいましょう。出店税を廃止し規制緩和です。やる気のある人にはお金を給付して出店の手伝いを。儲けてから返してもらうようにすれば皆のやる気も上がるはずです。そして税金は――」



 帝国生まれ帝国育ちのグロリアには無かった慣習を打ち破るようなナツキの話に、完全に彼女が取り込まれてしまっている。

 女の敵のクソガキだと思っていたナツキが、何だかカッコよく見えてしまうくらいに。


「ううっ、わ、私の目がおかしくなっているのでしょうか。この男は女を堕としまくるエロ勇者のクソガキなのに……」


「グロリアさん、全部聞こえてます……」


 せっかく生き生き語っていたナツキだが、彼女の心の声がダダ漏れで少し凹んだ。




 街の視察も終わり、城に帰ろうとした時に事件が起きた。


「ナツキ様、早く戻って計画を進めましょう。細かな調整や申請は私に任せてください」


 これからの展望を胸にグロリアが先頭で歩いて行く。今、彼女の頭には発展するカリンダノールの未来が描かれているのだ。

 ヌーディストビーチには多少引っかかるところはあるのだが。



 ガタンッ、ズドォーン!


 その時、工事中の建物から建築資材を引き上げていたロープが切れ、巨大な資材が彼女目掛けて落下してきた。


「えっ、きゃ、きゃああああああぁぁーっ!」

 ああっ、死……これからなのに。これから面白くなりそうだったのに。このエロガキの下で働いて、この街が大きく花開くところを共に見るはずだったのに――


 グロリアの脳裏に走馬灯そうまとうが浮かぶ。落下する建築資材が眼前に迫り、もう人生終了だと覚悟したその時だった。


「グロリアさぁああああああーん! ぐああっ! 跳躍脚ロゼッタドライブぅぅぅぅーっ!」


 ズサアアアアアアァァァァーッ!

 ズドドドドオオオオオオォォォォーン!


「は、はれぇ……い、生きてる?」


 ギリギリのタイミングでグロリアは助かった。ナツキがスキルで飛び込み事なきを得たのだ。加速して彼女を救ったのは良いのだが、当のナツキは勢い余って壁に突っ込んでしまったのだが。


「ぐえっ、い、痛いです……」


 ちょっとカッコ悪いのがナツキらしい。ヒーローなら華麗なステップで彼女を抱きかかえ落下物をかわし着地するところだ。


 しかし、ナツキはグロリアを救うのに頭がいっぱいで、着地に失敗して転がったうえに壁にぶち当たってしまう。彼女だけは怪我をしないよう守ったのはナツキらしいが。


 ただ、何故かラッキースケベして、グロリアの服の中に手を突っ込んで、ツルッとペタペタな胸を生揉みしている。


 もみっもみっもみっ!


「い、いい、いいいいいいやぁああああああっ! このエロガキ! 変態勇者! 女の敵ぃいいいいいいっ!」


 バチンッ!

「痛っあぁああっ!」


 せっかく助けたのに頬をぶたれてその場に残されるナツキ。踏んだり蹴ったりだ。


「ええええ……そりゃないですよぉ……」


 ◆ ◇ ◆




 城の自室まで逃げ帰ったグロリアだが、突然の生乳揉みと死を覚悟した事故から助けられたことで頭がパニック状態だ。


「あ、ああ、初めて男に揉まれてしまいました……。い、いや、その前にナツキ様は私を助けてくれたのですよね。で、でも、私は命の恩人を叩いて……。ああああぁーっあ! 最悪です。私はなんという失態を。でで、でも、生乳を揉んだナツキ様にも責任が……」


 ドキッ、ドキッ、ドキッ、ドキッ――


 助けられた吊り橋効果で胸がドッキドキなのと、初めて生乳揉まれてイケナイ感情が沸き起こるのとで、グロリアの頭がショート寸前になてしまった。


 男嫌いの女家令が、初めて男を意識した瞬間である。


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