第70話 叙任式そして恋の宣戦布告

 宮殿玉座の間に於いて叙任じょにん式が開かれようとしていた。


 豪華絢爛な玉座の間には、皇帝アンナや元老院議長アリーナの他、紋章官、各長官、貴族や騎士、そして大将軍の七人も参列している。



 そんな中で、正装をしたナツキは、慣れない服で緊張していた。思っていたより大きな式典で驚いているのだ。


「えっ、ええっ、えええっ! な、何か凄い式典なんですけど。ボク、ここにいて良いんだろうか……」


 ナツキがそんなことを言うのも無理はない。デノア王国にいた頃は、王に謁見えっけんする機会も正装で着飾ることも無かったのだから。

 正装なんて、幼年学校の制服を着たくらいだ。


 それが世界最大の帝国で叙任式の主役となり、事も有ろうか帝国最高勲章を授与されるのだから。


「うっ、また緊張してきた。もう一回トイレ行こうかな?」


 トイレに行こうかどうしようか迷っているナツキのところに、アリーナがやってくる。入場の合図だろうか。


「ナツキ様、もうすぐ入場となります。準備はよろしいですか?」


 いつも知的なアリーナが、今日も冷静沈着な喋り方で話しかけた。


「は、はい、大丈夫です」

「では、すぐ入場となりますので少しお待ちください」

「分かりました」


 トイレは後にして式典参加の覚悟を決めるナツキだ。しかし、先日誤ってアリーナに打ち込んでしまった姉喰いスキルの件が気がかりだった。


 チラチラとナツキがアリーナの顔を見るが、彼女は顔色一つ変えていない。姉喰いが効いていないのか、それとも鉄の女なのか。


「あの、アリーナさん……」

「何でしょうか」

「えっと、あの時はすみませんでした」

「部屋でレジーナ大将軍とお戯れになっていたことでしょうか?」

「はい、その時のことで」


 アリーナの表情は崩れない。


「ナツキ様。英雄色を好むと申しますし、ナツキ様も恋多きお方。大将軍の方々と親密なご関係のようで。し、しかも、レジーナ大将軍に至っては、ちょ、調教を……。んっ、コホン」


 鉄壁のアリーナかと思ったが、調教のところで少しだけ表情が緩む。


「ちちち、違いますって。レジーナさんとは何もありません。ちょっと……お尻を鞭で叩いていただけです」


「ぐふぁふぉ!」


 アリーナが決壊した。耳を真っ赤に染めて端正な眉はピクピクしている。鉄壁かと思われた仮面だが、意外ともろかったのかもしれない。


 いや、ナツキが無意識に変態ワードを言ってしまったせいかもしれないが。


「お、お尻を鞭で……な、ナツキ様は変わった趣味をお持ちで……」


 アリーナ・カトレア35歳元人妻。彼女の明晰な頭脳がフル回転する。


 なっ、なんですって!

 ナツキ様は特殊な性癖をお持ちなのですか。これは見過ごせませんね。仮にも陛下の夫となるお方。アンナ様に鞭を打つなど許されません!


 こ、ここは、私が身を挺して陛下をお守りするしかありませんね。ナツキ様の鞭は、全てこの私が受け止めるべき!


「えっと、アリーナさん?」

「ナツキ様」

「はい?」

「鞭を打ちたくなられた時は、全てこのアリーナにお打ちください」

「は?」


 品行方正で常に冷静沈着。絵に描いたような知的な女性が変態発言してナツキは絶句する。


 しかし、これまで帝国乙女と行動を共にし、帝国文化を理解しているナツキはちょっと違う。


「わかりました。毎回アリーナさんのお尻に鞭を打ちます。容赦のないキツいお仕置きですよね。任せてください。ボク、お腹ポンポンは得意です。お尻ペンペンも頑張りますね!」


 分ってますよ、アリーナさん。これも帝国文化ですよね。デノアなど外国では変なことでも、ここは貞操逆転世界の帝国なんだ。ボクは帝国文化を尊重します。


 ナツキが盛大に誤解した。もう、いつものこと、通常運行だ。



「くっ……お、お願いします……。お手柔らかに」


 そう言ったアリーナの顔が赤く染まる。歳の離れた男子に、しかも元人妻の自分がお尻ペンペンされるのだ。背徳感でおかしくなりそうだった。

 当然、やはり年下男子が気になるアリーナにも、姉喰いスキルがガッツリ効いているのである。


 アリーナの気苦労は続く――――




「勇者ナツキ・ホシミヤ御前へ」


 式典が始まり、参列者の中央をナツキが歩いて行く。神聖不可侵にして至高の存在である皇帝アンナのもとに。


 玉座の前まで行ったナツキは教えられた通りのポーズで跪く。ロゼッタたちから一夜漬けで習ったのだ。


「勇者ナツキよ、この度の働き誠に見事であった。帝国の不正を正し戦争を終結させ多くの人々を救ったそなたの行い、万世不朽の栄誉として語り継がれよう。その功績を称え、ここに聖インペラートル金翼騎士大勲章を授与する」


 アンナが高らかに宣言した。

 実のところ、見守っていたナツキとしては、アンナが長いセリフを間違えずに言えて良かったと思っていたりする。


「謹んで拝命します」

 

 スタッ!


 アンナが騎士の剣を抜いた。そしてゆっくりとナツキの肩に剣の平を乗せる。刀礼アコレードの儀式により、ナツキは爵位を叙勲した。


 ◆ ◇ ◆




「いやはや、これで御主人様も伯爵でありますな」


 ナツキの首に腕を回したレジーナが言う。実に馴れ馴れしい。


 勲章授与によりナツキは正式な帝国騎士になった。合わせて伯爵の地位になったのだが、これにはひと悶着あったようで。


 アンナがナツキを最上位の公爵に任じようとしたのだが、アリーナから『平民がいきなり公爵など前例がありません』と言われてしまったのだ。

 仕方なく伯爵にしたのだが、それでも異例のことであった。



「ほれほれ、御主人様」

「レジーナさん、その御主人様ってやめてください」

「おっ、お仕置きするかい?」

「し、しません……」


 ナツキは知ったのだ。レジーナはお仕置きされると大喜びするのだと。


「何だ、しないのかい。もっと激しくしても良いのでありますよ」

「もうっ、レジーナのバカっ」

「はははっ、それそれ。良い感じであります」


 ちょっと拗ねてレジーナを呼び捨てにするナツキ。先日から少しずつ定着していた。


 これに黙っていられないのは他の大将軍である姉妹シスターズだ。急速に二人の仲が進展しているのを心配する。


「ねえ、あの二人って怪しくない?」

 フレイアが先陣を切って発言する。


「確実に怪しい。というか極刑」

 シラユキに至っては嫉妬で危険な状態だ。

 そもそも彼女候補が増えすぎてイチャイチャできる時間が減っているのだから。


「くっ、レジーナ。なんかムカつく……」

 口を尖らせたマミカが呟く。


 あの決戦の日――

 ナツキに助けられたマミカは、あのまま熱いキスをかわし忘れられない一夜を共にする予定だった。

 しかし予定は崩れ未だ曖昧なまま。もう彼女の心は爆発しそうなナツキへの想いでいっぱいなのだ。



 それぞれの彼女候補がナツキへの想いを募らせるなか、当のナツキとしては呑気にレジーナとじゃれている。これは後で修羅場になること間違いなしだろう。


「がははっ、ナツキ御主人様。不肖、このレジーナも彼女候補とやらにしてくれたまえ!」


 レジーナが告白する。本気なのか冗談なのか。彼女の顔は笑っていて掴めない。


「イヤです。レジーナは奴隷候補一号です」

「なっ! なななっ! ぜ、ぜひ奴隷候補で!」

「うっ……」


 奴隷候補の方が嬉しいらしい。これにはナツキもドン引きだ。


「やっぱりダメです。奴隷候補は無しです」

「何でダメでありますか! 彼女よりエッチ奴隷希望であります!」

「ダメです、ダメです」

「クレア殿はエッチ奴隷にしたと聞きましたぞ」

「うっ……」


 これにはクレアも赤面する。あれは思い出したくない醜態なのだ。


「ちょ、ちょっとお二人、ええ、エッチ奴隷の話はやめてくださいまし」


 容赦のないくすぐり攻めや腋ペロマリーアタックを思い出したのか、クレアが急にモジモジし始めた。

 そんなクレアのムラムラは放置プレイされ、ナツキはレジーナに翻弄されている。


「奴隷候補で決定でありますな。がははっ」

「ダメです。レジーナさんは彼女候補にします」

「よし、彼女候補、無事決定だな。御主人様も詰めが甘いでありますな」

「は? えええっ!」


 おバカなようでいて策士な気がするレジーナ。奴隷候補というナツキが嫌がりそうなワードを推しておき、少し妥協させるよう仕向け彼女候補にさせる。

 最初から彼女候補になる予定だったのだろう。


「だ、騙された……」

「はははっ、私だけ彼女候補じゃないのは寂しいでありますから」


 こうしてレジーナが彼女候補七号に就任した。

 この一見アホっぽいレジーナ、実はかなりのやり手かもしれない。


 ◆ ◇ ◆




 叙任式を終えたナツキは、一度故郷のデノア王国に帰る決意をする。国王に報告をせねばならぬし、ミアたちにも挨拶が必要だろう。


 アンナに帰国の挨拶をするナツキだが、まだアンナとしては結婚を諦めていないようで――


「ナツキ……余は諦めておらぬぞ。いつか必ず……」

「は、はい。でも、一度故郷に帰りたいので」

「また戻ってくるのじゃな?」

「はい。戻ったら会いにきますから」

「な、なら良い。気をつけて行くのじゃぞ」


 そして、さっきからナツキの後ろで眼光鋭い大将軍たちにも一言告げておくアンナだ。


「そなたら睨むでない。女と女の勝負は恨みっこ無しじゃぞっ。まあ、余が勝つであろうがのっ♡」


 皇帝の御前であるのだが、恋の宣戦布告には応えてしまう姉たちのようで。


「陛下、お言葉ですがナツキは大きい胸が好きなようでございます」

 しれっとフレイアがナツキの性癖を暴露する。


「ちょ、ちょっとフレイアさん!」

 すかさずナツキがツッコむ。


「ナツキは脚も好き。たまにチラ見してる」

 シラユキも負けじと暴露した。


「お尻も好きでありますぞ。ガン見であります」

「あっ、そうそう。ナツキ君、私のお尻を――」

 レジーナの話にロゼッタまで乗ってしまった。


「みみみ、見てませんから!」


「わたくしなんて、なっくんに全部見せていましてよ♡ 特に〇〇っんんんっーっ!」


 クレアが問題発言しそうになり皆に口を塞がれた。


「なんかアタシが知らない内に、ナツキがエッチになってるんだけど! 誰よナツキに悪いこと教えたの!」


 自分がその中の一人なのを忘れて、マミカが文句を言う。


「ぐぬぅぅ、戦いはこれからなんだナ。胸は小さくともテクで勝負なんだゾ」


 ネルネルまで燃え上がってしまう。因みに何のテクかは内緒である。



 そんなセクシーな女揃いの姉妹シスターズに、アンナは自分の小さな体に目をやった。


「うううっ、余は皇帝なのにぃ。も、もぉ! あと何年かしたら大きくなるんじゃぞぉ。よ、余だってバインバインにぃ」

 

「「「ははははははっ」」」

 以前は恐怖と悲しみに暮れていた玉座の間。今はたくさんの笑顔と笑いに包まれていた。



 笑顔で平伏する彼女候補七人の姉。その誰もが目をギラつかせナツキの貞操を狙っている。この、皇帝まで巻き込んだナツキ争奪戦。果たして勝つのは誰なのか。

 ついでに、アンナの横に立ち、ネットリした視線でナツキを舐め回していいるアリーナも忘れてはいけない。


 だが、その前にデノア王国へ凱旋帰国するナツキなのだ。


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