第65話 高潔さと卑劣さと
やっと玉座の間に到達しマミカを救い出したナツキ。多少のトラブル(破廉恥しまくるクレア)があったが、マミカの怪我も大したことなく作戦は成功したかに見える。
「お姉様、お腹を見せてください。ここ、痛みますか?」
マミカの怪我を心配するナツキが彼女のお腹に手を当てる。殴られた場所が少しだけ赤くなっているようだ。
「大丈夫よ、このくらい。ほっとけば治るし」
そう言って笑顔を見せるマミカだが、ナツキはペタペタとお腹を触り始めた。
「マミカお姉様の綺麗な体が、あざになったら大変です」
「んぁ♡ な、ナツキって意外とアレよね。ってか触り過ぎだし♡」
なでなでなでなで――
そっと優しくナデナデするナツキに、思わずマミカの変なスイッチが入りそうになってしまう。
「くっ、ああぁん♡ ダメっ、ナツキ……そういうのはベッドでぇ♡」
※ナツキは怪我の具合を見ているだけです。
いい感じになっている二人に、放置気味のクレアは不満のようだ。ナツキの背中にくっついてきた。
「ナツキさん♡ わたくしとの愛の
まだ少し陶酔の中にいるのか、うっとりとした顔のクレアだ。ナツキも直視できずに背を向けたまま会話をしている。
「クレアさん、服はどうなってるんですか……」
「そんなの二人の愛の前には些細なことですわ♡」
「えええ……」
こんな調子で、陥落しそうなマミカと陶酔中のクレアに挟まれ困っているナツキだが、決して目的を忘れたわけではない。
「この部屋にルーテシア皇帝がいるはずなんですよね。どこにいるのでしょう?」
そう言いながらナツキが周囲を見渡す。
壁には世界中から集めた金や
部屋の奥にも豪華絢爛な造りの玉座がおかれ、眩い輝きで目がくらみそうだ。
しかし、肝心の皇帝の姿が見えない。
「あのぉ、ルーテシア皇帝はいらっしゃいますか?」
とりあえず呼んでみた。帝国民ではないナツキは恐れを知らないようだ。
カタッ!
ナツキの声に反応するように、玉座の奥の壁から音がした。
「誰かいるんですか?」
恐る恐るといった感じに隠し部屋の扉が開き、そこから小さな少女が顔を見せる。そう、皇帝アンナである。
後ろから侍従長が「陛下、危険です」と言うのを手で制しているようだ。
「そ、そなたは勇者じゃな……」
そう言って部屋から出たのは、柔らかそうな金髪の少女。つぶらな瞳は透き通る空のように青く、まだ背も低く幼さを残した手足は、ぷにぷにと柔らかそうな見た目だ。
一言でいって幼女である。
「はい、デノア王国から皇帝を救う為にやってきました。ナツキ・ホシミヤです」
ナツキの自己紹介に目を輝かせたアンナは、ちょっと大人ぶって胸を張る。
本当は自分を助けにきた勇者に抱きつきたい気持ちなのだが、先ずは皇帝としての威厳や所作を見せたいところなのだろう。
「余が、ルーテシア帝国第35代皇帝アンナ・エリザベート・ナターリヤ・ゴッドロマーノ・インペラトリーツァ・ルーテシアである。こ、この度の働き大儀であった」
まだ幼女なので威厳は無いのだが、その言葉は帝国の国民には権威と崇拝の対象であるようで、その場にいる者が一斉に平伏した。
「皇帝陛下、大将軍マミカ・ドエスザキでございます。
マミカが畏まって話している。普段の口調からは想像できない。ちょっと似合わないかもしれないが、形式的なマナーもできるようだ。
「う、うむ、大儀であった」
アンナの声が震える。マミカとは初対面だが、ドS大将軍という噂は耳にしているので怖がっているのだ。
そして、もう一人の大将軍といえば――
「えっ、あのっ、アンナ様……はっ! こここ、皇帝陛下! 陛下のご尊顔を拝し恐悦至極でございますわぁ」
やっと夢見心地でおかしくなっていたクレアが正気に戻った。アンナの威光様様である。
「く、クレアも大儀であった……ううっ、な、何故、裸なのじゃぁ」
何とか取り繕って対応しようとしたアンナだが、さすがに素っ裸のクレアにツッコまざるを得ない。
「へっ、あ、あの……」
クレアが自分の姿を見て顔を青くする。恋愛大爆発でテンションがおかしくなり、これまで裸で戦い続けたのを思い出す。改めて考えると……いや、考えなくても、自分がおかしなことをしていたのに気付くだろう。
「あ、あああ……きゃああああっ! わわわ、わたくし、なんて破廉恥なことを。もう、お婿をもらえませんわぁぁ~っ! あひぃ、へ、陛下の御前で申し訳ございませんですわぁ~」
「よ、よい、事情があったのであろう……」
アンナが気を利かせる。小さな子に、しかも皇帝に気を遣わせるとは、やはりクレアは只者ではない。
だが、舞踏会の華であり皆の憧れでもあるクレアが、実は変態さんだったとか少しだけアンナは思ったりしていた。
「クレアさん、ボクの上着を」
さり気なくナツキが服をかけてあげた。
クレアに服をかけるのは、これで二回目である。
クレアに倒されたダリアたち親衛隊も、アンナの前に床に額をつけるほど平伏していた。派手にぶっとばされて気絶しているデミトリーは別だが。
クレアが服を着たところで、アンナが高らかに宣言する。
「戦いはまだ続いておるのか? もし帝国の国民同士が戦っておるのなら、余が止めねばならぬ」
◆ ◇ ◆
宮殿正面の戦いは混乱していた。数千の魔法攻撃隊による一斉射により周囲の建物が崩壊し、辺りに瓦礫の山が築かれている。
ロゼッタが崩れた瓦礫に埋まり行方不明となり、レジーナは青ざめた表情でオロオロするばかりだ。
「ロゼッタ殿ぉぉーっ! まだ勝負はついていないのでありますぞぉぉー!」
ロゼッタの姿が見えなくなり、近衛軍長官のソーニャが大歓喜とばかりに小躍りする。
「や、やったぞ! あの大将軍ロゼッタを倒したぞ! がはははっ! ちょっと力が強いからと良い気になりおって。小娘風情が大将軍を名乗るなど百年早いわ。これだから最近の若いもんは。近年では年齢より実力を重視する風潮だが、やはり年長者を敬うべきなのだ。ははははっ!」
高笑いするソーニャ。
しかし、ソーニャとは対照的に、ロゼッタの最期を見たユリアは複雑な心境になっていた。
「くっ……ロゼッタ様は
悔やんでも悔やみきれない。自分もロゼッタのように誇り高き騎士になりたかったと。もし、やり直せるのなら、民の為の盾となり、陛下の為の剣となり、この命を捧げたいと願う。
そんなロゼッタの高潔さもユリアの信念も理解せぬソーニャは、更に愚かな命令を出そうとしていた。
「これで邪魔者は一人いなくなったぞ。次はフレイアとシラユキだ! そして私に歯向かった愚かな市民もだな。全員一人残さず粛清してやるわ! 下賤な輩なぞ、いくらでも代わりはいるのだからな。がははははっ! がっははははっ!」
陰険な性格を映すようなシワの入った顔を歪ませるソーニャ。人は加齢と共に性格が顔に出るといわれるが、まさに彼女は卑劣な性格が現れているかのような顔をしていた。
「おい、者ども、早く攻撃をせぬか! 市民を盾に取れ。帝都の市民を人質にとれば、反乱軍とて攻撃もできまい。フレイアたちが来る前に体勢を整えるのだ!」
ソーニャの命令に、近衛軍の兵士たちが顔を見合わせる。これまで酷い命令を聞いてきたが、高潔なロゼッタの最期を見て決心が揺らいでいるのだ。
「ううっ、市民を盾になんて……」
「あの中には俺たちの家族もいるはずなんだ」
「私たちは罪のない市民を攻撃する為に近衛になったんじゃない」
「もう嫌だ!」
「早くせぬか! 敵はあの胸や尻がデカいだけの狂暴女フレイアと、ちょっと顔が良いからと調子に乗った貧乳鉄仮面女シラユキだぞ!」
「誰が胸や尻がデカい狂暴女よ!」
「は? 貧乳鉄仮面女って誰?」
大通りの向こう、土煙を切り裂くように現れた女の影が二つ。
その凛々しい姿から、高らかに美しく良く通る声が響いた。
「誰が狂暴女だって言ってんのよ! あとお尻は普通だから! ちょっと大きいけど」
「む、むむむ、胸のことは言うなああっ! そこまで小さくないから。ジャストサイズだから」
気にしているところを中傷され、二人の女……フレイアとシラユキが激怒する。
「ひぃ、ひぃいいいいっ! で、出たぁ。う、撃てぇ! 早く攻撃せよ!」
二人の大将軍の姿に腰を抜かしたソーニャが命令する。
ガラガラッ! ガタンッ! ズドドドドドドドドーン!
その時、瓦礫の山が崩れ、その中から大きく力強い女戦士が立ち上がった。まるで、死の淵から甦った伝説に語られる戦乙女のようだ。
衣服が破け頭から血を流しているが、その絶大なるバトルオーラは健在である。
「ぐっ、ぐおおおおおおーっ!」
そう叫んだ女戦士は自分の上に乗っていた数メートルもある瓦礫を担ぎ上げ放り投げる。そう、帝国最強戦士ロゼッタである。
勝利を確信し歓喜していたソーニャの顔が絶望に染まる。激怒した大将軍に囲まれ、絶体絶命になってしまった。まあ、自業自得だが。
帝都決戦は最終局面へと突入したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます