第58話 ツイてない日

 次々と戦況報告が入るアレクサンドラのところに、彼女にとって最悪のものが入ってきた。それは一気に戦局を覆すような大問題である。


「議長、も、申し上げます! 帝都正門を守っていた大将軍ロゼッタ様とその軍勢およそ五千、反乱軍に寝返った模様」


 部下の報告を聞いたアレクサンドラが茫然とする。


「なっ、なんじゃと…………バカな……。こ、殺せ! 裏切り者は処刑じゃ! 早く皆殺しにせよ!」


 まるで乾いて張り付いた喉の奥からひねり出すような声で叫んだアレクサンドラが憤怒の形相になる。


「しかしながら……宮殿前の近衛軍が、し、市民を攻撃し、広場は大混乱となっております。直ちに軍を動かせる状況では……」


「何を言っておるか! 市民など薙ぎ払うのじゃ! 近衛魔法隊で焼き殺し、その上を進軍せよ! 早くせぬかあああ!」


「ぐっ、ぐううっ……ははぁ」

 苦渋に満ちた表情になった部下が頭を下げ退出した。


 その部下と入れ替わるように、更にもう一人の部下が報告に上がる。


「帝都西方に出現した巨大怪獣が宮殿に向かい侵攻中です!」


 怒りの容量があるとすれば、今のアレクサンドラは上限を軽く超え二倍になったはずだ。その部下に対し怒声で返したのだから。


「やかましい! この愚か者があああっ! そんなものは各々が勝手に対処せよ! 待機させている正規軍がいくらでもあるであろう! 勝手に迎撃せんか!」


「ひぃぃ~っ、は、畏まりましたぁ」

 腰を抜かしそうになった部下が、途中ドアに頭をぶつけながら退出して行った。


 そもそも待機を命じたのはアレクサンドラなのだ。勝手に迎撃しろとは理不尽極まりない。

 ここにきてアレクサンドラのメッキが剥がれたかに見える。他人を陥れることには優れた頭脳を発揮する彼女だが、こと軍事に関しては専門家でもなく、多少心得がある程度なのだから。




 再び大広間が静寂に包まれた時、アレクサンドラの側に控えていた親衛隊隊長ユリアが彼女の前に出た。


「アレクサンドラ様、これより私は宮殿正面に出てロゼッタ様を討ち取る所存でございます」


 最初、アレクサンドラは、ユリアが何を言っているのか理解できない顔をした。そして、その意味が分かると、一気に血が上ったかのように怒鳴り散らす。


「な、なな、何を言っておるかあああああーっ! 誰が私を守るのじゃ! この私を誰が守ると言っておるのじゃ! そなたは親衛隊の隊長であろう!」


「アレクサンドラ様、身寄りのない私を引き取り、身に余る地位に就けて頂いたことは感謝しております。しかしながら、私はアレクサンドラ様のみならず、皇帝陛下に対しても忠誠を誓う帝国軍人です」


 ユリアの話でアレクサンドラの目が更につり上がる。

「な、何を言って……」


「強大な敵が迫っております故、ここは陛下をお守りする為、打って出て大将軍の首を上げ――」


「黙らぬかぁぁああああっ! 皇帝アンナなどどうでもよい! どうせ一時的に傀儡かいらいとしておるだけじゃ! それより私を守るのじゃ! 更に市民などどうでもよいわ! 下賤な輩などいくら死んでもよいのじゃ! そんなことより私を守れと言っておるのじゃああああ!」


 本音を隠すことなくぶちまけるアレクサンドラ。もう何も隠そうともしていない。


「忠ならんと欲すれば孝ならず、孝ならんと欲すれな忠ならず。このユリア・クラシノフの進退ここにきわまれり……」


 アレクサンドラの前にひざまずいたユリアが、切々と語る。


「私は皇帝陛下に忠誠を尽くす帝国軍人でありながら、貧民であった私を引き取り育てて頂いたアレクサンドラ様に恩義を感じ忠誠を尽くしております。その御恩は忘れたことはございません」


 顔を上げるユリア。


「しかしながら、このままここで座しておれば、我ら軍勢の敗北は必定。そればかりか、軍が市民を討ったとあらば、我が国の名声は地に落ち皇帝陛下の名も汚すことになりましょう。ならば、私が打って出て正面を守る親衛隊と共に反乱軍を迎え撃つ所存」


「な、な……なんじゃと……」


 ズタッ!

 立ち上がったユリアが、隣に控えているダリアの方を向く。


「ダリア・ゼレキン、大将軍マミカ様は強敵だ。デミトリーは論外として、防御スキル四人では心もとなかろう。貴様が加勢すれば勝てるはずだ。為せることをせよ。それが私の最後の命令である」


 それだけ言うとユリアは身を翻し部屋を出て行った。


「そ、それでは、私は援軍として玉座の間へ向かいます」

 副隊長のダリアも後に続くように退出する。




 二人が出て行き無駄に広い大広間にはアレクサンドラのみが残される。彼女は呆けた顔で椅子に座ったまま天上を見上げた。


「は、はは、はははっ……何故じゃ。何故、皆離れて行く。何故裏切るのじゃ……。私は高貴な生まれなのじゃ。下賤な有象無象の平民とは違う。私こそが、この大帝国の富と権力を手に入れるのに相応しかろう。あんな小娘のアンナに国を動かすなどできるはずがない。私が帝国を大きくしたのじゃ。私が他国をねじ伏せ版図を広げたのじゃ。私が偉大な軍事強国ルーテシアをつくり上げたのじゃ。私が…………」



 アレクサンドラの言葉に、誰も返す者がいない。彼女は敵対する貴族や政治家を暗殺し、邪魔な者や異を唱える者を粛清し続けた。

 そして、彼女の周りには誰もいなくなったのだ。


 ◆ ◇ ◆




 ギギギギギギィィィィ――――

 玉座の間の大扉を開く音が鳴り響き、スキル認識阻害アムネジアエフェクトを使ったマミカが侵入する。


「来たぞ! 四重障壁結界陣展開!」


 扉が開いたのを合図にウルスラが叫ぶ。四方に構えていた防御系魔法使い四人が、同時に魔法効果解除スキルを使用した。


「「「あらゆる魔法術式を解体し魔法無効の領域を! 術式解体! 魔法無効!」」」


 ギュワアアアアァァァァアアアアーン!

 四重に重ね掛けした防御魔法により、マミカの姿が現れる。室内全体に魔法無効結界陣を敷いたのだ。


「なにっ! やっぱりアタシをお待ちかねってわけね」


 マミカの姿が完全に見えるようになったところで、剣士のデミトリー・ボージンが前に出る。


「ひゃっはあああぁっ! 丸見えだぜぇ! マミカさんよぉ!」


 鋭くガラの悪い顔をニヤケさせ舌なめずりするデミトリー。思わずマミカは鳥肌が立った。


「あんた誰よ。親衛隊に男なんていたかしら?」

「あぁーん、知らねえのかよ。教えといてやんよ。俺様が――」

「あっ、べつに要らないから。どうせ覚える気ないし」


 軽くあしらうマミカだが、デミトリーは眉間にシワを寄せる。


「この状況で余裕ブッコいてんじゃねーぞ! 自分がどんな立場か分かってんのか! ああぁん」


「喋ってないで早くしろ! デミトリー」

 顔をしかめたウルスラが怒鳴った。


「へいへい、やりゃあ良いんだろ。くそっ!」


 長剣を構えるデミトリーに、マミカも短めのレイピアを抜いた。


「おりゃああああっ!」


 鋭い踏み込みで剣を突き出すデミトリーが突進する。魔法を封じられたかに見えたマミカは、その場の誰が見ても不利だと思っていた。

 しかし――――


「マミカ流剣術幻惑剣!」

 カキィィィィーン! カラカラカラッ――


 誰もが目を疑った。剣技レベル7のデミトリーに、魔法の使えないはずのマミカが勝ったのだから。

 デミトリーの動きがスローモーションのように鈍くなり、マミカのレイピアが彼の剣を跳ね上げたのだ。


「な、な……なぜだ。何故魔法が使える」

 デミトリーは腕を突き出した状態で固まっている。


「スキル精神掌握セイズマインド、知ってるでしょ。アタシが最強の精神系魔法使いだって」



「そ、そんなバカな……結界陣は効いているはず……何故!」


 ウルスラが叫ぶ。彼女の顔に余裕がなくなった。信じられないといった顔をしている。


「あっははははっ! バカね。この程度の結界でアタシの魔法を防げるとでも思ったのかしら? 残念でしたーっ、アタシは最強なの」


 そう言ったマミカが魔力を強める。四人の結界を破壊するように。


 シュワァァァァァ――――


「ぐああああぁ! ウルスラ、もう持たない」

「ルクレース、踏ん張るんだ!」

「ダメです! 私も限界です」

「きゃああああっ!」


「あんたたちには悪いけど、ちょっと眠っててもらうわね。なるべく痛くさせない……いや、やっぱり痛くしちゃうかもね」


 マミカの魔法が四人の魔力を上回り、結界陣を破壊しようとしたその時。入り口から部屋に飛び込んできた女が叫ぶ。


「間に合った! 遅れてごめん」


 青みがかった髪にモブっぽい顔。特徴が無いのが特徴の親衛隊副隊長ダリア・ゼレキン。こんなモブっぽいのに、超貴重な支援魔法レベル8の女である。


「スキル能力向上レベルブースト!」


 ダリアの魔法で対象者のスキルが飛躍的に向上する。ウルスラたち支援魔法スキル四人の魔力が強化され、結界陣が完全に構築された。


 このダリア、モブっぽいのには理由もあった。実は親衛隊の切り札でもあるダリアは、レアスキルの能力向上レベルブースト秘匿ひとくする為にモブっぽく振舞っていたのだ。

 実際モブっぽい顔なのは事実だが。


「やった! 我ら親衛隊の魔力が僅かに勝っているぞ!」


 完全にマミカに力負けしていた四人の魔力が、ダリアのバフを受け上回った。

 ウルスラがデミトリーに向け言い放つ。


「デミトリー! 早くしろ、長くはもたん」


「おっ、動けるようになったぜ。へっ、ビックリさせやがってよ。けけっ、ギタギタにしてやんよ」


 ギラギラと殺意をもった目をマミカに向けたデミトリーが、ニタニタと不気味な笑みを浮かべマミカに近付いて行く。


「殺すな、デミトリー! 人質にするんだ! 宮殿正面に反乱軍が迫っている。急げ!」

 そう言ったダリアが宮殿正面方向を指差す。


「へいへい、ダリアさんよぉ。ったく、せっかく仕官学校時代の憧れマミカ女王様をいたぶれるチャンスなのによ。うはっ、まあ、マミカは後からたっぷり俺様の恐ろしさを叩き込んでやるぜ。おまえは俺の女にして徹底的に痛めつけてやるからな。ひゃははははっ!」


 ドスッ!

 デミトリーのパンチがマミカの腹に入った。


「ううっ、くはぁ……」

 無防備になっていたマミカは、気が遠くなり体が傾き意識が薄れて行く。最期にナツキの顔を思い浮かべながら。


「ナツキ……会いたい、会いたいよ……。ああっ、ツイてないな。今日はツイてない日なんだ……。そう、昔みたいに……」


 バタッ――――


 ◆ ◇ ◆




「マミカさん! 待っていてください。今行きますから」

 何かを感じ取ったナツキが、自然と口からその言葉が出た。


 ロゼッタに乗り怒涛の進撃で帝都大通りを突破するナツキ。その瞳は決意に燃えていた。






 ――――――――――――――――

 急げナツキ! マミカの体に指一本触れさせるな。

 大ピンチのマミカお姉様のところにナツキが向かう。いつだって囚われのヒロインを救うのは勇者の役目なのだから。


 もし少しでも面白いとか、デミトリー許さんとかイラついたら……もしよろしければフォローや★を頂けるとモチベアップになって嬉しいです。たとえ星1でも泣いて喜びます。コメントもお気軽にどうぞ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る