第77話 女家令はくじけない

 ルーングラードで辞令を受け取りナツキの元に向かっていたグロリアだが、やっとデノア王国首都のバーリントンに入った。

 ナツキの活躍からデノアとルーテシアに国交が結ばれ、今ではこうして両国の馬車も国境を越えることも可能なのだ。



 馬車を下りたグロリアが王都の大通りを歩いて行く。帝国と違い、街ゆく人は活気に満ち溢れている。男性が苦手な彼女にとっては、途中聞こえてくる男たちの陽気な声などの喧騒が気になって仕方がない。


「ここがデノア王国。き、気を付けねばなりませんね。帝国と違って外国は男性優位な地域が多いと聞きます。きっとスキンシップと称して、お尻をナデナデしたり胸をモミモミする男が多いのかもしれません。くっ、不潔だわっ!」


 すれ違う粗暴そうな男性に眉をひそめながらグロリアが呟く。


 ちょっと、いやだいぶ誤解があるようだ。いくらなんでも突然お尻をナデナデしたら痴漢だろう。

 因みに帝国では女性が男性の尻を撫でるのは日常茶飯事である。男は黙って耐えるのが帝国男子の美徳だ。



「ねえねえキミぃ」

「うひぃ!」


 突然声をかけられグロリアが地面から10センチほど飛び上がった。


「あっ、ビックリさせちゃったかな? あっ、俺は通りすがりのジョン・スミスってんだけど。キミが余りにも可愛かったからさ。俺、美味しいレストランを知ってるんだぜ。一緒に行かない?」


 端的に言ってナンパである。


 キョロキョロと街を見回しながら不慣れな雰囲気で歩くグロリアが目を付けられてしまったのだ。また、彼女の男嫌いでビクビクしたところが、逆に男慣れしていない清純派だと思われたのかもしれない。


「あ、わた、あの……」

「ねえねえねえ、時間ある? あるよね」


 グロリアの頭がショート気味になり会話になっていない。

 それもそのはず、帝国では男がナンパするなど、まずあり得ないことなのだ。ナンパとは女がするものだから。


「ほら、行こうぜ」

 ぐいっ!


 ナンパ男に腕を掴まれたところで、グロリアの男嫌いが発動してしまった。


「ぎゃああああああああっ! いやぁああああっ!」

 バシッ、ダダダダダダダダダダ!


 ほぼ絶叫のような悲鳴を上げたグロリアが、男の手を振り切り全力疾走で逃げ出した。

 元から男嫌いだったのに、ここにきて更に悪化させてしまったようだ。




「はあっ、はあっ、はあっ……や、やっぱりここは恐ろしい国でしたのね。ああっ、早くルーテシアに帰りたい。と、とにかく勇者ナツキの家に行って合流しないと……」


 グロリアが周囲を見回すが、最初の通りから離れてしまい、自分が何処にいるのか分からなくなっていた。


「へっ、ここ……何処? はぁああぁ、ああ……こんな怖い男だらけの街で迷ってしまうだなんて。やっぱり私、不幸だわ」


 右も左も分からなくなり途方に暮れるグロリア。道行く男たちが、全部痴漢に見えてしまい動くことすらできない。


「ひぁああぁん、もう帰りたい。何で私が色欲に塗れた男どもの巣窟に……。しかも職場がヤリ〇ン勇者の元だなんて。はぁ、私ってホント不幸」



 そんな彼女に、たまたま通りかかった少年から声がかかった。


「あの、大丈夫ですか?」

「ひゃっ! えっ?」


 グロリアが振り向くと、そこには一見女の子のような印象の少年が立っていた。柔らかそうな栗色の髪に黒い瞳。如何にもスレてなさそうな初心うぶな見た目をしている。


 そう、この男こそ、初心うぶでピュアな見た目をしているのに、意外とベッドでは攻め攻めのナツキ少年である。

 買い物中に困っているお姉さんを見かけ助けにきたのだ。この二人、実は主人と家令になる予定なのだが、お互いに顔を知らないので気付いていない。



「はあぁあ、な、何だ少年でしたのね」

 男が苦手なグロリアだが、相手が少年とあって少しだけ緊張を解いた。


「もしかして道が分からないのですか。よかったらボクが案内しましょうか?」


「えっ、良いのですか。助かります。この場所に行きたいのですが」

 グロリアが地図を見せる。


「あっ、ここならボクの家の近くなので任せてください」


 目的地が自分の家なのも気付かず、近くまで道案内するとナツキが彼女と歩き出した。

 グロリアも気を許したのか、事情を説明し始める。


「本当に助かりました。先程も怖い男性に襲われそうになり」

「えっ、そんなことが」

「はい、やっぱり男性は粗暴で苦手です……」

「大変でしたね」


 余程ナツキが話しやすいのか、グロリアの愚痴が止まらなくなる。


「実は、この街に来たのも雇い主に会う為なのです。しかも相手は数多くの女性を手籠てごめめにしたヤリ〇……コホンっ、お盛んな男性らしくて。もう、本当に不幸なんです」


「ええーっ、そんな酷い雇い主のところには行かない方が良いですよ。他の仕事を探したほうが。手籠めにするなんて酷いです。女性の敵ですね」


 自分のことを言われているとは露知らず、ナツキも共感して一緒になって批判し始めた。


「その通り! 女性の敵です。聞くところによると、その男は指先一つで女を堕としまくるとか、エッチ奴隷にして公衆の面前で露出させるとか、人前で変態プレイして羞恥に狂う女性の姿を見て喜ぶそうなんです」


「な、なんて酷い人なんですか! 許せません。ボクが他の仕事がないか探してみましょうか?」


 全部自分がやったプレイなのを気付かず、またナツキが共感しまくってしまう。

 しかし、熱が入ったグロリアが話を続けると、さすがに少しずつ違和感を感じ始めた。


「ホント許せません。あのド変態ヤリ〇ン勇者!」

「へ?」

「そ、そりゃ確かに奇跡の英雄らしいですけど」

「は?」

「昔から英雄色を好むと言いますわね」

「えっと……」

「私は、決して女の敵エロ勇者などには屈しません!」

「あの……」

「勇者ナツキ! あのヤリ〇ン男の家令になるなど最悪です!」

「うううっ……」


 グロリアの口から自分の名前が出て、ナツキは何も言えなくなってしまう。女性の敵は自分だったのだ。


「あ、ここですね。表札にナツキ・ホシミヤと書いてあります。ありがとう、お優しい少年さん」


 呆然と佇むナツキを道に残し、グロリアがナツキの家の玄関に向かう。本人が後ろにいるとも知らず、扉に付いたノッカーを叩いた。


 コンコンコン!

「ごめんください、私は帝国から派遣されてきました――」


 グロリアの挨拶は途中でかき消された。ドアが開き中から如何わしい雰囲気の女が出てきたからだ。


「はぁあぁん♡ ナツキくぅん、遅かったのね。先生ねっ、早くナツキ君の手料理食べたいのぉ♡ でも、一番食べたいのはナ・ツ・キ・君の〇〇〇なのぉ♡」


 いきなり下品な女が家の中から出て来て、グロリアの頭が思考停止してしまう。

「ああぁ――――」


 汗でしっとりした髪と火照った顔をした、まるで事後のような蕩けた顔をしている女だ。

 女教師から女秘書に転職ジョブチェンジしたはずなのに、いまだ自分を先生と呼ぶ女。そう、女秘書マリー24歳彼氏いない歴イコール年齢である。


「あ、あら? あなたは」

 買い物に行ったナツキが帰ってきたとばかり思って玄関を開けたマリーだが、そこに知らない女性が立っていて戸惑う。


「あ、あの、こ、ここは勇者ナツキ様のご自宅と伺いまして……」

 辛うじて意識を保ったグロリアが話を切り出す。


「はぁい、ここで合っていますよ。今主人は席を外しておりまして。あっ、申し遅れました私は当主ナツキの秘書兼エッチ奴隷兼未来の妻、いえ、もはや妻、マリー・ホシミヤでぇす♡」


 マリーがとんでもないことを言い出した。苗字までナツキのものに変えている。誰がもはや妻なのか。


「せ、せ、先生っ! 嘘を広めないでください!」

 グロリアの後ろからナツキがツッコんだ。


「あらぁ、ナツキ君♡ 帰ってきたのですね。早く新婚さんごっこを始めましょうよぉ♡」

「新婚さんごっこじゃないです。ううっ、やっぱりチェンジしたい……」


 二人の会話を聞いたグロリアが、ようやく目の前の少年が勇者ナツキだと気付いたようだ。


「えっ、ええっ、あ、あの、あなたが……もしや」

「はい、ボクがナツキです」

「い、いっやぁああああああああああああああーっ!」


 絶叫しながら意識を失うグロリア。帝国からやってきた男嫌いな家令は、初対面からデビュー失敗した。


 ◆ ◇ ◆




『いやぁぁ~っ! あれぇぇ~っ!』

『お前もエッチ奴隷にしてやるぞぉ! ぐへへぇ!』

『おやめになってぇぇぇぇ~っ!』


 混濁こんだくした意識が徐々に戻ると、目の前には知らない天井と王子様系女子の顔が見える。グロリアは目を覚ました。


「ここは……」

「はははっ、家令殿は愉快な方でありますな」

「えっ、あっ、け、剣聖レジーナ様ではありませんか」


 レジーナと会っていることで、今まで自分が見ていたのが悪夢だとグロリアは気付いた。勇者ナツキに捕まりエッチ奴隷にされる夢だ。


「ああっ、何だか夢を見ていたようです。おぞましい夢を」

「どんな夢ですかな。美しいお嬢さん」


 レジーナが王子様キャラになって話を聞く。


「それが、私がエッチ奴隷にされ……」

「エッチ奴隷は私ですな」

「はあ?」

「ナツキ御主人様のエッチ奴隷兼彼女候補七号」


 エッチ奴隷を先にもってくるのがレジーナらしい。これにはグロリアが再び困惑する。


「あ、あのぉ、比類なき剣の達人レジーナ様が、そのようなお戯れを」


「戯れではありませぬぞ。私の体は隅から隅までナツキ御主人様のエッチ奴隷。そうっ、もはやエッチそのものであります!」



 レジーナの意味不明な主張に再びグロリアが意識を失いそうになったところで、急いでナツキが飛び込んで止めに入った。


「レジーナさん! エッチ奴隷とか言わないでください。変な噂が広まったらどうするんですか」


「いいや、言いまくっているであります! 街中噂で大盛り上がりでありますよ! 巷は話題沸騰人気独占、大人気エッチ奴隷帝国乙女であります!」


「こらぁああああぁぁ、レジーナぁ!」


 またしてもレジーナのおふざけに乗せられたナツキが飛び掛かる。待ってましたとばかりにレジーナも嬉しそうだ。



「ふ、不幸だわ……」

 一方、見ていたのは夢ではなく現実だと気付いたグロリアが、指で眉間を押さえる。

 女家令の災難は続くのだった。


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