第72話 勇者の凱旋 前編

 勇者ナツキを乗せた馬車はカリンダノールに入った。帝国南部、リリアナ王国との国境から近い街。


 まだ残暑が残る季節にナツキはこの街に来た。そして今は晩秋となり朝晩は少し冷える季節。再びナツキは帰って来たのだ。



 馬車の中から街を見ていたナツキが姉妹シスターズの方を向く。


「正式なのはデノアに戻った後だけど、挨拶だけしておこうと思います」


 ナツキが言っている挨拶とは、自分の領地となるカリンダノールを守る騎士や兵士に対するものである。


 前回来た時は、騎士が市民に乱暴している場面に遭遇したのだ。今後そのようなことがないように、注意しておきたいのもあった。



「良いんじゃない。面白そうだし」

 マミカが言っているのは別の意味もありそうだ。


「良いね。ここの兵士やる気無かったからなぁ」

 これにはフレイアも賛同してしまう。


「そう、私の顔見て漏らすとか、凄く失礼」

 シラユキは例の漏らした騎士を思い出した。



 ガタガタガタ――

 馬車は軍の屯所とんしょの前に止まった。


 比較的新しく併合されたここカリンダノールは、元々平和な港町だったこともあり配置されている兵士も少ない。守備隊の隊長である騎士と少数の兵士がいるだけである。


 また、ナツキに与えられた領地は、ここカリンダノールを中心としてリリアナ王国の国境線沿いにある街や穀倉地帯なども含んでいる。


 南方の守りを固めるのと同時に、帝国が侵攻して不満の高まっているリリアナやデノアなどを刺激しないというアリーナの思惑もあった。



 ガチャ!

「こんにちはー」


 いつもの調子でナツキが部屋に入って行く。飢えた狼さん……いや、飢えたお姉さんの溜まり場とも知らずに。


「何だ何だ、このガキは!」

「おい少年、イケナイコトしに来たのかぁ?」

「お姉さんたちに食べられにきたの? ひゃははっ」


 女兵士の溜まり場に無防備な少年がやって来たとあって、ちょっとした騒ぎになってしまう。

 ただ、その中の一人がナツキの顔に気付いた。


「お、おい、この少年って……確かマミカ様と一緒にいた」

「アイカ様でしょ」

「それは偽名だって」


 懐かしい偽名を聞いて、ナツキも当時を思い出してしまう。

「そういえばアイカさんって言ってましたよね。懐かしいなぁ。あれからそんなに経ってないのに」



「おい、何の騒ぎだ」

 部屋の奥から女騎士が現れた。騒ぎを聞きつけて面倒くさそうに出てきたのだ。


 ガタッ!

「なっ! あ、あなた様は!」


 そう言ってかしこまる女騎士。今から始まるオヤクソク的な展開を予測したようだ。そう何度も同じてつを踏まないだろう。前にも同じようなことがあったのだから。


「おい、お前たちも起立敬礼せぬか!」


 女騎士は気付いたのだが、兵士たちは何のことなのか理解していないようである。


「じゃじゃぁーん! 旅の美少女アイカ改めマミカ参上! 悪い子は潰しちゃうぞっ」


 変なテンションのマミカが部屋に飛び込んできた。当然、兵士たちが驚いてひっくり返りそうになる。


「でたぁああああああっ!」

「ぎゃあああああっ! ドS大将軍様ぁああっ!」

「こ、殺されるぅぅぅぅーっ!」


 フレイアやシラユキの時より酷い悲鳴を上げる兵士たち。ちょっと失礼だ。

 ただ、守備隊の隊長である騎士だけは、この状況を想定していたのか恭しく敬礼した。


「ままままま、マミカ様。 天下に名だたるドS大将軍のマミカ閣下がお越しになるとは露知らず。今すぐ生贄いけにえの男を用意します」


「ねえ、喧嘩売ってる?」


「めめめ、滅相もございません! ひっ、ひはっ、ウヒィィーッ!」


 恐怖の余り、女騎士が失言してしまう。やっぱり失言の多い女だった。

 何となくこうなるのを予測していたはずなのに、いざマミカと対面すると恐怖で混乱してしまうのだろう。


 ゾロゾロゾロゾロ――

 そこにトドメの一撃、いや六撃で大将軍がゾロゾロと入室する。七大将軍揃い踏みで壮観だ。


「「「だだだだだ、大将軍がいっぱい! ぎゃああああああぁぁーっ!!」」」

 部屋に兵士たちの悲鳴が響いた。


 ――――――――




「そういう訳でボクがここの領主になりました。よろしくお願いします」


 笑顔でナツキが挨拶するが、兵士たちは後ろの大将軍が怖くて震えている。


「街の治安を守ったり犯罪を取り締まるのは大切だけど、あの時みたいに市民をイジメるのは禁止です。もし破ったら――」


「もうやってません。反省してます」

「そうです、ちょっと強引に迫る時もあるけど……」

「そうそう、強引だけど自由恋愛だからセーフです」

「先っちょだけならOKって言いますし」


 兵士たちが一斉に喋り出す。恐怖の大将軍に目を付けられているのだ。もし悪事が発覚したら命は無いと思っていた。

 ただ、先っちょとは何のことやら。


「ちょっと強引?」


 何かが引っかかるように感じたナツキに、女騎士が必死の弁明を始める。


「て、帝国の伝統文化でございますよぉ。ほ、ほら、『イヤよイヤよもエッチのうち』って言いますよね」


「な、なるほど! 帝国文化ですよね」


「そうです、それです! 女性からお誘いを受けた男性は、いきなり合意したら貞操観念が無いはしたない男と思われるじゃないですか。ホントはYESなのにNOって言う男心ですよね。そこには暗黙の了解があったり無かったり」


 無かったら犯罪なのだが……


「分かりました。伝統文化は尊重します。でも、本当に嫌がってる人にするのはダメですよ」


 とりあえずナツキが納得した。文化は尊重するが、目に余るものは取り締まるつもりだ。


 ただ、これには後ろで睨みを利かせていたフレイアやロゼッタなどグイグイ行く派は何も言えない。自分も同じ感じでナツキに迫っているので。



「しかし、前領主が急に左遷されたら、まさか次の領主様が大将軍の方々と親交の深いナツキ様になるなんて思いませんでしたよ。へへっ」


 この女騎士が言っているように、汚職や犯罪を繰り返していた領主など、素行の悪い者が処分されているのだ。アリーナ議長による改革の一環である。


 まだ犯罪行為を行う兵士や賄賂や不正蓄財など問題が多いが、少しずつ改善されてゆくはずだ。このアリーナの改革により、領民を苦しめていた地方行政は改められるはずだろう。



 ナツキは軍による犯罪行為の禁止を厳命してからカリンダノールを発った。大将軍の後ろ盾もあり、兵士たちも守るはずだ。たぶん……。


 ◆ ◇ ◆




 デノア王国首都バーリントンでは、帝国の使節と共にナツキが帰国するとの報を受け、急ピッチで歓迎の準備が進められていた。


 ナツキが戦争を終結させたり騎士になった話も、ここデノアにも届いている。いまだに半信半疑でいる者が多いのだが。


 幼年学校で同級生だったミアたちも、式典会場で今か今かとナツキの帰りを待っていた。



「ナツキ、ホントに帰ってくるんだ。やっと会える」


 いつもは生意気でメスガキっぽい顔でいるミアも、この時ばかりはナツキとの再会を期待して笑顔になっている。


 ただ、他の女子たちは少し違った思いを持っているようで――


「ねえ、ナツキ君って爵位を授与されたって聞いたけど」

「ええっ! 帝国の貴族って凄い年収なんでしょ!」

「それよ、あのナツキが超優良物件になったってこと」

「マジ!? あいつと結婚したら伯爵夫人かよ!」


 ナツキの叙爵じょしゃくで女子たちが一斉に盛り上がる。


「あいつ、童貞っぽいから簡単に落とせるんじゃね?」

「それな!」

「これで私も玉の輿かぁ」

「ねえ、誰がナツキを落とせるか勝負しよっ!」


 前はナツキを『使えない男』だの『ゴミ男子』だの言っていた同級生女子が手のひらクルクルである。実に浅ましい。


「けっ、面白くねえ! っんだよ! ナツキばっかり」

「あのゴミスキルが勇者だなんて信じらんねぇわ!」

「同姓同名の別人じゃね?」

「だよな、あんな弱いヤツが勇者になれるわけねえ」

「きっと同姓同名の勇者に、お情けで荷物番でもやらされてたんだろ」

「「「がはははははははっ!」」」


 こちらはナツキをイジメていた同級生男子。大将軍を倒し停戦させたと聞いた時は少しだけ大人しくなったのだが、やはり品性は金でも反省でも買えないようだ。



「ちょっと、あんたたち! ナツキは勇者になったんだからね。そんな口を利いてたらどうなるかしらないわよ」


 ミアが注意するが全く改める気も無いようだ。


「勇者が何だってんだよ!」

「そうだそうだ、偶然だろ」

「人違いかもしれねぇしな」

「まっ、帰ってきてもヤツのカースト底辺は変わらねぇ」

「だよな、勇者様は俺らの荷物持ちだぜ」

「「「ぎゃははははははははっ!!」」」



 このクソガキ……少年共、全く状況を理解していないようだ。

 相手は昔のナツキではない。今や世界最大の帝国であるルーテシア皇帝に気に入られ、最強の七大将軍を付き従える勇者なのだから。


 後で恐ろしいことになりそうなのだが、何も知らずイキってばかりいるようだ。無知とは恐ろしいものである。


 ナツキをイジメていた少年たちが、遂に報いを受ける時が迫っていた。


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