第54話 くっころ再びのクレアと、ナツキの気がかり

 マミカと別れたネルネルは迷っていた。どのように奇襲をしアレクサンドラ議長の注意を逸らそうかと。

 簡単な奇襲では陽動の意味がなくなってしまうだろうし、本気で大暴れして街を破壊したらナツキに怒られそうだ。


「住民に被害を出さずに奇襲をかけるのは難しいんだゾ」


 ちょっと愚痴を漏らすネルネル。しかし、作戦を成功させて、ナツキに頭をナデナデしてもらいたいなどと考えていた。


「ぐひゃひゃ、わ、わたしはナツキとのイチャイチャが足りないんだナ。他の女はもっとエッチなことしているのに……」


 早く終わらせてナツキと一緒にエッチで愛に溢れたイチャイチャライフを送りたいのだ。戦場で戦うよりも高揚することを見つけたのだから。

 そう思うネルネルだった。



 そんなネルネルが、通りをコソコソと歩くクレアを偶然見つけてしまう。フードで顔を隠してはいるが、隙間から見える金髪縦ロールや艶めかしい雰囲気は隠しようがない。


「あれは……良いことを思いついたんだナ」

 ニヤリと笑うネルネルが、思いっ切り悪い顔をしている。




「はあぁ……やっと帝都に戻れましたわ。こんな恥ずかしい格好を知人に見られるわけにはいきません。早く着替えませんと……」


 そんなことを言いながらクレアが歩いている。このところの羽箒攻撃で敏感になった体を両腕で抱きながら。


 と、その時――

 シュゥゥゥゥ――――!

 建物の影になっている部分に青黒い何かがうごめいたかと思うと、その次の瞬間に影自体が立ち上がりクレアに襲いかかってきた。


「な、何事です!」

 シュタッ!


 影と反対側に飛び、攻撃魔法を放とうとした時、影は無数の触手の形に変化して広がる。まるで、何かの前衛的アート作品のように。


「こ、この触手は、ネルネルさん! もしかしてネルネルさんですの?」


 シュバババババババッ――

 クレアが気を抜いた一瞬を狙って、触手は彼女の体に絡みついて自由を奪ってしまった。


「ちょっと、何ですのこれ! ネルネルさん、悪ふざけはおやめになって」


 シュルシュルシュルシュルシュル――


 攻撃に殺気がないのを理解したクレアだが、ウネウネと蠢く触手の海に飲まれているようで体がゾワゾワする。文句を言いながら建物の隙間に運ばれて行ってしまう。



 シュルシュルシュル――ぐにょぉぉぉぉ!

「や、やあ、久しぶりなんだナ」


 触手でグルグル巻きになったクレアに、すっとぼけてネルネルが挨拶する。


「ちょっと、ネルネルさん。久しぶりにしては手荒な歓迎ですこと。って、あなた誰ですの!?」


「また、それなんだナ……」


 変態大将軍から美少女大将軍に完全変態メタモルフォーゼしたのを説明しなくてはならず、ネルネルが面倒くさそうな顔をする。



「まあ、そんな訳なんだナ」

「どんな訳ですのっ」


 ぐにゅにゅぐりゅぅぅ~っ!

「いやぁぁ~ん♡」


 闇の触手がクレアの肉体に絡みつき締め付ける。せっかく捕虜役から開放されたのに、また囚われの姫に逆戻りだ。


「クレアに協力してもらいたいことがあるんなナ」

「協力?」

「そ、そうなんだナ。マミカから事情は聞いたんだゾ」

「でしたら話は早いですわね。奇襲攻撃を――」

「クレアにエッチ奴隷になってもらんだナ」

「ええええええ、エッチ奴隷ですってぇぇええっ!」


 まさかのエッチ奴隷二回目セカンドだ。偶然にもナツキたちと考えることが同じで、ナツキ姉妹シスターズまさかの完全調和マリアージュである。


「い、嫌ですわ! やっとエッチ奴隷から開放されたばかりですのに」


 当然クレアは断る。

 しかしネルネルは本気のようだ。


「わ、わたしの魔法は派手さが足りないんだゾ。闇だけに。それに、出力を上げると手加減が難しいのダ」


 恐ろしく殺傷力の高い闇の魔法を使うネルネルだが、いまいち華やかさが足りないのを気にしていた。


「派手といわれましても……」


「クレアなら超派手で滅茶苦茶目立つから、奇襲による陽動に持ってこいなんだナ。陽だけに。それに……わ、わたしが暴れて人をたくさん殺すと、な、ナツキきゅんに♡ き、嫌われちゃうんだゾ」


 夢見る乙女顔でクネクネしながら語るネルネルに、クレアはジト目で見つめている。おまえもかという顔だ。


「な、ナツキきゅんって……ネルネルさん、あなたも勇者ナツキさんに堕とされましたの?」


「ぐひゃ、ぐひゃひゃひゃ♡ お、堕とされ……うん、恋に堕ちたんだナ♡ ナツキきゅんかっこいいだゾ♡ 将来は静かな湖畔に建てた家に一緒に住んで、わ、わたしの手料理を食べさせたいんだナ♡」


「ええええ……ネルネルさん、完全に別人ですわよ」


 もはやネルネルに昔の不気味な面影は無い。ただ、静かな湖畔の家で愛の暮らしは、クレアもちょっと憧れてしまった。



「むぅうううう~ん、んんん~ん。はあぁぁぁぁ~ん。わ、わたくしは、何をすればよろしいので?」


 うんうん声を上げて悩んだクレアは、結局、首を縦に振ってしまった。押しに弱い女なのかもしれない。


 ◆ ◇ ◆




 ズドドドドドドオオオオオオォォォォーン!


 帝都正面での戦闘が完全に膠着状態に陥ってしまった頃、帝都内部から眩い光と轟音が鳴り響いた。


 余りの迫力で、馬車の中でまったりしていたナツキたちも驚き外に飛び出てしまったほどだ。


「あれは、クレアさんの魔法ですよね!」

 ナツキの声に二人の大将軍彼女候補も頷いた。


「そうね、光の魔法」

「陽なる光り、つまり陽キャビーム」


 帝都内から空に向けて一本の光線が立ち上っている。それは天まで届くのではと思うほど、眩しく華々しく力強い光だ。


「クレアが光魔法を放ったということは、奇襲による陽動作戦は成功したのだな」


 そうフレイアが言うが、ナツキの表情が優れない。


「そう……ですよね」


 圧倒的な姉たちの攻撃力を見せつけられながらも、ナツキは一抹の不安を拭い切れないでいた。


 凄い魔法だ……。

 ここまでは問題ないはず。帝都の中の状況は分からないけど、クレアさんが奇襲をかけてくれている。マミカお姉様やロゼッタ姉さんも中にいるはずだから。


 後はマミカお姉様が宮殿に潜入して皇帝を救い出し、他の大将軍のお姉さんたちと合流して逃げれば万全なはず……。


 でも、全て順調なはずなのに……何だろう、この不安な感じは。



 ナツキの不安が大きくなる。何かを見落としている気がするのだ。


「宮殿に囚われている幼い皇帝……大将軍のお姉さんたちが仲間に……アレクサンドラ議長には親衛隊……。まさか、いやそんなはずは……でも」


 ブツブツとナツキが独り言を呟いている。


「そうだ!!」


「わっ、な、なに、どうかした?」

「びっくりした……」

 突然、ナツキが大声を出し、フレイアとシラユキが驚いた。


「あ、あの、大将軍の皆さんには作戦が伝わっていると思っていましたが、まだ伝えていない人がいますよね」


 ナツキの話に、フレイアが名前を挙げだした。


「えっと、私とシラユキ、マミカにクレアにロゼッタ……」

「あと、ネルネル」

 シラユキが追加した。

「そうそう、えっと、あれ? レジーナはどうだったかしら?」


「そうです、レジーナさんに伝えていないはずです。誰からもレジーナさんの話は出ませんでしたから」


 ナツキが結論を言った。

 そう、偶然にもレジーナは全てすれ違いになり、誰からも作戦の話を聞いていないのだ。


「ま、まさか、たった一人の大将軍で、私達の作戦がひっくり返るとか……」


 フレイアが言いよどむ。


「レジーナは強いけど……ちょっとおバカで単純だから、何も知らず議長の命令に従うかも」


 遠慮をしないでシラユキが言い放つ。



「それだけじゃありません。もう一つ不安はあります」

 ナツキには、もう一つ気がかりがあった。


「確か、クレアさんが『議長の親衛隊には精神魔法を防御するスキル持ちがいますわよ』って言いましたよね」


 ボドリエスカで作戦を考えた時に、クレアはそう言っていたはずだ。ナツキはそれを思い出した。


「そういえば……親衛隊には、主に精神系魔法を防御するレベル7のスキル持ちが数人いたわね」


「フレイアさん、その人たちの力は?」


「大丈夫だと思うけど。前にマミカが言ってたわね、『議長ババアがアタシと会う時は、いつも防御スキル持ちを数人付けてるけど、あんなの敵じゃないし』って」


「でも、何かの偶然が重なったり、レジーナさんとの戦闘になったりしたら……」


 考え込むナツキに、シラユキも心配そうな顔で声をかけた。

「弟くん……」



「もし……アレクサンドラさんが計画に気付いているのなら……奇襲に警戒するはず……。でも、お姉さんたちの話だと凄く用心深い人みたいだ……。防御スキルの親衛隊を何人も……。一番警戒しているのは……やっぱりマミカお姉様が心配だ」



 何かを決意した顔になったナツキが言う。

「やっぱりボクたちも行きましょう!」


 帝国首都に於いて起きた騒乱は混迷を極める。この時はまだ、どちらの勢力に勝利の女神が微笑むのか分からないままでいた。

 後の世の歴史に書き記される『ルーングラード・ナツキ姉妹シスターズの変』である。


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