第71話 あの日の約束

 デノア王国に帰る日が近付き、ナツキは着々と準備を進めていた。お土産を買ったり荷造りをしたりと。叙勲と共に報奨金も貰っており、買い物するには十分過ぎるお金があった。


「うーん、ミアにはマトリノア人形で良いかな」


 メスガキっぽい少しキツそうな表情をした幼馴染の顔が浮かぶ。ちょっとだけ苦手なのに、たまに優しかったりして続いている関係だ。


 いくつかお土産を買ったナツキは宮殿に戻った。もう一つやり残したことがあるのだ。


 ◆ ◇ ◆




 コンコンコン――

「その音は愛しの弟くん!」


 シラユキの部屋をノックすると、まだドアを開けてもいないのに誰か分かってしまう。一体何の能力だろうか。


 部屋に通されると、普段は不愛想なシラユキがナツキにだけ見せる顔をする。話し方もちょっと違うのだ。


「さっ入って。何にする? 紅茶? ケーキ? それともぉ~シラユキ♡ うきゅ」


 自分で言っておきながら恥ずかしくなって赤面するシラユキだ。肌が白いのでバレバレである。


 いちゃこらタイムになりそうな二人だったが、今日は大切な用事があるのだった。

 ナツキは懐から金貨の入った袋を取り出した。


「シラユキお姉ちゃん、借りていたお金を返しにきました。お姉ちゃんのおかげで旅ができ、こうして生きてまた会うことができました。本当にありがとうございます」


 目の前の成長したナツキに、シラユキの目頭も熱くなる。あの頼りない感じだった少年が、今では勇者になって立っているのだから。


「ううっ……ナツキ、偉い。よく頑張ったね」

「はい」

「ナツキのおかげで助かった人がいっぱいいるんだよ」

「はい、はい」

「無事で良かった。心配していたんだから」

「ボクもシラユキお姉ちゃんとまた会えて嬉しい」


 あの時、ナツキの後を付け陰ながら見守ろうとしていたのに、方向音痴のシラユキは見失ってしまったのだ。

 こっそり万全な体勢にしようとしていたのだが、自身のポンコツさは考慮に入れていなかったシラユキだった。


「ナツキ、ギュッてしてあげる」

「お姉ちゃん……」


 ぎゅっ――


 優しく抱きしめるシラユキの髪が、サラサラ流れナツキにかかる。ちょっと気持ち良いようなくすぐったいような感覚で、ナツキもモジモジと動いてしまう。


「んぁ、ナツキ……スキ♡」

「お姉ちゃん。ボクも好きです」

「んっ、キスしたい♡」

「それは、まだ……正式に付き合わないと」

「むぅ、ナツキ、イジワルぅ。ちゅー♡」

「ダメですって」


 イイ感じになってキスしようとしたがダメだったようだ。ナツキの貞操が意外と硬い。

 そしてシラユキは、ある決意を固めていた。


 ◆ ◇ ◆




「ナツキ様の領地はカリンダノールに決めました。デノア王国にも近く、此度の終戦で兵を退くリリアナ王国との国境を任せることにもなります」


 アリーナが淡々と説明している。いつもの冷静沈着な物腰だ。ナツキの部屋を訪れた彼女が、ワンレンボブの髪をかき上げながら伯爵となったナツキの領地の話をしているのだった。


 ただ、聞いているナツキは、彼女が何を言っているのか分からないのだが。


「えっと、アリーナさん。何の話ですか?」

「ですから、ナツキ様が治める領地の話です」

「えっ……えええっ!」


 ナツキが驚くのも無理はない。騎士に任じられてカッコいいとか思っていただけなのに、アンナが領地を持つ爵位をつけてしまったのだから。

 今やナツキは、本人が知らない内に領地や領民を統べる地方領主なのだ。


「そ、そんな話、聞いていません」

「私が決めました」

「えええ……」


 困惑するナツキを横目に、アリーナは涼しい顔で淡々と話している。


「爵位を持ったからには領地経営も仕事の内です」

「ボク、経営なんてできませんよ……」

「その辺りは部下を付けておきますから安心なさってください」

「まあ、それなら……」


 専門的なことはアリーナが取り計らってくれそうだ。だが、まだナツキは気付いていない。領地を持つということは、その土地の収益や徴税により莫大な収入を手に入れることができるのだと。



「ええ、他に……何か問題がありましたら、わ、わた、私の尻をぶってください」


 終始冷静かと思われたアリーナが、最後にとんでもないことを言い出す。さっきまでの涼しい顔は何処へやら、悩まし気な顔をしてナツキを見つめている。


「あ、あの、アリーナさんもお仕置きが好きなんですね」

「くっ……お、仰る通りです」


 テーブルに手を突いたアリーナが、上半身を伏せて腰を高く上げた。キチッとしたスーツ姿のスカートがずり上がり、そこからスラリとしたタイツ脚が伸びている。


「アリーナさん?」

 いきなりの展開で戸惑うナツキだが、アリーナはその気になってしまったようだ。


「はぁあぁん♡ ナツキ様ぁ♡ ふしだらなアリーナのお尻をペンペンしてくださぁい♡」

 ガチャ!

「ナツキぃーっ! 来ちゃったしぃ!」


「「「っ………………」」」


 ふしだらアリーナになってしまったところで、突然ドアが開きマミカが入ってきた。とんでもないタイミングに、まるで時間が止まったかのように三人全員が動けない。



「んっ、コホン……ナツキ様、話は以上です。では、私はこれで」


 まるで何事も無かったようにアリーナが立ち去ろうとする。ふしだらアリーナになった片鱗さえ見せないように。


 だが、さすがにマミカがツッコんだ。


「ちょっと、お尻ペンペンって――」

「言ってません」

「エッチな声で――」

「出してません」

「ナツキを狙って――」

「いません」


 知的なイメージのメガネをクイっと指で上げたアリーナが、完全否定でしらばっくれようとする。


「アリーナ議長って人妻だったわよね?」

「二年前に別れました。今はフリーですが何か?」

「だって『はぁあぁん♡』とか……」

「幻覚でも見たのでしょう。公務が忙しいですから、私はこれで」


 マミカの追求を、眉一つ動かさず完璧な受け答えをするアリーナだ。本当に幻覚だったのではと思うくらいに。



 アリーナが部屋を出て行ってから、マミカがナツキをジッと見つめる。


「ナツキ、あの年増……んんっ、アリーナと何かあった?」

「べ、べつに……」

「姉喰い?」

「ギクッ!」

「ナぁ~ツぅ~キぃ~!」

「お姉様ごめんなさいぃ~っ!」


 久しぶりにドSな顔を覗かせるマミカ。ナツキの頬をつねってお仕置きだ。


ひはい痛いいはい痛いです、お姉様ぁ~」

「ナツキって、意外と守備範囲広いのね!」

「ち、違います。誤解ですから」

「今夜は添い寝決定だから! 朝までミッチリ」

「ふぁあい」


 ◆ ◇ ◆




 そんなこんなで、姉たちの嫉妬や愛欲を無意識に刺激しまくりながら時は過ぎ、とうとう帰国の日が訪れた。

 宮殿前に止められた馬車のところには、アンナも見送りに来て寂しそうな顔をしている。



「では、ボクは行きますね」


 馬車に乗り込む前にアンナのところに行き挨拶をする。アンナは小さな手をナツキの手に重ねた。


「すぐ戻ってくるのじゃぞ。余は待っておるからな」

「はい、必ず戻ってきます。あと、一度カリンダノールにも寄って領地を確認しますね」


 アンナとの挨拶を終え、ナツキが馬車に乗ろうとすると、何故か中からシラユキが顔を出す。


「ナツキ、準備は整ってる。出発だよ」

「はい、お姉ちゃん……って! 何で乗ってるんですか」


 しれっと馬車に乗っているシラユキは、然も自分も一緒に行くと言わんばかりだ。


「何でって、私も一緒に行くに決まってる」

「えええ……」


 ナツキが驚いていると、通りの向こうからもう一台の馬車が現れた。


「こらぁーっ! シラユキだけ抜け駆けさせないわよ」


 馬車から首を出したフレイアが叫んでいる。よく見れば、他の大将軍彼女候補も全員乗っているようだ。


「何でバレたの?」

 不思議そうな顔のシラユキが言う。


「バレバレなのよ! あんた、リリアナの時と同じなんだもの」


 そう、リリアナの砦でナツキと別れた時も、シラユキはこっそり荷造りしていたのだ。当然、フレイアとしても警戒はしていた。


「ナツキが帰るんなら、アタシも行くに決まってるしぃ」

「ですわね。当然わたくしも、なっくんと一緒ですわよ♡」


 馬車の中から姉たちの声が聞こえる。当然一緒らしい。


「皆さん、全員一緒なのは嬉しいけど、大丈夫なんでしょうか?」


「戦争も終結して和平に動いているんだから、当分の間は大丈夫なんだゾ」

 幌からヒョコっと首を出したネルネルが答える。



「よし、余も一緒に――」

「陛下は公務がありますので」


 アンナも一緒に行こうとするが、当然アリーナに止められた。


「コホンっ、私が同行するという手もありますが」

「そなたも公務があるじゃろ」


 ちゃっかりアリーナも行こうとして、今度はアンナに止められる。似た者同士だ。



 パカラッパカラッ――ガラガラガラガラ――


 馬車が動き出し帝都中央大通りを進む。ナツキの故郷デノア王国に向かって。


 何も持たない、何も知らない、何もなかった少年ナツキは奇跡の勇者になった。たった一人の旅のはずが、帰りは七人の姉と一緒だ。

 この愛が激しく肉食系の姉たちの恋の戦いは続く。血湧き肉躍る、ついでにクレアも裸で踊る戦いは続くのだ。



 宮殿前で見送るアンナの目には、堪えていた涙が溜まっていた。


「行ってしまったな……。余は皇帝になったが、恋の戦いは思うようにいかぬのじゃな」


「陛下、恋も人生も何が起こるか分からないから面白いという考えもあります」


 アリーナが自分にも言い聞かせるかのように言う。


「そうなのか。何が起こるかわからないのか」

「はい、何でも先のことが分かっていたら楽しいサプライズもありませんから」

「そなたが夫と別れたのもサプライズなのか?」

「そ、それは……お、大人には色々あるのです」


 大人の事情はまだ早いアンナに、酸いも甘いも嚙み分けたはずのアリーナ。どちらもナツキが気になって仕方がないようで。

 この二人の恋の戦いも始まったばかりだ。


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