第66話 奇跡の勇者

 フレイアの体から獄炎のオーラが立ち上る。燃えるような真紅の髪をなびかせて瓦礫がれきの中に立つその姿は、さながら地獄から召喚された魔王のような迫力だ。


「冥界の門を開け放ち顕現せよ! 煉獄のほむらは火炎のつぶてとなり降り注げ!」

 フレイアが獄炎殲滅の雨ギーラデミウスの魔法術式を展開した。



 もう一方、シラユキも青白いオーラを立ち上らせる。新雪のように美しく煌く銀髪がひらひらと舞い踊り、戦場の真っ只中に幻想的な情景を造り出してしまう。

 こちらは、神話に語られる氷の女神のようだ。


「万物絶対停止の極限よ、その究極の冷気で華となれ!」

 シラユキは原子絶対凍華ゲルゼルティアの魔法術式を展開する。



 一騎当千、まさしく一人で大軍を倒す最強の魔法使い。この二人が同時に魔法を放とうとしているのだ。味方であれば何より心強いが、もし敵であったのなら絶望的な状況だろう。


「ひぃ、うひぃいいいいっ! あ、あばば、は、早くそいつらを殺せ! 早く攻撃するのだ! ああああっ!」


 近衛軍長官ソーニャが腰を抜かしてひっくり返りながら部下に命令する。そして、自分だけ逃げようとしているのか、這いつくばうように人混みをかき分け横へと移動した。



 ドスッ! ドスッ! ドスッ! ドスッ!

 しかし、ソーニャが逃げようとする方向からロゼッタが近付いてくる。


 先程の崩落に巻き込まれ、頭から流れる血で顔は赤く染まり、その姿は神が遣わした伝説の戦乙女のような迫力だ。

 一歩、また一歩と大地を踏みしめ歩むだけで、これほどまでに勝利を予感させる戦士は他にいないだろう。



「ああああああっ! た、たたた、助けて! わわ、私は上級貴族なのだぞ。そこらの平民とは違う。高貴な私が酷い目に遭って良いはずがないのだ。だだ、誰か、その大将軍を討ち取れぇぇ! ほ、褒美は望むだけ出すぞ! 誰かあぁぁぁぁ」


 見苦しく足掻きながらソーニャが命令を出すが、兵士は誰も聞こうとしない。むしろ冷めた目で見ているだけだ。



「な、何でありますか? これは……一体どうなって」


 レジーナが途方に暮れている。事情が分かっていないのだが、一連の流れからソーニャが悪者っぽい気はしているようだ。


「さっきから聞いていれば、我らの決闘を邪魔し、ロゼッタ殿を生き埋めにする所業、許せんのであります。そして、民草を踏みにじるが如き言動……。ソーニャ殿! そのような言動は誤解を招きますぞ。李下に寒ブリを正さずであります!」


 ちょっと良い話をしようとしたレジーナだが、故事が間違っていてよく分からない。寒ブリは脂がのって美味しいかもしれないが。

 ツッコみ役のクレアが欲しいところである。



 ギャグにも良い話にもならなかったレジーナの話はスルーされたが、強大なオーラをほとばしらせる大将軍に囲まれた近衛軍は全く動けない状況だ。

 一歩でも動いたら、広範囲殲滅魔法をくらうことになりそうなのだから。


 フレイアが凛々しく威厳のある声で宣言する。

「勝敗は決した、今すぐ降伏せよ! 我らも無益な殺戮はしたくない!」


 シラユキも続く。

「そう、私が魔法を放てば全員氷漬け。もう、あなたたちに勝ち目はない」



 完全に包囲された帝国軍の状況に、ユリアはソーニャの元に駆け寄る。


「ソーニャ様! もう勝敗は決しました。この戦、我らの負けにございます。どうか降伏を」


「ばばば、馬鹿者! 降伏などできるか! 私は上級貴族なのだぞ! 高貴なる私が虜囚の辱めを受けるなどありえないのだ!」


 ユリアが降伏を具申するも、ソーニャを激怒させるだけだった。


「者ども、撃て! 大将軍を攻撃せよ! お前たちは敵に突撃して私を守るのだ! 早くせぬかああああっ!」

 なおもソーニャが命令する。自分さえ助かれば部下はどうでもよいのだろう。


「なりません!」


 その時、幼いながらも凛とした声が戦場に響いた。


 ザワザワザワザワザワワザ――――

 一斉にどよめきが起こった。宮殿正門から幼い少女が現れたのだ。


 その少女はナツキと共に並び、周囲をクレアとマミカに守られている。後から駆け付けたのか、ネルネルも後ろを守っているようだ。


「皆の者、今すぐ武器を捨て控えるのです。このルーテシア帝国第35代皇帝アンナ・エリザベート・ナターリヤ・ゴッドロマーノ・インペラトリーツァ・ルーテシアが命じます! 今すぐ武器を捨て停戦しなさい!」


 ザザザザザザザザザザザザッ!


 その一声で兵士たちが一斉に武装解除し平伏した。フレイア達も魔法を解除しそれに倣う。


「余が幼く不甲斐ないばかりに、臣民であるそなたらに苦難を強いることとなり誠に申し訳なく思います。全ては余の至らなさが招いたことである」


 ドヨドヨドヨドヨ――――

 皇帝が頭を下げ、その場にいる全ての者からどよめきが起こる。


「しかしながら、元老院議長の行いは決して許されるものではなく、他国の主権を排し領土を侵すが如きは、もとより余の本意ではない。速やかに停戦し軍を引き揚げる所存である。汝ら臣民は余の意を体し無益な争いを収めよ」



 アンナの演説で戦闘は終結した。しかし、話はここで終わらなかった。


「それからもう一つ伝えねばならぬことがある」


 アンナの声で再び宮殿前広場に静寂が広がる。

 そして、アンナは横にいるナツキの腕を掴み、自分の方へ引き寄せた。


「えっ、あ、あの?」

 ナツキの頭に『?』が浮かんだ。


「余の隣におるこの男こそ、この戦争を止め世界を平和にせんと戦った奇跡の勇者であるぞ! その名はナツキ・ホシミヤ。この者に心からの感謝を!」


「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉーーーーっ!!」」」


 勇者の登場に、いつの間にか広場に集まっていた民衆から一斉に歓声が沸く。いつの間にか多くの市民が広場に集まっていたようだ。


「この栄誉ある勇者ナツキを、余はこの上ない功績を称え聖インペラートル金翼騎士大勲章を授与することとする。そして、余の婿として迎えようと決意した」


「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉーーーーっ!! アンナ皇帝万歳! 勇者ナツキ万歳! アンナ皇帝万歳! 勇者ナツキ万歳!」」」


「きゃあああっ! 勇者ナツキくーん!」

「俺たちを議長の圧政から救ってくれた勇者だ」

「私たち助かったのね!」

「皇帝陛下万歳! 勇者ナツキ万歳!」

「「「うおおおおおおおおおおおおっ!!」」」


 会場が沸き空気を振動させるほどの大歓声が起こった。誰もが二人の結婚を祝福しているようだ。いや、ごく一部の者を除いては。



「ええええええっ! ぼ、ボク、結婚はしませんよ」

 当然ナツキは断る。そんな話は初耳だから。


 だが、そんなナツキよりも必死に止めに入った者たちがいた。そう、彼女候補でありナツキに堕とされている大将軍の女たちだ。


「へへへ、陛下! ナツキは私の男です! もう毎日同衾どうきんして愛をはぐくんでいるんだしぃ!」

 横からマミカがツッコんだ。


「違いますことよ! わたくしの最愛の人でございますわ。愛の軌跡シュプールですわぁ」

 反対側からクレアもツッコミを入れる。相手が皇帝なのも忘れて。


「違うんだナ! わわ、わたしのナツキきゅんなんだゾ。湖畔に建てた家で暮らすんだゾ」

 当然ネルネルもツッコむ。


 ズドドドドドドドド!

 ロゼッタに至っては、わざわざ神速超跳躍走法ホリズンドライブを使って駆け付けてしまう。

「陛下ぁぁぁぁっ! ナツキ君は私の結婚相手にございます! ふんすっ」


そしてこの二人も――


「それだけは陛下でもダメです! ナツキは私と結婚するのですから。もう甘く熱い夜を過ごしているのですから」

 紛らわしい言い方だが、フレイアは添い寝を男女の仲のように言っている。


「永遠の楽園の彼方、ナツキと私は永久不滅の契りを結んだつがいの翼。たとえ至高の存在でも引き裂くことは不可能」

 ちょっとポエムっぽいが、要するに私とナツキの仲を裂くことは皇帝でも許されないとシラユキは言っている。


「よし、よく分からないけど、私も参戦するであります」

「「「レジーナは黙ってて!」」」

 レジーナまで乗ろうとするが全員に断られる。これにはレジーナも、ちょっと拗ねてしまった。



 まさか、家臣からこんなにツッコまれるとは思っていなかったアンナはションボリしてしまう。


「ううう……余は皇帝なのにぃ」


 今までアレクサンドラに軟禁され、その権力も使うことができなかったアンナ。最初に使った皇帝の権力は、まさかのナツキとの結婚だった。


 そんなアンナに、ナツキが声をかけた。


「アンナ様、ルーテシア帝国の文化では違うのかもしれませんが、他の国では結婚は双方の同意でするんですよ」


「そ、そうなのか……?」


「はい、ボクとアンナ様は、まだ知り合ったばかりです。だから結婚はできません。もっとお互いを知ってからでないとダメなんですよ」


「よし、余はアンナ・エリザベート・ナターリヤ……長いのでアンナでよいぞ。おとめ座のA型、歳は10歳じゃ。好きなものはパンケーキであるぞぉ」


 ナツキの『お互いを知ってから』という話に、急に自己紹介を始めるアンナだ。こんなところは年相応の子供なのかもしれない。



 とりあえず結婚の話は埒が明かないので後回しとなった。そんな中、その場から逃げ出そうとする者が一人。あっけなく見つかってしまうのだが。


「は、放せ! 私は上級貴族だぞ」

 手足を抱えられ連行されるソーニャ長官。


 そして、ユリアは宮殿大広間、アレクサンドラのところに向かっていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る