第53話 魔法使いなのに魔法少女

 かつて大陸全土を戦火に焼いた大戦時、帝国魔法騎士団大将軍アレクシア・ドミトリーチェ・ゼレノイは電光石火の戦術により、ゲルハースラント、フランシーヌ連合軍を退けることに成功した。


 ルーテシア帝国史上最高の英雄と称される彼女は、都市を包囲する敵の大軍を、巧みな戦術と機動力を活かした兵の運用により退け大逆転勝利したのだ。


 正面から対峙した兵が一撃加えた後に後退させ、敵の前進を誘い、側面から奇襲をかけ包囲殲滅する。圧倒的不利な状況から、あっという間に形勢逆転させた手腕。

 人は彼女を天才戦略家や戦術の魔術師などと言う――




「何かがおかしい……」

 アレクサンドラが呟く。


 権謀術数けんぼうじゅっすうに長け、人を騙すことには人一倍優れている彼女が考える。反乱軍が、ただ闇雲に正面から攻めてくるのだろうかと。


「必ず奇襲があるはずじゃ。かの大戦の英雄アレクシア大将軍のような戦法で……」


 アレクサンドラは話しながら考える。あの最強の大魔法使いが二人もいて、何故一気に攻め込んでこないのかを。


 攻め込めないのではない。敢えて攻め込まないのだと。こちらには神聖不可侵の皇帝がいる。皇帝に刃を向ける者は賊軍となる。ならば、皇帝を手に入れ官軍を名乗るはずだ。

 たとえ賊徒が勝利したとしても、皇帝の権威なくして国民の信は得られないのだから。


「仮に奇襲があるとすれば、裏切った大将軍がフレイアとシラユキだけではないはずじゃが……。報告によれば……監視を付けたネルネルはバラシコフの砦でゴロゴロ寝てばかりいるそうじゃ。やはりマミカか?」


 アレクサンドラの狡賢い頭脳が高速回転する。


「帝都正面はロゼッタに任せておけ。そなたらは別方面からの奇襲に備えるのじゃ。たぶん……反乱軍の目的はこの宮殿じゃ!」


 そう言ったアレクサンドラは、側に控えている親衛隊の方を見る。


「リーゼロッテ、ヒナタ、オリガ、ニーナ、マリア」

「「「はっ!」」」

「そなたらは近衛軍2万と共に宮殿正面を守れ」

「「「ははぁ」」」


 剣士のリーゼロッテとヒナタ、魔法使いのオリガとニーナとマリアに、奇襲に備え宮殿の警固を命じた。近衛軍2万も同時に動員する徹底ぶりだ。


「ユリア、ダリア、デミトリーは玉座の間の入り口を固めよ。ウルスラ、ルクレース、ベル、フレンダは私の警護じゃ!」


「「「はっ!」」」


 ナツキの作戦を読み対処するアレクサンドラ。果たして策謀合戦の行方は――


 ◆ ◇ ◆




 一方、災難続きのクレアだが、道に迷いながらもやっと帝都に到着した。マミカたちが通過した後に西門に現れ、警備している男性兵士に声をかけ中に入ろうとする。


「もし、そこのあなた」

「ん? なんだ」


 振り向いた兵士が驚愕する。そこに立っているのは、普段なら話すことさえ叶わない美人で気高い大将軍クレアなのだから。


「く、クレア様!」

「えっ、クレア様だとっ!」

「何だ何だ、クレア様がいらしたのか?」


 男の声で他の兵士まで集まってきてしまう。誰もが憧れのクレアを一目見たいのだろう。


 しかもクレアの姿はボロボロなのだ。

 ナツキが上着をかけてくれたとはいえ、くっころ捕虜役で服は傷み汚れている。所々、白くなまめかしい肌が見えていて、たまらなく煽情的だ。


「そこを通してくださるかしら。わたくし、早く湯浴みと着替えをしたくってよ」


 服はボロボロなのに少しも美しさが損なわれていない。それどころか、逆に破けた服でエロさが増し、男性たちの視線を釘付けにしてしまうくらいだ。


「ううっ、憧れのクレア様のエッチなお姿」

「たまらねえ……」

「なあ、敵の勇者に捕まって調教されたって噂だよな」

「なにっ、毎晩やりまくりだとぉ」


「やややや、やっていませんわ! 変な噂を流すのはやめてくださいまし!」


 必死にクレアが否定すればするほど、逆に噂が広がってしまう。


「あああ……俺の憧れのクレア様が敵の勇者の手に落ちて」

「これってNTRなのか? そうなのか?」

「勇者の手で汚されるクレア様を想像すると……」

「ああ、ゾクゾクするぜ。こりゃNTRだな」

「くそぉ、悔しくて涙が出るのに、興奮して眠れそうにないぜ」


 兵士たちに変な性癖を植え付けてしまうクレアだ。ちょっと違った意味で罪な女だった。



「こらあぁぁーっ! わたくしでエッチな妄想はおやめなさい!」


「「「ひぃぃぃぃーっ! すみません」」」

 クレアに一喝され、兵士たちが平伏ひれふした。


「いいですか! わたくしは捕虜となり辱めを受けましたが、抵抗し最後まではされていませんことよ。そ、その……羽箒はねぼうきで焦らされて……腋や足裏をくすぐられ……必死の抵抗空しく恥ずかしい声を聞かれてしまい。何度も何度もお願いしたのに許してもらえず……」


 完全に逆効果だ。

 クレアとしてはエッチしてないのを釈明しているのに、その色っぽい声や言い回しと、真っ赤な顔でモジモジと太ももを擦り合わす仕草とで兵士たちを悩殺してしまう。


 もう、完全にクレアちゃんファンを増やしているだけだ。


「ぐうぅ、エロ過ぎる……」

「俺、レジーナ推しからクレア推しに推し変するぜ」

「勇者め、羨ましい……」

「でも、まだ処女なのか?」

「女で25歳を過ぎたら魔法使いになるとか?」

「それ、魔法少女だろ。あと25じゃなく30からだったはずだ」


「どっちでもいいですわ! それより、戦況はどうなっていますの」


 話が処女で30歳を超えると魔法少女のネタになったところでクレアが遮った。

 貞操逆転世界のルーテシア帝国では、30歳を超えて処女だとネタにされてしまうのだ。大将軍の中で最年長のクレアとしては聞き捨てならない。



「確か正門の方でドンパチやってるんだっけ?」

「ああ、フレイア様の大魔法で凄いことになってるそうだな」

「うわぁ、恐ろしいぜ。やっぱり俺はクレア様推しだな」

「そうそう、この国の女は怖いの多いけど、クレア様は良いよな」


 戦況を聞いているのに推しの話になってしまう。


「推しとかどうでもいいですわ! もうっ、行きますわね」


 さすがにジロジロ見られるのが恥ずかしくなり、クレアがその場を離れた。


 このクレア、士官学校時代から男子にモテまくっていた。凛々しく猛々しいイメージのフレイアや、張り詰めた印象のシラユキのように、男子に怖がられていたのとは大違いである。


 誰に対してでも優しく人当たりが良い性格。しかも隙が多いのか、たまにパンチラしたりと勝手にファンを増やしてしまう。

 例の変なキメポーズの時に高く脚を上げ、パンツが見えまくっているのが原因なのだが。


 皆の憧れクレア――

 更にエッチなネタを増やしてしまい、益々人気に拍車がかかったようだ。


 ◆ ◇ ◆




「マミカお姉様やクレアさんは大丈夫かな?」


 あーんで食べさせられているナツキが呟く。状況とセリフが一致していないのは仕方がない。フレイアとシラユキのせいだから。


「あの二人なら大丈夫よ。強いから。はい、ナツキ少年、あーん」


 体をピッタリとナツキに寄せたフレイアが、あーんで食べさせようとする。


「フレイアお姉さん、自分で食べられますから」

「ダメだぞ。これから厳しい戦いになるんだ。精のつくもの食べないとな」

「でも……」

「わ、私と付き合ったら夜は激しいんだ。やっぱり精のつくものを」


 戦闘より夜の生活の方に意識が行っているフレイアだ。もう何も隠そうとしていない。


「マミカのスキルなら問題ない。あと、クレアは陽キャだからなお問題無い」


 シラユキがナツキに抱きつきながら話す。いい加減、陽キャ陽キャ言うのも何とかならないものか。以前ならばいざ知らず、今はナツキとイチャイチャ生活なのだから。

 もはや自分が昔憧れていたリア充になっているのを自覚していない。


「シラユキお姉ちゃん……何しようとしてるんですか?」


 シラユキがパンを口にくわえると、そのままナツキの顔に近付けてきた。


「んっ、ふひぃうふぅひ口移しで、ふぁーん♡」


 シラユキのしようとしているプレイは、『あーん』の最上位形『口移しあーん』である。


「ちょちょ、ちょっと! 何しようとしてるんですか」

「ふぁ~ん♡」

「ダメですって」

「ちゅ~ぅ♡」

「もっとダメです」


 もう完全に蕩けた表情になったシラユキがキスを迫る。あーんは何処に行った。

 これにはフレイアも黙っていられず。


「よしっ、私もやるぞ」

 そう言ってオレンジを一房くわえる。


「ちょっと、フレイアさんまで何してるんですか」

「ちゅぅぅ~っ♡」


 フレイアのくわえたオレンジは完全に口の中に入っている。これでは『あーん』ではなく『ちゅー』である。


「キスもまだなのに、彼女になるまで禁止です!」


 事態は刻一刻と風雲急を告げているのに、こちらはあまり緊張感がないようだ。






 ――――――――――――――――

 ナツキたちの裏を読もうとするアレクサンドラ。ゆるい感じで大丈夫なのか?

 そしてクレアは相変わらずエロ……大人気に。


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