第56話 至高の冠
『
ネルネル提督の号令がかかる。クレアだけに聞こえるように。本人は大将軍から艦隊司令にでもなったつもりだ。
「とぉーりかぁーじ……ですわぁ♡」
よく分かっていないのだが、クレアがネルネルに合せる。実際に
変な趣味にも付き合ってくれるクレアは、やはり優しくてノリも良くて最高だ。きっと、彼女にしたら楽しいかもしれない。
『仰角65度ヨーソロー、一斉射撃だゾ! っ撃てええぇい!』
「光の天使よ、神の雷よ、天地を
シュバァァァァババババババババババ! ズダダダダダダダダダダダダダァァァァーン!
クレアから幾百もの光線が発射される。極超高速のレーザービームだ。
天を貫くような光線は放射状に広がり、帝都上空を雷光のように
◆ ◇ ◆
宮殿前を守っている親衛隊のリーゼロッテは
「くっ、困りましたね……」
普段は少しタレ目で落ち着いた顔だが、今は焦りの表情になり呟く。
彼女が困っているのは当然だ。この混乱で市民が宮殿前に詰めかけ怒声が飛び交っているのだから。
アレクサンドラには、宮殿前を守ったまま配置を動かすなと命じられている。街に現れた大怪獣が暴れても市民を助けることさえできないのだ。
戦術的には陽動に惑わされず合っているのだが、戦略的には市民の不満を増幅させ間違っている。この相反する状況に追い込まれてしまっていた。
そうこうしている間にも、不満が爆発した市民の気勢が上がる。
「おいっ、一体どうなってるんだ!」
「帝都は難攻不落じゃなかったのか!」
「議長を出せ!」
「そうだそうだ!」
「議長が
「権力を貪る逆賊かぁああああっ!」
「「「ガァァァァアアアアァァアアアア!!」」」
浴びせられる罵詈雑言の嵐に、帝国近衛軍長官のソーニャ・ニコラエヴィチが激怒した。
「黙らぬか平民風情が! 我らを侮辱するか! 治安を乱す者は容赦せぬぞ!」
この女、アレクサンドラの遠縁にあたる。元来、近衛とは、その身を皇帝陛下に捧げ忠誠を尽くす存在である。しかしながら、このソーニャが長官になってからというもの、近衛軍はアレクサンドラの言いなりになり下がっていた。
「ええいっ、矢を構えよ! 歯向かう者は撃て!」
ソーニャが弓兵と魔法兵に攻撃を命じてしまう。
これには近衛兵も
「長官! 帝国の臣民に向け撃てとは何事ですか」
さすがにやり過ぎだと感じたリーゼロッテが止めに入る。
「貴様! 議長に良くしてもらっているからと調子に乗るなよ! この子娘が! 我ら上級貴族は国民をどう扱おうと自由なのだ! 歯向かう者など全て粛清だ!」
「そ、そんな……」
アレクサンドラに絶対的忠誠を誓っているリーゼロッテであるが、彼女は人並みに良心というものを持っている。ルーテシア人同士で殺し合う、しかも武器を持たぬ市民に向け攻撃など受け入れられなかった。
しかし、ソーニャ長官は号令を出してしまう。
「撃て! 放て! 反乱軍に加担する市民も敵だ!」
シュバッ! シュバッ、シュバッ、シュバッ!
ドンッ! ドドドドン! ドドドドーン!
前列にいる近衛兵が矢と攻撃魔法を放つ。それでも自国民を殺すのを
ドドーン! ズドドン! ズババババッ!
「うわぁああああっ! 撃ってきやがった」
「逃げろ! 殺される!」
「正気か、こいつら!」
「やっぱり簒奪は本当だったのか!」
「ちくしょーっ! 俺らは騙されてたのか!」
「国民をゴミのように扱うのか! 何が貴族だ、クソッ!」
蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う市民。それを見たリーゼロッテは、何か重要なモノが壊れたと感じた。
「ああ……これは……終わりの始まりかもしれない」
市民に向け炸裂する魔法と矢。大混乱の宮殿前広場。絶望的な光景を見て、彼女はそう呟いた。
ただでさえ反乱軍の流す噂によりアレクサンドラ議長の評判は悪化しているのだ。そこに軍が市民に攻撃を向けたとなれば、噂は真実味を帯び爆発的に広がってしまうだろう。
市民の怒りは収まるどころか、益々大きなうねりとなって広がってゆくように見えた。
◆ ◇ ◆
玉座の間入り口に到着したウルスラたち四人は、ユリアたちと交代する旨を告げた。
「おいおいおい、あのマミカが来るってのに戦力を減らすのかよ。まあ、俺様がいれば軽くぶっ潰してやるけどよ」
相変わらず
「アレクサンドラ様が仰るのだから仕方なかろう。私とダリアは戻る故、貴様たちは気を抜かず陛下をお守りせよ」
「「「はっ!」」」
「その前に陛下に作戦を申し上げねばなるまい」
ユリアは玉座の間の扉を開け、中へと入った。平時ならば上級貴族や階級の高い者しか入室を許されない至高の部屋である。
ギギギギギィィィィ――――
巨大な扉を開けると、大理石で作られた床が広がり、壁一面は金を基調として銀、
突然の来訪者に、侍従長の女性が声を上げる。
「な、何ですかあなた達は。ここは皇帝陛下のおわす玉座の間ですよ」
オロオロする侍従長。六十代くらいの白髪交じりの女性だ。最近任命された者である。
前任者がいたのだが、自由がない皇帝アンナを哀れに想い、中庭に連れ出しているところをアレクサンドラに咎められてしまう。そして、翌日から彼女は姿を消してしまった。
嘆くアンナに対し、アレクサンドラは『あなたが勝手なことをするから彼女は消えたのですよ』と言ったのだ。実際はアレクサンドラが粛清したのだが。
このことからもアレクサンドラの冷酷さが分かるだろう。
ともあれ、ユリアを始め親衛隊が皇帝アンナの前に並び平伏した。
「至高の冠を戴く皇帝陛下の御尊顔を崇め奉り恐縮至極にございます。畏れ多くも、反乱軍が侵入するとの報を受け、我ら一同、敵を討ちとる為に参った次第でございます」
ユリアの言葉に、つぶらな瞳を見開いたアンナが答えた。
「敵とは……もしや我が国に侵攻しておる勇者であるか?」
「はっ、そのようであります」
アンナがまだ質問しようとするが、ユリアは侍従長の方を向いた。
「侍従長殿、敵が迫っております。早く陛下を安全な場所に」
それでも文句を言い続けた侍従長だが、アンナを連れ、奥の隠し部屋を兼ねる個室へと身を隠した。
◆ ◇ ◆
宮殿進入任務を帯びたマミカは、堂々と裏口から中に入っていた。
スキル
「おい、怪しいヤツは見なかったか!」
「こっちにはいないぞ」
数多くの兵士たちが行き交っている。裏口も警備は厳重であり、決して手を抜いているわけではない。入り口は封鎖し両側を何人もの兵士で見張っている。
しかし、マミカのスキルには誰も太刀打ちできないようだ。出入りする兵士と一緒に、楽々と進入してしまった。
広く長い宮殿の廊下を歩き階段を上がる。少し陰になっている場所で、マミカは一息をついた。
「はあっ、はあっ、はあっ……さすがに長時間スキルを使い続けるのはキツいわね。
廊下にも数メートルおきに兵士を配置していた。完全にコチラの計画を読まれているようだ。
「おかしいわね。アタシが来るのは知らないはずなのに。ったく、
余り文句を言っている余裕はない。マミカは再び歩き出し、やがて玉座の間の大扉が見えてきた。
――――――――――――――――
陽動は上手くいっていないなずなのに、勝手に支持や求心力を失う議長派。そして、宮殿に侵入したマミカお姉様の運命は――
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