第78話 カリンダノールへ

 エッチな勇者と愉快な大将軍に囲まれるグロリアの初仕事が始まろうとしていた。ただ、いきなり衝撃的な場面を見せられ困惑気味だが。


「つ、つまり、あなたがナツキ様で、こちらのふしだら……コホン、開放的な女性が秘書という訳ですね」


 現実を突きつけられたグロリアが、死んだ魚のような目になって話している。

 現実は想像より酷かったようだ。


 グロリア・アリオスティ、23歳。

 ルーテシア帝国大学を飛び級で卒業した才女である。

 初の任地で、万年赤字だった領地経営を黒字にした能力を買われ、アリーナがナツキの元に送った家令だ。


 少し小柄な身長に華奢な体。大きな目にはグレイの瞳。水色の髪はツーサイドアップにして、一言で表すと可愛らしいお嬢さんといった感じだ。

 年齢より大幅に若く見え、十代と言っても通りそうな見た目をしている。



「はい、よ、よろしくお願いします」

 ちょこんと膝を揃え、ナツキが礼儀正しく頭を下げる。


 見た目は初心うぶな少年に見える雇い主になる男だが、もうグロリアの中では悪魔のエロガキなイメージになってしまっていた。


「それで、何故レジーナ様がこちらにいるのですか?」

 チラチラと剣聖の方を見ながらグロリアが質問する。


「私は御主人様の調教を受けに――」

「レジーナさんに剣技を教えてもらっているのですよ」


 問題発言するレジーナの顔を押さえながらナツキが説明する。


「ふふっ、ナツキ様のお仕置きが忘れられぬのです」

「レジーナさんに稽古をつけてもらってですね」

「ああっ、ナツキ様のお尻ペンペンが――」

「そのお礼に料理を御馳走しようとして買い物に」

「ぐっはぁ♡ ナツキ御主人様、もっと激しく」

「こらぁああっ、レジーナぁ!」


 ペンペンペンペンペン!

 結局ナツキがレジーナのお尻をペンペンしてしまう。


「おぅ♡ くふぅ♡ 最近、御主人様の攻撃力が上がっているでありますなっ♡」

「レジーナ、ふざけてないで真面目にやってください」


 ナツキのお仕置きを見たマリーがジリジリと近寄って来る。

「ねぇ、ナツキ君。それ、先生にも欲しいわぁん♡」

「せ、先生も真面目に……あまり酷いとクビに……」

「わわ、分かったわよぉ。仕事は真面目にするからぁ」



 目の前の光景を見たグロリアの考えが、疑惑から確信に変わってしまった。


「あああっ、剣聖レジーナ様まで変態に……。こ、これもエロ勇者の悪影響なんですね。なんて恐ろしい少年なのでしょう。まるで色欲の悪魔だわ! わ、私は絶対に染められたりしないから」


 そう固く誓うグロリアだった。


 ◆ ◇ ◆




 一通り騒ぎが収まったところで本題に入った。


「ナツキ様には一度カリンダノールに行き、現地を見て領地経営の方針を立てて頂きます。私が代行するとしましても、大まかな指示を出してもらわねばなりません――」


 グロリアはナツキに、一通りの説明を始める。


「はい、色々覚えることが多いですが頑張ります」


 ナツキがそう言うと、グロリアは『頑張るのは当然だ』とでも言いたげな表情で答える。


「他にも、領地、配下の管理。治水工事。防衛と軍や兵士への指示。犯罪者の裁判や処分。公文書の作成。更に――」


「えっ、あのっ……」


 一度に色々言われてナツキが困惑したところで、横からレジーナが口を挟んだ。


「こらこら、家令殿。ナツキ御主人様はまだ若く経営の経験も無いのだよ。あまりイジワルせず、少しずつで良いではないか」


「い、イジワルなどしていません。そう受け取られてしまわれたのなら謝ります。申し訳ございません」


 レジーナに言われてからハッとした顔になったグロリアが頭を下げる。もしかしたら、彼女は完璧主義故に自分にも他人にも厳しいだけなのかもしれない。


「ボクは大丈夫ですよ。領民の人たちは酷い領主だと生活が荒んで犯罪も多くなってしまいますよね。ボクは旅の途中で苦しんでいたり投げやりになっている人たちを見ました」


 ナツキは真っ直ぐな目でグロリアを見る。


「ボクが領主になったからといって、急に暮らしが豊かになるとは思わないけど……。でも、たとえ裕福じゃなくても皆が笑って暮らせる場所にしたいんです。カリンダノールに住んで良かったって思えるような」


「ナツキ様……」


 邪心も虚飾もない透き通るようなナツキの眼差しを見たグロリアが、少しだけ厳しい顔を緩めた。


「うっ、何て綺麗な穢れをしらないような目を。いけないいけない! 気を許してはダメよ私。きっと美辞麗句で女を惑わしエッチ奴隷にするつもりかもしれないわ。この少年も所詮男。頭の中はエロいことしかないんだわ」


「あの……全部聞こえてますが」


 グロリアの心の声がダダ漏れで、ナツキが少しショックを受けた。



「よし、ではカリンダノールに行く準備を始めようではないか。がははっ。ナツキ御主人様の領主としての門出でありますな」


 レジーナの声にナツキも笑顔になる。いつも変態でいい加減に見えるレジーナだが、さり気ない優しさを見せナツキの彼女に対する好感度が上がった。



「ねぇ、ナツキくぅん♡ 先生のご飯は?」

 隅で所在なげにしていたマリーが口を開いた。


「先生は何しに来たんですか?」

「もぉ、ナツキ君の手料理を食べに来たに決まってるでしょ」

「あの、仕事もしてください……」


 対照的な性格の女秘書と女家令。ちょっと愉快だったり厳しかったりな仲間が加わった。

 ナツキの彼女候補が姉妹シスターズだとすれば、この領地経営のメンバーは家族ファミリーズとでも言うのだろうか。


 ただ、何となく女秘書は無駄飯食らいになりそうな気もしなくもない。


 ◆ ◇ ◆




 あっという間に時は過ぎ、ナツキは王都バーリントンを発ち帝国領カリンダノールに向かう日がやってきた。

 王都に滞在していた姉妹シスターズも、当然のように一緒に付いて行く。もはや彼女候補ではなく嫁候補になっている気もするが。



「あ、あの、大将軍の皆様方。早く帝都に戻るようにと、私のところにアリーナ議長から手紙が届いているのですが」


 目の前でイチャイチャしている主人と大将軍を見ていたグロリアが、感情がこもっていないかのような棒読みで話しかける。


 ここ数日、大将軍たちの行動を見てきたグロリアは確信した。この七人の女はナツキの情婦なのだと。


 いや、実際は体の関係は無いのだが、ナツキの家に泊まっていた彼女は誤解しているのだ。

 毎日入れ代わり立ち代わり訪れる大将軍が朝まで甘い夜を過ごし、主人の部屋から聞こえてくる淫らな嬌声きょうせいに悩まされていたのだから。


 実はエッチはおあずけされ、添い寝やお腹ポンポンしているだけだ。それでも、たまに悪さをする姉に対し、お尻ペンペンや腋ペロマリーアタックをするくらいである。


 このナツキ少年ときたら、戦闘スキルよりエッチスキルに天賦の才があるのでは思われるほど、年上女性を堕とすのが得意だった。


 本人は無意識なのだが、的確なタイミングと絶妙なテクにより会心の一撃クリティカルな姉堕技を繰り出すのだからたまらない。

 焦らされ続けながら姉堕技をくらいまくる彼女たちは、もうナツキ無しでは生きられない体に作り替えられてしまったのだ。



 そんな訳で、今グロリアの目の前では、主人が炎の大将軍とイチャイチャしているところだった。


「あふぁ♡ もうっ、ナツキ少年のペロペロ最高っ♡」


 蕩けた表情で問題発言するのは誇り高き威厳に満ちた……のは過去の話のフレイアだ。今ではナツキに蕩けさせられ見る影もない。


「もうっ、腋ペロマリーアタックは敵にしかしない技なのに」


 何故フレイアが腋ペロマリーアタックされたのかというのには理由がある。彼女はレジーナを見て気付いたのだ。悪い子になればナツキにお仕置きしてもらえると。


「ふへぇ♡ もっと悪い子になってナツキを困らせちゃおっ♡」

「ダメです! フレイアさんまで悪い子になるなんて」

「あんっ、また悪いことしたくなっちゃったぁ♡」

「解せぬ……姉を躾ければ躾けるほど悪くなるような?」


 完全に逆効果だった。



「あ、あの、誰も聞いてないですよね。そうですよね。はあぁ……夜は変な声を聞かされて安眠妨害、昼間は卑猥な行為を見せつけられて精神崩壊。もう帰りたい……。やっぱり不幸だわ」


 いつものように嘆くグロリア。潔癖な彼女が堕とされる日は来るのだろうか。




 ナツキを乗せた馬車が出発しようとした時、人混みの中から一人の少女が飛び出してきた。そう、幼馴染のミア・フォスターである。


 彼女とはナツキの自宅で怒って出て行って以来だ。


「あ、あの、ナツキ……帝国に行く前に言いたいことがあるの。あたし決めたわ」


 頬を染め恥ずかしそうに視線を逸らしながらミアが言う。


「どうしたの、ミア?」

 一度乗った馬車から降りて、ナツキはミアと向き合う。


「だ、だから、あたしはナツキが複数の女とエッチしても、た、たとえビッグサイズだとしても構わないからっ! な、ナツキがあたしとイケナイコトしたいのなら、させてあげても良いんだからねっ!」


「えっ、ミア……」

 突然のイケナイコト宣言に、ナツキは戸惑った。


「だ、ダメだよミア。イケナイコトなんかしちゃ。エッチは結婚してから。せめて恋人になってからだよ」


「は?」


「ミアまで悪いお姉さんたちに影響されちゃったのかな。もっと自分を大切にしないと」


「はあ? ぐっ、ぐぬぬぬぬ……」

 ミアの顔が見る見るうちに怒りで赤くなる。


「ナツキのアホぉおおおおっ! 浮気者ぉおおっ! 最低ぇええ! ビッグサイズ! 女のあたしに恥をかかせて、もう許さないからぁ! もう知らないぃぃぃぃっ!」


 バチンッ!

「痛っ!」


 怒ったミアは強烈なビンタをナツキに浴びせると、走って逃げてしまった。


「ええええ……ボク、何かしちゃったのかな」


 頬を押さえて佇むナツキに、後ろからクレアが覆い被さる。


「なっくんって意外と罪な男ですわよね」

「えっ、ボクが悪いんですか」

「あぁ、そんなイケナイなっくんも好きなんですわぁ♡」

「クレアちゃん……」

「今日は、わたくしの膝でいっぱい甘えて良いんですのよ」



 姉のハートはクリティカルで貫くナツキだが、相変わらず同級生には鈍感主人公のようだ。


 兎にも角にも、ナツキは再び帝国領へと旅立つのだった。


 馬車が向かう地平線の彼方には果てしない大地が広がる。そして、沈黙を破りヤマトミコとゲルハースラントが動き出すのだが、何も知らないナツキたちは束の間の甘い日々を過ごすのだった。


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