第67話 少しだけ平和な世界で

 宮殿正面広場で高らかな歓声が上がっている最中。大広間に一人残されたアレクサンドラは虚空を見つめていた。



 アレクサンドラは皇帝の血筋であるゴッドロマーノ家の三女として生まれた。第34代皇帝には姉である長女のオリガが即位し、その煌びやかで豪奢ごうしゃな至高の冠を、彼女は憧れと妬みと僻みの入り混じった顔で見つめていたのだ。


 やがて、その思いが殺意へと変わるのには、さほど時間がかからなかった。


『何故じゃ! ほんの少し早く生まれただけなのに……。何故オリガは全てを手に入れ、私は下から玉座を見上げるばかりなのじゃ! おかしい……こんなのおかしいのじゃ。本来は私があの場所に座るべきではないのか』


 更には世間がオリガを名君と持ち上げるのも気に入らなかった。


「子供の頃から私の方が成績が良かったはずなのじゃ。オリガの学年トップの成績も、きっと不正をしているに違ない。気が弱いオリガより私の方が優れておるのに。何故、人はオリガばかりを褒めるのじゃ」


 その思いは年々強くなり、遂にアレクサンドラは姉を毒殺した。


『これは正義の行いなのじゃ。気が弱いオリガでは皇帝は務まらぬ。現に我が国の版図は広がっておらぬではないか。私ならば世界を手に入れることも可能じゃ。全ての富を、全ての領土を!』


 その後、アレクサンドラはあらゆる権力と金を駆使して、オリガの娘のアンナを帝位に就けた。傀儡かいらいとして裏から操る為である。


 その時密約を結んだ者を全て暗殺し、逆らう政治家も軍人も次々と粛清する。そして元老院議長に就任し独裁体制となった。

 やがて粛清は平民にも及び、逆らう者は『国家の敵』と決めつけ大粛清を行った。その被害者は数え切れないほどだ。


 そんな彼女だが、遂に悪運が尽きたのか、その悪事の報いを受ける番が回ってきたかに見える。




 タッ、タッ、タッ、タッ――

 一人天井を見上げるアレクサンドラのところに、親衛隊隊長のユリアがやってきた。騒ぎに紛れて一人抜け出してきたのか。


「アレクサンドラ様……」


 そう言ったユリアの顔も見ようとせず、アレクサンドラは淡々とした口調で話す。


「何の用じゃ……何故戻ってきた……」

「ご報告に……」

「何の報告じゃ。もう、ここには何も無い……」


 何も無い。彼女はそう言った。皇帝の傀儡として権力を握り、自分の息子をアンナと結婚させ、その生まれた子を皇帝にする。


 全て計画通りに行っていたはずが、何処で間違え破綻したのか。もう、玉座の間には皇帝はおらず、従えていた部下も存在しない。


 ザッ!

 ユリアが跪いた。


「このユリア・クラシノフ、大将軍ロゼッタ様に戦いを挑むも力の差は歴然、親衛隊一同もろとも敗北いたしました。皇帝陛下も反乱軍……いや、解放軍が護衛しております」


「そうか……」


「もはや天運尽き果て我らの敗北は必至。ここで最期にございます。私がお供いたします。潔く敗北を認め投降を――」


 最後と言ったユリアに、アレクサンドラは露骨に不満な顔をする。


「嫌じゃ! 嫌じゃ嫌じゃ嫌じゃ嫌じゃ! 私は死ぬのは嫌じゃ。逃げるのは、もっと嫌じゃ。高貴な私が何処ぞの粗末な家で逃亡生活なのできるわけがない。敵に捕まり処刑されるのも嫌じゃ。牢に繋がれるのも嫌じゃ。そのような屈辱、私は耐えられぬ」


「しかしながら……」


「ユリアよ、そなたが武闘大会でレジーナに勝てぬわけを教えてやろう。頭が固いのじゃ。もし、そなたがレジーナのように自由な太刀筋を持っていたならば……いや、無理じゃな。あのデタラメな女には……」


 途中まで話してから、あの突拍子もないレジーナの顔が思い浮かび、バカらしくなってやめたようだ。何を言おうとしたのかは分からないままに。

 そして、アレクサンドラは、何処からともなく赤い液体の入った金属製ワイングラスを出した。


「私は敵の手には掛からぬ」

 そう呟いたアレクサンドラが、そのグラスを口元に持ってゆき一気に傾けた。


 ダンッ!

「お待ちください!」


 ユリアが飛び掛かりアレクサンドラの手を止めた。美しい銀細工の入ったワイングラスが手から落ち、中の液体と一緒に床に転がる。その液体が入っていた部分は、毒によるものなのか黒く変色していた。


「おやめください、アレクサンドラ様!」

「放せ! 嫌じゃ、敵に捕まり恥をかくのは」

「アレクサンドラ様が手に掛け亡くなった多くの同胞の為にも」

「だから嫌じゃと言っておる!」

「罪を償うべきです」

「ああっ! だからそなたは堅物過ぎる。隊長にすべきではなかったわ」



 抵抗を続けたアレクサンドラであったが、ユリアのしつこさに観念し、付き添われ投降することになる。

 こうして、国民に圧政を敷くアレクサンドラ政権は倒れた。


 ◆ ◇ ◆




 政権が倒れたことで、これまで権力を振りかざし暴虐の限りを尽くしていた秘密警察が解体され責任者が処分された。主に暗殺や粛清を行ってきた組織である。そして、権力の中枢にいた者も続々と逮捕されることとなった。


 そんな中、権力側にいた家臣の申し開きが行われ――――


「私は賊徒なるアレクサンドラに命令され嫌々従っていたまで。全ては彼女の責任なのです。私は無実なのですよ。どうか寛大なお沙汰を。陛下ぁ」


 何処をどうしたらこのように恥知らずになるのかという感じで、元近衛軍長官ソーニャが申し開きをする。


「そなたには責任が無いと申すか?」


 対するアンナが嫌悪感を帯びた顔で答えた。近衛を私物化し、様々な悪行を重ねた彼女を見てきたアンナには苦手意識しかない。


 アンナの横に立っているのが、臨時で議長に就任したアリーナ・カトレアである。まだ三十代の女性であり士官学校主席の才女であるが、アレクサンドラ政権では左遷されていた。


 その優秀さと品行方正さを買われ、急遽、議長へと抜擢ばってきされたのである。


 額を大きく出したワンレンボブの髪をスッと耳に掛け、メガネをクイっと持ち上げたアリーナが資料を読み上げる。


「調査報告によりますと、ソーニャ元長官は無実の市民を『国家の敵』と決めつけ連行、投獄、処刑、その他諸々の容疑がかけられており――」


「えええ、冤罪だ! それはアレクサンドラが勝手にやったこと! 私は知らん」


 しらを切ろうとするソーニャだが、アリーナが証拠を突き付けてしまう。


「ここにソーニャ元長官の署名が入った命令書が――」

「ああああっ! 全部処分するよう命令したはずなのに!」


 自ら墓穴を掘ったようだ。




 続いてユリアが皇帝アンナの前に平伏す。


「此度の件、元議長の横暴を知りながら加担したのは、全て私の責任であります。陛下のご威光を傷つけ国民に苦しみを与えた罰を甘んじて受けましょう。しかしながら、私の部下は命令に従ったまで。私はいかなる処分をされても構いません。しかし、部下には寛大な御沙汰を」


 そう言って頭を下げるユリア。それを見つめるアンナは複雑な心境になる。実際は、アレクサンドラを護衛する役目をしていた彼女は、忠実に任務を果たしていただけで悪事には加担していないのだから。


「アリーナ……」

 アンナが横の現議長を見る。


「はい陛下、調査によりますと、ユリア隊長にはこれといった嫌疑は見当たらないかと」


「だ、そうじゃ。ユリアよ、そなたは忠義に厚い家臣。これからも国家の為励んでくれぬか」


 アンナの呼びかけに涙を流すユリア。しかし、それを固辞する。


「ありがたきお言葉……しかしながら、元議長に加担した私が何の咎めもなく要職に就けば、国民の不満が溜まりましょう。なにとぞ罰を」


 堅物のユリアに、困った顔で再び横を向くアンナ。


「それでは陛下、謹慎処分としては如何ですか?」


「おおっ、そうじゃ。ユリアよ、そなたを謹慎処分とする。しかる後、働きで国に尽くせ。それを以って罰とする」


「ははぁ、寛大なご沙汰、痛み入ります」


 こうしてユリアは謹慎となり、部下の親衛隊メンバーは不問となった。ただ、素行不良のデミトリーだけはクビである。

 ダリアやリーゼロッテとしては、野蛮で品性下劣なデミトリーがいなくなり清々したようだが。



 アレクサンドラは投獄され家も解体される。息子のアンドレイは父方の家に身を寄せ帝都を去った。


 その後、アンナは各国に終戦終結を宣言し軍を引き揚げることとなる。まだ、世の中には争いや問題が山積みだが、ほんの少しだけ世界は平和になるのだった。


 ◆ ◇ ◆




 そして、奇跡の勇者になったナツキといえば――――


「そうなんですか。レジーナさんが大暴れして作戦が失敗しそうになったんですね」


 姉妹シスターズから話を聞いたナツキが、レジーナに問い詰めているところである。


「がははっ! 私も状況が全く分からず、とりあえず全員と剣を交えてみたかったのでありますよ」


 当の本人は全く悪びれず笑っていた。レジーナだから仕方がない。


「ちょっとナツキ、これはお仕置きが必要でしょ」

 ちょっぴりイラっとしたマミカが言う。


「そうね、とびきりキツいのを頼むわ」

 フレイアも賛同した。


「ま、まあまあ、私も無事だったことだし。許してあげようよ」

 頭に包帯を巻いたロゼッタは許してくれるようだ。



「ふっ、勇者ナツキ様。ボクは如何なる仕打ちでも全て受け止めてみせるよ。この美しいお嬢さんたちの攻めならば甘んじて受ける。ああっ、なんてボクは罪な女なんだ」


 急に王子様系女子になったレジーナが芝居がかった演技をする。実は愛読書の官能小説のような攻めを受けたいのかもしれない。


「ナツキ、やっぱりやっちゃっいなさい!」

「はい、マミカお姉様。サー、イエッサー!」


 マミカの命令でナツキがレジーナ迫る。とっておきのお仕置きタイムの始まりだ。


「さら、やりたまえ。ボクは無抵抗だぞっ! っんがぁあああっはああああ~ん♡」

 ズキュゥゥゥゥーン!


 腹ばいになって両手を広げたレジーナに、ナツキ渾身の姉喰いが炸裂した。意表を突かれたレジーナは思いがけない快感で体を跳ねさせる。


「うひっ♡ ちょっ、これは予想外にキツいお仕置きでありますな」

「まだまだです。ボクはお姉さんたちへのお仕置きには厳しいですから」

「ひっ、あひっ、ちょ、ちょっと待ってくれたまえ」


 誰の影響なのか、前より積極的になったナツキがグイグイ行く。


「えいっ!」

 ズキュゥゥゥゥーン! ズキュゥゥゥゥーン! ズキュゥゥゥゥーン! ズキュゥゥゥゥーン! ズキュゥゥゥゥーン! ズキュズキュズキュズキュズキュゥゥゥゥーン!


 意外に鬼畜なナツキの容赦のない姉喰い連打。これには他の姉妹シスターズもおかしな気分になってしまう。


「こ、これ……すごっ♡」

 マミカの顔が赤くなる。

「私も欲しい♡」

 シラユキが呟く。

「ナツキさん、わたくしには♡」

 クレアは欲しがりさんだ。

「そこ代わりなさいよぉ♡」

 フレイアがレジーナと代わりたがっている。

「ふ、ふんす! ナツキ君ナツキ君♡」

 当然、ロゼッタも。

「ぐひゃぁ、わたしもして欲しいんだナ」

 ネルネルもだ。


 デノア王国やその他の国を救い、帝国の国民まで圧政から救った奇跡の勇者ナツキ。彼が救った命は数え切れないほど多く、その功績は計り知れないほどだ。

 だが、当の本人は、相変わらず無意識にエッチなことをする少年であった。


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