第79話 ヤマトミコ
世界の果て、極東の更に東にある海に浮かぶ神秘の島。その島々がヤマトミコである。
ルーテシア帝国と同じように女性の国として名高いヤマトミコは、万世一系の
似たような女性上位国家である両国だが、少しだけ違うところがある。エッチな女が多い貞操逆転世界のルーテシアに対して、ヤマトミコは表面上ヤマトミコナデシコという淑やかな女性が男を立てるイメージとしているのだ。
だが実際は、どちらもエロかったりするのだが。
このヤマトミコ。国を構成する数千数万の島々の中で特に大きい八つをオオヤシマという。中央に位置する一番大きな島がオオヤマトトヨアキツシマ。その中央にあるのが首都
首都に建つ一際大きな建物が
「
「はっ」
そう声を出して顔を上げたのは、獰猛な虎のような雰囲気を醸し出す女。征夷大将軍、
漆黒の髪に黄金の瞳を持つ女だ。苛烈な性格を表すかのように、眉はキリッと上がり口は真一文字に閉じている。
スラっとした体にはヤマトミコ伝統の甲冑ではなく、何故か西洋式鎧を取り入れたようなプレートアーマー式南蛮具足を装着していた。
その
「熾天の君たる姫巫女に申し上げる。大陸ではルーテシア帝国の侵攻と内乱により、いまだ混乱の真っ只中にあるようです。今こそ我らは不可侵条約を破棄し帝国に侵攻すべきかと」
虎のような瞳をギラつかせ、自信を持って揚羽は言い切った。
ヤマトミコも内乱が収まったばかりだが、織田軍の主力は健在であり、破れた他大名の兵たちも新たな戦で手柄を上げ成り上がりたい者も多いのだろう。
この織田揚羽、天下統一の果てに大陸への野望を燃やしているのだ。そして彼女は、それを行えるだけの武力と統率力を兼ね備えていた。
「ま、待て、揚羽よ。ヤマトミコも戦国の世で傷付いておる。しばらくは内政に力を入れてはどうか」
そんな揚羽の具申に、姫巫女は消極的な言葉を口にする。
平穏を好む天上人の彼女としては、わざわざこちらから災いを呼び込むようなことには反対なのだろう。
「うかうかしておれば大陸からの侵攻を許すことになるやもしれませぬぞ。そう、四百年前のダイバンドラ帝国の大侵攻のように。ルーテシアも然り! 不凍港や肥沃な土地を求め何度も海洋進出を企んでおるのです。ここは先手を打つべきかと」
「し、しかし、そうじゃ。たとえ帝国の侵攻を受けようとも、かつてダイバンドラを退けたように、ヤマトミコには戦術極大気象魔法神風顕現もあるのじゃ。この神州に侵攻するなど不可能であるぞ」
姫巫女の言う戦術極大気象魔法とは、集団連結魔法術式による局地的に天変地異を引き起こす極大魔法である。
「我ら武士を侮ってもらっては困りますな。神風顕現は最終的にトドメを刺したのみ。ダイバンドラの屈強な戦士を押し返したのは、我らのような武士の活躍あってこそ」
揚羽の語気が強くなったところで、姫巫女の側近が口を挟む。
「これ、織田殿、姫巫女様に失礼であるぞ。控えなされ」
しかし、揚羽が虎のような黄金の瞳を向けると、その側近は視線を逸らし何も言えなくなってしまった。
「とにかく備えあれば憂いなし。我らはルーテシアとの戦に備えておきます故、後は姫巫女様の
待つというより催促するような印象で話した揚羽は、深々と頭を下げてから退出した。
そこに残る全ての者の溜め息と一緒に。
◆ ◇ ◆
熾天宮を出た揚羽のところに部下の女が付き従う。長身の揚羽とは対照的な小柄でちょこまかと動く女武者だ。
「揚羽様、いよいよ帝国攻めでありますね。いやぁ~っ、さすが揚羽様。よっ、ヤマトミコ一のチャーミングレディ。ひゃっほぃ!」
小柄な部下が声をかける。
「サル……じゃなかった。
揚羽が桐と呼んだ女。
若干サルっぽい見た目だが、よく言えば愛嬌がある顔にも見える。フワフワしたライトブラウンの髪にケモミミっぽいクセ毛、丸く大きな目をしたモフモフ系乙女だ。
やたらコミュ力が高く誰の心にも入り込んでしまう性格は、『人たらしのサル』いや、『人たらしの桐』と呼ばれていた。
「揚羽様……帝国との戦の折には……ぜひ拙者も……」
もう一人の部下も口を開くが、こちらは暗く静かな口調だ。
「
こちらは
紫色の髪をキッチリ両側に分けて額が出た髪型をしている。ピカッと額が光るところを
そんな奇妙な組み合わせの三人組。首都高天原の大通りを歩いている揚羽のところに、待っていたかのように近付き声をかける女がいた。
「ヘェイ、クイーンオブヤマトミコ、揚羽サーン!」
様々な人種が混ざり合う大陸と違い、ヤマトミコは西洋人が少なかった。その中でも一際目立つ西洋風衣装に身を包んだ女性が揚羽の前に立った。
「フロレンティーナ・フリーデルか」
揚羽がそう呼んだ女。フロレンティーナ・フリーデルは、ゲルハースラントが送り込んだ異文化交流大使兼スパイである。
「ルーテシア帝国への遠征は決まりましたデスカ? いつデスカ? ワタシ、スパイなので本国に情報を送らないとならないのデース!」
「まだ決まっておらぬ。ふっ、そもそも何故他国のスパイに情報を渡さねばならぬのだ。おぬしも変わった
揚羽が言うようにフロレンティーナは変わっていた。自分でスパイだと打ち明けているので、話す方も簡単に情報を渡すわけにもいかない。
最初こそスパイ活動に精を出していたのだが、そのうち面倒くさくなってしまい、今では
「スパイも大変なのデスヨ。情報を集め逐一本国に送らないとならないのデース。ヤマトミコはスパイ天国なので情報は盗み放題なのデスガ。よれよりワタシ、お腹空きました。お好み焼き食べたいデース。奢ってくだサーイ」
「ふざけた女だ。だが面白い。是非もなし! 食いに行くか」
苦笑しながら揚羽が言うと、横にいる桐が飛び跳ねて喜んだ。
「おおっ、お好み焼き良いですね。ゴチになりますっ! それがしは豚玉チーズ焼きで」
これに頭を抱えながらついて行くのが桔梗だ。
「くっ……何故スパイと一緒に食事に行かねばならぬのか……せ、拙者は海鮮ミックス焼きで……」
奇妙な三人が奇天烈な四人になってお好み焼き屋に入って行く。意味不明な光景である。
この何とも適当で無防備で意味不明に見える国が、実は世界の主要国として強い武力を持っているのだから面白い。
混迷を深める世界情勢に於いて、ヤマトミコがナツキとどのように関わるのかは未知数であった。
◆ ◇ ◆
一方、ルーテシアとヤマトミコが一触即発になりそうなことなど露知らず、
とりあえずお腹が空いた一同はナツキ一押しの定食屋に向かう。
「こんにちはーっ」
ナツキが店に入ると、いつか見た威勢のいいオヤジが話しかけてきた。
「いらっしゃい! って、ボウズ、前に見たことあるよな。生きて戻ってこれたのかい。良かった良かった」
どうやらナツキが旅の途中で寄ったのを覚えていたようだ。
「お久しぶりですおじさん。今日は十人なんですが席は空きそうですか?」
「おうっ、今準備するから少し待ってくれよ」
テキパキとテーブルを拭きながら、男はナツキとの出会いを懐かしむように話し続ける。
「あれからここも変わったんだよ。重税を取り立てていた領主は処分されちまったようでよ。ははっ、ザマぁねえぜ! 何でも国民に圧政を強いていた議長が失脚したとか聞いたんだけどよ――」
「はい」
静かに頷きながら聞いているナツキに、気をよくしたのか店主が口の滑りも良くなるようだ。
「そういやボウズ、あの時にピンクの少女と一緒に出て行ったよな。あれ、大将軍マミカ様だろ。男を調教しまくって地獄に落とす恐ろしい女だぞ。よく無事に戻れたよな。俺は怖くて怖くて何もしてやれなかったんだけどよ」
調子よく喋る店主の後ろにピンクの女が迫る。
「ドS大将軍に目を付けられるなんてボウズもツイてないよな。がははっ! あんな恐ろしい女は真っ平ごめんだぜ。うわぁっはっは!」
「誰が真っ平ごめんだって?」
「そりゃ大将軍マミカ様よ、がはは……」
後ろから声をかけられ振り向いた店主が恐怖で固まる。噂のピンク少女が立っているからだ。
「うっひぃいいいいいいっ! ま、マミカ様ぁああ!」
「誰が地獄に落とす女だし。こんな超カワイイのにぃ」
恐怖でビビりまくる店主だが、ナツキが止めに入り事なきを得る。姉の躾も順調で、何でも言うこときく女にされているのだ。
ポンポンポンポン――
「お姉様、街の人を怖がらせちゃダメですよ」
「ひぐぅ♡ 何もしてないしぃ♡ おほっ♡ それダメぇ~っ! 人前なのにおかしくなっちゃうしぃ♡」
ドS女王が人前で堕とされ店主の度肝を抜く。こうして新領主の伝説は幕を開けた。超恐ろしい大将軍を言いなりにするエッチ勇者の噂が街を駆け巡ってしまうのだ。
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