第55話 諦めない気持ち
スドドドドドォォォォーン!
帝都西部に突如として大怪獣が出現した。不気味な軟体生物のような巨体。何本も生えた触手には無数の吸盤。グネグネとうねりながら大通りを進んでいる。
「うわああああぁぁーっ! 怪物だぁああ!」
「何だアレは! クラーケンか? ベヒモスか?」
「きゃああああっ! 助けてぇぇーっ!」
人々は悲鳴を上げながら逃げ惑う。神話に登場する巨大生物のような迫力に、街は大混乱だ。
「ぐひゃひゃひゃぁぁっ! 早く逃げないと捕食するんだナぁ!」
大怪獣からネルネルの声がする。
そう、この巨大触手生物は、彼女の闇の魔法で生み出した物体である。
「ぐひゃぁ、
触手怪獣の上に乗ったネルネルが叫ぶ。ノリノリで。
だが、もう一人の大将軍は不本意だ。
「ちょっと、ネルネルさん! 十分派手じゃないですの。これ、わたくしがエッチ奴隷の意味ありますのかしら?」
その触手生物の上には、エッチ奴隷として捕まった哀れな大将軍がいた。触手で手足を拘束され動けないでいるクレアだ。
やっぱり、
「ここからが本番なんだナ。クレアは、わたしの声に合せて魔法を使うんだゾ」
「くぅああぁはぁん♡ そ、それは良いのですが……この体に巻きついた触手は何とかならないのかしらぁ♡」
ぐにょぉぉっ! ぎゅにゅにゅっ! にゅちゃぁぁ~っ!
何故かクレアは全裸だった。リアリティを追求するネルネルがこだわり、全て服をはぎ取ってしまう。大事な部分は触手で隠れているが、それが逆にエロさを増してしまう結果になった。
「はああぁん♡ 助けてくださいましぃぃ~♡」
触手怪獣の上に捕まったクレアの姿を見た人々が口々に言う。
「ああっ、クレア様が……」
「おいたわしい……」
「くっ、何てことだ! クレア様を人質にとるなんて」
そして、いつものオヤクソクも。
「ううっ、クレア様……可哀想なのにエロい」
「くそっ、エロ過ぎるぜ!
「くううっ……何でクレア様は毎回
ぐりゅりゅりゅ! ぐにょにょにょ!
「ちょちょとっとぉお! なにするんですの」
細い触手が出てきて、クレアの腋と足裏をくすぐり始めた。まるで、馬車の中でのくっころ奴隷の再現だ。
こちょこちょこちょこちょ――
「うひっ♡ おっ♡ あひゃひゃっ♡ やめっ、くすぐったい♡ だ、ダメですわ! そこをくすぐったら♡ ああっ♡ おかしくなりますわぁぁぁぁ~っ♡」
そんな陥落寸前のクレアを放置し、ネルネルの作戦は進む。
「ぐっひゃああっ! 大将軍クレアの体は、か、完全に支配下にあるんだナ。わたしの触手で彼女の魔法も自由自在なんだゾ!」
そう言ったネルネルが、こっそりクレアに合図する。
『クレア、主砲発射準備! 仰角60度ヨーソローなんだゾ』
触手に体中くすぐられ、意識が飛びそうになるのを何とか堪え、やっとのことでクレアが魔法術式を展開する。
「あひっ♡ 光の天使よ、ユピテルの
『っ撃てえ!』
ズドドドドドドオオオオオオォォォォーン!
帝都上空の遥か遠い場所に向かって眩い閃光が発射された。それは帝都防衛の要である防御術式結界陣、魔法結界ツングースカドヴァーを打ち破るほどの勢いで。
◆ ◇ ◆
ズガガガガガガガ――――
宮殿内にいるアレクサンドラにも、外の騒ぎが伝わってきた。
「何事じゃ! いったい何の騒ぎじゃ!」
すぐに側近が駆け付け報告する。
「帝都西部に巨大怪獣が出現したとの報告です。市民がパニックとなり収集がつかない状況で……」
「早く対処せぬか!」
「はっ!」
側近が出て行くと同時に、新たな部下が入室した。
「魔法結界ツングースカドヴァー出力低下、帝都上空の防御結界20%にダウンです」
一気に不機嫌になったアレクサンドラが言い放つ。
「何じゃと! 絶対に破れぬ防御結界を破られるとは何事かぁあああっ! 早く修復せよ!」
「はっ!」
側近たちが慌ただしくそれぞれの対処に向かう。部屋にはアレクサンドラと親衛隊のみが残された。
「これが反乱軍の奇襲か。この宮殿を狙っておるのか……。巨大怪獣じゃと……こんな芸当ができるのは、やはりネルネルか? するとバラシコフにいるヤツは何者じゃ……。いや、今はどうでもよい」
アレクサンドラが落ち着かない。カタカタと指で椅子のひじ掛けを叩いている。
「反乱軍には必ずマミカがいるはずじゃ。あのスキル……敵でも味方であったとしても恐ろしい支配力……ここを襲撃されたら、何も分からないまま全滅するやもしれぬ……」
アレクサンドラが考え込んでいると、親衛隊の一人である女が前に出た。イライラしている彼女に声をかけるなど勇気ある行動だ。
「議長、意見具申してよろしいでしょうか」
そう言ったのは防御系魔法使いのウルスラ・ドール。焦げ茶色の髪をベリーショートにしている女性だ。デキる女を主張しているように、その仕草も表情も余裕を持った雰囲気がある。
「何じゃ、申してみよ!」
「はっ、ありがとうございます」
少し大げさなほど
「反乱軍に大将軍マミカ様が参加されておるのならば、目的は皇帝陛下のおわす玉座の間。ここは、我ら親衛隊が玉座の間にてマミカ様を迎え撃つ作戦が最適と愚考した次第です」
「そなたは畏れ多くも陛下の御前にて戦闘をし、玉座の間を血で汚すと申すか!」
「い、いえ、決してそのような……」
ウルスラとしては自信満々だったはずだが、アレクサンドラに怒られ表情が沈む。
「じゃが……うむ、確かに……悪くない。不敬ではあるが、それが確実に敵を屠る方法ではあるな」
「それでは」
アレクサンドラに認められ再びウルスラの顔に余裕が戻った。
「四人がかりならマミカの精神系魔法を防げるのじゃな?」
「はっ、必ずや勝利してご覧に入れます」
ウルスラに続いて他の三人も頭を下げたところで、アレクサンドラが意外なことを言い出した。
「そなたら四人が玉座の間に着いたら、代わりにユリアとダリアをこちらに戻すのじゃ」
「えっ」
予想外の返答だったのか、ウルスラが言葉に詰まった。
「全員出てしまえば私が無防備になるであろう!」
「し、しかしながら、全力を以って反乱軍を――」
「黙らぬか! そなたらは私を守る為におるのじゃ」
「はっ!」
頭を下げてから、四人の防御系魔法使いが玉座の間へと向かった。ウルスラは少し不満げな表情をしていたが。
こうして、玉座の間の警備がウルスラ、ルクレース、ベル、フレンダ、デミトリーに、アレクサンドラの護衛がユリアとダリアに変更になる。
マミカが適当に言ったはずの元老院議長アレクサンドラの簒奪計画が真実だったように、アレクサンドラが想像で言ったマミカの潜入も真実であった。
どちらも個人的な想像であったはずなのに、それが歴史を動かす大事件に発展してしまったのだ。奇しくも歴史を司る神というのは、そのような気まぐれなのかもしれない。
◆ ◇ ◆
一方、帝都正門正面広場のナツキたちは、帝都内部に突撃する準備をしていた。
「待っていてください、お姉様。ボクたちも行きます」
ナツキの声に、フレイアも重ねるように言う。
「あれだけ大魔法を見せて怖がらせたんだから、もう私たちと戦おうなんて兵士はいないはずよ。安心してナツキ」
シラユキもやる気満々だ。
「ふふっ、歴史の転換点、激動の嵐。その中心地は我が君ナツキ。たとえ氷の刀折れ矢尽きるとも、私は愛に生き愛に死す――」
「シラユキお姉ちゃん、死んじゃダメです」
「うん♡」
ナツキのツッコみにも嬉しそうに答えるシラユキだ。
「誰も見捨てない。全員一緒に帰るんだ。戦争を終わらせて平和な世界に。ボクは世界を救う勇者になるんだ」
ナツキが念を押すかのように言う。
これまで何度も言ってきた言葉を。
デノア幼年学校時代、ナツキの言葉に誰もが笑った。
できるわけがない。勇者になどなれるはずがないと。
ゴミスキルの男が何をバカなことを言っているのだと。
だが、ナツキは諦めなかった。
どこまでも純粋に。どこまでも愚直に。努力を重ね。
そして、今ここにいる。
革命的歴史が動く瞬間に。
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