第73話 勇者の凱旋 後編
定刻通り、ナツキを乗せた帝国の車列が王都の通りに現れた。講和により帝国軍が国境線から去ったとはいえ、やはり帝国の紋章が入った馬車は人々に恐怖感を与えているようだ。
ところが、中からナツキが顔を出し手を振ると、通り沿いに並んでいる人々の態度は一変する。
「皆さぁーん! ボクは帰ってきました。戦争は終わったんです。もう安心ですよぉぉーっ!」
ガヤガヤガヤガヤ――
噂の少年の顔を見たことで、人々が本当の意味で平和になったのを実感する。皆、口々に歓喜を爆発させるように。
「や、やったぞ。戦争は終わったんだ!」
「私たち助かったのね!」
「そうよ、もう侵略に怯えることもないのよ!」
「やった、やったぞ、帝国の恐ろしい女の奴隷にされずに済んだぞ!」
「「「うおおおおおおおおおおぉぉぉぉーっ!!」」」
「勇者ナツキ、ありがとぉー!」
「「「ナツキ! ナツキ! ナツキ! ナツキ! ナツキ! ナツキ! ナツキ!」」」
空気を震わせるような大歓声が起こり、誰かの合図でナツキコールまで始まってしまう。
「皆、ありがとう。ボク、本当に勇者になれたんだ」
馬車から手を振るナツキの胸に込み上げるものがあった。
自分は認められたのだ。ずっと役に立たないからと隅に追いやられていた。練習しても無駄だと言われ続けていた。自分は何もできないと諦めかけた時もあった。
だが、そんな自分が初めて認められたのだ。誰もが喜び感謝の言葉を口にする。もう誰も『ゴミ』などと呼ぶ者はいない。
「ボクは……なれたんだ。本当の勇者に。ううっ……良かった。諦めなくて本当に良かった。ボクのやってきたことは無駄じゃなかったんだ」
目頭が熱くなる。まるで今までの不遇な日々が浄化されて行くような感覚だ。
辛い日々だった。誰にも認められず、まるで存在しないかのように扱われ。
誰もいない家に帰り、一人で黙々と練習をした。いつ報われるの分からないまま。
だが、今は違う。ナツキの帰りを喜んでいる街の人々がいる。好きだと言ってくれる七人の姉もいる。
ガラガラガラガラガラ――
やがて馬車は城の前に到着し、大勢の人が迎える中にナツキは降り立った。
スタッ!
「ナツキ・ホシミヤ、帰ってきました」
「「「うおおおおおおおおおおぉぉぉぉーっ!!」」」
ナツキが手を振ると、人々の歓声が更に強まった。
タッタッタッタッタッタッ! ガシッ!
「ナツキぃぃぃぃぃぃーっ!」
人混みを掻き分け飛び出したミアが、ダッシュでナツキに抱きついた。
これには馬車の中で見ている姉たちも眉間がピクっとなる。ナツキの故郷に仲の良い女がいるなど聞いていないからだ。
「ちょっと、何よあの小娘」
フレイアの言葉にマミカが返す。
「幼馴染って感じでしょ。ちょっとムカつくし」
そう言うマミカはナツキの周りにいる同級生を見る目が険しい。過去を聞いているだけに、イジメたヤツらがいたら制裁しようと考えていた。
ただ、シラユキは意外と冷静だ。
「大丈夫。幼馴染は負けヒロインだから」
小説の話だった。
「はははっ、私の小説ではメインヒロインが幼馴染に寝取られる展開でありますな」
レジーナが言っているのは官能小説の内容だ。
「じゃあ極刑!」
やっぱりシラユキも冷静ではなかった。
「待つんだナ。ナツキは背が高くてスタイル良い女が好みだと思ってたけど、い、意外と小柄な女もイケるのカ」
自分より小さい女と仲良くしているナツキを見て、俄然やる気になった女が一人。ネルネルだ。
「ガアァァーン!」
そしてショックを受ける大きい女が一人。言わずと知れたロゼッタだ。
「だ、大丈夫ですわ。ただの同級生でしょう。わたくしたちの大人の魅力には敵いませんわよ」
クレアに至っては余裕があるようにも見える。伊達に全て見せている女だけはある。
そんな姉たちの心配を他所に、ナツキはやっぱりマイペースだ。
「ナツキ、心配したんだからね。何で一人で行ったのよ」
「だって、ミアが行けって言ったような?」
「そ、そんな細かいことは良いのよ!」
少し行き違いもあるが、ミアは本気で心配しているようだ。まさか本当に一人で行くとは思わなかったのだろう。
そこにナツキをイジメていた男子たちが近付いてくる。放っておけば良いものを、わざわざしつこく関わってまで貶めたり嫌がらせするのが、この手のヤツらの特徴だ。
「おい、ナツキ! おまえ本当に戦ったのかよ?」
「ゴミスキルが戦えるわけねぇよな」
「何かズルしたんだろ。八百長とか」
「誰かの手柄をパクったんじゃねーのか?」
「「「ひゃはははははっ!」」」
ナツキは男子たちと正面から向かい合う。昔だったら何も言い返さず悪口を受け続けていた。
しかし、今のナツキは違う。姉たちとの関りや戦いを共にして、世界や人生や人間について色々と学んだのだ。ついでに大人の女のあんなことやこんなことも知ったのだ。
目の前の無知で愚かなガキとは違う。
「確かにボクは弱かった。最初は人に助けてもらったりして何とか戦っていたんだ。でも、帝都まで行って大軍の中を駆け抜け、暗く汚れた下水道を潜ったり、敵と剣を交えて戦ったのは本当だ」
ナツキの真剣な表情に、男子達が怯む。昔のオドオドした少年はもういないのだ。
「ボクは、まだまだ大将軍のお姉さんと比べたら弱いしダメダメかもしれない。でも、ボクたちが戦って成し遂げた真実。戦争や圧政で犠牲になった人たち。それに、真の強者であるお姉さんたちの活躍まで、八百長やパクリなんて言われる筋合いはない。取り消してください」
初めてナツキが男子たちに言い返した。
そうだ、自分の価値は自分で決めるんだ。誰であっても人の心を踏みにじっていいはずがないんだ。自分を大切にしないと。だって、世界に一人しかいない大切な存在なんだから!
正論を言われて男子たちの怒気が上がる。周囲に女子も見ているのだ。このままでは恥をかくと思っているのだろう。
「くそっ、生意気なんだよ」
「良い気になるなよ!」
「やっちまうぞ、こらっ!」
ブンッ!
男子の一人が手を出した。
シュザァァァァーッ!
ナツキは
「うわああっ!」
ズガアッ!
勢い余った男子Aがコケてひっくり返った。
ついでにナツキが男子Bと男子Cと男子Dの肩を軽く押す。男子たちは揃って無様に転がった。
「うおっ!」
「あへぇ!」
「ずこぉ!」
これには側でオロオロしていたミアもビックリだ。
「えっええっ! ナツキがカッコイイ」
醜態を晒した男子たちに、周囲の観衆からは笑い声が上がる。突然、勇者に因縁吹っ掛けた挙句、軽くいなされて恥をかいたようにしか見えない。
「く、クソッ!」
「よ、よくもやりやがったな!」
「ナツキのくせにっ!」
懲りずに尚も突っかかって行こうとするが、予期せぬ事態が起きた。
ゾロゾロゾロゾロ――
馬車で見守っていた七大将軍が王都バーリントンに降り立ったのだ。
観衆から騒めきが起こる。
「お、おい、あれって……」
「ま、まさか……」
「凶悪で残忍な帝国大将軍では……?」
ザワザワザワザワザワザワザワ――
フレイアがナツキの肩に手を置いて言う。
「いるのよねぇ、自分では何もしないのに、誰かが成功すると妬んで叩くヤツって」
陽射しを受けキラキラと輝く巻き髪のクレアも、ナツキの腕を取り抱きついた。
「もぉ、なっくんてばぁ♡ 何ですの、この粗暴な方々は? 早く終わらせてベッドで愛の
シラユキに至っては視線で人を殺しそうな勢いだ。
「ナツキ、困ったらいつでも言って。極刑にするから」
他にも彼女候補たちがナツキの周りに集まりハーレム状態だ。
これには周囲で見守る観衆も、完全に美女集団に吞まれてしまう。
「あ、あああ、あれってもしや……」
「もしかして、勇者は全員の女と
「そりゃ、当然
「あ、あの若さで七人の美女を……」
「ごくりっ……」
勝手に観衆の想像が膨らみ、大将軍がナツキに堕とされまくっている女にされてしまった。
「ま、待て! 私は堕とされておらぬぞ!」
恥ずかしくなったフレイアが威厳をもった声で釈明する。しかし、続くナツキの話で事態は更に悪化した。
「そうです、まだエッチしてません。お尻を鞭で叩いたりしているだけです」
「「「うおおおおおおおおおおおっ!」」」
「む、鞭で……す、すげぇ」
「あの恐怖の大将軍をエッチ奴隷にしているだとっ!」
「負けた……男として完全に負けた……」
「勇者どんだけ強ぇえんだ!」
「帝国大将軍を手玉に取ってんのかよ!」
誤解がどんどん広まり、もう
これには玉の輿を狙っていたナツキの同級生女子たちも全員撃沈だ。強く気高く凛々しい大将軍を堕とす
「な、ナツキ君のアレって、そんなに凄いのかな?」
「ごくっ、ビッグサイズ?」
「ちょ、ダメぇ、そんなの壊れちゃうよぉ」
何がビッグなのかは知らないが、女子たちが尻ごみしてしまう。
ミアも自分の薄い胸と
「まだ、あたしだって大きくなるんだからぁ!」
負けるつもりは無いようである。因みにナツキのビッグサイズでもバッチコイのようだ。(何がビッグかは不明です)
ただ、話はそこで終わらなかった。
ナツキをイジメていた男子たちがマミカにロックオンされてしまったのだ。
「ねえ、ナツキ。ゴミとか言ってたヤツらって、こいつらのこと?」
完全にマミカの目が据わっている。
「は、はい……」
「そっ、じゃあ制裁が必要ね」
シュパァァァァァァァァー!
マミカが
「がああああっ! か、体が……」
「まったく動けない! た、助けて」
「ああああっ! 許してください」
「ひぃいいいいっ! お助けぇ」
泣き叫ぶ男子たちに、マミカの目が本気だ。ドS大将軍の面目躍如だろう。
そして、フレイアが止めに入るが逆効果になってしまう。
「やめときなさいよマミカ。そこの男たちも逆らわない方が良いわよ。マミカは一瞬で脳細胞を焼き切ることができるから」
これには男子たちも恐怖でおかしくなりそうだ。
「「「ヒィィハァアアアァーッ!」」」
ジョバァァァァァァーッ!
男のおもらしなど見たくもないのだが、衆人環視の中、男子たちが失禁し恥を晒してしまった。そう、人をイジメる者は、巡り巡って自分も叩かれる立場になるものなのだ。
きっとシラユキなら『天網恢恢疎にして漏らさず』というはずである。いや、漏らしてはいるのだが。別の物を。
「マミカお姉様、そのくらいにしましょう。殺しちゃダメですよ」
「まあ、ナツキが言うのなら」
ナツキは男子たちを見つめ口を開く。
「もうイジメや人の悪口はやめてください」
「「「はひっ、も、もうしません! 許して」」」
「もし悪いコトしたら……」
「「「あひぃいいっ! ずびばせんでしたぁ!」」」
プライドも何もかもかなぐり捨て、土下座で謝る男子の画が汚すぎる。
男子たちは野外おもらしの称号を得て、二度とナツキをイジメないと誓った。ただ、ドS女王に躾けられ、ちょっと性癖が歪んでしまう。
多少のトラブルはあったものの、勇者の歓迎式典は滞りなく終了し、ナツキは多くの国民の祝福を受けた。国王からも感謝されたくらいだ。
商店街の店主など、顔見知りも歓迎にきてくれているようだ。
「ナツキ君、本当に無事で良かったよ。またいつでもうちの店に来てくれよ。ナツキ君は俺たちを救ったヒーローだからな。好きなだけパンを持っていって良いから」
いつもナツキにパンをくれていた商店街のおじさんが話しかけてきた。
「ありがとうございます、おじさん。お店の美味しいパンを食べていたから頑張れたんです。本当にありがとう」
そこに定食屋の老夫婦も現れた。
「良かったねぇ、ナツキ君。本当に良かった」
「ホント良かったわねあなた。そうそう、ナツキ君が貴族になっちゃったから、もっと美味しい食事があるのかもしれないけど、良かったらまたうちの店にも食べに来てね。待ってるから」
親に先立たれたナツキに、たまに定食をサービスしてくれていたご夫婦だ。ナツキを子や孫のように可愛がっていた温かな人でもある。
「おじさんとおばさんの店の料理は世界一ですよ。また食べに行きますね」
街ゆく人々は笑顔で語り合い、小さな子供がはしゃいで飛び跳ねる。ごく普通の光景、ごく普通の人々だ。
だが、もし戦争になっていたら犠牲になっていたのかもしれない。戦争は、そんなごく普通の人々を、残虐な死に至らしめてしまうものだから。
何も持たない少年が、その一途な夢と思い込みだけで戦争を止めたのだ。いまだ本人はマイペースだが、勇者ナツキの名は、世界を救った奇跡の勇者として代々語り継がれることとなる。
そして、ナツキと姉たちのラブラブでエチエチな物語はまだ続くのだ。
――――――――――――
ここまでお読み頂いた読者の皆様に御礼申し上げます。
この小説は、ちょっとエッチでイチャラブなラブコメですが、不遇な少年が信念と思い込みで世界を変えるという、少しだけ真面目なお話になっています。
これで第一章は終了となりますが、少ししたら引き続き第二章に入る予定です。続編は糖度高めのラブラブな物語になると思いますので、楽しんでもらえたら嬉しいです。
まだ登場していないゲルハースラントやヤマトミコの話も後々出る予定。ご期待を。
ここまで読んでくださりました方々には、もしちょっとでも面白かったとか期待できると思ってもらえたら、下の☆☆☆から評価してもらえるとモチベが上がって嬉しいです。
面白かった★3でも、まだまだで★1でも構いません。
コメントもお気軽にどうぞ。
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