第57話 真の勇者と真の騎士

 街中で暴れている変態大蛸ネルネルだが、思うように陽動が成功せず声を上げる。

「これじゃ陽動になっていないんだナ!」


 大通りをゆっくりと進み、人々に被害が出ないようにしている。しかし、周囲の住民は避難したようだが、待てど暮らせど軍が鎮圧に動く気配はない。宮殿前に配置された帝国近衛軍は、陽動に乗らず待機を決め込むようだ。


「くぅっ♡ ああっ♡ ネルネルさん……こ、こちらの手の内が読まれているのではなくって?」

 触手のくすぐり攻撃でぐったりしたクレアが言う。


「少ない情報から、どうやってこちらの作戦を読んでいるのカ?」

「案外、適当かもしれませんわよ」

「ぐはぁ、そんなもんなのかナ……」


 実際のところ、アレクサンドラの思い付きである。マミカが裏切った確証もないのに、勝手にマミカなら裏切ると思い込んでいるだけなのだ。


「少し宮殿前に移動するんだナ」

「あまり近付き過ぎて、近衛軍と親衛隊の総攻撃をくらわないようにですわよ」

「分かってるんだナ」


 ぐにょぉおぉおおおおっ!

 巨大触手生物が前進を始めた。


「最大戦速ヨーソローなんだゾ!」

「ところでネルネルさん?」

「んっ?」

「ヨーソローって何ですの?」

「特に意味は無いんだナ。やってみたかったんだゾ」

「わ、わたくしは何をやらされていましたの」


 ぐにょぉぉ~っ!

 返事の代わりに触手がクレアの体をうねる。

「はああぁ~ん♡」


 クレアの色っぽい声を乗せ、巨大触手は宮殿へ向かって行く。


 ◆ ◇ ◆




「おかしいわね。誰もいないし……」


 玉座の間の前まできたマミカは、周囲に誰もいないのを怪しむ。ここに来る途中では大勢の兵士が警備にあたっていたのに不自然だ。


「罠か…………。アレクサンドラあのババアは、アタシが裏切るのを読んでいた。それもずっと前から」


 大扉を触るマミカの手が震える。

 認識阻害アムネジアエフェクトで姿を消しているとはいえ、扉を開ければ、その動きと音で気付かれてしまう。

 この扉の向こうでは、罠をかけ侵入者を狙っているはずだから。


「くっ……すうぅーはぁー」

 息を整え思考をクリアにする。


 ここに来るまでスキルを使い続け消耗している。

 でも、アタシなら親衛隊四人の防御魔法を突破できるはずだ。あいつらだけ何とかすれば、後はアタシの精神掌握セイズマインドで動きを止められるはず……。


 大丈夫。アタシならできる。

 作戦を成功させナツキのところへ帰るんだ。そして結婚……ふふっ、アタシが結婚だなんて。笑えるし……。

 アタシは勝って必ず幸せになるんだ!


 ギギギギギギィィィィ――――

 玉座の間の大扉を開く音が鳴り響いた。


 ◆ ◇ ◆




 マミカが玉座の間に入る少し前。

 ナツキたちの乗った馬車が帝都正門へと突入した。


 ドドドドドドドドォォォォーン!

 ヒヒヒィィーン!


 膠着こうちゃく状態のまま動かなかったはずなのに、突然の急接近で正門を守る兵士たちが右往左往する。


「ぎゃああああっ! 許してぇ」

「鬼将軍よぉおおっ! 殺される!」

「助けてぇぇええええっ!」


「誰が鬼将軍だコラぁ!」

 ついでにフレイアの一喝で更にパニックになった。


 帝都内で眩い光線が立ち上がり爆音が轟いた後で、そちら側に気を取られていた兵士は不意を突かれた形だ。気が緩みっぱなしである。



「落ち着くんだ! パニックになっちゃダメだ! 隊列を戻せ。この私、力のロゼッタがいる限り軍は健在だあっ!」


 力強いロゼッタの声で兵士の士気が戻った。そう、戦場に立つロゼッタの雄姿は、味方を鼓舞して奮い立たせるのだ。まさに軍神のように。


馬車の前に立ち塞がるロゼッタに、ナツキが声をかける。すべてアドリブで。


「大将軍ロゼッタさん、ここを通してください!」

「むむっ、そ、それはできぬ!」


 ロゼッタは混乱していた。作戦には無いナツキの行動で、どうしたら良いのか迷っているのだ。実直で裏表のないロゼッタにはアドリブが苦手なのだから。


「皆さんも聞いてください!」

 精一杯大きな声を出したナツキが、周囲の兵士にも語り始めた。


「皆さんは今の帝国が、このままで良いと思っているんですか。幼い皇帝は宮殿に閉じ込められ、一部の貴族により富も権力も独占されている! 無益な戦争を広げ、皆さんも大変な思いをしているんじゃないですか!」


 ナツキの話で兵士たちが顔を見合わせた。徐々に騒めきが広がるように。


「もう何年も皇帝陛下の顔を見ていないわね」

「噂は本当なのかしら?」

「議長が簒奪するとかいう噂ね」

「でも、私たちには分からないし」


 騒めきを掻き消すかのように、ナツキはロゼッタに向け叫んだ。


「ロゼッタさん! あなたが真に誇り高き帝国騎士なら、国を蝕む政治家を一掃し、囚われている皇帝陛下を救い出すべきですよね! 忠義の為に尽くす。弱き者の剣となり戦う。それが真の騎士の姿です!」


 ドドドドドォォォォーン!

 その一言が、ロゼッタの琴線きんせんに触れた。


 このロゼッタ、実直であるだけでなく義理や人情に厚く、この手の話に弱いのである。ただでさえナツキが大好きなのに、こんなことを言われたら黙っていられない。


「そ、そうだ……そうだ! その通りだああああああっ! 私は皇帝陛下に忠誠を誓った帝国騎士ロゼッタ・デア・ゲルマイアー! もし、陛下の威光が蔑ろにされ、逆賊が国を乗っ取ろうと企むのなら、この私が帝国のつるぎとなり戦うまで!」


 ノリノリで喋っているロゼッタだが、演技でもアドリブでもない。本心から言っている。ナツキの言葉で闘志が燃え上がってしまったのだ。


「ロゼッタさん!」


「勇者ナツキ君、私も共に戦おうぞ! 今この瞬間から私は解放軍に味方する! うおおおおおおおおっ!!」


「「「うおおおおおおおおっ!!」」」

 ロゼッタに合せて、部下の兵士も一斉にときの声を上げた。


「そうだ! 我々もロゼッタ様に付いて行くぞ!」

「何処までも御供します!」

「私たちも解放軍だ!」

「「「うおおおおおぉぉぉぉーっ!」」」


 一気に大将軍ロゼッタの兵がナツキの味方になる。まるで盤上の石が次々と裏返るように。


「行こう、ナツキ君!」

「はいっ!」


 ロゼッタがナツキを抱く。そのままナツキはロゼッタの背中に乗った。


「フレイアお姉さん、シラユキお姉ちゃん、先に行きます」


 フレイアとシラユキは、成長したナツキを眩しそうな顔で見つめる。そして宮殿を指差し言った。


「ええ、行きなさい。キミの目指した勇者になる為に」

「くくっ、すぐに私も追いつく。行け、勇者ナツキ」


「はいっ!」


 ナツキの声が合図となり、ロゼッタが神速超跳躍走法ホリズンドライブに入る。宮殿に向け、超スピードで加速して行った。


「うおおおおおおぉぉぉぉーっ!」

 ズドドドドドドドドドッ!

 ビュゥゥゥゥゥゥウウウウウウゥゥゥゥ――――



 ナツキとロゼッタを見送ってから、フレイアとシラユキの二人はハッとした顔になる。


「ちょっと、何かロゼッタに良いとこ持ってかれてるじゃない!」

「しまった、油断した……」


 オイシイところを取られないように、フレイアとシラユキは、仲間になった兵士たちと共に宮殿に向かった。




 ズドドドドドドドドドッ!


 正門から宮殿までは約7キロメートルもある。だが、ロゼッタの神速超跳躍走法ホリズンドライブなら2分かからないはずだ。


 しかし、宮殿まで一直線の大通りには大勢の人が詰めかけ騒ぎになっていた。ネルネルの大怪獣から逃げてきた者や、宮殿前の市民に向けた攻撃とで大混乱になっているのだ。


 混雑する人を避ける為にスピードこそ落としたが、ロゼッタは人と人との隙間を抜けたり大ジャンプで空中を飛翔したりする。


「凄い人だ。宮殿方向から逃げてきますね」

 混乱した市民を見たナツキが言う。


「何かあったのかな。急ごうナツキ君」

「はい!」

「飛ばすよ」


 ズドドドドドドドドドッ!

 シュパァァァァアアアアアアァァァァーン!


 風を切るようにロゼッタの体が超加速する。神速超跳躍走法ホリズンドライブにより滑空するロゼッタは、まるで勇者を乗せた伝説の神獣天馬ペガサスのようだ。




 宮殿に潜入したマミカ。帝都西側からネルネルとクレア。そして帝都正面からナツキとロゼッタ。少し遅れてフレイアとシラユキ。

 勇者と六人の大将軍が宮殿を目指している時――もう一人の大将軍も同じ場所に向け進んでいた。


「ふわぁーっはっはっは! 不肖このレジーナ・ブライアース、アレクサンドラ議長の要請にて参上仕るであります!」


 何も知らされていないレジーナ。この剣技や近接戦に於いて無敵の強さを誇る剣聖が宮殿に向かっている。

 この戦いが盤上のゲームだとしたら、このレジーナこそ最強のカード道化師ジョーカーではなかろうか。


 果たして、この憎めないけどちょっとおバカな姉ヒロインが、吉と出るか凶と出るか。帝都に於ける議長派とナツキ姉妹シスターズの戦闘は、まるで薄氷の上を渡るかの如き極めて繊細な局面に突入していた。


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